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旅立ち

「旅立ちの朝にはぴったりのいい天気ですね」

「そうだな」

「そうですね」


「……何かおかしい」


 村の入り口で、笑顔で澄んだ青空を見上げたサクラの横で同意するロキとカイ……の後ろで、アズールが一人遠い目でそう呟く。


「一人旅は危ないよ?」

「俺はお前と違ってカステルまで行くだけだ」


 カステルはこの村から一番近い神殿のある街だ。


「わざわざ一日ずらして行くこともないだろ」

「いやさすがに三日くらいずらして行こうと思ってました」

「その日数はどうでもいいな。お前の親は今日行けと行っているのだろ?」

「別に数日遅れたってかまわないですよ。親戚の結婚祝い買いに行く用ですけどまだ日はあるんで」

「カステルまで行かなくてもそれより手前にもう一つ街がなかったか?」


「結婚祝いで贈るような装飾品ならみんなカステルまで買いに行きますね」


 どちらの街も行ったことがないので手前の街にはないかどうかはサクラは知らないので、ロキにそう説明する。


「あと苗とか、酒とか、色々」


 アズールは買い物を頼まれたリストが書かれた紙を開いて言う。


「ああ、そういう機会にまとめていろいろ買うのか。それならどうせだから大きな街まで行くべきか?」


「ロキ様とサクラ様がいいのならそれこそどうせだからという話だと思いますが」


「……あの、様付けはちょっと」


 昨日の話でてっきり旅をしていて周囲に不自然に思われない呼び方をしてくれるのかと思っていたのに、そういえばサクラが呼ばれる方には言及していなかったことにサクラはそこで気付く。

 カイには笑顔で流されてしまった。


「俺は率直にどうでもいいのでサクラとアズールの好きにしてくれ」

「そこは普通王子様が拒否するところですよ」

「素直に、どちらでもいい」

「……なんでだ」


 そうか魂の片割れと二人旅をしたいという気持ちではないから、邪魔だという気持ちもないのか……とアズールは気付く。


「私はもちろんいいよ」


 サクラからしても同じことだ。


「いや俺はさすがに遠慮する」

「お前が拒否するのはおかしくないか?」

「誰が王子様と一緒に旅したいんですか」

「うーん……それは確かに」


 お前が同意するのかよ、という顔でアズールはサクラを見た。

 一応迷ってみたがやっぱりそれには同意だったというサクラにカイは複雑な表情になる。


「……お前だけは否定しろよ」

「そこそこのお金持ちが一番幸せですよ。王子様まで行かなくてもいいかなって」

「素直に一番便利だと言え」


 幸せなんて濁した表現にロキは直球で言う。


「ですがほら、魔法使いも便利ですよ?」

「……お前だけはそれ以外の表現で頑張ってくれ」


 カイが素直に便利と言ってしまった。


「魔法使いは裕福な人が多いので、それなら普通の魔法使いでいいですね」

「……確かに」


「もうちょっと頑張れよ!」


 あまりにも呆気なくサクラの意見に同意してしまった。


「護衛がついてくるのなんて王子様だからこそですし」

「伯爵家の方の護衛なんて過剰です。私庶民なんですが。一緒に旅に行く人がカイさんでもちょっとあれなのに、そういう人が特典みたいに言われても……」


「それは本当にそう」


 横で庶民のアズールが同意を重ねてしまう。


「……申し訳ありませんロキ様、俺が無駄に、本当に無駄に伯爵家の生まれだったために」

「無駄にを重ねるなよ、お前の親が泣くぞ」


「でもほらサクラ、こんなかっこいい人だと旅も楽しくなるだろ」


 アズールのフォローに、他に何もなかったのかと思うと悲しくなるのと同時に、それこそどうでもいいのではと思いながらも、サクラが顔を見てきたのでロキも見返す。


「ロキはなんというか、いろいろ過剰ですよね。何事もほどほどがちょうどいいと思いますよ」


 思わずフッと笑いをこぼしてしまったカイにロキはジト目を向ける。


「まあ王子は過剰だよな。なんせ王子だもんな。王子って身分はそりゃ過剰だわ」

「生まれたときから魔力が過剰だと言われ続けてきましたしね。確かにロキ様はいろいろ過剰です」

「身長はそのくらいで止まっておいた方がいいと思いますよ。それ以上になったら身長も過剰になってしまいます」

「身長は平均だ!」


 そう言われて改めてまじまじと見るが、サクラは疑惑の目になる。

 この世界、ヘルシリアやアマルテアの平均を知らないが、日本とあまり変わらないという感覚ではいる。

 あくまで小さな村から出ずに育った上での感覚だが。

 ロキはどう見ても百七十センチなどではない。


「アマルテアではこのくらいが男性の平均身長なんですか?」


 ロキと同じくらいのカイに尋ねる。


「まあ、少し大きいという程度でしょうか。俺もロキ様も百八十くらいで平均ではないですが大きいですねと話題にされるほどでもないかと。軍人が大きいの多いから埋もれるというのもあるかもしれませんが」


 それでは、とサクラとアズールは思った。


「ヘルシリアの平均はこのくらいか?」


 今度はロキがアズールを見て尋ねる。


「王子様じゃなかったら足踏んでやったのに」


 アズールは百七十未満だ。


「男性は二十歳超えても伸びる人はざらにいるからまだまだ大丈夫だよ、たぶん」

「なんでたぶんって言った!?」


 この世界でもそうかまではサクラは断言できない。


「サクラは平均くらいだな」

「え、そうなんですか? 高い方だったのに……」


 ロキは前世では、と受け取って、アズールはこの村では、と受け取った。


「お前は案外いろいろ並だな」


 その発言はどうかと思いますよという側近の視線は残念ながら伝わらなかった。


「出る杭は打たれるって言いますからね。並が平和でいいですよ」

「俺の国では言わないな」

「……言わないんですか」


 ロキはこの世界では、とは言わなかった。


「お前は治癒魔法のせいでどうあがいたところで平和には生きられないと思うが。そうなってくるといっそ他も出ていた方がよかったのでは?」

「確かに私も魔力は過剰がよかったです」

「認めてしまうのか」

「でもロキはなんというか……過剰ですよね」

「……なんでだよ」

「ロキに見つめられると照れるのを通り越してスンってなります」


 顔をまじまじと見て言葉通り照れるどころかスンっと無表情になったサクラに、カイは握った手の甲を口元に当てて俯き笑いを耐える。


「……別に照れなくていいが無表情になるのもやめろ」


「黒真珠のような瞳に見つめられるとあなたのことしか考えられなくなるとたくさんのご令嬢から散々恋文を送られてきた第三王子もサクラ様の前では形なしですね」

「お兄様方と違って平凡で残念という意見も同じだけご令嬢から言われてきたが」

「遠くから見るとただの黒髪黒眼ですからね。近くで見るとその漆黒が平凡ではないことがわかります」


「なんだかすみません、王子様の瞳を安物にたとえてしまって」


 黒曜石以外まったく頭になかった。


「値段じゃないだろ。それに俺は別に黒真珠好きじゃない」

「私の中で一番綺麗な黒のイメージが黒曜石でした」


 そう言ったサクラにロキは笑う。


「それは光栄だ」



「……やっぱ俺三日後に一人で行くんで」

「錯覚だ、気にするな」

「……まだ傷癒えてないんで」


「アズールどこか怪我したの? 手当てしようか?」


「「「…………」」」


 男たちになんとも言えない視線を向けられ、サクラは首を傾げる。


 カイからもらって着ていた黒いローブのフードをロキに被せられて、更に鼻が隠れるくらいまで深く下げられたのでサクラはフードの下でハテナを飛ばす。


「俺は心からどちらでもいいので無理に誘う気は一切ないが、こんな機会はないとだけ言っておく」


 言葉通りそれ以上は何も言わず、ロキはサクラの背を押してもう村を出る。


「狭い世界で生きたから不幸なんてわけはないしな。外の世界を見たいと思わない人間も普通にいるだろう。ただ自分にはその選択肢はないものとは考えるなよ。選べる人間は少ない。君は今選べる幸せな人間になった。それは確かだ」

「……なんで」

「どうせだから、だろう。ただそれだけだ。人生とはそんなものだ」


 なぜそんな選択肢と言葉をくれるのかと、そう思っていたらそう言われ、アズールはぽかんとカイを見る。


「わざわざ誘う理由はない。二人からそんな提案はなかったし俺も考えなかった。だが偶然こうなった。どうせだから、と全員が思った。ただそれだけだ」


 カイが二人の後を追って村を出てもアズールはその場に立ち止まっていたが、見送りではない視線を向けたそのとき、サクラがフードを取って振り返った。


「アズール、私が前に居た国では旅は道連れって言うの。旅は一緒に行く人がいた方が心強いって意味だよ」


 それだけだった。

 だから一緒に行こうとは言わなかった。


 ただ、迷っているのがバカらしくなって、アズールは三人を追いかけてその隣に並ぶ。


 三人からは歓迎も迷惑も特になかった。

 それが居心地よかった。


「前に居た国ってなんだよ。お前あの村生まれだろ」

「うん、そうなんだけどね」


 笑顔で流される。


「カイは盗み聞きして知ってるから気にしなくていいぞ」

「……否定はできませんが盗み聞きとは。それに何の説明も受けてはいないんですが」

「暗黙の了解ということでいいだろう」


「楽しい旅になりそうですね」


「……俺たちが振り回される未来が見える」

「偶然だな、俺にも見える」


 達観したようなカイに、アズールはこれはたぶん尊敬したりするところではないのだろうなということだけはわかった。


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