形容できない関係
「ところで、俺と会ったときは魔色石の存在すら知らなかったのに、どうして二つも腕輪を持っているんだ? しかもお前の色じゃない」
ついでに言うならどちらも男物……と心の中で続け、棚に並べられてあったそれに微妙な視線を送る。
ずっと気になってはいた。
「それ治療のお礼にもらったんですよ。青と青紫で一緒に使っても綺麗ですよね。青が似合わないのが残念です」
手を伸ばしたサクラに、ロキは二つの腕輪を取ってやって渡す。
「ずいぶん重い礼だな」
そう言ったらサクラは首を傾げた。
「これどちらも五級ですよね? 銀貨数枚くらい」
「青は五級だが青紫の方は一級だ」
「……いっ」
どのくらい価値が上がるのかわからないが、高価なものもあると言っていた言葉が頭の中で反芻される。
「村のすぐそばでその色の瞳の魔導士を見た。魔力を使い果たしたのはあいつを治療したからか?」
「あの人はついでというか……今改めて見てみたら確かに色の鮮明さが全然違います」
夜だったので気付かなかった。
「魔色石は一級でやっと並みの宝石くらいの価値だから、高い宝石が普通の貴族連中はお守りで子どもにあげる以外にはあまりプレゼントに選ぶことはないが、魔導士は基本二級以上を持つ。鮮明さはどうでもいいが級が上がるほど頑丈だからな。五級なんかは俺はうっかり魔力を込めすぎると簡単に壊してしまう。一級はそれ以上溜まらないというのはあるが壊すことはない」
「なるほど」
「……お前今さりげなく俺から遠ざけたな」
うっかり壊されてはたまらないので。
「でも魔法を使える人の割合は貴族が圧倒的だから、やっぱり魔色石は貴族が持つものではあるんですね」
「一つ持っているという者は多いな。カイもそうだし。じゃらじゃら付けているのは仕事中の魔導士くらいだから魔法が使えるといってもそのお守りくらいで十分だ。だから友人や恋人からまでは求めない」
「庶民の魔導士でもですか?」
「仕事中は他人の使えない魔力が入った石なんて邪魔だ。魔導士間の魔色石のプレゼントは魔力の入っていない透明なもので友人や仲間の意味合いが強いと聞いた」
「貴族と魔法使いの間の魔色石は恋人からもらうものではないんですね」
「何より貴族や魔法使いの中では魔力の相性がいいものは魂の相性がいいというのが強く根付いているのだと思う。庶民はだからプロポーズに使う。貴族はだからプロポーズには使わない」
サクラは、魔力の相性は魂の相性とも言うから自分の色に染まった魔色石を似合うとプレゼントするのは告白みたいなものと言っていたのを思い出して、なるほどと思う。
貴族にとっては魂の相性がいいわけではないと答えを出している魔色石を告白になど使ったりしないということだ。
庶民にとってはそもそもただの言い伝えのようなもの。
伝説を倣ってというような感覚だろう。
ノックにサクラとロキは会話を止めると、サクラが返事をしてドアが開く。
「お話は終わりましたか?」
カイにそう聞かれ、二人は顔を見合わせる。
「いやまったく」
「……積もる話はあるとは思いますが」
「まだそんなところまで行ってない」
お互い相手に話そうと思っていた話はたくさんあるが、まだ全然だ。
「……ならこの時間でいったい何を話されていたんですか」
「魔色石の話」
「ああ……それも大事ですね。ではもう呪いのことは」
今思い出したという顔をしたロキに、カイは額を押さえる。
「相手の魔力を使うと簡単に相手を呪えるんだ」
「それは大変ですね」
その他人事な様子にカイは自分がおかしいのだろうかと思えてくる。
「だから魔力の相性がいい者が見つかると普通互いの魔力を溜めた魔色石を預け合う。命を預け合うという表現もする。そのペンダントは俺の意思だ。だがこんなものは本人たちが好きにすればいいことで、そうすべきなんてものはないはずだ。俺はお前の魔色石を寄越せと言うつもりはない」
サクラはペンダントの漆黒の石を手に乗せ、それを見て、次いでロキを見て、笑う。
「私は今でもあなたに剣を返せますよ」
その言葉にロキも笑う。
「めんどくさいことを言ったな」
「いえ、今のは形式的に必要なものだとわかっていますので」
二人のやり取りに笑みをこぼすと、もうカイは色々な杞憂を捨ててしまう。
「ロキ様、旅の承諾は得られたんですか?」
「一緒に行くだろう?」
「はい」
「承諾が得られた」
今……とカイはもう一度額を押さえて今度はため息も落とした。
「ロキ様、少し村の散策にでも行きましょう」
その意図を察して、ロキは腰を浮かせる。
「何も面白いものはありませんが」
サクラは不思議そうに言うが、二人はすぐ戻ると言って部屋を出る。
察したバーベナが入れ替わりに部屋に入るとサクラも察した。
「お前も来い」
さすがに親子の話に邪魔する気はなかったが、ロキにそう言われ、アズールは驚き半分怪訝半分で一緒に家を出る。
「……本当に本物の王子なんですか?」
外に出るときに深く被ったフードで表情はあまりわからないのに、振り返られて向き合う形になると少し怖気づいた。
フードで顔が隠れた方が少し心が落ち着くのはトールを思い出してか、見透かされたような気分になる漆黒の瞳が隠れた安心感にか。
「偽物だと何か問題か?」
「は?」
想定外の返答に、アズールは呆気に取られる。
「旅の費用はこちらで出すという約束だがそれはちゃんと用意してある。サクラを旅に誘ったときに言った旅に出たらできることは王子でなくてもできる。俺がただの魔法使いで何か問題か?」
「……騙してるじゃねぇか。嘘つきだ」
やっぱり嘘だったのかとはもう思わないが、嘘だったならそういうことになるだろうと。
「サクラはきっと俺が王子ではない方がいいと言うぞ。俺もただの魔法使いであったならどれほど楽だったかと思う。お前もそうは思わないか? 王子と魔力の相性が合ってしまうなんて、とんだ不幸だ」
何も言えなかった。
アズール自身、さっきその不幸をカイにぶつけたばかりだ。
「お前の気持ちはわかる。俺はこの村から医者を奪おうとしている」
「……そんなことはいい」
「サクラがいなくなることで、苦しむ者がいるだろう」
「……やめろよ」
アズールは泣きたくなった。
どちらがサクラのことを本当に想っての言動か、わかってしまった。
さっきカイに言われた、サクラの心配をしているわけじゃないんだなという言葉の意味が、わかってしまった。
「お前には俺の行動が王族の傲慢と横暴によるものに見えるだろうか」
「……サクラがいなくて苦しむ人はサクラのせいで苦しむわけじゃない。そんなのは当たり前のことだ。サクラが村を出ても、今までありがとう、それだけだ」
昨日、サクラが村を出て医者になりたいと言ったとき、そう言えればよかった。
「俺の薬医にと誘った時点で俺は自分のためにお前たちの医者を奪おうとした。サクラがいなくとも医者の治療などいくらでも受けられる立場でありながら」
「そんなのは関係ねぇよ。だって、サクラのためを与えられるのはあんたの方だ。あんたの理由がなんであれ、サクラがあんたと一緒に行きたいなら、それに対してあんたを責められる理由なんてどこにもないんだ。だってサクラの人生をサクラが決めただけなんだから」
再び歩き出したロキに、アズールは斜め後ろを一歩遅れてついていく。
従者はそういうものなのかそれとも今が特殊なのか、アズールのイメージに反してカイはロキの隣を歩いていた。
「一つ、いいことを教えてやろう」
突然そんなことを言ったロキに、アズールは怪訝な視線をその背中に向ける。
「お前の魔力は平均より多い。それだけで雇ってくれるところもあるだろう。お前もこの村以外で生きていく選択肢を容易に選べる者だ」
「……別にそんなこと考えたことねぇよ」
「そうか、それは要らないお節介をした。てっきりお前はサクラが好きなのだと思ったもので」
「はあ!?」
上擦った声が出るがロキは驚く様子もなくまったく同じ速度で前を歩いている。
顔に熱が集まっている自覚はあったので振り返られもしなかったのはよかった。
「親がいる以上今後もこの村に帰ってくることは何度もあると思うが、この村で生きていくということはないだろう」
「……だからあんたと一緒にいるんだろ」
「俺は王子だと言っているだろ。一生旅をしているわけにはいかない。当然アマルテアまで一緒に来てくれることを願うが、それとこれとは別の話だ」
「いや、だから、魂の相性がいいっていうのは、つまりそういうことで」
はっきり言いたくない気持ちは多分にあって、言い淀む。
ロキは呆れた顔で振り返った。
いやフードに隠れてやはりアズールにはあまり表情はわからなかったのだが、なんとなくそんな空気を感じた。
「お前はそう言われてじゃあ愛してる結婚しようとなるのか」
「…………」
そう言われるとそれは当然そんなはずもないのだが。
「貴族同士で条件も悪くないならそれならちょうどいいと婚約者になるかもしれないが」
「そっちが同格とか言うから!」
庶民と王族なんてそれは普通なら当然あり得ない。
「反対はされないだろうな。同格だからではなく、サクラ様にはそれくらいの価値は十分あるから。むしろそれこそちょうどいいとなる」
今まで黙っていたカイがそんなことを言う。
「……お前たち何を言っているんだ。俺はそんなことを言っているわけじゃない。俺もそんなことはわかってる。それ以前の話をしているんだ」
「……うぜぇ」
アズールは心底から吐き出した。
「これに関しては主の代わりに俺が謝罪しておこう」
「……何なんだお前たち」
「俺が話しておきますからロキ様はもうその辺散策していてください。村からは出ないでくださいよ。魔法も使わないように。面白いものを見つけたからといって」
「カイ、お前は忘れてしまったようだが俺はもう十九だ」
「それは失礼、忘れていました」
ロキはぶつぶつと文句を言って、しかし言われたように一人で散策に行く。
「……まだ十代だったんだ」
隣から聞こえた驚いたような呟きはロキには伝えないであげようとカイは思った。
「気を悪くしないでくれ、ロキ様は心から言っている」
散々の無礼によってすでに自分に気を悪くされまくっているだろうにそう言うカイに、アズールは居心地が悪い思いになる。
「自分と魂の相性がいいなんて相手を他の男とくっつけようとする人います?」
「魔力の相性が合った相手は運命の相手と言われる。それはそういう意味で」
敬語に直したことにいちいち触れないところが大人だなとアズールはカイに思う。
「……だったらなおさら」
「だから、ロキ様とサクラ様はもう互い以外とはそうはなれない。運命の相手がいる人と結婚したいと思う人はいないだろう?」
「……そりゃそうだ。本当だ。そりゃそうだわ。それは嫌だ。それはなんか、ドンマイっていうかなんというか」
お前はそう言われてじゃあ愛してる結婚しようとなるのか……と言われたばかりなので、アズールは二人に同情する。
「貴族の中では絶対的な考え方だが庶民ではそうでもないからな。ロキ様は絶対無理だがサクラ様はまだ、可能性が、ないことも……」
「だいぶなさそうな言い方してますよ」
「サクラ様は王子と結婚できる権利を得ても喜ばなかったのだろう。だからロキ様は同じ村で生まれ育った親しい君に、敢えてあんな言い方をして、魂の片割れという立場の自分は気にしないから……と」
「……そりゃ俺らがそういう仲だったら空気読んでくれてありがとうですけど、サクラ別に俺のこと同じ村の同世代くらいの認識でしかないから有難迷惑ですよ」
「……ドンマイ」
「この主従一回殴っても許されるんじゃないかな?」
振られた男への同情の眼差しを送られた。
「ならサクラ様も一生独身かロキ様と結婚かの二択か……」
「王子様との結婚そんな嫌な選択肢みたいに言うんですか」
サクラが言うならともかく従者が。
「君は王族との結婚がそんな夢に溢れるようなものばかりだと思える歳か?」
「……何もわかんない庶民でも大変そうだなとは思います」
「この先二人が自然に恋仲になることを心から祈ってる。王族と庶民だけど魂の片割れだから結婚できて都合がよかったと言えるときがくればそれは幸せだろう」
「自分の主の相手は良家のお嬢様がいいみたいなのはないんですか?」
「まったく」
「……まったく」
「しかしあんな空気感で他の人と結婚したがっても無理だろうと、第三者としては思うのだが」
アズールはロキとサクラのやり取りを思い出して、カイのその言葉に共感する。
「……運命の相手だからって結婚しようとはならないだろうというのには確かにとは思ったんですが、あんな空気感で、じゃあ、あの二人の間にあるのは何なんですか」
「さあ、何なのだろうな。俺が知っている一組も簡単には形容できない関係に見える。ただ、互いに唯一の特別であることだけは、よくわかる」
「それ間に入ろうと思う人いるんですか」
「いないだろうな。だがあそこはいろいろ特殊だから」
「こっちも特殊だと思いますけど」
「……そうだな」
「サクラって変なやつなんですよ。なんか浮いてるっていうか。別の世界の人間みたい。子どものときは変で浮いてたんですけど、いつからか普通に見えるようになって、今は、おばさんも言ってましたけど、とてもこんな村の庶民の子どもとは思えない、そういうすごさで浮いてます。でも、今日納得しました」
「それはどうなのだろうな。それはただの彼女自身のすごさであって、そこに王子と魔力の相性がよかったことは関係ないように思う。それはただの追加要素でしかない。だからすごいということではないよ」
アズールはカイを見る。
「浮浪児だったって人は、それで本当に幸せになれたんですか。それは幸運だったんですか」
「彼女は孤独なまま死んでいくのだと、魔法使いは一生孤独に生きていくのだと、そう思っていたと言った。彼女に会ってから、俺はその魔法使いが初めて人間に見えた」
「……特殊すぎて参考になりませんでした」
「だが魂の相性がいいとわかったところでじゃあ愛してるとはならないだろうというのは、それは確かにその通りだ。その二人もそんな関係だと聞いたことはないし、話に聞く人たちもそういうこともあればそうではないこともあったようだからな」
「……表現変えません?」
「世界に言ってくれ」
「庶民より貴族の方がまだ可能性ありますよ」




