No.69 鎚墜とし
ちなみにウイちゃんが使ってる魔紋印は熱せれば普通に焼印になります。
「ウイさんっ!!」
「“エオロー”!…と、“スロー”、“ナウシズ”!!」
私がウイさんの近くにたどり着いたのと、ウイさんが私に向けてエオローのルーン魔術を、光翼に向けて十字架のような模様が描かれた石を投げてナウシズのルーン魔術を使ったのがほぼ同時。
私に向けて放たれた光の針がエオローの効果によって弾かれていきます。ナウシズの効果は分かりませんが、何かに縛られたかのように光翼の動きが止まりました。…改めて見て、凄まじいですね。ルーン魔術の遺跡系特効というのは。
私が感心している間にウイさんは私の隣に来ていました。
「どうしましたか?」
「皆さんの治療が終わりましたので報告しに来たんですが……」
「……あ、連絡手段指定してませんでしたね…」
うっかりしてました、と小さく笑うウイさん。ですがすぐに表情を引き締めて私の持つ大鎚を見つめます。
「……あの、ウイさん…?」
「………あの光翼」
「へ?」
「カナさんの大鎚なら墜とせるでしょうか…」
「お、堕とす……?」
「言っておきますが堕落じゃなくて墜落ですよ?」
待ってくださいウイさんって11歳なんですよね?なんで堕落なんて言葉知ってるんですか?
「…実際、堕落の方の字でもあっている気がしますけどね…」
「そう…ですか?」
「光翼は元は天上の神の使いであった…なんてフレーバーテキストも存在してますから。」
「天上の神の使い…って、天使…?」
「ですね。───遥か古に天上より遣わされし光輝の翼有する伝達者あり。伝達者、大地に染まり翼の輝き喪いし時、その翼、主たる伝達者を見限り伝達者の元を去る。これを堕天と言ふ。光輝の翼喪いし伝達者はやがて漆黒の翼を背負い、伝達者の元を去りし翼は長き時を経て輝く翼を持つ鳥と化したといふ───そんなテキストがあるんですよ。」
「……詳しいですね、ウイさん…そんなのどこにあったんですか。」
私がそう聞くとウイさんが首を傾げる。
「“街”の図書館とかによく置いてありますよ、こういうの。」
「“街”の図書館……そういえばあまり行ったことなかったです。」
そういえばお店以外にも噴水とか農場、牧場、花畑、釣堀、採掘所…色々あるんですよね、街って…
このゲームは家庭版と店舗版がありますが、クロスプレイ・クロスセーブが可能になっています。
店舗版はその名の通りゲームセンターなどに置いてある業務用VRマシンを使った1プレイにつき100円かかるもので、家庭版はそのまま家庭用VRマシンで使用できるプレイ回数無制限のものを指します。
家庭版には“街”が存在し、さらに“プレイヤーホーム”が存在するという割と豪華な物になっています。お店も道具屋、鍛冶屋、家具屋、細工屋、呉服屋、写真屋等々様々なものがあります。
対して店舗版に存在するのは“待機所”。待機所に存在するのは“クエストカウンター”、“ショップポータル”、“広場”の3つ。ショップポータルからアクセス可能なお店も道具屋、鍛冶屋、呉服屋の3つ。広場の風景もかなり質素です。
…街と待機所ではそもそもの用途が違う、というのはあるのですが。
じっくりやる人向けの“家庭版=街”とサクサクやる人向けの“店舗版=待機所”。
店舗版は1回のクエストが有料な分、いくつかブーストがかかります。
大きいのはログインボーナスの追加支給。1日1回のログインボーナスというのは家庭版にもあるのですが、店舗版はログインする度…プレイする度にもらえるものです。特に大きいのがゲーム内通貨が最低でも3000フィネ───フィネというのがこのゲームの通貨単位です───が確実に支給されること。このゲーム、結構ゲーム内通貨枯渇するのです。
アイテムドロップ確率上昇とアイテムドロップ数増加。確率上昇は数%ですが、アイテムドロップ数増加と組み合わさることでレアアイテムの入手難易度が格段に下がります。
そしてクエスト後の報酬金・売却金額増加。その金額は家庭版の1.2倍。ゲーム内通貨が枯渇しやすいこのゲームにおいて地味ながらも嬉しい部分。
モンスターと倒した時のキャラクター経験値量増加。こちらも1.2倍。キャラクターの強化には最適です。
スキル使用時のスキル熟練度上昇量増加。こちらは2倍。熟練度500から上がりにくくなるこのゲームでは嬉しい部分。上位スキルを覚えるためにはスキルレベル20到達かつスキル総合熟練度が10000以上必要なので。
あとは店舗版ショップ限定のアイテムなんかもありますか。
……実際、家庭版をやる場合は環境を構築するのが割と面倒だったりします。アカウントカードを読み込みためのカードリーダーが必要になりますから。
配信でやる場合はその環境を構築しないとなんですが…
「……すみません、カナさん。」
「は、はい?」
「その大鎚の要求STR…その12倍。振るえる自信は、ありますか?」
………今この子なんと言いました?……割とありえない数字聞こえた気がするんですけど…
……えっと。
「……じゅっ、12倍……!?そ、それは流石に───」
「もちろん私の支援魔法と変換魔法込みでです。」
「……」
私の持つ大鎚───“乙女の破壊鎚”はその可愛らしい見た目とは裏腹に要求STRが150とステータス要求が非常に高い武器です。参考までに私が持つ魔術長杖“閃光の長杖”が67。ウイさんの持つ“世界樹の枝の長杖”が9ですね。
このゲームはCLが1上がると割り振れるステータスポイントがステータスの種類以上の数もらえるタイプです。
CL159に到達している私の累計ステータスポイントは各レベルアップ時の10ptsが158回分に加えてCL10毎に追加で割り振られる5ptsが15回分で1,655ptsになります。
本職はあくまで魔術師故に魔力高めを重視してるのでその半分、約800ほどはINTに注ぎ込んであり、さらに400程はVITに。残る400程はSTR、WEI、AGIといった振り方をしています。
その中で私の現在のSTR値が225。変換魔法“オーガブレイク”を使ったところで実数値675。筋力支援魔法“パワー”の上位種である“オーガ”を使っても実数値1350。仮に最上位種“キングオーガ”だったとしても実数値2025。今ウイさんに要求されたのは1800───
「……ごめんなさい、片手持ちはおろか両手持ちすらできない可能性が高いです…」
「……」
このゲームの大鎚や長杖のような“両手武器”とされる武器は要求STR値の1.5倍のSTR値で所持することで片手持ちすることができます。では要求値を下回るとどうなるのかというと、そもそも振り上げることができなくなってしまうのです。
なのでその場合は予備の武器に変えるのが基本なのですが……
「……振り上げず、重力に沿うように落とすだけならいけますか?」
「へ……?」
「両手持ちができなくても保持だけならできるはずですよね?」
「……それだけでしたら。でも、それだと私が動けないのは変わらないですよ…?」
「…なるほど。それなら問題ありませんね。」
そう言ったかと思うと唐突に指笛を吹きました。その指笛に反応するのは───箒。
ウイさんの手元に飛んできた箒に跨りながらウイさんが口を開きました。
「もうすぐナウシズの効果が切れますから…私の後ろに乗ってください。私が光翼の頭上まで連れていきます。」
「───!?」
「頭上にたどり着いたら私が一瞬光翼の動きを止めますから───カナさんは箒から飛び降りて“フォールンハンマー”をお願いします。」
「フォールン、ハンマー……ま、待ってください!あの弾幕の中を箒で行くんですか!?」
「はい。」
それが何か、とでも言うかのようなウイさんに戦慄します。
箒で飛ぶのと羽で飛ぶのとでは理由が違うのです。それに1人で飛ぶのと複数人で飛ぶのとではさらに……!
「大丈夫です。…必ず無事に送り届けますから。」
「そうではなくて───っ」
下から見てても凄かったあの弾幕。箒の二人乗りという、当たり判定が2倍になった状態で───無傷でいけるとは、到底思えません。
だというのに、ウイさんに緊張した様子はありません。ただただ気楽に行こうとしているだけ。
覚悟の欠片もない、むしろ余裕のあるような表情。
「……自信は、あるんですね?」
「ママが使う弾幕に比べたら薄いので。」
「………ええ…」
ウイさんのお母様…?
「……分かりました。ウイさんを信じます。」
そう言って私は箒に───ウイさんの後ろに跨ります。
「しっかり捕まっててくださいね。飛び降りる前に魔法はかけますから。」
「お願いしますっ…!」
「慣れてないと酔いやすいので別の所を見ておくのをオススメします───来ますっ!」
その声にいつの間にかさらに高所に行っていた光翼を見るとその翼を強く光らせながら光の槍と光の針を周囲に展開していました。
いえ、槍と針だけではなく鱗のようなものと剣のようなものまで。
「あんな攻撃、見たことない…」
「光針弾、光槍弾、光鱗弾、光剣弾……本来はANOMALY以上の光翼が持つ成層圏以上における空中戦専用仕様ですからね。やろうとすればこのゲームでも弾幕戦ができますから───これでもまだママの弾幕よりは薄いんですけど…」
「……せ、成層圏…って」
あとこれよりもすごい弾幕操作できるウイさんのお母様って一体何者ですか!?
「遺跡系になったことで強化されたのかここまだ成層圏じゃないですけど…それでも地上から1000mはあるので怖いなら下は見ないほうがいいですよ。まぁ結構動くので無理があるかもですが…」
「……だ、大丈夫です。」
「それでは───行きます」
そう言ってウイさんは動き始めます。
「わ───」
緩やかに、でも───精確に。
ゲーム内の重力に逆らいながら上空から降る弾幕の挙動を的確に見切って避けていくウイさん。
急停止と急発進の繰り返し。私の身体にかなりのGがかかるのは明確ですが───見た感じ無駄な動きはしてません。
「あ、あの!弾幕戦ってこういうものなんですか…!?」
「……弾幕を使う存在によって様々ですが、かの弾幕ゲームのような弾幕を扱う存在はかなり稀、プレイヤーに関してはほぼいないですよ!」
「それはまた、どうして……」
「“やろうとすればできる”、だけであって難易度はルーン魔術以上なんです!プレイヤー側であるならともかく敵側、ましてやボス弾幕なんて桁違いの難易度だってママも言ってました!」
「いやルーン魔術も大概難しいんですが!?」
「1つの文字の意味に集中するルーン魔術といくつもの弾を同時操作する弾幕でどちらが上だと思いますかっ!!」
正論に何も言い返せなくなります。
「弾幕戦をする人によると思いますが───」
「?」
「あのゲームのように自分も弾幕を張り、段階的に弾幕を強化していく人もいます!重力魔法とか使ってボス弾幕再現する人もいますし…!あと…しっかり捕まっててくださいね!!」
ウイさんはそう言ったかと思うと私の身体がぐらりと横に回ります。
「わ───っ!?」
「今みたいに箒を軸に回転する人だっているんです!」
「お、おお、落ちるかと思いましたけどっ!?」
「そもそもこのゲームの弾幕戦って曲芸技ですから…!曲芸とはいえ極めたら強いですけど…!」
「どんなものでも極めたら強いんですね…!ちなみに回避不可能禁止とかってありますか…!?」
「それは人によって変わりますよ…!」
そんな話をしている間に私達は弾幕の中をするすると抜けて光翼の上を取っていました。
「ほ、本当に無傷で…」
「いつもソロでの相手は遺跡系のPHANTASMですから…あの程度なら割と簡単な部類…」
「……えぇ」
ちょっと引いてしまいました。
そんなウイさんは引かれていることなど気にしないというかのように私の方に向きを変えます。
「さて、ここからですね……カナさん、大鎚を見せてくれますか?私では持てないので…」
「あ、はい…」
このゲームでは両手持ちのSTR要求値、その2/3の数値───つまり私の大鎚でいえばSTR100を下回ると手に持つことができなくなり、その場から動くことすらできなくなります。空中であれば重さに負けてそのまま落ちる、といったような状態に。こうなると保持、というよりは掴んでいるだけの状態に近いのです。
そんなシステムですからSTR20のウイさんでは持つことができないのは明白。最悪の場合、体勢を崩して箒から落ちてしまうでしょう。
そんなウイさんは私の大鎚に何かを刻みました。
「…これで良しと。効果が切れたら自動的に消えますので。」
「あ、はい…」
“乙女の破壊鎚”に刻まれたアルファベットのDのようなその形。…ルーン文字、だった気がしますけど読み方はわかりません。
「あとはカナさんの支援ですね。」
「お、お願いします……」
「“ブーストダメージ”、“プラスダーク”、“オーガフェザー”、“オーガブレイク”、“オーガ”…」
は、早い……
「……“ティール”」
こちらを向いたかと思うと上矢印を描いてそう呟くウイさん。
……“ティール”?どこかで聞いたような……
そう思っていたらいつの間にか目の前にウイさんの顔がありました。
「Ich wünsche dir den Sieg.(訳:勝利を祈ります。)」
「───!?」
今の……!?
「“ソーン”───お願いします。」
ウイさんがそう言ったと同時に私の大鎚に変化が起きます。
「え───」
柄の部分から、頭の部分まで。正確には、私の右手のある部分を避けて肥大化───いえ、巨大化していく大鎚。
それは、まるで───このゲームのハンマー系統の中で一番高い攻撃力を持ち、一番高いSTR要求値を持つ武器種。
「───ジャ、ジャイアント……ハンマー…!?」
巨神鎚。脳筋の最終到達点と言われる超脳筋武器。噂では、一番弱い巨神鎚であってもそのSTR要求値は1000に到達するとか……!
当然ながら、いつもの私じゃこんなの扱えません…!!
が───
「……軽い」
重さを、感じません。0、というわけではありませんがいつもの大鎚と同じ、どころかそれよりも軽く感じます。
この感覚……恐らくですが、今の私のSTR実数値は───3000……いえ。4000を、超えているでしょう。
一体、どんな付与をすればこうなるのか……ウイさんの底が見えなくて恐ろしいです。
「……行って、来ます。ウイさん。」
「お願いします───“スロー”……“ナウシズ”」
ウイさんが投げたルーンストーンが起動し、光翼の動きが止まります。その間に私は箒から降りて羽で飛び、位置を調整します。
「……ふー…」
………お膳立ては整っています。ならあとは、振り下ろすだけ。
でも、このSTRなら。いつもは使えなかったあのスキルも、きっと。
鎚を両手で保持し、両目を閉じる。
「───“破壊の祈り”」
パリパリッ、と音が響きます。目を開けると赤黒く放電する鎚の頭が見えました。
武器付属スキル“破壊の祈り”。STRを2倍要求する代わりに圧倒的な破壊力を得るスキルです。
できることなら───ここで、ほとんど決められるように……!!
「“フォールン───ッ!!」
鎚を身体全体を使ってグルリ、と振り回し───
「───ハンマー”ーーーッ!!!」
上段に大きく振りかぶり、真っ直ぐに振り下ろす。ただ、それだけの技。
「ミギャ、ァァァッ!!!???」
それだけで───光翼は勢いよく地面に向かって吹き飛びます。
“鎚墜とし”。別名“堕天大鎚”。“打ち墜とす”ことに重きを置いた技。この技を受けた相手は高確率で墜落します。
そして───
「わ、わ、わ───!!!」
それはスキル使用者も例外ではなく、飛行魔法は強制的に解除されるのです。
「わ───ぷっ!」
落下感覚のあったところに地面ではない何かにぶつかる感覚。途端に落下感覚は消えて浮遊感を感じます。
大きく揺れたのは恐らく───私のそれなりにあるWEIのせいでしょうか。
「お、っとっと……大丈夫ですか?」
「……はい。ありがとうございます、助けてくださって…」
地面ではない何かはウイさんの箒の穂。スキルを使ったところで既に準備はしていたのでしょう。落下開始後すぐに受け止めてくれました。
「フォールンハンマーの使用をお願いした時点で助けるのは決めてましたから。…それに、この高さからの自由落下は慣れてないと怖いですからね。」
「う……」
そうなんですよね……このゲーム、重力がほぼ現実と同じ設定なので自由落下の感覚としてはスカイダイビングと似た感覚になるのだとか。
空中戦をする人は慣れておいたほうがいいんですけど……
「そういえば、カナさんってスカートの中は…?」
「お母様に言って対策はしてもらってますよ。デビュー当初から空中戦は想定してましたから。」
「道理で空に来るのに抵抗がなかったわけです…」
「あはは……でもせっかくの飛翔可能なゲームですから空中戦したくなるの分かりませんか?」
「それは分かりますけども…」
そんな話をしていると、ルーン魔術の効果が切れたのか乙女の破壊鎚が元の大きさに戻りました。
「……地上に降りましょうか。あの威力の攻撃を受けてまだまだ体力が残ってるみたいですし。」
「……あの、耐久高すぎません?これでもほぼ今出せる全力出したつもりなんですが…」
「“破壊の祈り”なんてスキル、カナさんの配信で使ってるところ見たことないですから本当に全力なんでしょうね……」
「あぁ…私のリスナーだったんですね、ウイさん……道理で私のスキル欄の“フォールンハンマー”の存在を知ってるわけですよ……」
「その人の立ち回り方を知ることで自分の力にすることも、その人と同じパーティになったときに動きを合わせることもできますから。」
「なるほど……ウイさんは研究熱心なんですね。」
素直に感心してそう言うとウイさんは首を傾げた後にゆっくりと首を横に振りました。
「そこまででもないですよ。…私は補助師なので他のプレイヤーさんの迷惑にならないようにしてるだけです。」
「いや補助師の領域超えてると思いますけど?ウイさん、普通に前衛できますよね…?」
「できますけど……苦手ですよ。後方で皆さんに支援を撒いてるほうが私自身に合ってる気がします。」
「…普通、補助師……いえ、補助系の魔術師って前衛どころか戦闘ができないんですけど…」
「……私、何かおかしいですかね…?」
「このゲームの基本攻略情報的な常識からみるとかなり……?」
上空に来たときとは真逆で緩やかに。けれど確かな速度で私達は地上を目指しました。
光翼のHPは、残り2割。
脳筋聖母……というわけでもないはずなんだけどな、カナさん。




