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唯一

「街の宿より本当にただ値段だけ五倍になった感じなんだな」


 ちょうど夕方に着いた宿の一階で夕食を食べながら室内を見渡して、アズールはぼそっとそんな声をこぼす。


「こういう場所の宿は食事込みだが、それでも街中よりは相当高いな。仕方ないと言えば仕方ないが」


 貴族のはずなのに普通に質素な食事を気にせず食べているカイに、改めてアズールは変な気分になる。

 まあ向かいで王子も同じものを食べているのだが。

 カエルも気にせず食べていた王子だが。


「私たち以外人いませんね。いつもこんなものなんでしょうか」

「村から街行く人はほぼ宿は使わないけど、貴族とかも使わなさそうだよな。どういう人がメインで使ってんだろ」


 アズールが以前街で利用した宿とそう変わらない内装だった。


「街と街の間の宿なら利用者も多いが、こういう場所だとな」

「噂をすれば」


 カイが入り口の方を見てそう言ったので、三人もそちらを見るとちょうどドアが開いて三人の男が入ってきた。


「この世界って冒険者とかっているんですか?」


 三人の装いに、サクラは小声で隣のロキに尋ねる。


「冒険をする者をそう言うならそれはいるだろう」


 いまいち話がかみ合っていない答えられ方だった。


「えっと、じゃあ、勇者とか」

「……一応言っておくと魔王はいないぞ」


 求めていたのと近い答えが返ってきた。


「魔獣の王というものはいませんが、アマルテアの王は魔王と言われることがありますね。アマルテアが魔法に強いというのもありますがアマルテア王家がまず魔法に強いので」


「じゃあ俺ら勇者に倒される側か」

「……おい」


 アズールの言葉にロキは微妙な顔になる。


「あんたたちアマルテアの人間か?」


 声をかけられ、カイとアズールは顔を上げ、ロキとサクラは振り返る。


「まあ」


 半分は、とは言わず、ロキは短く一応肯定を返す。

 じろじろと見られ、ロキは被っていたフードを少し下げ、サクラとアズールは少し顔を逸らす。


「一番強いのは誰だ」


 サクラとアズールは、これはロキが自分と言ってしまうんじゃないのかと、それはいいのかとカイの方を見る。


「なんだあんたか」


 二人の視線を辿って、カイの剣を見て、あからさまに興味を失くしたような顔になると二階に上がっていく。

 サクラとアズールは去っていくのを視線で追ってから、改めてカイの方を見る。


「ザコには用はないとばかりの視線を送られた気分は」


 そんな言い方をしてくるロキにカイは微妙な視線を送る。


「……俺に何を言わせたいんですか」

「あれくらいのやつにはさすがにお前も多少強気なことを言うのかと」

「言いませんよ。下を見ているときも上を見ているときも自分の位置は変わっていません。俺が別に強い人間ではないのは誰を相手にしていようと変わることのない事実です」

「ヴォルフが相手なら俺は弱いがその辺の魔法使い相手では俺は強い。そういうものだろ」

「たとえヴォルフ卿が誰かに負けても彼は弱い人間にはなりませんし、俺がその辺のごろつきに勝っても俺は強い人間にはなりません。そういうものです」

「……お前の人生楽しくなさそうだな」

「失礼な」


「あれくらいのって、そんなに弱い人だったんですか? それとも王子様が強すぎて感覚狂ってるだけ?」


 ロキの発言に対してだが、アズールはカイを見て聞く。


「見た目だけで判断するなら最初から彼らにとって俺たちは弱そうな者たちだったはずで声をかける意味などなかったはずだろ。俺で興味を失ったのは、魔法使いがいると思ったのにそうじゃなかったからだ」


「魔法使い、いますね」


 アズールはロキを見る。


「つまり気付かない程度ということだ」


 彼ら自体には興味はないというふうにロキが食事を再開させて言う。


「魔力を意図的に使ったことがある人がわかるのは魔導士レベルになれば、と聞きましたけど、強い剣士さんとかだとわからないんじゃないですか?」

「どれだけ剣を極めたところで魔導士には勝てません。ロキ様からすれば気付かなかったという一点でその程度の人間になるんですよ」

「自分は強気な発言はしないくせに俺だけそういう人間にしようとするな。俺はあくまでいろいろな点からそう言ってるんだ。だいたい今はお前と彼らを比較して話している」

「一つ言うなら剣を扱える魔法使いもいますし、剣士だから魔法使いではないと思う人は確かにその程度の人かもしれませんね。その知識を得ない程度の場所にしか今までいなかった」

「……もっと他に言えることがあるだろ」


「つまり井の中の蛙ですか」


 そう言ったら三人に意味がわからないという顔をされる。


「……井の中の蛙大海を知らずって言って、井戸の中の蛙はその狭い世界がすべてだと思っていて大きな海があることを知らないということです。井戸の中のことしか知らないから見識が狭いとかって意味だったと思いますけど、狭い世界で強さを誇ってた人があっさり負けたりしたときに井の中の蛙だって言ったりもします」

「お前の国の言葉はなかなか嫌味だな。普通に弱いって言えよ」

「……これはたぶん私の国が由来じゃなかったと思うけど」


 前世を国と称してしまったのでそういう意味では“お前の国”は正解なのだが、日本という意味では違っていたような気がする。

 確信はないのでサクラはアズールにはっきりとは否定できないが。


「普通に言えよと言ってしまったらすべてのそういう表現は終わりだろ」


 ロキにそう言われ、アズールはまあ確かにと思う。


「本当かどうかは知りませんが、井の中の蛙大海を知らず、されど空の蒼さを知る……って続きがあると聞いたことがあります」

「それは素敵な言葉ですね」

「なんでお前通じてるんだ」

「カイさんその国知ってるんですか?」

「狭い世界にずっといたからこそ知れたこともあるという意味では? 広い世界を知ることだけが正しさとは限りませんから」

「広い世界を見にいくための旅の最中に言うなよ」

「……どちらが悪いということではなく」


「でもどうして魔法使い探してたんだろ」

「魔法使いが仲間にいると便利だから?」

「ああ、それもそうか」

「ロキ様ほど便利な人はそうそういないが」


「……お前たち俺を完全に便利屋扱いだな」


 食べ終えて自分たちも二階に上がろうとしたとき、下りてきた宿の主人に呼び止められる。


「君たち魔法使いじゃないのかい?」


 人によっておじさんとおじいさんで意見が分かれるだろうくらいの見た目の男性の少し驚いたような言葉に、四人はまた魔法使い……とさっきは便利だからと軽く流したが少し引っかかる。


「こんな格好だからか?」


 ロキはローブのフードに触れて、肯定とも否定とも取れない言葉で返す。


「いや旅人がマントを羽織っているのなんてよくあることだから。そうじゃなくてこのタイミングでこんなところを訪れるからだよ」


 それにサクラとアズールが顔を見合わせる。


「あの、私たちヘルテ村の者なんですが、エルベに行くにはみんなここを通ると思うんですが」


 そう言ったら宿の主人は納得したような顔になった。


「君たちヘルテ村の人間だったのか。軽装の若い子たちがこんな何もないところに来るからてっきり採取者かと思ったんだよ。そしたら武器のようなものを持っているのは一人しかいないし、魔法使いだとばかり。そうかヘルテ村の。それなら納得だ。あそこの人たちはほとんどこの宿は使わないから除外してしまっていたよ。なんだか綺麗な身なりをしているようにも見えるし、お金に余裕があるから宿を利用しただけだったんだね」


「このタイミングでと言いましたが、今何か?」


 そう尋ねたカイに、主人は受付のカウンターに行くと紙を一枚持ってきてカイに渡す。


「この辺りに魔獣が出たそうで、ギルドに魔獣退治の依頼があったんだよ」

「では彼らはその依頼を受けて?」

「国に任せておくべきだと思うが」

「国が出てくる前に退治しようと急いでるんだよ」


 ロキの言葉に苦笑交じりに返す。


「そういうわけだから寄り道しないでエルベに行くんだよ。彼らに護衛を頼むのもいいかもしれない」


 そう言って仕事に戻る宿の主人に、四人もとりあえず部屋に行く。


炎犬(フラーモ)ですか」


 カイはその紙にざっと目を通すとロキに渡す。


「そういえば少し前に診た旅の人が魔獣の噂があるって言っていましたね。炎犬のことだったんでしょうか」


サクラはてっきりレイの魔獣かと思っていた。


「炎犬って?」

「C級の魔獣だ。C級まではギルドに依頼が出ることがある。まあ大抵民間人ではどうしようもなくて国が対処することになるんだが」

「他の依頼に比べて報酬がいいからああやって依頼を受ける者が後を絶たない」


 ロキとカイの説明にアズールは「へー」と他人事の反応をこぼす。


「彼らのような人はなんていうんですか?」

「採取者」


 質問をしたサクラだけでなくアズールも一緒に首を傾げる。

 そういえば宿の主人も言っていたが、二人には聞き馴染みのない言葉だ。


「ギルドの依頼の中で採取依頼が一番多いんですよ。鉱物、植物、獣は退治もありますが牙や皮や肉の採取もあります。メインで受けている依頼は別でも一年中安定して収入を得ようと思うと自然と採取依頼を受けることになるので、ギルドの依頼で生計を立てているものを採取者と呼ぶんです。護衛や荷運びは信用問題があるので誰でも受けられるというわけじゃないですが、そういう依頼は誰でも受けられるというのもありますね」


 カイの補足説明に、今度は二人で「へー」と声を重ねる。


「ちなみにC級の魔獣の退治の報酬って」

「だいたい大金貨二、三十枚くらいじゃないか?」

「「さっ……」」


 サクラは心の中で三百万……と思わず前世の金額を考えてしまう。

 サクラの感覚的には大金貨一枚は十万円くらいだ。


「安すぎてびっくりだろう」


 いや高すぎてと、二人は心の中でロキに返す。

 ロキから渡された紙を見て、炎犬の退治報酬が大金貨二十三枚と確かに書かれていて、二人で本当だ……と改めて衝撃を受ける。


「生け捕りすると高く売れますけどね。さすがに難しいです」

「あまり高くしすぎると魔導士が国に仕えるより個人で稼いだ方がいいと思ってしまうという事情があるから仕方ないとはいえ、C級の魔獣を倒して大金貨二十枚なんて割に合わない。誰が受けるんだ」

「と思っていましたが」

「あいつら受けるらしいな」

「いや受けるだろ! 受けますよ! 大金貨二十枚ですよ!?」

「バカを言え、C級の魔獣だぞ。大金貨二十枚に命懸けるくらいなら山菜の時期に毎日獣に怯えながら一日中山で山菜採取の依頼こなした方がよほどマシだ」

「……なんで王子がそんな堅実なんだよ」

「稼ぎ時だぞ、山菜の時期は。毎年獣被害が後を絶たない」


 だからなんで貴族がそんなギルド事情に詳しいんだよとアズールは思った。


「あの人たち大丈夫でしょうか」

「大丈夫じゃないだろうな」


 即答するくらい確信を持っているのに止めてやらないのかとは思ったが、止まらないかとは二人も思ったのでそこは何も言わなかった。


「魔法なしで魔獣を相手にするのは無謀ですね。D級ならまだしも」

「でも探してたくらいだし難しいなっていうのはわかってるんじゃないですか?」

「難しいと思うのと無謀だと思うのは別だろ」

「……王子様手伝ってあげればどうですか。四分の一でもすごい金額ですよ」

「わかっていないな。報酬の半分は魔法使いのものだ。律儀に四分の一でいいなんて言うやつはまずいない」

「……王子様別に金に困ってないんだから四分の一でいいじゃないですか」

「今後の旅費はいくらあってもいい」

「お金のあてはあるってギルドの依頼ですか」


「まだお金はあるからいいですよ。あまり多く持ち歩くものじゃありません」


「と保護者が言っているので駄目だ」


「「……保護者」」


「俺は別にいいと思うんだがな。ああいう依頼は早い者勝ちだ。むしろ人助け?」

「目立つのでやめてください」

「もしかすると炎犬が俺の魔力を気に入ってくれるという可能性も」

「ないです」

「……あるかもしれないだろ」

「諦めてください。あなたの魔力は濃すぎてB級の魔獣にすら気持ち悪がられるほどじゃないですか」

「おかしいだろ。そこは誰よりも心地よくあれよ」


「豪華さと快適さは必ずしもイコールになりませんしね」


「……お前だけは肯定してくれ」


 唯一無二の魔力の相性がいい者にまでそんなことを言われる。


「結局C級ってどのくらいの危険度なんですか?」


 すごく危険な感じで言っている割にロキとカイは平然としているようにも見える。

 アズールはどういうスタンスでいればいいのかいまいちわからない。

 怯えるのが正解なのか、別にそんなに気にしなくていいのか。


「B級とC級との間には大きな差があると言われている。B級の魔獣を保持しているものはそれだけで他国から警戒される。C級は魔導士レベルならたいした脅威じゃない」

「その魔導士レベルがそうそういないから市民にとっては脅威なんですけどね」


 カイがそう付け足す。


「それが目立つからやめろと言った人間の言葉か?」

「さすがに街中に出れば止めませんよ。しかし現状被害は出てないようじゃないですか。それにあなたはアマルテアの王子で、ここはヘルシリアです」

「なんてやつだ」


「まあ側近とか従者はそうでないと」

「確かに率先して主を他国のために魔獣の前に出すような人が側近だとちょっとあれですね」


「……なんでヘルシリアの人間がそっち側の意見なんだよ」


 暗にヘルシリアは見捨ててもいいと言ったのに、ヘルシリアの国民である二人がカイに賛同した。


「てか王子様そういうタイプじゃないだろ。そんな率先して人助けしたいタイプですか? それこそ自分の国ならともかく」

「魔法や魔獣というものが大好きなんだよ。積極的に首を突っ込みたいんだ」


 そんな二人を指差して自分を見てくるロキに、サクラは苦笑をこぼす。


「むしろここで人助けを訴えない私が一番問題なのでは?」


 三人にそろって確かにという顔をされてしまった。


「……まあ、あまりそれを訴えられても困るのですが」

「その訴えを叶えるために動くのは俺だしな。カイは実質巻き添え確定だ」

「……それが嫌だからというわけではありませんが」


「なんだかそれは違うような気もしますよね。自分は何もしないのにただロキに人助けのために魔獣を倒して……って、それでロキが脅威にさらされるのはいいのかという別問題が。かといって医者が怪我人出ようがどうでもいいよと言うのもあれですし」


「そんなこと考えだしたらきりがない。医者も魔法使いもなんでもできるわけじゃない。医者だって怪我人出るのがわかってても仕方ないと見なかったことにするときだってあるさ。じゃあ医者が魔獣倒せるくらい強くなればいいって言われたらそりゃそうだが、それもなんか違う話だろ。それ言いだしたらみんなそうだ」


「てか王子様はサクラの訴えで動くんですか」

「動くさ、俺たちはお互いさまだ。俺はサクラを助けるし、サクラは俺を助ける」


 自分側のことだけならどうとでも言えるが、相手側のことも一緒に断言するロキに、アズールは理解できないという顔をするが、実際サクラから否定は出なかったのでその場では流す。


***


 それぞれの部屋に戻った後、カゴを持って部屋を出たサクラは、宿を出たところで呆れた顔のロキに呼び止められる。


「女が夜に一人で外に出るなよ」

「でもこんな場所ですよ?」


 襲う人間もいない。

 獣の心配をするなら男もだ。


「魔獣が出ると聞いたばかりだろ」

「少し近くを見るだけのつもりだったので」

「俺かカイに声をかけろ」

「ロキはいいんですか? カイさんに言ってきました?」

「カイはどうせ気付いてるからいいんだ」

「……それはいいんですか」


「何か見つけたのか?」


 サクラが持っているカゴを見て、外に出た理由を察してそう尋ねる。


「いい匂いがするなと思って」


 言われてロキは意識して周囲の匂いを嗅ぐ。


「ああ、確かに。花か?」

「キンギンカじゃないかなと」


 匂いのする方に行くサクラに、ロキは火を灯して一緒に行く。


「薬になる?」

「はい」

「高そうな名前の花だな」


 そんな感想にサクラはクスっと笑う。


「白から黄色に変化していく花なんです。だから金銀花」

「なぜ白黄花じゃない」

「……それはなぜでしょう。でもキンモクセイとギンモクセイもそうですし、そういうものなのでは」


 さすがにサクラもそこまでのなぜには答えられない。

 そうこうしているうちに花が咲く場所に着く。


「確かに同じ木に白い花と黄色の花が混在している」

「やっぱりキンギンカでした」


 サクラは蕾を採取していく。


「いい香りだな」

「少しお酒に浸けておきましょうか。色も香りもいい薬用酒になるそうですよ」

「……それは俺の口に入ることはあるのか?」


 言われて、サクラはその機会を考えてみる。


「腎臓病を患っていたり」

「健康だ」

「健康だと言われてしまったら薬なんて必要ないに決まってます」

「つまり色と香りだけを横から楽しめと」

「楽しめたら禁酒できそうですね。お手伝いしましょうか?」

「俺はそこまで酒は飲んでない」

「ロキの感覚は狂っているそうなので」

「……それで魔導士が短命などではないんだからいいだろ。魔力の高い者の適量がそれだっただけだ」

「一理ありますね。図書館で本当に魔力の高い人はお酒を大量に飲んでも身体に悪影響はないのか調べてみることにします」

「信じろよ」

「患者のそういう言葉は鵜呑みにしてはいけないんですよ。患者はアルコールを摂取したいんですから」

「患者と言うな」


「前世ではスイカズラとも言ったんですよ」

「カズラというのはなんとなくわかる」

「花を吸うと甘いんです。だから吸い葛」


 サクラは咲いた花を一つ取るとそれを吸って見せる。

 ロキは興味深そうにそれを見ると、サクラと同じように花を取って吸ってみる。

 目を丸くした。


「思っていたよりはっきり甘い」

「他にもこういう花はたくさんあるんですよ」

「面白いな、花を見てあの花の蜜は甘いのだろうかなんて考えたこともなかった」


「花のジャムをいつか作ってみようと思っているんですが、ロキは甘いもの大丈夫ですか?」


 この世界にはどうもエディブルフラワーの文化はないらしいが、紅茶に花を浮かべたりはあるようなので、サクラはいつか試してみようと思っていた。


「特別好むということもないが、普通に食べる。花のジャムなんて聞いたことないな。ずいぶん洒落た食べ物だ」

「ロキはちょっと受け入れすぎな気がしますね」


 ロキはあまりに自然にサクラの異世界の文化を受け入れる。


「お互いさまだろ」


 お互いさま、という言葉に、サクラは先ほどのロキとアズールとのやり取りを思い出す。


「私にとってあなたは唯一ですが、あなたにとってはそうじゃない」

「俺にとってもお前は唯一だ。お前の隣では俺は自由になれる」

「私はあなたの前でだけは何も気にせず “自分”でいられます。心が自由になる。あなたもそうである理由はわかりません」

「ただのロキでいられる。お前は俺を王子という特別性よりも前世の話を自由にできる特別性の方がよほど大きく見ている」

「王子という特別性を見ていないわけじゃありません」

「ああ、わかっているさ。だが俺は別に王子であることも魔力が高いことも自分で嫌っているわけではない。ただどうしようもなく、それが疲れることもある」

「確かに私は、あなたが王子でなくても、魔力が高くなくても、唯一でした」

「それはきっとお前だけだ。そしてこれからもそういう存在を他に得ることはないだろう。贅沢な苦しみだがな。俺がそういう存在だったから得られた大切なものがあって、それを俺は手放したくないと思っているのだから。まあ、今となっては苦しみは過去のものだが」


「唯一である理由と、旅をしている理由は別かもしれません」

「ああ、俺もだ」

「あなたは私の唯一で、一緒に旅をするのはとても楽しいだろうと思う相手で、ついでに一緒にいると都合もいい」


 以前自分が言ったようにサクラも都合がいいと表現したことに、ロキは少し笑いをこぼす。


「同じだ」


「そういうものがたくさん積み重なって、いつか大切な人になったりするんですかね」

「どうだろうな」

「不思議な感覚ですね。とても近しい人のようで、でも当然まだ他人のようでもあります」

「一緒に旅なんてしていれば必然的にそうなっていく気もするが」

「それもそうですね」


「ただ、唯一は失えない」

「私はあなたを助けるし、あなたはきっと私を助けてくれるだろうとも思っています」

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