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事情

 宿泊費や食事代を出す代わりに雑用をと言われたので、アズールはサクラの薬鞄を持ったのだが、何ならみんなの他の荷物も持ちますという思いだ。


「宿に泊まるんですか?」


 後ろを歩く二人をちらっと見て、隣のカイに尋ねる。


 あの村の人たちは普通次の街までは三日で行く。

 その二日目に通る辺りに宿があるが、一人一泊大銀貨五枚は庶民には少し躊躇する金額だ。

 急げば宿を利用して野宿することなく二日で次の街に行けるが、宿に泊まらない人間は急ぐ意味もないと三日かけてのんびり行く。


 一度だけ父親と一緒に街まで行ったことのあるアズールの感覚としては、このペースでは今日中に宿までは行けそうになかった。

 泊まりたいという思いは特にないが、まさか王子様を野宿させるのだろうかとは思った。


「今日は野宿になりそうだな」


 カイも後ろをちらっと見て、少し笑ってそう言う。

 今日は、ということは明日は宿ということだ。

 三日かけて行くのに宿に泊まるというのは庶民からすると意味のわからない感覚だった。


「一泊で金貨二枚って相当ですよ」


 大銀貨十枚が金貨一枚と同じ金額だ。

 四人で泊まれば一泊でも庶民には大金だ。


「道中で稼ぐ手段はあるから心配するな」

「……それならちょっと節約すればいいのに」

「稼ぐのも含めて楽しい旅なんだろう」

「俺の中の王子様の楽しい旅のイメージ全然そんなのじゃないんですけど」

「そういうものなら今頃馬車に乗っている」

「そりゃそうだ」


「二人は竜を見に行きたいそうだから楽しみにしているといい」

「……楽しい、旅?」


 冒険に出発ではなく?という顔になる。



 アズールから意味がわからないという感想を持たれていた二人は道端の野草を前にしゃがんでいた。

 道中そんなことをしているので進みが悪い。

 だが元々そういうものが目的の旅だ。


「これはどこを採取するんだ?」

「ツユクサは全草ですね。花が咲いているものを選んで採ります」


 根元で折ると底の浅いカゴに入れる。


「全草なのに根は入らないのか?」

「意味的には根も含むんですが、薬草の場合は基本的に全草って言うと地上部だけを採取することが多いです」

「なぜ花が咲いているものを選ぶ」

「開花しているときが一番効能が高いらしいです。種類によっては咲く少し前がいいと言われるものもありますが」

「難しいな」

「食べるなら開花していないものの方が美味しいそうですよ」


 薬用に何本か採取した後、食用に葉を数枚採る。

 二人はそこで再び歩き出した。


「それで、それをどうするんだ?」

「水で洗ってから乾燥させます」


 サクラがそう言うと、ロキは両手で器を作るようにする。

 手の上、少し浮いたところに水の塊が作られる。


「これでいいか?」


 なんでもないようにそんなことをするロキに少し目を丸くして、サクラはツユクサをその水の塊の中に放り込む。

 渦が作られて緩やかに回るそれに、サクラは洗濯機を思い出した。

 しばらくして水に与えられていた力が消えて落ちていくとロキは手の中に残ったツユクサをサクラのカゴの上に戻す。


「ありがとうございます。魔法使いってなんて便利なんでしょう」

「もう言ってしまったな」


「全草は基本的には陰干しなんですがツユクサは天日干しがいいそうなのでこのまましばらく乾かして、ずっと持っているわけにもいかないのでその後は鞄にでも括り付けておきましょうか」


 リュックサック、というよりはナップサックか、こちらの世界では片方の肩に掛けるタイプばかりだったので、サクラは小学生のときに作ったなーなんて思いながら勝手にもう一本紐を付けて両肩に掛けられるようにした。

 どうせならリュックサックのようにポケットもたくさん付けてやろうかと思っていたが、ローブの裏に左右一つずつポケットがあったので保留中だ。


「もし陰干しと天日干しを間違えてしまったらどうなる」

「そこまで神経質になる必要はないですね。基本的にはそちらの方がいい程度です。あ、でも一部注意書きされていたものがあったのでそれらは気を付けないといけないと思います」


 前世でも日光にさらすと性質が変化したりなんて話は聞いたことがあるが、今世ほど強く注意書きされているようなものがあったかはわからない。

 サクラはその分野の教授だったわけでもないのでわからないというところにしか終着できないが、まあ前世でどうだったかは問題ではないのでそこは深く考えなかった。

 大事なのは今世でどうかだ。


「ちなみに火で早く乾かそうとするのはありか?」

「場合によってはフライパンで煎った方がよかったりしますね。でも採取してすぐじゃなくて少し乾燥させてからです。その場合は乾燥が完璧じゃなくても大丈夫なので時間はだいぶ短縮されますね」

「じゃあ風は?」

「それはむしろありがたいですね。風通しのいいところで乾燥させないとカビが生えてしまうかもしれないので」


 そう言ったらカゴを持っていかれるのでサクラは抵抗せず渡しながらも不思議そうにロキを見る。


「このくらいか?」


 風に吹かれたようにカゴの中でツユクサが揺れた。


「魔法使いって、職に困らないですね」

「……素直に便利だと言っていいんだぞ」

「魔力大丈夫なんですか?」

「何時間でも」

「さすが十段階で十二と言った人ですね。でももっと大味な魔法を使う人だと思っていました」


 むしろ繊細だ。

 以前魔力は低い方が繊細な魔法が使えると言っていたし、カエデも手紙の中でそういうようなことを書いていた。


「こういうこともできる」


 右の手のひらを顔に向けられて不思議そうにその手を見ていたら忘れていた温かい風を感じてサクラは目を輝かせる。


「ドライヤーだ!」


 驚かれるのを通り越して感動した顔をされて、ロキの方が驚いた。


「なんだ?」

「髪を乾かす前世の機械です。懐かしー。またこの温風に出会えるなんて」


「……こんなに喜ばれたのは初めてだ」


 魔法のコントロールの特訓でできるようになっただけだが、みんなには無駄な技術だと言われてきた。


「どういう原理なんですか?」

「火と風の応用だ。氷と風で冷風も出せる。こちらは夏に兄から喜ばれたが」

「ロキ天才ですね。その特技だけでモテますよ」

「……そんなにか」


「私が男だったら毎日ロキに髪を乾かしてもらいに通うのに」

「結婚すれば可能だが」

「……ロキ、そんなこと言ってたら本当に恋愛できなくなりますよ」

「俺はもう諦めてる」

「まだ諦めるのは早いですよ」


 魔力の相性が合って結婚していない者たちは何組もいるが、他の人と結婚した者はいないという事実をロキは言おうか迷う。


「俺たちは主従そろって結婚できない運命なのかもしれない」

「え、カイさんも結婚できない事情が?」

「二十三なのに婚約者もいないしそういう話も一切ない」


 前世では二十三なんてまだまだ心配されるような歳ではないが、この世界ではもうそろそろと言われる年齢だ。

 庶民でもそうなのだから貴族ならもっとだろう。


「ロキの世話で忙しくて?」

「……違う、兄の側近は結婚してるし今までのその立場の者たちも結婚してる」

「その立場の人?」

「代々魔力が高い人間が多い家の子どもが王家の子どもの世話係、護衛……お守り、まあそういうものになる慣習がある。フランメリーユ家はその一つだ。第一王子にも第二王子にもそういう存在がいる。世話係と言っても年上とは限らないが。将来側近になるのがほぼ確定しているからいろいろ素質は見られるようだ」

「カイさんも魔力が高かったんですか」

「いやあいつはまったくだ。ただ俺が特別高かったから補い合えていいんじゃないのかってことになったらしい。魔力以外は優れていたのと他に近い歳で特別魔力が高い者がいなかったというのもある。基本同性で少し年上の者から第一候補になるようだが、第二王子の世話係は魔導士になれるほど魔法の才があったから異性で年下だったが選ばれた。年齢的にはカイと彼女が入れ替わった方がしっくりくるが、カイは第二王子のときは魔力が低いのは駄目だと判断されて、恐らく彼女も第二王子の世話係になっていなくて残っていても俺のときには俺が魔力が高いから魔法の才が他の者より上になる理由にはならなかっただろう」

「いろいろな意味での素質と相性ですね」

「兄はどちらが世話係かわからないと文句を言っていたが」

「なんだか想像したら可愛いですけどね」


 年下の少女が自分の世話をするのをハラハラしながら見ている王子の姿が想像された。


「よくカイとトレードしようと言われた」

「カイさん大人気」

「そうだな、テオにも欲しがられた」

「テオさん、ですか?」


 サクラはそれが誰かは、すぐに察した。


「従兄だ。王弟の息子だな」


 王位継承権第五位という情報に、確信を持つ。


「俺は魔導士以上の魔力なのに魔導士並みには魔法は使えない。俺は資格として以前に魔導士ではなくただの魔法使いだ。テオは魔導士だった。王族から魔導士が出るのは先代の賢者以来。亡くなって数年、空席のまま……俺がいなければ間違いなく今テオが賢者になっている」


 サクラがカイから話を聞いていることをわかっている話し方だった。


「いなければ、なんて話は、したところで仕方がないものですよ。だってお兄さんがいなければロキは将来王で、魔法が得意な王族がいなければ他の魔導士がその役職に就くことができたのに、お二人のせいでいくら努力したところで手が届かないものになってしまっているということでは?」


 言ってしまうサクラに、ロキは少し笑う。


「その通りだな」


 ロキは感情の見えない顔で澄み切った青空を見上げる。


「なぜお前がというのが、なぜお前ばかりとなったのかもしれない。最後に会ったときに、ヴォルフまでもがと言われた。もしそうだと言うなら今頃ヴォルフはもっと自由だ。いつか裏切るんじゃないのかと国に警戒されているはずがない。なぜテオがそう思ったのかはわからないが、勘違いだと思ったから、サクラによって俺の傷は消えていたから、本気で殺そうとしていたなら魔導士のテオが俺を殺し損なうことはないだろうから、だから俺は……まだ間に合うと思ったんだ」


 ロキを強制的に賢者にしてしまう誓いを、ヴォルフはロキの耳に入れることを望まなかったのだと、察した。

 ロキは自分を純粋に魔導士に足りない実力なのだと心から思っていることも、そんなことはないという否定がテオの殺意を否定したいロキの心を傷付けてしまうことも、わかって、サクラはカイやヴォルフが言えなかったのだろう言葉を、同じように飲み込んだ。


「ロキは、今アマルテアを離れることに、納得はしていますか?」

「ああ。ヴォルフが手を下すことには納得していないが、この件が収まるまでは俺が国を離れているべきだというのは、納得している。兄たちには羨ましいと言われたよ」


 苦笑をこぼすロキに、サクラも苦笑をこぼす。

 励まし半分の言葉だとは思うが、もう半分では弟の自由な旅を本気で羨ましがっていそうだ。


「ヴォルフには、堅苦しい王族が一時の自由を手にしてこの先あのときが一番楽しかったと思い続けることにならないといいですけどねと複雑になることを言われた」


 ロキは言葉通り複雑な表情で言う。


「……そのくらいの思い出になれば同行者としては光栄ですが、ロキにその先も楽しい出来事が多くあることを祈っています」

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