No.77 闇中に灯る小さな光
お忘れかもしれないので書いておきますがCL1のキャラクターの何も支援などない状況下でのHP総量は180です。
『う……ぐっ……』
強い衝撃の反動で動けなくなるボク。タンクの構成にしてる影響でVITが高いから、ショックロールには至らない、けど。
『“目眩”に…“麻痺”……ッ』
最悪……よりにもよって動きを制限される状態異常を2つ引くなんて……
リザードマンロードの大技の1つである“全方位火吹”は被弾判定が2回。その被弾判定で状態異常付与の判定が行われる。
でもその状態異常が付与される確率は10%くらいだから結構低いんだけど……
『どうして、ここで引くかなぁ……っ!』
引きたくない時に限ってこういうの引くよね、ホントにさぁ……っ!!
チャット:
:これぞ配信者よ
:これこそ配信者よね
:配信上手よホント
:言ってる場合か、パーティ瓦解してんだぞ!?
:あっ
:あ
:やっべ
:待って今生き残ってるの姫だけ!?
:やばいって
:クエスト失敗あり得るぞ!?
“目眩”のせいでパーティの他の人のステータスがよく見えない…っ
っていうか…
『これ…目眩効果時間最大引いたっぽい……?』
チャット:
:えっ
:やばい
:それはやばいって
:画面も見辛いけどリザードマンロードが近づいてきてる…!
:目眩の最大時間ってどんくらいだっけ!?
:25秒、もう少しで切れてもおかしくないけど…!
:問題は麻痺!最大80秒の持続時間だから効果が切れるまでにやられちゃう!
そんなチャットが流れた時───近くで、小さな足音がした。
『……?』
その足音はボクの横を通って、ボクの前に来て───そこで、止まった。
そこでちょうど目眩が回復して、足音の主がはっきりと見える。
『……ぇ?』
若草色の長い髪に白い百合の花の髪飾り、無地のワンピースに初期装備の細剣である“ニュートラルレイピア”。
ただでさえ20000を超えるダメージだからこそ、今この場で生きているはずのないその姿。
『なな、み…ちゃん……?』
花園ななみちゃんの姿が、そこにあった。
コメント:
:え
:え……
:ななみちゃん!?
:生きてたの!?
:待って、目眩回復したからななみちゃんのHPゲージ見えたけど無傷なんだけど!?
:え、でもどうして!?
:ななみちゃんまさか今の避けたの!?
:ううん、ありえない!!だってななみちゃん、さっき体勢崩してた!!ななみちゃんが熟練者だとしても受け身も取れずに体勢を崩した場合、復帰するのに3秒はかかる!
:じゃあこれは一体……!?
視聴者さんの言う通りで、リザードマンロードが跳躍した時にちょうど攻撃しようとしていたななみちゃんは体勢を崩して転んでた。だからボクの声で跳べたとは思えない。第一、飛距離が足りないはず……
『……まった』
今……ななみちゃんはボクの後ろから……来た、よね?
全方位火吹は使用者を中心に同心円状に火を吹くスキル。そして、その火はある程度の高さとVIT値を持つ何かがあれば堰き止めることができるって師匠から聞いた。
ボクの身長は156cm。ななみちゃんの身長は143cm。
ななみちゃんはボクの後ろにいて、無傷だった。
ということは、もしかして───
「もし、かして……ボクが、盾に……?」
コメント:
:!?
:えっ!?
:姫が盾に!?
:そうか、そういうことか!
:リザードマンロードの炎ブレスは障害物の裏まで回り込まない!
:あの時ななみちゃんは転んでたから姫の裏にすっぽり隠れられる…!
:炎が回り込まないなら障害物を始点として2つに裂けるように炎が動くから……!
:炎が裂けたあとの炎が来ない部分に偶然いたなら、ななみちゃんは無傷で生存できるのか!!
:そんなこと可能なの!?
:姫様のVITなら十分に可能だと思う…!
:でも姫だけじゃななみちゃんは助からなかったと思うから、咄嗟に姫が盾と一緒に展開した“ファイアシールド”が運命を分けたんだ……!!
ボクの盾が、ななみちゃんを助けた…?
「ゥルルルルル……」
『…っ』
唸り声にななみちゃんの前方に視線を向けると既にリザードマンロードはななみちゃんの目の前にいた。
『だめ……にげ、て……!』
麻痺の効果で声がかすれる。ななみちゃんに伝わってるかどうかも怪しい。
でも───CL1でHELLのリザードマンロードと相対するのは無理がある。
『ななみ、ちゃん………!』
『……』
麻痺中に出せるギリギリの声。それが届いたのか、一瞬ななみちゃんがこっちを向いた。
でもすぐに視線を戻して───ななみちゃんが、静かに細剣を抜いた。
「ルォォォォォ…」
リザードマンロードの唸り声に呼応するように剣先を左斜め後ろに向けて、柄を両手で握るななみちゃん。
チャット:
:構えた……
:構えた!?
:下段……脇構え……の左右逆……!
:いやそれ刀の構え方だろ…!?
:まさかななみちゃん、攻撃を受けるつもりなの!?
:無茶だよ、CL1でHELLの攻撃を受けられるはずがない!!
:スキルなしの攻撃で掠っただけでも200〜300ダメージ余裕なんだぞ、アレ!!
:それを真っ向から受けるなんて無茶だ!!
「グォォォォォ!!」
『っ……!』
リザードマンロードがななみちゃんに向かって軍刀を振り下ろすのが一瞬見える。
目の前でななみちゃんが両断されるのなんて見たくなくて、強く目を瞑る。
ギャンッ!
何か金属が打ち合わさる音。
ギギギギギィィィッ!!!
それから、思わず耳を押さえたくなる金属の擦れる音。
その後に、大きな地響きがした。
チャット:
:ぎゃぁぁぁ!!
:耳がぁぁぁぁ!!!
:鼓膜がぁぁぁ!!とはならんけど
:アレ、なんも聞こえない…
:あ…
:え?
:鼓膜破壊されてるやつおる……
:すみません、姫!目を開けてください!!俺達何も見えません!!
チャット欄の言葉で目を開ける。今回、視界カメラにしてるからボクが目を閉じると従者の皆…執事さん達とメイドさん達も見えなくなるんだよね…
目を開けて、飛び込んできた光景は───
『……え?』
振り下ろされた状態の軍刀。
まっすぐ振り下ろしたにしては変な体勢のリザードマンロード。
細剣を振り上げた状態で、無傷のななみちゃんの姿。
『……えっ?』
細剣を振り上げたななみちゃんの姿。
───もう一度言うけど、無傷。HPを確認するけど、さっきの状態から一切減ってない。
チャット:
:え……
:え…?
:ななみちゃん……?
:どうして……
:なんで無傷なの!?
チャット欄もすごく困惑してる。ボクだって困惑してるよ。
そんな困惑を向けられてるななみちゃんはというと、安心したかのように息を吐いた。
『……初期武器が破壊不可で助かったぁ……生半可な武器だと攻撃を逸らしきる前に壊れてたよー。』
『……えっ。』
……今、なんて?
チャット:
:え?
:え???
:???
:攻撃を……??
:逸らしきる???
:え……?
:……???
:待って、理解追いつかない
:俺も
:私も……
:攻撃を逸らすって…なんだっけ?
:えっと、確かパリィ……弾きとかと一緒で……
:相手の攻撃に対して別の力をかけることで攻撃の軌道をズラす技術……だったような…
それは───
『……“攻撃軌道強制変更”…』
主に長剣や刀で使われるシステム外スキルで……
どう間違っても刀身が細い細剣で使うような代物じゃないっっ!!!
だって、あのシステム外スキルは剣の腹に相手の攻撃を滑らせるようにして軌道を変えるんだから!!
『ユウさん、麻痺消えたー?スキルは使えないとはいえ、そのまま受け続けたら出血とか気絶とかなりそうだったから助けたけどー…』
『っ…』
ななみちゃん……失敗したら即死するような状況で、ボクを助けるためだけに今のシステム外スキルを使ったってこと……!?
『ユウさん?』
『あっ、うん!大丈夫!』
『そっか。それならよかったー。えっと……ちょっとお願いしてもいいー?』
お願い……?
『えっと、なぁに…?ボクにできることならやるけど…』
『えっとねー。みんなに蘇生…“リザレクション”をかけてほしいんだー。私だけだと火力が足りないからねー。』
『リザレクション……』
蘇生魔法“リザレクション”。それは死亡状態になったキャラクターを治療することができる魔法。
魔法でキャラクターを蘇生できるのはこのリザレクション系統しかない、けど───
『む、無理だよななみちゃん!!だって、リザレクションがちゃんと機能するのって最速でも45秒かかるんだよ!?それに、ボクのリザレクションはまだ熟練度が低めだから…!』
『それでも、ユウさんが今育ててる“リザレクション Lv.17”は熟練度801.3だから1人1分かからないはずだよー?大体57秒くらいかなー?』
『っ!?』
ボクが今熟練度を上げてるリザレクションのスキルレベルとそのスキル熟練度が把握されてる…!っていうか待って、熟練度からスキル展開速度分かるの!?
『で、でも……』
『んー…ユウさんは難易度HELLのリザードマンロードの攻略情報は知ってるー?』
『えっと……ごめん、実はそこまで知らなくて……あまり戦ったこともないんだ……』
『まぁリザードマンロードは特に難しいから仕方ないかなー…』
『…ごめんなさい。』
大丈夫だよー、って言ってななみちゃんがボクに振り向いて笑顔を向けてくれた。でも、すぐに真剣な表情になってリザードマンロードを横目で見た。
リザードマンロードはというと、変な体勢から戻るために動いてるけどちょっと苦戦してるみたいだね。
『……リザードマンロードの大技の1つ、“全方位火吹”は使用したあとリザードマンロードは“スキル封印”状態と“大技封印”状態になる。“スキル封印”状態は知ってるよねー?』
『えっと……“スキル封印”は全アクティブスキルが使えなくなる状態だよね?それで、“大技封印”は最高位のスキルが使えなくなる状態…』
『うん、間違いないよー。…リザードマンロードの難易度HELLの場合、そのスキル封印は5分間。大技封印は7分間になる。あともう1つ、リザードマンロードの大技の1つである“全方位火吹”は使ったあと10分間の冷却時間になるよー。』
ふむふむ……
『だから、その間なら比較的安全に蘇生できるよー?』
『……でも、蘇生してたら攻撃してくるよね…?』
それに、蘇生中は無防備になる。盾はあるけど、蘇生魔法行使中に正確に構え続けてられるわけじゃないから…
『うん、攻撃してくるよー。…でも、それは全部私が捌く。』
『……えっ?』
『私が全部受け流して、リザードマンロードを足止めするよ。みんなを蘇生中のユウさんには指一本触れさせない。』
そう言ってななみちゃんがボクの方を向いた。
『それでどうかなー?』
チャット:
:え?
:ゑ?
:待って
:待って待って
:言ってることヤバい
:ななみちゃん、それ本気で言ってる!?
:言葉だけだと正気の沙汰とは思えない…!!
───そのななみちゃんが言ってることが、どれだけとんでもないことなのか誰だってわかる。
それを、ななみちゃんが冗談で言ってるわけじゃないこともまた、その目から伝わってくる。
…だったら、ボクは……
『…ねぇ、ななみちゃん。1つだけ約束してくれる?これを守ってくれるならそのお願い、引き受けてもいいよ。』
『んー?』
『…このクエスト中、絶対に死なないって。』
『いいよー。』
『……即答、してくれるんだ…』
『しばらく戦ってなくてちょっと忘れてたけど、もう全部思い出したからねー。“全方位火吹”以外は全部対処できるよー。』
そう軽く言うななみちゃんに小さく笑う。…またとんでもないこと言ってた気がするけど、とりあえず流す。
それと同時にリザードマンロードが体勢を立て直した。
『次の攻撃を私が対処したら行動開始……それでいいー?』
『……わかった。ななみちゃん、絶対に死なないでね。』
『ん。』
その返しを合図に───ななみちゃんの雰囲気が変わった。
───花園ななみside
体勢を立て直したリザードマンロードと真っ直ぐに向き合う。
おおよそ3mもの巨体を持つリザードマンロードと1.5m未満しかない私だとかなりの差があって、首が疲れるけど……
『……』
───集中。
リザードマンロードの目が語る。次の攻撃は先程と同じ。
リザードマンロードの眼が語る。次の攻撃の軌跡は先程と同じ。
リザードマンロードの瞳が語る。次は潰す、と。
それでも覇気が弱い。さっきより少し上がった程度。そして、この程度の覇気ならCL1でも適切に対処すれば十分に受けきれる。
……なら、私はまた同じことをすればいい。
細剣を両手で持ち、剣先は左斜め後方に向ける。
「グォォォォォ!!!」
さっきと同じ、軍刀での振り下ろし。それを、私は───
『───ッ!!』
細剣を正面斜め上方に振り上げる際に軍刀の刃を刀身で交差するように一瞬受けて、そのまま細剣の角度をつけて軍刀の向きを変え、刀身を滑らせる。
弾きが正面から力をかけて攻撃を受ける技術なら、逸らしは側面から力をかけて攻撃を受ける技術。弾きほど致命的な隙は晒さないけど、さっきの体勢の立て直しみたいな隙は晒す。
だから───
『行って!!!』
『うんっ!!』
軍刀が逸らされて空を切り、剣先が地面に落ちたその隙を突いてユウさんが動く。
ユウさんの気配が背後からなくなったのを感じて細剣を片手で構える。
本配信の視線は……ユウさんじゃなくて私に向いてるのか。…当然といえば当然かな。
「ウグルルルルル……」
唸り声とともに体勢を戻すリザードマンロード。一瞬私を見るけど、すぐに視線を私から外す。
当然。受け持ったヘイトが私は少なすぎるから。
だからこそ私は排除すべき敵として認識されず、今排除すべき敵として認識してるユウさんの方に視線が向かう。
私が攻撃を受けるためにユウさんの前に立ったのは、ユウさんに到達する前にリザードマンロードに干渉する必要があったから。“ヘイトデスポイル”と似た感じだけど、スキル無しで無理やりヘイトを奪う方法が強くヘイトを貰っているキャラクターとモンスターの間に割り込んで壁になることだから。
そのヘイトがユウさんより圧倒的に低いからこそ、私が攻撃を受け続けるなんて不可能。
…普通であれば。
『行かせないよ。しばらく私と遊んでもらうから───』
私から離れるように背を向けてゆっくりと動き始めたリザードマンロードに、走って追いつく。
追いついて、細剣を引いて───狙うはただ一点。“ウィークマーカー”で弱点と化している手の付け根。
CL1である今の私に許されたシステム上の通常スキルはたった2つ。そのうちの1つを起動する。
『───“スラストウィーカー”!!!』
私の宣言とともに細剣が赤く輝き、スキルが規定した軌道を描いて、私が狙った場所を精確に突いた。
咄嗟の行動と偶然が生んだ奇跡の生存。
この奇跡がどう左右するのか……




