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魔法の基礎知識

「カイさんって普通に王子様から目を離しますよね」


 野宿する場所を決め、たき火用の木の枝などを集めていたとき、アズールがそんなことを言った。

 二、二で分かれるとなったとき、まずロキとカイは分かれることがその二人の中で決定事項のように話は進んだ。

 サクラの家の中ではともかく、村の中でも平気でロキを一人散策に行かせていた。

 アズールはそれが王子の護衛らしくないように思った。


「まあ、言ってしまうと圧倒的にロキ様の方が強いからな」


 苦笑いを浮かべるでもなく、あっけらかんと、言ってしまった。


「……それ護衛になるんですか」

「盾にはなるが、盾にならなければいけないような状況にはまずならないだろう。なんせ正面に盾どころか自分で四方に氷の壁を作れる方だから」


 魔法使いの存在は当然知ってはいるが、もはやそんなレベルの魔法はアズールには想像もできない。


「だから護衛ではなく従者という方が適切だ」

「でも王子様自分で自分の荷物持ってるし、薪も拾いに行くし、てかこの後で火を点けるのも王子様ですよね?」


 従者が必要だとは思えないくらい自立している。

 何ならロキの方が働いている。


「さすがに王子を一人で他国に送り出すわけにはいかないだろ」

「いやなんか、あの二人、二人でも楽しい旅できそうだから」

「それはそうだろう。魔法使いと医者がそろっていて何に困るということもない」

「その場の思い付きで旅の約束した若い男女って、知らない人から見たらすげぇバカな響きなのに」

「当人たちが心配事項を解決できる力を持っているならそれはバカな行動ではなくただの提案だ」


「……何かできることがあるって、すげぇ強いんだな」


 *


「これ食べれますよ」


 枝をある程度集めたところで、木の根元を指差してそう言うサクラに、ロキはそこを覗き込む。


「お前はキノコにまで詳しいのか」

「いえ、食べられる数種類と有名な毒キノコを少し知っているだけです」


「そこで採ったものを食べるということは今までなかったな」


 せっかく見つけたので採取しているサクラに、ロキは少し興味深そうに言う。


「節約する必要ないですからね」

「街から街へ移動する数日だけの話で、長期間野宿が続くということはなかったからな。その数日の間に宿に泊まることも少なくなかった」

「荷物も小さいです」

「最低限だ」

「水も火も要らないとそれだけで軽くなりますしね」


 水はカイもアズールも少ししか持ってきていない。ロキとサクラにいたってはそれもなしだ。

 火を起こす道具は全員持たず、ランプも誰も持っていない。


「サクラ、これは?」


 別の場所を指差すロキに、今度はサクラがそこを覗き込む。


「あ、それも食べられますよ。でもそっちは絶対駄目です」


 近くに生えていた別のキノコにはNGを出す。


「……赤い方が食えて薄茶色の方は毒なのか」


 キノコはわからない人間は絶対に手は出してはいけないなとロキは肝に銘じる。

 薄暗くなってきたのでそのキノコだけ最後に採って戻れば、ちょうどカイがたき火用の枝を組み終わっていたところだった。

 その横でアズールが使いやすいように集めた枝を大まかな太さで分けていた。

 サクラはアズールの近くに集めてきた枝を置いて、持っていてもらっていた薬鞄から小さな鍋を出す。


「キノコを洗う水をください」

「ああ」


 ロキは軽く鍋を水で一杯にすると、サクラが置いた枝の山の横にもう一つ山を作り、カイの組んだ木材に手を突っ込んで火を点ける。


「それ熱くないんですか?」


 火を点けてすぐ手を引っ込めるのではなくちゃんと安定するところまでそのままにしているロキに、アズールは意味のわからないものを見るような顔で尋ねる。

 常人なら間違いなく手が大火傷だ。


「ギリ」

「……そこは全然大丈夫、じゃないのかよ」


 着火剤などもなく枯れ葉や枯れ草を集めるのも大変な季節だが、問題なく細い枝が燃え出したところでロキが手を引っこ抜くと、カイは細い枝だけをその火の中に重ねていく。


「水の魔力で覆って守っている。指に火で灯すなら、そう見えているだけで実際は自分の指の上に直接ではなく、魔力の上に物質の火があるから問題ないが、焚き火の中に手を突っ込むと外部の火もあってそこに対しての防御をしなければ手は焼けてしまう」

「……?」


 ロキは枝で地面に簡単に人を描くと、人の絵の周囲を円で囲む。


「見えないだけで、魔力は常に自分の周囲に漂っている。そして魔法を使えば当然そこに魔力は集中する。その上に自分で火を出すと、火傷をしたりはしない」


 腕の辺りを、魔力が集中していることを示すように線でなぞり、その上から火を描く。


「なるほど、魔力が自然と防御膜みたいになってるんですね」

「ああ、だが外部から、たとえば火を灯した枝で突いてきたとする。防御膜は物質としての壁ではないから火傷をするし、単純に火を近付けられてもそこに魔力を集中して防御膜を分厚くしているわけでもないから熱い。だから自分から火の中に短時間手を突っ込むくらいは大丈夫だが、不意に火の玉でも飛んできたら俺は普通に火傷をする」

「……火の玉飛んでくるって何」

「魔導士の戦いというのはそういうものだ」

「……嘘だろ」

「魔法を使える範囲は自分の魔力の範囲だから、魔力が多いほど遠くで魔法が使える」


 ロキはもう一つ人の絵を描くと、さっきより周囲を覆う円を大きく描く。


「つまり王子様の魔法の範囲はこのでっかい円の中全部で、俺だとこっちの小さい円の中ってことですか?」

「まあそんな感じだ。そして距離が遠くなればなるほど魔力を多く消費する」


「でも自分からでも火に手を突っ込めば熱くて耐えられませんけど。素で突っ込むよりは確かにマシですが。魔法使いとしての差でしょうか?」


 横でアズールへの説明を聞いていたサクラがそう言う。


「それは俺が氷魔法の性質を持ってるからだと思う。基本の四大魔法以外の特殊な魔法は体質に影響を及ぼすことが多い。俺も人より体が冷たい。寒さにも強いが熱さにも強い」


「へー、確かに私も体強いかも。あ、もう一度水をください。できればぬるま湯で」


 キノコを洗い終わって水を捨てると、サクラはもう一度ロキにキノコの入った鍋を差し出す。


「……難しい要求を簡単に」


 今度はさっきと違って集中して鍋に水を溜める。


「なんて素晴らしいんでしょう」

「……それはどうするんだ。煮るのか?」

「いえ、これは虫出しです。しばらく放置してキノコの中から虫が出てくるのを待ちます」


 こんなところにもトラップがあった。

 やはりキノコは素人が手を出してはいけないものだとロキは強く再確認する。


「四大魔法?って何ですか?」


 アズールが魔法の話を続けたことにサクラは少し驚く。


「すべての人間は水、火、土、風の四つの属性に分けられ、その四つなら自分の属性以外でも魔法を使えることから、四大魔法と言われる。要するに基本的に魔法はその四つで、そこから外れるものは特殊な魔法ということだ」

「自分の属性以外の魔法も使えるなら、自分の属性ってどうでもいいんですか?」

「そこまで重要ではないのは確かだが、一応自分の属性の魔法は扱いやすい。他の属性の魔法を使う場合は魔力を変換する必要があって工程が一つ増えるから、その分扱いが難しくなるということだな」


「サクラは何なんだ?」

「私も水だよ。水が一番多いんじゃなかったかな」


「アマルテアでは水、火、土、風の順に少なくなっていくな。この辺りの国はどこも同じだろう」


「サクラは四つ全部使えるのか?」

「ううん、水と火だけ」

「出すだけなら難しくないから、魔法使いを自分で名乗るくらいの者ならすべて使えることが多いが、逆に魔導士は攻撃に特化しすぎて偏っている者も多い。俺は一応四つすべて使えるが、水と氷以外は一応使えるというくらいだ。火を出すだけ、水を出すだけ、というような者は魔法を使えるとは言うが、魔法使いを名乗ることはない」

「基本の四つは努力次第で誰でも使えるようになりますけど、その他は才能ですよね? 風より圧倒的にレア」


 サクラは風がAB型くらいの割合で氷などはRHマイナスくらいの珍しさという前世の血液型を例にしたそんな認識でいる。

 一国に数人なんて稀血ほどの珍しさではなさそうという認識だ。


「ああ、基本の四つ以外は努力して使えるようになるものではない。魔獣のランクのような世界共通ではなくアマルテア内で勝手に決めているだけだが、特殊な魔法も希少度でSからCまでランク付けしている。価値ではなくあくまで希少度だ」


「サクラ様の治癒魔法やフローラの花魔法のような過去に例もなく今も世界に一人というようなものがSですね。もちろん記録に残っていないだけ、公になっていないだけという可能性はありますが」


 サクラは花魔法使いはフローラさんていうのかーと、そんなことを思ったが、アズールはここまで来る間にカイから聞いてはいたがサクラがそんな存在であることにまだ変な感覚だった。


「過去も遡って世界に数人というのがAだ。単純に数だけで見ればSよりAの方が少ない。変な魔法使えるやつはたまに出るんだ。それに二人目三人目が現れることは珍しい」

「なるほど」

「……変なの」

「……いや、今のは表現が悪かった」


 本当の意味で世界に一人なんて希少度に分類されるものは変なものが多くて、カイは主の失言に理解はする。


「Aにはどんなのがあるんですか?」

「ヘルシリアの王女の転移魔法がそうだ」

「へー、うちの王女様ってそんなすごかったんだ」


「転移魔法って瞬間移動みたいなことができるんですか?」


 サクラのイメージは完全にテレポートだ。


「詳しくは知らないな。生物は自分以外転移させられないとか、制限が多いとは言っていた」


「Bはいつの時代も世界に数人はいるだろうというものです。ヴォルフ卿の相方のヘルメアさんの探知魔法やタイラー卿の相方のミリーさんの獣念話魔法がそうですね」


「さて問題、カイは何の魔法使いでしょうか」


「「Bなんですか!?」」


 唐突なロキのそれに、サクラとアズールの声が重なる。

 カイは少し微妙な表情になる。


「ああ」

「当てられるものですか?」

「当てられる側の魔法ではある。氷魔法使いは触ると手が冷たいとか、探知魔法使いは魔力に敏感とか、そういうものはある」


 サクラとアズールはじーっとカイを見る。

 カイは居心地が悪そうにたき火に枝を入れた。


「昨日会ったばかりでわかるわけないじゃないですか」

「そもそも選択肢がほぼないようなものだから」

「魔法に詳しい人からすればね」


 カイとロキのそのやり取りもサクラとアズールにはヒントにならない。

 しばらく考えてみるが、二人は降参と首を振る。


 二人が考えている間に、カイが枝をナイフで整え簡易的な串にしていたものに男三人で虫出しの終わったキノコを刺して火で焼いていく。

 サクラは鍋の中身を捨てて一度ロキに水で洗い流してもらうと、チーズとワインを入れて鍋を火にかける。

 置く場所はないので鍋は手で持ったままにしようとしていたら、土魔法で鍋を支えてくれてサクラは目を丸くしてロキを見る。

 土魔法は一応できるだけ、と言っていたのに。


「ロキ、答え教えてくださいよ」

「カイはこんな優男のなりで騎士団の中で腕相撲一番強い」


 サクラとアズールはさっきとは違う表情でカイをじろじろ見る。

 カイは苦笑をこぼした。


「俺は身体強化魔法使いらしいです」

「「らしい?」」

「魔力が2しかありません」


 サクラは言葉を失う。

 フランメリーユ家は魔力が高い者が多い家だと言っていた。

 それでなくても魔法大国の貴族の家に生まれて、魔法の才能は価値の指標だろう。


「それってどのくらいなんだ?」


 アズールは何となく空気は察して小声でサクラに聞いた。


「……3から5の人がほとんどだと言われてる。6くらいならまだ珍しくないくらいにはいるって言うけど、7からは珍しいと思う」


「2は逆に珍しい。貴族では自分以外知りません」


 アズールも言葉を失う。

 庶民では魔力量なんて多くても少なくても関係ない、自分がどのくらいか知らずに死ぬ人も普通なくらいだが、魔法大国の貴族では話が変わってくることは容易に想像できた。


「それで王子の従者に選ばれたやつだからな、とんでもなく優秀なんだ。剣の腕はアマルテアで三本の指に入る」


 この話がロキの側近自慢だったことに気付いて、二人はそこで表情が緩む。


「上二人がだいぶ抜けた三本目ですけどね」

「でもお前が一番強い」

「……インチキでしょう」


 肯定ではなかったが否定もしなかったことに二人は驚く。

 旅の同行者にそれほどの人がいると知るとすごく安心感がある。


「身体強化魔法使いは素でも身体能力が高いし体も丈夫で、目も耳もいい。化け物じみていいというほどではないがな」

「しょせん腕相撲で負けたことがない、というくらいです。ちなみに圧勝ではありません」


「魔力を使うとどのくらいになるんですか?」

「昔握った相手の腕の骨を砕いたことはありますね」

「「…………」」

「一回で魔力使い切りましたけど」


「……え、これ魔力多い身体強化魔法使いどんな化け物?」

「身体強化魔法使いは総じて魔力が少なめらしい」

「あ、そこで釣り合い保たれてんだ」


「……じゃあロキ様はどこで釣り合いが保たれてるんだ」


 朝から魔法を使い続けてまだ全然問題なさそうなロキは確かに化け物というやつだろうなと、サクラも思う。

 

「Cは一国にも何人もいるというくらいで、聖魔法が有名だと思うが俺の氷魔法もそうだな。治癒魔法使いと身体強化魔法使いの前で言ってもあれだが、一応、珍しい」

「こういうの大抵王子様が一番すごいんじゃないんですか。従者の方がすごいんですか」

「言うな」


 焼いたキノコを木皿に積むと、各々パンとキノコをチーズに付けて食べる。


「天然のキノコは初めて食べるが美味いな」

「美味しいですよね」


「……この高級なチーズはもはやどうかと思うけど」


 こんな旅に持ってくるようなチーズだろうかと思いながらも、アズールはせっかくなのでたっぷり付けて食べる。

 ロキとカイが旅の途中で買ったものではなく出発するときに持ってきたものはどれもさすが貴族が食べるものという感じだった。

 あくまで価値はよくわからない庶民のアズールやサクラの感想だが。


 お昼ご飯はベーコンとツユクサの葉をパンに挟んで食べたが、高そうなベーコンと野草と庶民が普通に食べるようなパンという組み合わせにアズールはなんだか少し不思議な気分になった。


「そういえば、魔力が高いほどコントロールは難しいって言ってましたけど、でもロキの魔法は繊細ですよね?」


「俺は魔法の勉強が一番好きだったんだ。だが魔法だけやっているわけにはいかない。熱心である分に怒られることはないが、教えてくれる時間は決まっていた。だから自由な時間一人でずっと特訓していた。だからこういうことは得意だ」


 ロキが人差し指を立てると指の先で少量の水が空中で渦を巻く。

 それはとても繊細な魔法だった。


「これから魔法を勉強しようかという者にはこれ以上ない悪影響の面子ですね」


 カイの言葉に、ロキとサクラは顔を見合わせ、カイを見て、自分を考える。


「魔力が高すぎて感覚がずれている」

「独学で一般的な感覚とずれてる」

「魔力が低すぎてまともには魔法を使えない」


 三人はアズールを見る。


「俺たちには教わらない方がいい」

「ごめんね、教えてあげられなくて」


「……じゃあ誰に教わるんだよ」


 ***


 夕食後、シートの上に横になったサクラとアズールに対して、ロキとカイは寝ずに番をする。


「どっち先寝る?」

「明日は宿ですから俺が朝まで起きていても構いませんが」


 火に枝を一本くべる。


「二人いるんだから交代すればいいだろ」

「王子に不寝番をさせて寝たなんて知れたら怒られそうです」

「こんな旅でそんなことを言うなよ」


 そもそも旅に出て今日に至るまでの間にすでに何度もあったことだ。


「アズールも魔法に興味があるようなので獣が現れても対処できるくらいになってくれるといろいろ楽なんですけどね」

「サクラの方が先にどうにかできるようになりそうだ」

「……サクラ様は寝ていてくださって構いませんが。医者は万全でいてくださった方が」


 カイとしてはアズールがなんとかできるようになれば二人でという気持ちなのだが、ロキとサクラは四人でという気持ちらしい。


「お前も探さないか?」

「……またその話ですか」

「ヴォルフは運命的に会ったんじゃなくてずっと探し続けて魔力の相性がいい相手を見つけた。タイラーも言ってたが、滅多に見つからないとは言うがみんな探さないんだからそりゃそうだろうと」

「フローラが言っていましたね、運命を信じたい相手とは怖くて試せない。運命を信じたい相手がいれば当然他の人とは試さない」

「だから俺やタイラーみたいに全然そんな関係じゃない人と試してうっかり見つかるかヴォルフのように探して見つかるのがほとんどだ」

「試さなければ見つかるわけがないのに、みんないつか運命の相手が現れるんじゃないかと夢見るんですよね。おかしな話ですよ」


「魔力の低い側は特殊な魔法を使える。サクラも、ヘルメアも、ミリーも……先代賢者の相方も。ならカイも」

「もう粗方試されましたよ。みんな俺に期待して来るのやめてほしい」

「……誰にも試されないフローラとみんなに試されるお前でもしかしてとか言われたときもあったな」

「……みんなして勝手に期待してドキドキしながら見守った挙句がっかりするのやめてほしい、ホントに」


「アマルテアじゃなくてヘルシリアにいるのかもしれない。俺がそうだったわけだし」

「ロキ様、人の心配する前にご自分の心配してください」

「……心配はしてない。昔は魔力の高い人と相性が合えばと思ったこともあったが、もうお前は自分の力で強くなったし、俺はお前の力に一切の不満がない」


「……自分の力で、ね」


 カイは左手首の三本の組み紐の上から右手で握る。


「だが魔力の相性が合う者や、特殊な魔法を使う者や、高位の魔獣を従える者が多く現れるときは激動の時代になると歴史が語っているだろ。そしてそういう者たちは関わり合う」

「そうですね、だからこれ以上増えないことを祈っていてください」

「……もう心配は杞憂にならない人数になってしまっているだろ」

「いや荒れた時代はS級の魔獣が三体は人についていました。まだ大丈夫です」

「本当か? 俺は平穏祈って大丈夫か?」

「祈りましょう」

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