魔力量
ギルドで合流した四人は賑やかな空間の隅のテーブルに着くとそこで夕食を摂る。
「魔導士のプレートと比べるとだいぶ粗いですね」
ギルドに来てまず最初に作ったギルドを利用するための自分の名前と登録した場所が彫られたガラスのプレートに、サクラはレイのプレートを思い出して比較し、そんな感想を出す。
「国から配布されてるものとこういうところで適当に配られてるものですからね」
「護衛や荷運びの依頼を受けられるような者のプレートはもう少しマシな造りをしてるが、偽名でも年齢詐称でもなんでもありなこんなもの一応というだけだ」
トール、二十歳、というデタラメな情報が記されたプレートを持ってロキはそんなことを言う。
「そういう依頼受けられるようになるためにはどうすればいいんですか?」
「身元が保証されているというのが一番だろうな。結局はそのギルドの判断によるが。依頼する側も人を選ぶことは可能だからギルドが保証した人間でも断れるし、保証していない人間にも依頼することはできる」
「じゃあたとえばあの宿の主人がカイさん強かったからぜひあの人にって名指しで依頼するとかも?」
「可能だ。その場合ここに依頼すれば俺が利用したときに話が通るが、他のギルドでは無理だな」
前世みたいにパソコンで登録して自動的に全ギルドで名簿把握……なんてことはできないしなーと、サクラはアズールとカイのやり取りの横で一人心の中でそんなことを考える。
「トール、魔法使いいました?」
本名を隠すためではなく、なんとなくで別の名前を登録している者やサクラ的には芸名やプレイヤー名のような感覚かなというようにかっこいい名前で登録している者もいるようだが、さすがにギルド内でトールという名前のプレートを持っている者にそれ以外の名で呼ぶのはどうかと思うので、問いかけた内容から小声だったがサクラはその名でロキに呼びかけた。
「ちらほら。ギルドマスターとあっちの緑髪の男はアズールくらいの魔力はあるな」
フォークで一瞬だけ向けられたあっちに、ロキがあからさまに見なかったのでアズールとサクラもちらっとだけ見て確認する。
「こんな街でもそんなにいるものなんですね。ギルドは荒くれものの出入りも多いですから恐らくマスターはちゃんとした魔法使いだと思いますが」
「そいつらは別にいい。マスターとは別に一人少し魔力が高い魔法使いがいただけだ。街に一人魔力が8の子どもがいたのも一人や二人までならそう驚くことでもない。不自然なのはちらほらという数、魔法使いがいることと、奥の赤眼の男」
今度はカイとアズールがちらっと見た。
背後だったのでサクラは見れなかったが、空いていたテーブルを探すためにきょろきょろとしたときに赤眼の男がいたのは覚えている。
やけに印象に残る、綺麗な赤だった。
ルビーのような赤ではなく、どこか炎を思わせるオレンジがかったような。
緋色とはああいう色だろうかと、思った。
「あの男が一番?」
「10」
目を見張ったカイとサクラに、アズールはそれほどのことなのだとわかる。
「10って、十段階で10? つまり魔力が最高に高いってことですか?」
「そういうことだな。ヘルシリアには片手の数くらいしかいないと聞いたことがある」
それにはアズールも目を大きくして驚いた。
「まあ国中探せば魔力が高いだけの者ならまだいるだろうが。才能は種類によっては誰かに見つけてもらえなければなかったのと同じというものもある。ヘルシリアはそもそも魔法使いが少ない国、それが結局は魔法使いが増えない原因でもある。才能に気付ける者、育てる者が少ないということだからな」
「何者でしょうか」
「火魔法の使い手ということだけはわかる」
「それは勝てるから何者でも問題ないということだと受け取っても?」
「ただの情報の伝達だ」
「まあ元々明日の朝にこの街は」
「きゃっ」
女性の慌てたような小さな悲鳴に四人は顔を上げると、後ろのテーブルで給仕をしていた二十歳前後といった茶髪の女性が何かにつまずいたように倒れてくるので、咄嗟に向かいにいたカイとアズールが手を伸ばす。
「大丈夫ですか?」
お盆を持っていた手とお盆の上のグラスを支えられ、女性はぽかんとした顔でカイを見る。
「は、はい、ありがとうございます」
お盆からこぼれ落ちてしまった小皿をキャッチしていたアズールがそっとそれをお盆に戻す。
隣のテーブルから「気を付けろ」「兄ちゃんたち大丈夫か」と酔った声で笑い声混じりにそんな声がかかると、女性はお盆の上のものを急いでテーブルに並べ、両方のテーブルの客に謝罪して奥に引っ込む。
「あ、すみません」
頭の上に降ってきそうになって思わず隣のロキの腕を掴んで顔を伏せたサクラは手を放す。
「おかしいな、やっぱり俺たち何かしたか?」
「何かは十分しましたが、宿での件はまだ知れていないようですし、おかしいですね」
「え、今のわざとですか?」
驚いた顔で女性が行った方を見ようとしたアズールはカイに頭を手で止められる。
「トールの顔を見たかった?」
「推測した上で確かめるために見たかったのか何かの要因で気になってとりあえず顔確認したかったのかで話は変わってくるが」
「王子様……って推測してってことですか?」
元々小声でやり取りしていたが、“王子様”の部分は殊更小さくしてアズールが尋ねる。
ますます話しづらくなったので、とりあえず食事を終えると宿に場所を移してカイとアズールの部屋に集まって話を再開させる。
ロキとサクラはベッドに腰かけるとそこでやっとフードを取った。
「俺はあそこに見覚えのある人はいませんでしたが」
「カイから察する以外にルートはないと思うが」
「魔力量がわかる人なら気になるのは当然、それなら顔を、髪と瞳の色を見ようとしてフードを取らせようとしたのもわかります」
「でも自分で平凡な色って言ってましたよね?」
ロキは自分の色を平凡な黒色と認識していたのに、色で確認されるのかと、そういう言葉を出せば、ロキとカイは難しい顔をした。
「もう一人いるんだよ」
「魔力がとても多いことで有名な人物は、アマルテア王国第三王子ロキ・アマルテアとローランシア王国第二王子ネロ・オルティス、ともに黒髪黒眼の十九歳ということで、二人でそろって有名になってしまっているんです。だから桁違いの魔力の持ち主を見つけて、その者の髪と瞳の色が黒か思わず確認しようとしてしまった……というのは考えられます」
「アマルテアの第三王子の魔力がとても多いのはヘルシリアでも有名ですが、ローランシアの王子様の方は初めて聞きました」
「……てか並ぶのがもう一人しかいないレベルで王子様すごいんだ」
アマルテアから見たとき北にヘルシリア、南にローランシアと国境が接しているが、ヘルシリアからすればローランシアは隣国でもなければ交流もあまりない国だ。
二人はローランシアの王子の名前も知らなかった。
「オルティス家は一族自体で魔力が高いというわけではないんですが、ネロ王子のお祖母様がロキ様のお祖父様、アマルテアの先王の妹にあたる方でして、ネロ王子はアマルテア家の血が色濃く出たのだと言われています」
「オルティス家は火の性質の者が多いがネロはアマルテア家と同じ水の性質らしいしな。まああっちは呑気にヘルシリアで旅なんてできる状況ではないから、黒髪黒眼の桁違いの魔力の持ち主は実質俺で確定のようなものだが」
「ローランシアとアデオナピリピリしてるって話本当なんですか?」
じゃあロキとネロ王子ははとこってことかな? とサクラはカイの話に考えながら、そう聞く。
アデオナはローランシアの東に位置する国で、アマルテアともヘルシリアとも接していない国だ。
「まあそこが争ってもヘルシリアは大丈夫だから心配するな」
「いやまあ大国のアマルテアと仲良くしてる限りは大丈夫だと思うけど。あれ、でもヘルシリアで王子様が死んじゃったりしたらそれはやばくね? これもし王子様の命が狙われたりしたら周り回ってヘルシリアの危機?」
「そこはまず俺の心配をしろよ」
「そういう心配がないと判断されたから旅の許可が下りたわけだが、国家単位ではなくその辺の人間に命を狙われる可能性もあるからな」
「魔獣に襲われるという可能性もありますね」
「……他人事だな」
側近と魂の片割れなのに。
「……王子様ヘルシリアのためにちゃんと生きて帰ってくださいね」
「誰か普通に俺の心配をしろよ」
「話していてもこれ以上わからないので、お二人からお風呂に入ってきてください」
自分たちに割り振られた時間になったのを見て、浴室は二つあるのでカイはロキとサクラにまずどうぞと。
それはおかしくないが、ロキはなんだかちょっと微妙な気分になる。
だが時間は限られているので部屋を出て行こうとして、用を思い出して振り返る。
部屋を出て行こうとしていたロキが振り返るなり何かを投げてきて、アズールは反射的にキャッチする。
そして手の中の透明な石に意図を問う視線をロキに向ける。
「魔色石だ。お前に一つやる」
「魔法も使えないし相性いい相手もいないのにこんなのどうするんですか」
「手の上に乗せていれば何もしなくてもうっすら染まっていくのがわかると思うが、それを意識してすぐに濃く染められるようにしろ。そして消費して透明に戻せたら次を教える」
「え、いや、そんな……」
それだけ言うとロキはすぐ行ってしまった。
「……結果だけ伝えられてそうしろって言われても、その結果になる方法を」
「何もしなくても魔色石は染まっていくように、魔力はすでにそこにある。難しく考えずに感覚だと言う者も多い。力を込めたらできたと言う者もいるくらいだ。多くは身体の中の魔力を意識してそれを集めるような感覚だと言うな」
アズールの手の上の魔色石にカイが指を触れると、石は青く染まっていく。
「こうやって見ると俺とカイさんの目の色って微妙に違うんですね」
親指と人差し指で持って目の前で石を見て、二つの青が混在している石にそんなことを言う。
カイの方が青みが強い濃い色だ。
「……ああ、そうだな」
変な間があって、アズールは魔色石からカイに目を移す。
「もしかして貴族流の変なルールに何かありました? 瞳の色は魂の色で魂の相性がとかって」
「いや、そうじゃない。昔、友人に同じようなことを言われたことがあった。それだけだ。男は石に、女は花に瞳の色を例えると告白と受け取られるから気を付けろ」
「……王子様黒真珠に例えられてたんじゃなかったでしたっけ」
「つまりそういうことだ」
「てかピンクはよくバラに例えられるじゃないですか」
「だからピンクの瞳の者はバラの花束ばかり持ってこられてうんざりしていた」
「……定番だし余計に」
バラを選んでしまうのは仕方ないんじゃないのかとうんざりされた人たちに同情する。
「俺に教えられることはほとんどないから、聞きたいことがあればロキ様に聞けばいい。何も教えてくれる気がないならそもそも魔色石を渡すようなこともない」
そう言うとカイは剣の手入れを始めてしまう。
「思ったんですけど、魔色石に魔力溜められるなら別に元の魔力量あんま関係なくないですか? 魔色石ってそんな高価で希少ってわけでもないみたいだし」
「魔力“量”、魔力が多い少ない、という言い方はするが、実際はみんな同じ量だ。瓶一本の液体が一人分の魔力と考えたとき、俺もアズールもロキ様も瓶の大きさは一緒」
「……じゃあ多い少ないって何なんですか?」
「ヴォルフ卿は濃度という言い方をしていた。正確には魔力は多い少ないという言い方より、濃い薄い、高い低いという言い方の方が適切だと。拳サイズの水の塊を出すのに、魔力が5の者は瓶の十分の一使わなくてはいけないとする。俺なら瓶の半分使わないといけない。ロキ様なら一滴で十分。魔色石に溜まる魔力“量”もみんな同じ。つまり魔力が高い者は同じだけ魔色石を持っていてもそれによって使える魔法の量は低い者とは差が出る。魔力が低い者は大量に魔色石を所持しても少量しか持たない魔力が高い者より使える魔法の総量で結局劣る」
「魔力が多い少ないって、その魔力で使える魔法の量が多い少ない……って感じですか」
「そういう感覚で間違いではないな」
「じゃあサクラが王子様の魔力使えるのは意味があっても王子様はサクラの魔色石持ってたって意味ないんじゃないですか?」
「魔力が高いと魔法のコントロールが難しいという話をしていただろう?」
「あっ……いやでも王子様元々コントロール上手いじゃないですか」
「どこを目指すかによるな。このくらいで十分というなら確かに必要ないが、ロキ様はこの旅の目的に魔法の勉強を掲げているくらいの方だから」
「……まだ満足してないってことですか」
「あとはまあ、一色のアクセサリーばかり身に着けていると不自然で目立つ」
「……確かに」
アズールはロキが黒いアクセサリーを大量に身に着けているのを想像してみたが確かに不自然だった。
「魔導士ですよと大きな杖を持ってプレートを提げた仕事中ならその不自然さは魔法使いらしさともなるが」
「まあ王子様顔出してるだけで目立ちますけどね」
「……まあ」
*
「夢が一つ叶いました」
「……それはよかったな」
ほくほくとしたサクラに、ただすっきりとしたという感想しかないロキはとりあえずそう返す。
「十七年振りのお風呂ですよ」
「その何年振りは少しおかしいような気もするが」
風呂場は一階で部屋は三階なので、二人で一緒に階段を上がる。
「次は図書館ですね」
「明日道中の宿で一泊して、明後日の夕方にはカステルに着くらしいから、そこから長雨が明けるまではカステルに滞在だな」
「長雨の時期だけ咲く花があるらしいのでそれも探したいんですよね」
「ただの伝説じゃないのか」
「……魔法がある世界でなんて冷めた」
「……魔法の花は見たことないが」
「香りを嗅ぐだけで眠りに落ちるとか幻覚を見せるとか花弁から作った薬は魔法のような効果がみたいなのないんですか」
「治癒魔法使いが何言ってるんだ。お前はそんな花必要ないだろ」
「まあ魔法の花を探したいわけではなく単純に長雨の時期だけ咲く花を探したいだけなんですけどね」
「あの時期に咲く花なんてツユクサくらいじゃないのか」
「でもツユクサは長雨の前後にも咲きます」
「魔水竜の住む森の泉にだけ咲く花とか霧蝶が現れる場所に咲いている花だとかは聞いたことあるがそういう時期限定の花は聞いたことないな」
目を輝かせたサクラに、だからってそれらが魔法のような効果があるとは聞いたことがないぞと改めて言おうかロキは迷う。
「満月の夜にだけ咲く花も実際はそう伝わってるだけで満月以外も咲きますし、長雨の時期だけ咲く花も同じようなものでしょうか」
「そっちの方がよっぽど何かありそうだが」
「ゲッカビジンです」
「たいそうな名前だな」
「この世界では違う名前なんでしょうか」
ロキは聞いたことがないという反応だった。
「俺は別に植物には詳しくないから基準にされても困るが」
「今考えてもどうしようもないですね。カステルに行ってから図書館で調べます」
「キンギンカ酒は作らないのか?」
「今瓶を洗って乾かしてます。明日の朝作ろうかと」
「洗ったって、どこで」
「宿の人に頼んでキッチンで」
「……変な客だと思っただろうな」
「大銀貨一枚で快く貸してくれました。旅をしながら何ヶ月も乾燥させるなんて無理なので、明日キンギンカ酒を作るときに一緒に他の採取したものも煎ってしまおうかと」
「それを煎じて飲むのか?」
「煎じて飲んだり、お茶にして飲んだり、入浴剤にしたり、すり潰して粉薬にしたりですね」
「薬湯か?」
「そうですね」
「この辺りの国ではない文化だな」
「え、そうなんですか?」
「話に聞いたことはある」
「王子様の力で流行らせられたらお金持ちに」
「……お前たまにそういうこと言うが、それなら治療費をもう少し高く要求すればどうだ」
王子がお金を出すのに遠慮して、治療費はとても安く、治癒魔法を持つと知っても神殿や王宮で働きたがることはない。
しかし自分で欲が多いことは認め、お金はむしろ積極的に稼ごうとしている。
「ロキは神殿を基準にしてるからですよ。あれに比べたら安いは、別に全然安くありません」
「お前が奉仕精神溢れた医者ならいくら安くても納得するが、そういうわけでもないだろ」
「お金が欲しいと不当に搾り取らないは普通に両立することじゃないですか? 私は特に矛盾した行動をしているつもりはありませんが」
サクラは不思議そうに首を傾げる。
「不当に搾り取ってる、ね。カステルは神殿も楽しみだ」




