特別性
「前世を覚えていても今世と比較してどうこう思うくらいしかないんですが、どうせならもう少し違う特殊性が欲しかったですね」
「苦しくはならないのか。どういう前世かにもよるのだろうが」
「二十半ばで病死しました」
今健康そのもので生きているので、サクラは軽く口から出たが、ロキは言葉に詰まる。
「……苦しくはならないのか」
「死の恐怖はこびりついていますね。でも誰だって死ぬのは怖いじゃないですか。それとあんまり変わらない気がします。それにみんなが夢を託す来世の希望を誰より信じられますから」
「それは、確かにそうだな」
ロキも前世を覚えているというサクラに会って、来世の希望を口にされると、今までより心安らかに死を迎えられるような気がしてきた。
病気などでもないまだ若い人間だが、死を意識させられたばかりだ。
「親より早く亡くなってしまったのは不孝者ですが、私にはずっと家族が生きている感覚なんです。あの世界で今も幸せに生きている……みたいな感覚でいられて、それは幸せなことです。本当はとっくに亡くなっているかもしれないし、すごく不幸になっているかもしれないですけど」
そういう意味では全然違う世界で次の生を受けたのは幸せなことだったとサクラは思う。
同じ世界で、知り合いはみんな死んだ後なんて複雑だ。
「いや、どうせわからないなら、幸せな方に思っている方がいいんじゃないのか。それでいいと思う」
「楽観的だなと言われるのかと」
「むしろ若くして亡くなる前世をはっきり覚えていてそういう考え方で今を生きていることに尊敬の念すら覚える」
サクラはなぜだか少し言葉に詰まった。
涙が出そうになって手を握り締める。
ずっとそういう考え方で生きてきたつもりだが、誰かに実際そう話して、本当の意味でそうあれるようになった気がした。
「王子様はそういうことを言ってくださる方だったんですね。なんだか少し印象が変わりました」
「……もう少しひねくれた人間だったと思う」
自分でそんなことを言うロキにサクラは声を出して笑う。
「恰好つけたり礼儀を気にしたりしなくてはいけないような相手もいないですしね」
「確かに誰に怒られることもないな」
「私の無礼も許していただけるとありがたいです。ただの村娘に王子相手への礼儀を求められても難しいところが」
前世も、王族なんて立場の人と関わる機会は皆無だった。
「恩人相手に細かい礼儀を要求するほど恥知らずではないつもりだが、前世を覚えているというのならただの村娘ではないだろう」
「でも言ったように特殊な力とかはないので」
「治癒魔法」
「私は王子様の能力だと思ってます。心から」
相変わらず平行線を辿っている。
「本当にただ覚えているだけか? そういう夢を見たのではないかと言われれば否定も難しいほどに」
「前世の私と今世の私という感覚もないんですよね。死んだと思ったら異世界で新しい人生が始まってたーみたいな」
その軽い言い方に、今度はロキも笑う。
始まったーではなく、始まってたーなのは、赤ん坊のときから前世二十半ばまで生きたその知識や人格を有していたのではなく子どもの頃に前世を思い出したからだ。
「その楽観的なところは美点だな」
「世界観はだいぶ違うんですけどね。まず魔法がありませんでした」
「へぇ」
その言葉にロキは興味深そうな顔になる。
「だからもう魔法が楽しくて楽しくて」
「並の魔力に田舎の小さな村の生まれではたいした魔法は使えないだろう?」
「はい、小さな火を出したりコップの中の水に渦潮作ったり」
自分で本当に少しだけ、と言ったようにサクラが使える魔法はその程度だ。
「……独学でできるようになったなら十分頑張ったと言えるが、努力に比例した成果ではないだろう」
「魔法が使えるというだけで楽しいんです!」
強く言い切ったサクラにロキは目を丸くする。
「それは、十分いいことなんじゃないか? 魔法に憧れてそういうことしかできないなら普通なら苦しんでいるところだ。しかし魔法がなかった前世のおかげで、お前は今楽しいと言えている」
そんなところに前世を覚えているおかげがあると思っていなくて、サクラはその考え方に素直に感心する。
「確かに、そうかもしれません。特別というものに憧れていたんですが、前世のおかげで平凡なはずの小さな魔法に特別性を感じられて楽しいです。王子様とお話しできたという特別な出来事も起こりましたし、今世は楽しい人生になりそうです」
「お前が王子と話せたことを喜ぶような人間か」
「将来的にその特別なエピソードが私の人生を少し幸せにしてくれるんですよ」
ロキは少し言葉に詰まる。
「それは、光栄だな。俺も、そんな言葉をもらえたエピソードに将来少し救われそうだ。魔力が多いというところに特別性を語られることはあったが、それが民の役に立つ機会もなく、ただ王子に生まれただけの人間だと思っていたが、それでも、やはり俺は王族だったらしい」
「ノブレス・オブリージュなんて言葉もありますし、王子様も王子様で平民には理解できない苦労があるんでしょうね」
「ノブレス・オブリージュ?」
聞き返されて、サクラは前世の言葉そのままで言ってしまっていたことに気付くが、この世界での言い方がわからない。
「前世の言葉で、えっと……財産とか権力とか、地位?の保持には義務が伴う、的な言葉だったかと」
前世も今世も本を読むのは好きだ。
サクラは前世の読書から得た知識で答える。
「ああ……よく言われるな。ノブレス・オブリージュか。そうやってそのことを差す言葉があるのはいいことだな」
そもそもこの世界にはノブレス・オブリージュにあたる言葉はなかったらしい。
「そちら側の人からすればそんな言葉はない方が楽に生きられそうですが、それでもそう言うあなたはただ王子に生まれただけなのにを言い訳にして義務を放棄したいのではなく、ただ王子に生まれただけの人間がどうやって義務を果たせばと悩む方なんでしょうね」
そんな考え方をしているだけでもう十分立派な王子な気がするという空気を感じて、ロキは苦笑をこぼす。
「高貴な者の義務はよく貴族に言われる。そしてアマルテアでは、貴族が義務を負うのならば王族はより多くの義務を負わねばならないと言われる。アマルテアは王族の力が強い国だ。それは言ってしまえば王族に魔力が多い者が多いからだが、それでも表ではより多くの義務をという姿勢の王族だからそんな王族の下に国はまとまっているのだと言われる。幼い頃から、何度も何度も、繰り返し言われた。我々がこの立場にいるのは建国時の英雄の子孫だからでもなければ器などでもなくしょせん魔力が多いから、しかしそれは理解しておかなければいけないことであって、どうせお前たちはアマルテア王家に逆らえはしないのだとふんぞり返る理由にしてはいけない。そんなことは言われるまでもなく当然のことだが、当然を当然にするために幼い頃から繰り返し言われる」
「ますますあなたがなぜこのような状況になっているのかわからないですね。アマルテアはこの世界で一番の大国で、豊かな国で、三人の王子様はみんな魔力が多くて、将来も安泰で」
あくまで隣国の庶民から見た印象だが。
「兄弟の仲もいい」
「それは何よりですね」
兄弟による王位継承権争いなどでもないようだ。
もしそうなら第三王子のロキは被害者ではなく加害者の可能性が高くなってしまうが。
「一番の魔法大国というのは事実だと思うが、精霊の加護も妖精の加護もない」
「まだ諦めないでください」
サクラは握り拳を作って言う。
「……いやお前がもう諦めて認めろ」
「死にかけたことで妖精の加護が目覚めたんですよ」
「アマルテア王家はみんな魔力が高い。第二王子の魔力が八で低いと言われるほどだ」
「ヘルシリアの王女様は七で久しぶりに王族にすごく高い人が生まれたって国で話題になるほどなのに」
魔力量を十段階で表すというのも基礎知識で魔法を少しでも学んだことがある者はみんな知っている程度のことだが、四大魔法と同じく一般常識ではない。
国民の間で話題になったのは王女の魔力は多いということで、七らしいというのは村を訪れた簡単な魔法を使える商人が教えてくれたことだ。
「俺は十段階で十二だと言われる」
「……超えちゃってる!?」
「だが、アマルテア王家ではたまにいるんだ。歴代でも指折りとは言われるが、過去に類を見ないとは言われない。妖精の加護なんてない」
「でも氷魔法を使えるんですよね? 四大魔法以外を使える人は特殊で」
「だが氷魔法、雷魔法、聖魔法などは特殊の中でも使い手が多い属性だ。探せばいる。アマルテア王家でたまに生まれる特に魔力が多い者はそろって氷魔法を使う。俺はあくまで枠の中の特別でしかない」
「魔力が多いのが普通というアマルテア王家の中でも特に多いらしいのに、三人の王子様の中で末の第三王子は平凡という噂を聞くのはなぜなんでしょう」
今までの話では第二王子がそう言われてそうなものだが。
「それは平凡な容姿をしているからだな」
そう言ったら顔を近付けて凝視され、ロキは思わず後ろに下がろうとする。
それでもお腹にはやはり痛みはなくて、表面上傷が消えただけなのではなく本当に治っているのだと改めて実感する。
「……これで平凡、王族の基準とは。それともアマルテアの基準が? いやでもたまに見かけるアマルテアの人たちはヘルシリアとそんなに違いはないような。お兄様方は神のような容姿であらせられるとでも?」
「……顔は兄弟で似ていると言われる。兄はそんな後光を放つような容姿はしてない」
その言葉にサクラは元の距離に戻って首を傾げる。
「ではどうして王子様、ロキ様だけ平凡だと?」
「色だ」
「お兄様は黒ではないんですか?」
「銀の髪に金の瞳だ」
「……銀の髪も金の瞳も珍しいだけで探せば他にもいると思いますが」
「だから容姿がいいんだろ。それに探さないといない」
「兄弟で顔は似ているとついさっきご自分で言いましたが」
「民が王族の顔なんてはっきり知るか。民の間の噂だろう。銀髪と黒髪、金眼と黒眼だけ比較して、魔力は多いがという言葉に続く言葉としてそう言われる」
「確かに黒髪はたくさんいますね。私の村にも何人もいます」
「……だから平凡だと」
「ですが黒い瞳はとても珍しいんじゃないですか? 田舎娘なので都会にいけばその辺にいると言われてしまえばそうなのかと驚く他ありませんが」
「……都会に行くまでもなく黒眼もその辺にいるだろう」
「それは茶色です」
「茶はもっと明るい……」
「みんなが普段黒だと言っているのは焦げ茶ですよ。太陽の下で見れば違いがすぐわかります。あなたのような真っ黒な色の瞳を持つ人を私は他に知りません。それともこの世界では黒曜石のような色の瞳は平凡なのですか?」
「…………」
「思い当たる節がおありのようですね。ではやはりあなたは特別な人です」
少し瞳を揺らしたロキにサクラは笑って言う。