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医療従事者

「ねえアズール、どうして今日も手伝ってくれるの?」


 ナツグミを摘んだカゴを両手で持って、サクラは山道を一緒に降りる隣のアズールに少し怪訝な顔で尋ねる。


 旅人の治療をしてから数日、ロキが帰ってから一月半が経った。

 以前もたまに手伝ってくれることはあったが、今はしょっちゅうだ。

 

 正直、一人ですべての作業をすることに困ってはいない。

 売っているとはいっても店を開いているわけでもない。


「別に、暇だから」

「暇じゃないでしょ」


 アズールは少し目を逸らす。


「なんかお前、変だろ」

「いや変なのはアズールの方で」

「元からそういうとこあったけど、今まで以上に一人でいる」

「それは……本当に元からだね」


 むしろここのところはそうでもない。

 アズールが来るから。


「今まではこういうことに困ってるって言ったらじゃあこれを使うといいとか、ああすればいいとか。けど最近は家にほとんどいないし、みんな相談したいことあるって言ってるのに」


 村の人に改めてそう言われ、サクラは自分がこの村の医者になっていたことを実感する。

 

「私ね、趣味のつもりだったの。遊びの延長で」


 それでも薬剤師の資格を取った者だったから、六年間必死に勉強した人間だったから、医療者だったから、遊びの延長のつもりでも、ラインというのは絶対に守っていて、気を付けていて、子どものお遊びでは絶対になかった。


「……そう言ってただろ」


「私医者になろうと思うの」

「そ……うか」


 アズールは言葉に困ったことに、自分で疑問に思った。


「だから村を出て勉強しようと思って」

「はあ!? なんでだよ!? 医者なら村ですればいいじゃねぇか!」

「それじゃあ今までと一緒だよ」

「それで誰も困ってないだろ!」


 アズールは自分で思ってたより大きな声が出てしまってハッとする。

 サクラの顔が見れなかった。


「あの、お取込み中すみません……」


 第三者の声に、二人はバッと声が聞こえた方を向く。

 気配も、音もわからなかった。

 腰に剣を下げた身なりのいい男性に、二人は顔を見合わせて少し警戒する。


「この村に医者がいると聞いて来たんですが、村の人に家に案内してもらったら留守で、山ではないかと言うので探していたんですが、あなたでお間違いないでしょうか」


 なんだいつものやつかと、二人は力を抜く。


「医者ではないですが、薬を作っている者なら私です」


 その人は医者ではないと言われたことでも、こんな子どもだったことにでもなく、目的の人物と会えたことへの反応で、ホッとした様子を見せる。


「よかった、鎮痛薬が欲しかったんですが、とても急いでいて、すぐに会えなかったらどうしようかと」


 とても急いでいると言うので、山を下りながら話を聞くことにする。


「えっと、鎮痛薬が欲しいのはあなたではなさそうですが」

「はい、私のお仕えする方です」


 言い方とこの人の身なりに貴族だろうかと推測したサクラはそこは深く追求しないでおこうと思った。


「鎮痛薬はどういった症状で」

「それが……ヒアリに噛まれたようでして」


「ヒアリ!?」


 話に入る気のなかったアズールも思わず反応してしまった。


「この辺りにヒアリの巣が?」

「あ、それはもうロープが張られてヒアリ注意の札も立っていました。だからこそ噛まれたのはヒアリだとも思ったんですが」


 新しく見つけたヒアリの巣を何もせず放置してきたわけではないと否定する。


「じゃあどうして」


 つまりそんな対策がされていたところに入ったということだ。


「魔獣に襲われたと言うんですよ」


「「……魔獣」」


 二人の反応にその人も苦笑をこぼす。


「それで逃げた先で入ってしまったというわけで」

「……魔獣からは逃げられたのをよかったと思うところでしょうか」

「……そうですね」


 山を下りたところに同じような恰好で腰に剣を下げた三十前後くらいの男性がいて、その人は探していた医者が子どもだったことにだろう少し微妙な顔をしたが、それは言葉には出されなかった。

 他を当たる、ということができないことをわかっているからだろう。

その人への話し方や単純に見た目も、山に探しにきた方の男性はその人より少し年下に見えた。


 診てほしい、ではなく鎮痛薬が欲しい、だったので患者のもとではなく、薬のあるサクラの家に四人で向かう。


「ヒアリに噛まれたのはついさっき?」

「ええ」

「こんなところに寄り道するより神殿に急いで向かった方がいいと思いますが」


 神殿に行ける財力を持っている人に思えた。


「そう言ったんですが、痛いとあまりにもおっしゃられるので、そういえばこの辺りに医者がいるという話を思い出して」

「でもヒアリの毒は聖医ではないとどうにもできませんよ」

「……それはわかってはいるんですが、どのみちここからだと馬車でも神殿がある街までは三日はかかりますし、それなら気休めでも何か薬をもらえないかと」


 どうせ激痛の三日は耐えるしかないからと言われれば、サクラも何がなんでも急いで神殿にと考えなかったこの人の考えもわかる。


「でも、もうそんなに痛いんですか?」


「ヒアリって噛まれてから三日間がすごい激痛なんじゃないのか?」


 サクラの言い方に、アズールが不思議そうに言う。


「噛まれた直後から痛くはあるんだけど、すぐ激痛ってわけじゃなくて、徐々に痛くなって二日目がピークって感じなの」

「へー」


「ええ、ですから今はまだ、そんなに……だと、は」


 目を逸らすその人に、サクラとアズールは過度に痛いと騒ぐ貴族の子どもを想像する。


「こんな時期に言ってもあれですけど、冷やすとマシらしいので、やっぱりすぐにでも街に行くのが最善だとは思いますよ。激痛の期間は鎮痛薬も効果がないですし」

「これからどんどん痛くなってくることがわかっているとその恐怖がどうしてもありますから、薬があるのとないのとでは、こう、気の持ちようも違うと言いますか」

「ああ、それは確かにそうですね。では鎮痛薬に効果がないと言っていたとは伝えないであげてください」

「はい、そうします」

「以前噛まれて五日目の方に薬を出したことがあるんですが、そのときは痛みがマシになったと言っていたので、ピーク期間以外は効果があるかもしれませんしね」


 そう言ったら二人の表情が変わって、サクラは首を捻る。

 何か変なことを言っただろうか。


「効果が、あったんですか?」

「気の問題だと私は思ってるんですけどね」


 正確には、思ってた、という過去形だ。

 治癒魔法使いが作った薬は、本当に効果があったのかもしれない。


 家の前まで来ると、男たちには一旦待っていてもらってサクラは薬を取りに家に入る。

 鎮痛薬だけ取ろうとして、もういろいろ詰められた薬鞄ごと持って戻る。


「……え」


 サクラはドアを開けた状態で固まる。

 あまりに状況が理解できなさすぎて驚きや恐怖まで行かずただただぽかんとしてしまった。

 山に探しにきた方、さっきまで話していた方の男性が地面に倒れていて、もう一人がアズールに剣を突きつけていた。

 本当に意味がわからなかった。


「怪我人がいる、診ろ」


 診てほしいと言うなら診る。

 別にそんな強硬手段を取らなくても。

 拒否したわけでもないのになぜこんな状況になっているのだろうかと、サクラは心から疑問に思う。

 アズールも困惑顔だった。


「……ヒアリの毒は聖医でないと」

「怪我もしている。その治療をしろ」


 サクラはそれに怪訝に思いながら、体を起こす男性をちらっと見る。

 なぜそれを言わなかったのだろうか。


 これはいったい、どちらが本当に警戒すべき相手なのか。


「治療はします。鎮痛薬も渡します。だから彼を離してください」


「治療すれば解放する。危害を加える気はない」


 それは嘘ではなさそうだったが、引く気もなさそうだった。


「……わかりました」


 サクラが承諾すると、アズールに剣を突きつけたまま歩いていくので、サクラはついていく。

 逃げるとも、背後から隙を突いて奇襲をなんてことも考えていないようだった。

 サクラもそんなことをするつもりはなかったが。

 隣に並んだもう一人の男は殴られたのか口元を手の甲で拭う。


「大丈夫ですか?」

「……すみません、こんなことになって」

「もしかして私、あなたたちの責任押し付けられそうになってます?」


 目を見開いてサクラを見た。


「気付いて……」

「え、そんな重傷なんですか?」

「ヒアリに噛まれたなんて大事です」

「それはまあ、そうですが」


 近くに神殿がある場所でならたいしたことではないが、こんな場所でなら確かに大事ではある。


「……子どもに治療させて何かあればそれも我々の責任ですが、過去にヒアリ患者を診たことがあるくらいの実績のある人ならそれは医者という認識をされ、治療に問題があれば我々への責任追及よりそちらへの比重が大きくなる、だろうという考えでしょう」

「……ですからヒアリは聖医でないとどうしようもなくて」


 これから患者が痛みに苦しむのはサクラが診ようと他の医者が診ようと変えられない未来だ。

 それを責められても困る。


「他の怪我もありますし、いくらでも難癖は付けられます」

「それは、従者さんたちが口をそろえた場合じゃないですか?」

「そ、れは……」


 前を歩いていた二人が足を止めて、サクラも足を止める。


 見たこともない豪奢な馬車にサクラとアズールは思わずじろじろと見てしまった。

 こんな田舎の小さな村には不釣り合いにもほどがある馬車だった。

 患者の身分を想像して胃が痛くなる。


 馬車のドアが開けられ、中にいた二人のうち奥に座る自分より少し年下といった金髪の少年が患者だろうとサクラはすぐ察するが、サクラはそれよりも手前に座っていた二十半ばくらいの茶髪の男性の首にかかったガラスのプレートに目が留まる。


 国の許可の下、特定の職につく者を示す前世ふうに言うならば免許証のようなもの。

 男がかけていたのは青い枠線に青字のクリアのプレート、それは男が魔導士であることを示していた。


「ずいぶん可愛らしいお医者様ですね」


 言葉とは裏腹に、表情や口調にバカにしたような空気はなかった。


「どうやら穏便な頼み方で来てもらったわけではなさそうだが、坊ちゃんの治療をお願いできますか?」


 剣を突きつけられたアズールをちらっと見て言う。

 さっきの言葉よりむしろ今の“坊ちゃん”の言い方の方がどこかバカにしたような気がしてしまって、サクラは思わず魔導士の顔をじろじろと見てしまった。


 魔導士は手のひらを上にするとその手の中に火を灯しサクラを見返した。

 魔法にサクラが驚かなかったことに何の反応もない。


「見づらければ言ってください」


 辺りはもう薄暗くなっていて、馬車の中だとさらに見づらい。

 サクラの言う通りに灯りを調節するという言葉に一つ頷いて、つまり、やはり患者は少年の方で、照らされた車内に改めて少年の方を見たサクラは目を見開く。

 持っていた鞄を半ば捨てるように落として馬車に乗ると、濡れたタオルの上から少年の腕を掴もうとして、今度はさっきとは違う意味で目を見開く。


「サクラ!?」


 アズールの驚いた声が後ろで聞こえた。


「平民の娘が僕に触ろうなどと無礼だぞ」


 魔導士に咄嗟に背に手を置いてもらっていなければサクラは馬車から蹴り出されていた。


 一言なかったのが悪かったというなら謝罪した。

 しかし触ること自体が無礼ならどうやって治療しろと言うのだ。

 脅されて治療しろと連れてこられて、治療しようとしたら患者本人からはこれだ。

 

 ロキのことを思い出して、少し笑う。

 大国の王子は決して平民相手だろうとこんなことは言わなかったのに。

 魔導士と少年は怪訝な顔をした。

 あなたは特殊だろうから一緒にしてはいけないだろうけど、と心の中のロキに言う。


「申し訳ありません、坊ちゃんは少々潔癖のきらいがありまして」


「だから放置しているんですか?」


 言葉の意図を理解しているだろうに、魔導士は何を言っているのかわからないという顔をした。


「ヒアリの毒は聖医にしか治療できないというのはわかっています。ただ鎮痛薬か何か頂けないかと思って。火傷も、軽度だとは思うのですが、放置しておくのは心配ですし、それでこの村に立ち寄ったのです。よく効く薬を作る女性がいるという噂を聞きまして」


 サクラは鞄を拾うとそれを魔導士に差し出した。


「でしたらこれをどうぞ。私が今用意できる薬は一通り入っています。金貨十枚でお売りします」


「話がわかる女だ。アルド、その薬でお前が僕を治療しろ」


 アルドと呼ばれた魔導士はしかしサクラから目を離さず、子どもの方は見ない。


「あなたがその薬を使って治療してください。金貨十一枚を払います」


「アルド!」


「ユヴァ様、何度も言っておりますように私に医術の心得はありません。何より薬を作った本人が目の前にいるのだから、彼女に治療していただくのが一番です」


「患者には自分が受ける医療を選択する権利があります。彼が私を嫌だと言っている以上、あとはそちらで話し合ってください」


 これだけの扱いを受けて、それなのに尊重する物言いに、ユヴァが怪訝な、驚くような、バツの悪いような、そんな表情で視線が少し下がった。


「死にますよ」


 ユヴァは目を見開いてアルドを見た。

 アズールとアズールに剣を突きつける男も、え……とアルドを見る。


「あなたが殺すんです」


 驚く気配もなくそう返したサクラには、困惑を向ける。


「私はあなたに治療を求めている」


「このままでは死ぬと思うのなら、それを伝えるべきです。私は患者には自分が受ける医療を自由に選ぶ権利があると学びました。しかしそれは適切な説明を受けた上でのことです。明らかに間違った方を選ぶ患者に何も教えず、それで事態が悪化したときに自分で選んだのだろうと言うのは医療者の義務を果たしていない」


「では今のあなたがそうだ」


「いつまでこの問答を続けますか。彼が死ぬまでですか」


「お前たち何の話をしている! ヒアリの毒は痛みがあるだけで死ぬような毒ではないのだろう!? なぜ死ぬ、などという話に……」


 静かな夕暮れの中でその声はうるさいほどに響くが、アルドとサクラはお互い向き合ったまま目を逸らさずユヴァの方は見ない。


 アズールは背を向けて顔がわからないサクラを見る。

 知らない人のようだと、思った。


 痛さを感じるほどの沈黙にユヴァが痺れを切らそうとしたとき、アルドがため息を落とした。


「……私に医術の心得はありません。真実です。なのであなたから現状の説明を」


 そこでサクラの視線がユヴァに向く。


「タオルをどけてご自身の腕を見てみてください」


 ユヴァは怪訝な顔で、しかし言われた通りにする。

 目を見開いてサクラを見た。


「……青い、のは、錯覚か?」


 青白いのではなく、明確に青色に、見える。


「ミズドクグモに刺されるとそのようになります」

「……ミズドクグモ?」

「その名の通り毒蜘蛛です。今すぐ毒を抜いた方がいい。放置すれば最悪腕を切断することになるかと」


 ユヴァが息を飲む。

 後ろからも息を飲むような気配が伝わってきた。


「……ヒアリに噛まれたときはこんな色にはなってなかった。まだ刺されてからそう時間は経ってないはずだ」


「放置すれば、という話です。私は確かに説明しました。では後は従者の方に処置してもらってください」


 サクラは馬車を出る。

 三人が驚いた顔で固まっていた。


「なっ……お前それでも医者か!?」


 その言葉に振り返る。


「選択する権利は患者にあると言いました。その権利を持っているのは私ではなくあなたであり、あなたは私に治療されることを拒否した。違いますか?」


「……それは」


「私はあなたの従者に脅されてここに来ました。あなたに暴力を受けた。なぜそんな相手を必死に説得してまで治療しなくてはいけないのですか? 医者が聖人なら神殿に金貨は積み上がっていません」


「…………」


 ユヴァは何度も何かを言いかけ、しかし何も言えず視線を落とす。

 しかしサクラが立ち去ろうとする気配を感じるとバッと顔を上げ、ただ引き留める言葉を出そうとしたそのとき、隣から笑い声が聞こえ、ぽかんと隣を見る。


「その通りだ。医者が聖人なものか。それで君は金貨何枚積み上げれば治療してくれるんだ?」


「十一枚もあれば十分ですよ」


 サクラがそう言ったらアルドは一瞬理解できないという顔をした後に苦笑をこぼす。


「ユヴァ様、この医者の腕は確かだと思います。金貨十一枚で治療すると言っていますが、どうされますか?」


「は? それは、金貨十一枚くらい、払うが」


 ユヴァが状況を整理できないでいる間に、アルドが席をサクラに譲り、対面の席に座り直したアルドはそこからサクラの手元を照らす。


「触りますよ」

「あ、ああ」


 ここで平民が触れていいのですかと言うほどサクラは捻くれていない。

 サクラは鞄からピンセットを取ると、ユヴァの腕を掴んでじーっと見る。

 青色に染まった中心の辺りに刺さっていた細い棘のようなものをピンセットで抜く。


「焼きましょうか?」


 アルドにそう言われ、サクラはアルドを見る。

 目が合うと、微笑まれた。


「それは、なんだ?」

「ミズドクグモの足です」


ユヴァが顔をしかめると同時に、ピンセットの先に火が点く。


「危険ですからね」


 毒はもうすべてあなたの“ご主人様”の中ですけどねと、サクラは口には出さず心の中でこぼす。

 どう考えても危険だからではなくただの証拠隠滅だ。


「切れますか?」

「ええ」

「ではお願いしても?」

「どこに、どのくらい?」


 サクラとアルドのやり取りに、ユヴァは不思議そうな顔をする。

 ミズドクグモの処置の仕方をわかっている人のやり取りをしてしまっているが大丈夫なのだろうかとサクラは今更ながら思う。

 わかっていて、しなかったのだと、気付かれてしまうことになるのではと。


「ここを、少し」


 ミズドクグモの足が刺さっていた場所を指差し、一センチほど指をスッとずらす。


 サクラとアルドはユヴァの顔を見る。

 ミズドクグモの処置の仕方を伝えると瞳が揺れたが、サクラの腕をもう信じているからか、アルドへの信頼か、方法に納得する。


 サクラとアルドは互いを見て頷く。

 サクラが持って固定したユヴァの腕に、アルドが人差し指を触れる。

 風が動いたと思ったときにはもう腕に一センチほどの線が入っていて、青い血が滲んできていた。

 自分の体から青い液体が出てくる不気味さにか、それとも毒を意識したのか、ユヴァは「ヒッ」と小さく悲鳴を漏らす。


 サクラは濡れたタオルを持つと傷口に当てる。


「大丈夫、この毒は外に出たがるんです。不思議でしょう?」


 安心させるように笑って言って、青く染まっていくタオルを何度か確認しながら押し当てるサクラに、ユヴァは力が抜けるのを感じた。


「初めてではないんですか?」

「一度見せてもらったことがあります」

「……あなたは、いったい」


 アルドは、こんな場所にいる不自然に優秀な医者を怪訝に思う。


「ほら、もう毒は出ましたよ」


 タオルが赤く滲んでいるのを見せる。


「もう大丈夫なのか?」

「ええ」


 ユヴァはホッと息を吐く。


 サクラは傷口に薬を塗って包帯を巻こうとして、元々濡れタオルを当てていた理由だろう火傷に目を止める。


「これはどうされたんですか?」

「魔獣だ」


「……魔獣」


 すっかり勘違いで片付けてしまっていたが、まさか本当にとサクラはアルドを見る。

 自分ではなくアルドを見たサクラに、ユヴァは嘘をついていると思われたと思ったらしく、ムッとした顔になる。


「狐のようだったが尾が三本だった。それに火を吐いたんだ」


「そういえば魔獣が出るらしいという話を聞きました。こんなところにいるはずがないとも言っていましたが」


 ユヴァはパッとサクラを見る。


「ほらやっぱり魔獣だ!」

「本当に魔獣なら大変ですね。早く対処するように連絡を入れなくては」


 どうにも裏を感じてしまってそういう目でアルドを見たら胡散臭い笑顔を返されて、サクラはやっぱりと思う。

 だがアルドの仕業ならもう魔獣の心配をする必要はないわけで、それには安心する。


 火傷にも薬を塗って包帯を巻き、当初の目的であった鎮痛薬を紙に包んで渡す。


「毒は外に出してもう大事にはなりませんが、今日は熱が出るかもしれません。なので解熱鎮痛薬を出しておきますので、これはすぐに飲んでください。残りはこれから痛みが強くなっていくヒアリの毒に、気休めではありますが」


「……そうだ。ヒアリの毒もあった。思い出したら痛くなってきた」


 それは思い込みではなく事実だろうなとサクラは思う。

 時間が経つにつれこれからどんどん痛みが強くなっていく。


「冷やすとマシになるそうですから、アルドさんに水を出してもらって神殿まで頑張ってください」

「そうなのか。アルド、頼む」

「はい」


「それでは私はこれで、お大事に」


「あ、ああ」


 ニコッと笑顔を見せて馬車を降りたサクラに、ユヴァは何か言葉をと思って、しかしサクラは拍子抜けするほどあっさり出ていってしまう。


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