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都合がいい

「「王子様」」


 妻と娘に客を手で示されて、男はやっと王子という部分を信じた。

 話は真剣に聞いたのだが、王子という部分だけは何かの冗談かと思っていた。


「はじめまして」


 フードを取って名乗ろうとしたら明らかに耳に入っていない硬直具合で、ロキは言葉を止める。


「今のは挨拶するところじゃなかったのか」


「おかえりなさい、何か面白いものはありましたか?」

「お前が横で説明してくれれば面白いのだろうが、俺一人ではただの草にただの木でしかなかった」

「でもロキ雑草のタンポポの名前知ってたじゃないですか」

「名前がわかるくらいでは面白くないだろ」


「おじさん感情が忙しそうですね」


 百面相しているサクラの父親に助け船を出すつもりで声をかけたら、藁に縋るように両肩をがしっと掴まれる。


「てっきり弟子入りのようなものだと思っていたんだよ。魔法使いだと言うからそういうのや都会に行って医者の勉強をする援助をしてくれたり、そういう。王子というのも、もっとこう……歳が上で、それが、こんな、同年代だとは」


「父のアロルドです」

「……お前は話を強引に進めるな」


アズールに訴えている最中の父親に構わずサクラはロキに紹介する。


「許可出ました」


 笑顔で報告したらロキも笑みをこぼす。


「ロキ最初より雰囲気が柔らかくなった気がします」

「そうか? 自分ではわからないな。だがああいう状況なら雰囲気が険しくもなるだろ」

「ああ、それもそうですね」


「ちゃんと話せたのか?」

「はい」

「そうか、それならよかった」


 カイはアロルドから何かを訴えるような視線を向けられる。


「錯覚です」

「……これの、何が、錯覚だ」

「残念ながら本当に錯覚です」

「残念ながらと言ったか?」

「こちらにも切実な理由がありまして」


 それが本当に切実そうに言うものだからアロルドはそれ以上は言えなくなる。


「あなた、その方ただの護衛じゃなくて伯爵家の方よ」


 アロルドは青ざめる。

 違う理由で本当にこれ以上は何も言えなくなった。


「……じゃあ俺はこれで」


 アロルドの手が放れたのでアズールは帰ろうとする。


「アズール、ありがとう」

「さすがに見送りには来るぞ」

「そうじゃなくて、昨日のこともロキのことも、戸惑ったでしょう? なのに、普通にしてくれて、ありがとう」

「ああ」


 そのお礼は素直に受け取っておくことにした。


 ***


「……不思議な光景だ」

「……まだちょっと頭混乱してるわね」


 居間に座って普通に話している娘と王子様に、アロルドとバーベナはさっきまで夕食を食べていた食卓からそんな言葉をこぼす。


「すみません泊めていただくだけでなく食事まで」


「……この人も伯爵」

「……貴族ってなんだったっけ」


「私は伯爵ではないんですが」


 伯爵はあくまで父親である。



「全部持っていくのは難しいな」

「ですよね」


 今年の誕生日プレゼントに親からもらったガラス瓶を五本、薬の前に並べて、サクラはどれを移し替えようか悩む。


「これ作るのにどれくらいかかるんだ?」

「基本的に二週間ほどですね。一ヶ月以上置いた方が効能は高いですが。それで一年ほど持ちます」

「欲しくなったときに作っても間に合わないのか」

「それに材料がそのときあるとは限りませんからね」


 ジュウヤクは確定として、とサクラは大きな瓶をまず一つ手前に引く。


「次の街で小さい瓶大量に買ってやろうか?」

「いいんですか?」

「必要ならもちろんそのくらい買うが」

「ガラス瓶安くないじゃないですか」


 高いとは言わなかった。

 庶民が買える値段を王子に高いと話すのは違和感がある。


「気にするな、旅の間に稼ぐ手段に当てがある。お前に稼がせようというわけじゃないぞ」

「多少は収入があるかもしれませんが確かに当てにされるのは困ります」


「この大きさだとあまり何本も鞄には入れられないだろ」


 サクラの記憶の中の五百ミリリットルの飲料缶にサイズも形もピッタリといった瓶だ。


「そうなんですが、なくなると次は一年後だと思うと」

「難しいな」


「一本水にした方がいいですか?」

「水なら俺がいくらでも出せるからいい」

「旅をするなら魔法使いと一緒に限りますね」

「……なんだか微妙な気分だな」


 ロキの荷が軽そうなのは水や火を出し放題という魔法使いだからかとサクラはそこで気付く。


「あ、蒸留酒……は旅先でいいか」

「すぐ必要なわけじゃないなら街で買えばいいんじゃないか?」

「そういえば魔法使いはお酒が好きな人が多いんでしたっけ?」


 果実酒も持っていこうかと手に取る。


「さすがに薬の枠を奪ってまでは要求しない」


 その言い方に、ロキはお酒好きなんだなとサクラは受け取る。

 前世ではお酒は二十歳からだったので十九のロキがお酒を飲んでいるのは少しそわそわしてしまうが。


「でもこれとか疲労回復の効果があっていいですよ」


 もう果物は出してしまっているが、レモン酒の瓶を持って言う。


「お前の疲労回復はちょっと興味があるな」

「さすがに飲んだ瞬間疲労が消えていくなんてことはないと思いますが」

「俺だとあり得そうだ」

「……確かにロキだと大量の魔力がすごい効果を出しそうな気も」


「これは水に魔色石を沈めておくと魔力が浸み込んだ水になるんだろうか」


 ふと思ったというようにこぼされたそれに、サクラはその果実の色に薄っすら染まったお酒を見る。


「魔法でコーヒーをかき混ぜたらコーヒーには魔力が残留しますよね?」

「液体には魔力が残留しやすいと聞いたことがある。だが害はないし、かといってそれを何かに利用できるわけでもない。本来なら意味のない検証だ」

「でももし残留してくれればその水で薬を飲んでもらうことで私の魔力を体内に効果的に入れてもらえます」


「魔力が空だと何もできないというのをお互い身をもって知ったな」


 前回はロキが、今回はサクラが、試したいことはあるのに魔力がないためすぐに実践できない。


「ロキは水魔法が得意なんですよね?」

「ああ」

「魔法で出した水って確かすごく綺麗って言いますよね」

「そうだな、神殿では魔法で出した水を治療に使うくらいには」

「ちなみに注射や点滴は」

「……待て、できるようになるから、もう少しだけ待て」


 サクラが言う前に察してロキはそう言う。


「素晴らしい助手ですね」


 そういうことは聖魔法使いではなくてもできる。


「薬はそれだけか?」

「いえ、まだ自分の部屋に。何が必要ですか?」

「それはたぶんカイに聞いた方がいいな」

「じゃあカイさんと一緒に準備します。ロキは試飲しますか?」


 瓶に移した残りのレモン酒をすすめる。


「いや、飲み干してしまったら悪いから別のにする。サクラのおすすめはどれだ?」


 サクラは瓶の残りを改めて確認する。


「……え、どれだけ飲む気ですか?」

「……本当に匙何杯分という量の試飲の提案だったのか」

「いえ、どうぞグラスで。あ、ストレート派ですか?」


 サクラは何かで割ることを前提にしていたが、ストレートならここから量が倍になることはない。

 ただ割らない分、度数は当然高いわけで、結局今度は違う意味でこんなに飲むのかということになる。


「なんでも飲むが、これはそんなに多いか?」


 ロキは自分の感覚がおかしいのかという気持ちになってくる。

 もしかしてグラスに注いでみると思っているより何杯分にもなるのだろうかと瓶の中を見るが、やはりそうは見えない。


「手作りの果実酒って度数高いですよ?」


 果実のエキスをよく引き出すためというのもあるが、手作りなら何より雑菌の繁殖を防ぐという意味でそれなりに高い度数のお酒を選ぶのが間違いない。


「さすがに明日出発するのに酔うほどは飲まない」

「アマルテアもお酒は十八からですよね? そんなに飲み慣れてるんですか?」

「……まあ、まあ」


 若干視線が逸れた。


「……王子様?」


「初めて飲んだのは十八の誕生日だからな。さすがにそこはちゃんとしている」


「全然ちゃんとしてませんよ十九でお酒を飲み慣れるなんて」


 頭の上から降ってきた言葉にロキは今度はわかりやすく顔を背けた。


「サクラ様、ロキ様の感覚を普通だと思ってはいけませんよ。魔力が高い人はアルコールに強いんですよ。ロキ様ほどになれば果実酒なんてフルーツジュースです」

「そうなんですか? それは初めて知りました」

「私も詳しくは知りませんが魔力がアルコールの分解を促進するとかで。だから魔導士の飲み会は一般人が参加すると地獄です。ロキ様は周りが魔力の高い人ばかりなので感覚が狂っているんですよ」


 魔法がある世界では当然違う発展をするという話は以前も出たが、こんなところにも違いがあった。

 当然前世に魔力とアルコールへの耐性の関係なんて論文は存在しない。

 少数の本を読んだ限りでは魔力を生む器官のようなものがわかりやすく存在しているわけではないようだが、前世との違いはあるかもしれない。

 それこそアルコール以外にも魔力がかかわっている可能性は大いにある。


「サクラ」


「あ、すみません」


 すっかり思考が前世と今世の医学的な違いに支配されてしまって二人が意識の外になっていた。


「急ぐ旅じゃない、図書館のある街に着いたら暫く滞在しよう。これはそういう旅だろう?」


「はい、楽しみです」


 笑顔で、心からその言葉をロキに返す。


 *


 薬を並べた棚の前に座って、カイは困ったような顔をした。


「私も薬のことはまったくわからないのですが」


「ロキとカイさんは持病とかはないですか? アレルギーとか」

「ないですね」


「あの、ところで伯爵家の方にこんな呼び方をしてしまって大丈夫でしょうか?」


 今更ながら、さん付けは決して相応しい敬称ではないことに気付く。

 カイはそれに苦笑をこぼした。


「気にしないでください。正式な呼び方の話をすると私がロキ様と呼ぶのも本来は無礼ですから。かしこまった場ではカイ卿とでも呼んでいただければ、あとは呼び捨てでも」

「……呼び捨てはちょっと」

「旅の間は今までの呼び方が一番自然でしょうか」

「あ、確かにそうですね」


 カイ卿なんて呼んでいたら庶民には何者だと思われそうだ。


「私も状況によってはトールと呼ぶでしょうしね」

「それすごい適当に考えた偽名ですけど大丈夫ですか?」

「逆にそういうのがいいんですよ」

「あ、まあ、でもトールって雷神なんですけど」


 氷の神様はパッと思いつかないのでこっちの方がと提案もできないが。


「……ロキ様を雷神の名前で呼ぶのは斬新ですね」

「……すみません」


 同じ北欧神話の神なので全然関係のない名前というわけでもないが、それを話して通じるのは前の世界を知る人だけだ。


「アマルテアで雷といえばヴォルフ卿ですから、そういう意味でも」

「世界一の魔法使いさん?」

「ええ」


 ロキと同じく、カイも迷うことなく肯定した。


「雷魔法使いなんですね」

「彼の場合は特殊ですけどね。雷魔法使いではなく、雷魔法を使える人ですね」

「……?」

「持っている魔獣が雷魔法を使う魔狼(バルク)なので、その力を借りて雷魔法を使えるんですよ」

「へー、魔獣ってそういうこともできるんですね。魔狼って何級の魔獣なんですか?」

「Sです」

「……え、世界に一人しか所持者がいないっていう?」

「ええ」

「……だから世界一の魔法使い」


「彼が賢者になることに誰も文句は言えないんですが、本人はそんな気はないようで、それに彼はなんと言いますか、自由人……難しい人なので、絶対なるべきだ、という意見もあまり出ず」


 だいぶ濁したなとサクラは思ったがそこは突っ込まないことにした。オブラートは剥がすものではない。


「そのヴォルフ卿がロキ殿下が賢者になった暁には殿下の側近になり忠誠を誓うと約束しているものですから、国としては何がなんでもロキ様に賢者になってもらわないと困るんです。ヴォルフ卿の保有するS級の魔獣、魔狼が今後も国の力であるためにも」


「だからロキが将来賢者に決まっているんですか? ロキは自分のことを魔力が高いだけ、未熟、と言いますが」


 言葉の節々にそういう意識が見えた。

 未熟なのにそんな理由で将来の魔導士の長の席が確定しているのなら、それは複雑な感情な気がした。


「ロキ様は魔法の腕だけなら王国一ですよ。ヴォルフ卿や、タイラー卿……空席の賢者の職務を代行している魔導士で、魔力の相性がいい相手がいる方です……がいるので、国で一番強い魔法使いではありませんが」

「謙遜、って感じではありませんでしたが」

「先代の賢者である先代アマルテア王の妹であるエイル様が基準になってしまっているのでロキ様は感覚が狂ってしまっているんですよ。お兄様二人が代々アマルテア王家の人間に従うA級の魔獣である陽狼と月狼を持っているのに自分は魔獣に好かれない、身近にいるのが世界でも有数の魔導士ばかり、というのもあるでしょうね。それで生まれたときから魔力が多いことばかりを言われて、それしかない人間かのような認識になってしまっている。実際は歴代でも随一の魔力量に当然周りは第一にそこを言及する、というだけの話ですが」

「それしかないのではなくて、そこがあまりにもすごいだけ……」


「第一王子は王の器だと皆言いますし民の人気もあります。下の二人の王子には野心もなく、第二王子は王宮とは別にもう一つある城の城主に、魔力が特に多い第三王子は賢者に、誰の目にもそれが自然に思えましたし反対も上がらなかった。しかしなぜか、ロキ様は襲われた」

「賢者になりたい人がいたってことですか? ロキがいなくなっても王にはなれませんよね? それとも王子を三人とも?」


 殺す気だったのかという言葉は控えた。


「賢者になりたい者がいたということですね。正直、誰も予想していませんでした。あんな事態になってしまった、言い訳でしかありませんが……」


 結果的にロキは無事で再会したときには怪我一つない状態だったが、カイは表情を歪める。


「ヴォルフさんはロキが賢者になることを望んでいて、ロキは王族ですごく魔力が高くて魔法の腕も優れていて、権力的にはお兄さん二人の方が上の地位を得ることになっていて……あとは、不満がありそうなのはタイラーさんくらいに思えますが」

「いいえ、タイラー卿は先代が亡くなられたときに賢者にという話を断っている方なので。ヴォルフ卿は向いていないし、ロキ様がなるべきだろうと言っています」


「……みんな納得の形に思えますね」


 不満を言いたくなる人は存在しないように思える。


「納得できなかったわけではなく、自分の方が相応しいと思っていたわけでもなく、もしかすると、ロキ様から奪ってやりたかっただけなのかもしれません。王族で唯一の魔導士であり、王位継承順位五位、ロキ様がいなければ賢者になったのはその方だったでしょうから」


 サクラは今、ヘルシリアに入った時点で少し安心したと言っていたロキの言葉の意味を理解した。

 相手もアマルテア王家の人間だったからだ。


「……その方は」


「失踪、ということになっていますが、逃走という方が正しいでしょうね。ただセンシティブな事件ですから、一部の人しか事件のことは知りません。この件が片付くまでロキ様は国外にということで旅の許可が簡単に降りたんです。」

「あ、そういう事情で」

「ただヴォルフ卿がこの件はその方の事故死で終わらせると言っていますので、ロキ様の前では話題にしないようにしてください。納得していないんですよ」


 事故死で終わらせるとはつまり、秘密裏に殺して事故死として発表するということで、それは王子を殺そうとした犯罪者としては殺さないということだ。

 だが納得していないというのは、罪を公にはしないことに対してではないだろうと、サクラはカイの表情から察する。


「……親しい人だったんですね」


 カイは苦笑をこぼした。

 ただの、苦笑だった。


「ロキ様にとってはお兄様方より身近な存在でしたし、ヴォルフ卿にとっては唯一に等しい友人でした。なので私は彼らの何にも口を出す気はありません」


 もしその人が賢者になりたいと口にしていたら、ヴォルフはどうしたのか。

 あるいはロキは。

 その一言で、今も四人は同じ関係が続いていたかもしれない。

 しかしそれを今更考えたところで意味のないことで、カイが口を出す気はないと言っているのに関係のない自分が何かを言うことではないとサクラはここでこの話は終える。


「あ、解熱鎮痛薬がもう少ないんだった」


 何かとよく使う薬で、棚に手を伸ばしたサクラはそこで思い出す。


「そういえばロキ様は子どもの頃はよく熱を出していらっしゃいましたが、手当てされたときは大丈夫でしたか?」

「体弱かったんですか?」

「いえ魔力が多い子どもはよくあるそうです。普通ならちょっと体調悪いなという程度ですぐ熱が出るんだそうです」

「魔力が多くてもあまりいいことばかりじゃないですね」


 やっぱり魔法の有無はいろいろな違いを生んでいるのだなと改めて思う。


「最近はそんなこともなかったですが」

「あのときは大丈夫でしたね。魔力が空だったので」

「……あの方の魔力が、空?」

「……私が治癒魔法で無意識に使い果たしてしまったそうで」

「……なるほど。治癒魔法を使っているという意識がなくて全力で助けようとした結果全力を出しすぎたということでしょうか」

「……コントロールという概念はなかったです」


 サクラは上手い魔法使いは魔力の節約も上手いと言っていたロキを思い出す。

 あのときは下手以前だった。


「まあ、魔導士の中でも魔力が多いくらいの人だけらしいですが」

「確かにアズールはそんなことなかったですね」

「彼とは幼いときから?」

「小さい村ですから全員知り合いですが、子どもは特にみんなよく知ってますよ。みんな一度は診たことがありますから」

「村のお医者様だったんですね」


 それには苦笑を返す。


「両親はいつでも帰ってくればいいと言ってくれますが、難しいと思います。私はこの村を見捨てて出ていくようなものですから」

「それは、考えないようにしましょう。考えなくてもいいことのはずですから。彼はあなたの人生をあなたが決めただけだと言っていましたよ」


 優しい声で言われたその言葉に、サクラは驚いたような顔でカイを見る。


「明日……もう一度、お礼を言っておきます」


「好きなときに帰ってきましょう。楽しい旅ですから、それでいいんですよ」


「そうですね」


 笑顔で頷く。


 *


「これは何の果物酒なのだろうか。サクラに聞き損ねてしまった」


 勧められた大瓶を持ってサクラの両親の前の席、もっと正確に言うと父親アロルドの正面の席に着いてから、ロキは何の果実酒かわからないことに気付く。

 果実が沈んだままのものもあったが、これはもう中身が取り除かれた後だった。


「それはビワの種ですね。去年漬けたものです」


 硬い声でバーベナが教えてくれた。


「……種」


 瓶の蓋を開けたら種と聞いて想像したものよりいい香りがした。


 用意してくれたグラスの中に氷の塊を作ったら強張っていたアロルドの目が見開かれた。

 ビワの種酒を注いでアロルドの前に置き、ロキは自分の分をもう一度同じように作る。

 バーベナに視線を向けたらお酒は得意ではないと断られたので瓶の蓋を閉める。


 ロキがグラスを持ち上げたら、アロルドは両手で持ったグラスを殊更丁寧にロキのグラスとぶつける。

 あまりにもそっとぶつけられたのでかすれたような小さな音しか聞こえず、ロキは苦笑をこぼした。


「へぇ、美味しいな」


 一口飲んで、真っ先にその感想が出た。

 アロルドを見たら味などわからないんじゃないかというような強張った顔でちびちびと飲んでいた。

 サクラがいたときはここまでじゃなかったのだが、娘が普通に話していて狂っていた感覚が正常に戻ったのかもしれない。


「半年か一年か二年か、ヘルシリアだけでなく他国まで行くかアマルテアに戻るか、それはまだわからないが、サクラが成人する頃には一度ここに戻ろうと思う」


 驚いたような視線が二つ、ロキに向く。


「この村から医者は奪うことになるが、あなたたちの娘まで奪う気はない」


「……あなたの医者に連れていきたいというならわかりますが、どうして一緒に旅を?」


 アロルドからの質問に、ロキは不思議そうに首を傾ける。


「楽しそうだからでは理由にならないのか?」


「娘に、何がありますか」


「自分にはない視点を持っている。知識を持っている。興味を持っている。一緒にいろいろなものを見て回るのはきっと楽しい。俺の用に連れ回すだけではその楽しさは半分も得られないだろう。俺はサクラにいろいろなものを見せてやれる。教えてやれる。そしてそれは互いにそうだと思う」


「王子のあなたなら、そんな人間はいくらでも用意できるはずです。学者を呼ぶことも容易い人に、本当に娘はそれほどの価値がありますか? 魔力の相性というのは、よくわかりませんが、石が手元になければ問題ないというなら」


「順番が逆だ」


「……?」


「魔力の相性がいい相手が都合よく楽しく旅ができそうだから誘っているわけではない。一緒に旅がしたいと思った相手と魔力の相性がよかったから都合がよかった。簡単に許可も出た。王子と村娘が一緒にいることにも誰も何も言わない。俺にとっては都合のいい枷だ。願わくは、この先サクラにとってもそうなればと思う。この不幸を幸福だと言ってくれるときが来たなら、それはとても幸せなことだろう」


 アロルドは呆気に取られる。

 何の心配をしていたのかもわからなくなってしまった。



「お土産は、甘いものをお願いってサクラに言っておいてください」


 バーベナが笑ってそう言ったら、ロキからも笑って了承が返される。


 カイの言葉も、ロキの言葉も、嘘には聞こえなかった。

 ならば、助けてあげてください、守ってあげてくださいと、わざわざそう言うのも野暮だろうと思った。

 思わせてくれるだけの言葉はもうもらった。


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