神視点小説『僕は神』
コンビニエンスストアの前で田所由紀子はもじもじしていた。
彼女は考えていた。
『どうしよう……。新発売の特大フライドチキンが欲しいのに……』
レジにいるのは彼女の大学の先輩、藤野地球丸だ。
彼は考えていた。
『どうしたのかな……田所さん。店の前でなんかもじもじしてるよ……丸見えなんだけど。もしかして、俺がレジにいるから? もしかして俺……、毛嫌いされてる?』
空の上からそれを眺めながら、僕は言ってあげたかった。
田所さん、大喰いなやつしか食べないそれを、大好きな先輩から購入するのは恥ずかしいよね。でも、勇気を出すんだ! きっとわかってくれるよ!
藤野先輩、彼女は君を毛嫌いしてるんじゃない! むしろ恋心を抱いてるからお店に入りにくいんだ。つまり、君たちは両想いってやつさ!
でも僕は神だから、二人には見えないし、僕の声は二人に聞こえない。
ああ……。僕が『神のふりした人間』とか『地の文』だったらよかったのに。それなら二人の物語に干渉してあげることも出来たのに。
でも僕は神だから、二人をただ眺め、二人の行方をただ見ていることしか出来なかった。
運命は、彼ら二人が作るのだ。
田所さんは、思った。
『決めた……。決めたわ! 素のあたしを先輩に見てもらおう! そんなことから始まる恋もあるかもしれないじゃない! それでもし呆れられて、嫌われたら、元々先輩はあたしには合わなかったってことよ!』
意を決すると、田所さんは自動ドアの前に立った。チャラリラ、ラリーン、チャラリララーン♪ と、入店のメロディーが鳴った。
「いらっしゃいませー!」
藤野先輩はいつもよりも特別にハキハキした大声で彼女の入店を迎えた。顔は物凄い笑顔だ。
田所さんはいきなりレジの前に立つと、言った。
「せっ……、先輩っ!」
藤野先輩はわざとらしく驚いた。
「あっ! 田所さん! 奇遇だね。俺、ここでバイトしてるんだ」
『うん……。知らなかった。だからびっくりしました』
田所さんは心で思った。
『これはきっと……運命! だから、あたしの欲しいものを正直に欲しても、きっと先輩は……あたしのことを大喰い女だとか思って呆れたりしない……っ!』
『もしかして……タバコを買いに来たのかな?』
藤野先輩は考えていた。
『それで……レジに顔見知りの俺がいることに気づいて、入りにくそうにしてたのかな? 大丈夫。俺は君が喫煙者だからといって、そんなことで君のことを嫌いになったりしないよ』
田所さんは心の中で逡巡していた。
『言うぞっ……。言うぞっ! 新発売の特大フライドチキンを2個くださいって、言うぞっ! 何してるのよ、あたし! 早く言いなさいっ! 先輩にへんな女だって思われちゃうじゃないっ!』
藤野先輩は自分の思い出に浸っていた。
『大丈夫だ、俺。彼女が何を言い出したって驚かないだろ? だって彼女がオカルト・サークルに入って来た時から彼女だけを見ていたんだから。積もり積もったこの想いはタバコぐらいじゃ壊れない』
『い……行けーっ!』
田所さんは再び意を決した。
「あ……あのっ……!」
『どんと来い!』
藤野先輩は心の準備を整えていた。
「はいっ。どの銘柄でしょうか?」
「頑張れ! 田所さん」
僕は空の上で手に汗を握りしめた。
「受け入れて! 藤野先輩」
田所さんは、勢いをつけると、言った。
「先輩! 新発売の特大フライドチキン、今度あたしと一緒に食べてくださいっ! 海の見える公園で!」
「今からすぐ行こう」
藤野先輩はコンビニの制服を脱ぎはじめた。
「田所さんと二人きりで海の見える公園へ行けるなら、バイトなんかしてる場合じゃないっ!」
藤野先輩は新発売の特大フライドチキンを2つ、耐油性の紙袋に入れると、自分の財布から500円玉を取り出し、レジに入れ、20円のお釣りを取ると、ちょうど奥から顔を覗かせた店長に、言った。
「店長! 俺、バイトやめます!」
ニコニコしながら二人は手を繋ぎ、まるで周囲に花を振りまくように外へ駆け出した。
海の見える公園はよく晴れていて、恋人たちがそこかしこで甘い言葉を囁やき合っていた。
田所さんと藤野先輩はピンク色のベンチに並んで座り、アナログLPレコードぐらいの大きさのフライドチキンをそれぞれの手に持ち、笑顔でムシャムシャやっていた。
「これ、俺も食べたかったんだ」
藤野先輩が言いながら、彼女の顔を見つめた。
「気が合うみたいだね、俺たち」
田所さんは頬を赤らめ、笑顔でうなずいた。そして、思った。
『よかった……。先輩も大喰い仲間で』
二人の前には太平洋があり、眩しい冬の光をキラキラと浮かべていた。その広い海はどこまでも、どこまでも続いているように、二人には見えていた。
寂しいな。
二人は幸せになったけど、僕は胸が締めつけられるような寂しさを覚えていた。
僕も二人のあいだに入りたいな。
僕も、あんな恋が、してみたい。そう思ったけど、僕は神。
ただ幸せそうな彼らを眺め、それを語ることしか出来ないのだった。
(おわり)