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No.59 企業ブースはというと

今回はアーティファルの花神莉愛さん視点。

MilkyRain側の視点も書きたかったんですがどうしても思い浮かばなくて……しばらく悩んだ後諦めたのです。

「それでは、今日もよろしくお願いします。」


「「「「「よろしくお願いします!」」」」」


アーティファルの企業ブース。最終日の今日も外部スタッフさんが集まっている。


動き始めているのを確認したあとでお客さんから見えない位置の椅子に座る。


「ふぅ……」


「お疲れ様、莉愛さん。」


「…あ、どうも……」


私に話しかけてきたのは私よりも少し老いたような男性。一応今回のブースの責任者だったりする。


「今日は途中で少し余裕ができるだろうから君のお兄さんたちのところに行ってきていいよ。」


「あ……そうですか」


「昨日一昨日と頑張ってくれたからね。本当は君にはもっと自由に動いてほしかったんだが……」


「……大丈夫ですよ。」


「本当に、若いのに頑張るね……新作の件はほとんど任せてしまっているし……倒れないように本当に気をつけてくれたまえよ、花神開発主任?」


「……はい」


強い圧のようなものを感じる言葉遣いではあるけれど、言葉そのものに圧はない。この人は微妙に不器用なだけ。奈々お義姉ちゃんほどじゃないけれど。


奈々お義姉ちゃんの不器用さは規格外だから……


それはそれとして“開発主任”って呼ばれるのはやっぱり慣れない。本職はデバッガーだから。


「……よし。がんばろ」


しばらく休んだあと、椅子から立ち上がってお客さんにも見える位置に。休んでるうちに開場したのか足音が聞こえてきてたけれど、思った通りだった。


「おい、リリアンさんが出てきたぞ!!」


「うっそだろ噂はマジだったのかよ!?」


「企業ブースにリリアンさんがいるってマジかよ!!」


驚かれてるのはあまり人前に出てこないからだろうね……基本的にデバッグかシステム調整ばかりしてるからこういうイベントでも人前に出ることはすごく少ないから。


…“リリアン”っていう名前は有名なんだけど。なぜか。


…落ち着いて……


「───ようこそいらっしゃいました、古代の深淵を覗く探求者達よ。ご購入は各商品ごとに2つまでとさせていただきます、あらかじめご了承くださいませ。」


「「「「「うぉぉぉぉ!!」」」」」


「なお、特別な商品をご購入された方は案内人である私、リリアンが一時の特別な夢へとご案内させていただきます。別途お申し出くださいませ。」


そう言って一礼すると同時にスタッフさんに視線を向ける。


ちなみに“古代の深淵の探求者”というのはお客さんのことを示す。“アーティファル”という社名が人工遺物を意味するアーティファクトから来ているからそれを探し求める者、という意味が込められている。


「それでは、受付を開始します!」


スタッフさんが言った途端にお客さんが雪崩のように入ってくる。


アーティファルの企業ブースで取り扱ってる商品はアーティファル製のゲームに出てくる各キャラの設定資料集やアクリルスタンド。それとさっき言った特別な商品。


この特別な商品っていうのはただゲームができる権利を販売している、それだけではあるのだけど……そのゲームの内容が“最強を模した存在との対戦”なわけだからかお金を払ってでもやりたいっていう人が何故か多い。


本編ゲーム内で戦える存在として実装してないから、というのもあるのだろうけれど。とはいえ流石に実装したら文句が出そうだったし……


「リリアンさん、対戦権第一波完売ですっ!」


「はっや」


対戦権は1個200円で1人1個まで。ゲームセンターの格闘ゲームか何かかな、と思わないでもないけど多少それを意識してる。で、1波につき6個。1波ごとの個数に関しては機材の関係もあるからどうしようもないのだけど……“最強”に挑むというのにこんなに早く売り切れるのはそれだけ自信があるのか……それとも、怖いもの見たさなのか。


「それでは購入された探求者方はこちらへどうぞ。」


私がそう言うとお客さん達の中から6人が私の下へ来る。初老くらいの男性からまだ中学生だと思われる女の子まで、購入した人の年齢や性別はそれぞれ。


…幅広い層に受け入れられてるのはゲームの開発者として嬉しい限りだけど。


「…さて。皆さんお着席ください。」


ブース裏手、少し暗くしてある場所。ここにはヘルメットのついたマッサージチェアみたいなものが7台置かれている。


これはVRマシンの1つで、主にゲームセンターで使われてるもの。つまりは業務用VRマシン。一部では自宅に置いている人もいるけれど、それはほんの一部。


まぁ……処理速度がほんの少し速かったり、起動ワードが必要なかったりするくらいであまり家庭用と比べて大差はない。……っていうのが基本的なユーザー評価。


実際は手の動きとか足の動きとかがより正確になるからあまり馬鹿にできなかったりもする。


……“最強”はこれを使わずに最強になってるから侮れないんだけども。


それはともかく、全員が座ったのを確認してから口を開く。


「確認しますが、制限時間は20分。制限時間内であれば再戦は可能です。相手が強すぎる、という件に関してはこちらは一切責任を負いません。よろしいですね?」


私がそう言うと全員が頷く。それを見て近くの端末を操作して全員にヘルメットを被せる。


「それでは一時の夢へとご案内いたします。探求者の皆様、ご健闘をお祈りするとともに───最強と呼ばれる者の理不尽さに絶望すると良いでしょう。」


私がそう言って近くの端末を操作するとヘルメットのランプが点滅。フルダイブと呼ばれるそれが静かに起動した。


「……ふぅ」


それを見届けてから私も空いている椅子に座ってヘルメットを被る。…あぁ、起動操作は本人でも本人以外でもできるからコレも家庭用との違いかな。


「……私もやるか。」


そう呟いて現実から仮想世界に意識を飛ばす。


目を開けるとそこは真っ白な空間……非常に初期のVtuberがいたような床が方眼紙のような模様になっている場所。


「自動ログアウトは…15分でいいか。」


自動ログアウトタイマーを15分に設定してから対戦システムを起動させる。───3分。正直な話、この戦いはそれだけの時間があれば片がつく。ついてしまう。


……たとえ管理者の私でも、最強に勝つことはできないという結果で。


足音とともにそれが現れたのを感じる。私はそれを感じながら背中の剣に手をかける。


足音の元にいるのは少女然とした存在。身長は私より少し低いくらい。身に纏うのも鎧などではなくただの服であり、立ち姿もただの少女のようであってどう見ても強そうには見えないが───それ故に恐ろしい。私はその強さを知っているから尚更。


“The Cherry Executor Hollow”───“桜色の処刑人の虚像”。それが最強を模した存在の名前。


「っ……」


本物と同じ気配。本人に協力してもらって精巧に作ってあるからか本人がそこにいるかにも思える。けれどこれは虚像……データで再現されたとある1人のプレイヤーの偽物。


プレイヤーの偽物だからこそ、下手に弱くすることができない。下手に強くすることも、また。プレイヤーのデータを蓄積し、行動パターンを蓄積し、それを再現しているのがコレ。理論上は偽物に勝てれば本物にも勝てる。…あくまで理論上は。


…このプレイヤーに関しては勝てる気なんてしないけど。


こちらが剣を抜くとあちらも獲物を抜く。それと同時に視界にFIGHT!の炎文字が弾ける。


このプレイヤーにはチートや低レベルの管理者権限を使っても勝つことができない。低レベルの管理者権限を使っても勝てないのなら、管理者権限を使うことに意識を割くよりも純粋に物理で殴り合うべき。


……なのだけど。


「は、はやっ……」


初撃を打ち込んだ瞬間に薙ぎ払われる私。それと同時にYOU LOSEの見慣れた文字。対戦時間はわずか30秒。いつもの3分より酷かった。


……こんな風に、偽物相手でもあっさりと負けるのである。


「……はぁ。」


…この人は本当に規格外だけど……そもそも現在のドリームシリーズ最新作“Dream Labyrinth”の全プレイヤー中上位5人は他のプレイヤーと一線を画す。


プレイヤー1位、“桜色の処刑人チェリー・エグゼキューター”。あらゆるチートが効かず、逆にチーターを返り討ちにすることのほうが多いプレイヤー。


プレイヤー2位、“完全なる魔女(エンタイア・ウィッチ)”。攻撃や防御に魔法しか使わないプレイヤーでありながら欠点らしい欠点を持たないプレイヤー。


プレイヤー3位、“運命の狙撃手フェイタル・スナイパー”。遠距離武器を主軸として戦い、近接戦闘に持ち込もうとしてもその間合いに入られる前に撃ち殺すことが多いプレイヤー。


プレイヤー4位、“獰猛なる猟犬フェロシウス・ハウンド”。近接戦闘を主軸として戦い、たとえ遠距離戦闘をしようとしても即座に距離を詰めてくるプレイヤー。


プレイヤー5位、“智慧の魔術師ウィズダム・キャスター”。魔法を主軸として戦い、全魔法の中でも特殊な魔法を数多く扱うプレイヤー。


以上5名。今回のような特別なイベント等で以外は絶対にゲーム内エネミーとして出てこないように設定されているプレイヤーデータである。


「……惨敗だね」


他のプレイヤー達の情報を見ながらそう呟く。今回入った6名、その全てがすでに10回の再戦を行っている状態。これでもエネミーレベルは挑戦してきているプレイヤーに合わせているのだけど。


そも───2位から5位はまだ他者が追いつける範疇に留まっているけども……1位は次元そのものが違う。


そのステータスこそAGI重視の標準的な物理型。ただしその動きはまさに未来予知と言えるもので、本来凶悪とされる即死チートでさえ1位を捉え、殺すことは叶わないのだ。そんなもので勝てるというのならとっくに私がやっているし。


「ほんと、規格外……あなたにはその言葉がよく似合うよ……」


そう呟いたと同時に仮想世界の風景が消え、暗闇に落ちる。ログインから15分が経ったようで自動ログアウトされたようだ。


……前に一度。“桜色の処刑人”本人に対して虚像をぶつけたことがある。結果は虚像の負け。ただし、本人も相当消耗したようで虚像が消えたのを確認するとその場で倒れたのをよく覚えている。


「はぁ……」


いつか、“桜色の処刑人”本人が暴走したとき。ゲーム内で物理的に止めることのできる人がいて欲しい。高レベルの管理者権限によるアカウント抹消やシステムに敗北を強制処理させるのではなく、真正面から戦って止められる人が。


いつものようにそんな事を考えながら、ブースでの仕事を続けた。

はい、ということで以前お話してた化け物級のプレイヤーのお話です。

“低レベルの管理者権限”っていうのはゲーム内部の細かなステータスや座標に干渉するもので、主に麻痺とか毒とか睡眠などのステータス異常をプレイヤーに付与するっていうものですね。一応即死もこの内に入ったりはするんですが、プレイヤー1位はこれをチートなしで無効化してしまうわけです(ちなみに莉愛さん含めアーティファル従業員全員でプレイヤー1位がチートツールを使用していないことは確認済みで、確認するまで“頼むからやるならチートを使ってこの現象を引き起こしててくれ”と願われてたレベル)。

逆に“高レベルの管理者権限”っていうのはゲームを動かしているシステムの動きそのものに干渉するもので、対戦を始めた瞬間に決着を判断させるとかキャラクターを消去するとかシステムそのものをクラッシュさせるとかそういうものになります。

言葉通り“最強”。秩序の守り手、運営の代行者、絶対神(システム)の御使い…処刑人としての役割を任せるならこれ以上ないであろう適任なのですが、万が一暴走したり闇に堕ちたりした場合に真正面から対処することができないというのが莉愛さんの悩みのタネとなっている部分です。

一応、暴走することで判断力を失い、未来予知の如き動きが失われるかもしれない……という淡い希望の光は存在しますが、ななみちゃんのトランス状態の例がありますからかなり光は弱いでしょうね…

……あ、低レベルとはいえ管理者権限をどうしてチートも使わない一般プレイヤーが無効化できるのかというのは……まぁ、いずれ誰かが話してくれることでしょう。

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