No.57 コミケ中間日
忘れてましたが静歩カナさんはお仕事でコミケ初日は来てません。
「それじゃ、今日も頑張ろっか。接客はないけどね。」
「「は、はい!」」
コミケ会場女子更衣室。昨日と同じように奈々と愛海はいなくて、私、咲月さん、悠奈さんがここにいる。奈々は先に着替えておじいちゃん達とコスプレ会場に行くって言ってたからね。愛海はちょっと別件で遅れるって。
昨夜、意識が飛んだのは時間が原因。いつもの活動限界強制睡眠現象……って、私達は呼んでるやつ。
奏さんが軽くパニックに陥ったらしいけど、愛海と奈々で落ち着かせてくれたみたいで特に大きな問題にはならなかったね。
「あの子達……確か昨日は…」
「もしかして……」
「今日は何を…?」
……?なんか昨日よりもすごく視線を感じるような。
「どうしました?」
「…なんでもない。」
そう答えたあと今日の衣装に着替える。
今日の衣装はゴリッゴリの甘ロリ。ベビーピンクをメインの色としたお姫様みたいなやつ。フリル部分には青い花が描かれてて、ちょっとしたアクセントになってる。
ちなみにこの青い花はカーネーション。奈々のも同じカーネーションがフリル部分に描かれてる甘ロリ衣装だけどカラーリングが逆で、水色をメイン色としてピンクのカーネーションになってる。
小物はティアラで、こっちも花が飾られてる。こっちの花は白のアイリスだね。これは奈々も一緒なのは確認済み。今日の朝に2人で確認したからね。
今日の私と奈々の衣装をデザインしたのは実は悠奈さんと香月さんの2人なんだよね…だから花が使われてるっていうのもあるのかもね。
……問題は、この服装だと本当に子供にしか見えないってこと。私も、奈々もね。中学生時代の私の身長…148cmであっても小学6年生の女の子の平均身長に届かない。結は言わずもがな…っていうか、あの子は正真正銘小学生だからね。実際、結は年齢にぴったり合うような身長してるんだよね。奈々は結の身長がそろそろ止まるんじゃないかって言ってたけど……うん、正直私もそう思う。あと結自身も同じこと思ってるみたい。
…まぁいいや。何か問題起こっても大抵は何とかなる。不安要素は女の子になってること……って言いたいけど、実は何気に身体の感覚……相手との物理的な距離感とかは昔と一緒だから場合によっては女の子の状態の方が強い。一昨日みっちゃんを簡単に対処したところからも分かる通り。それでも不確定要素多すぎるけど。
あと、愛海と修二くん……特に修二くんは私の怒りのトリガーをよく知ってるからそのトリガーを踏まない───というか“踏ませない”?───ように動くと思うし。“怒りの矛先が自分に向いていないのに死ぬかと思った”、って言うならなおさら…ね?
「ふー……」
自己定義は……そうだなぁ。……まず必要なのは“花園 七海”。それと…“幼女”、じゃなくて“妹”を薄めに。それから……うん、“詳細定義”も使おうかな。
詳細定義っていうのは自己定義の内容をさらに細かく設定できるもの。本来の演技……原作の役になりきるだけなら必要ないもの。
基本的に必要なのは原作から改変された役になりきる場合。家系図、過去、職業、年齢、言動……そういったものを変更した際───つまり“無茶振り”みたいなのを望まれた際に使ってる。
“花園 七海”の基本情報の一部、家系図は“花咲香月:母”、“夢咲ゆな:母”、“神凪ミコ:姉”、“姫華日奈子:母”。今回はこれを書き換えて“花園 七海”の定義表面に対し上書きする。
“存在定義:花園 七海”の定義核には触れないように、定義表面だけを書き換え、その定義表面を自己定義として読み込む。難しいこと言ってる気もするけど……定義核は保存されたファイル、定義表面は編集中のファイルって考えればいいのかな。
ということで……
詳細定義───“花咲香月:母”、“夢咲ゆな:姉”、“神凪ミコ:姉”、“姫華日奈子:双子”。
───起動
『…ママ、ゆなお姉ちゃん、今日はお願いねー?』
「…っ!?は、はい…」
「は、はひ…」
私が話しかけてギリギリ尊死しないママとゆなお姉ちゃん。あのオフコラボからコミケ前々日までの間、私と日奈子で尊死させ続けたんだよねー。少しずつ慣らすのが普通だから突貫過ぎて一時的な耐性にしかならないけど…
なんか気になったから夜に尊死させ続けたけどー……正解だったみたいだね。ゆなお姉ちゃんは相当ギリギリっぽいけど……
ともかく、そんなこんなで女性更衣室を出て日奈子のいるところに向かう。おじいちゃん達と一緒だからすぐに分かるよねー?
『……』
そういえば……更衣室にいたお姉ちゃん達、胸を押さえてたけど大丈夫かなー…?軽く見た感じ尊死ギリギリっぽかったけど……どうしてだろー?
…あ、見つけた。
『ひーなこっ!おまたせっ!』
「うん?…ううん、そこまで待ってないよ、ななみ。」
「「……えっ」」
「うん、やっぱりピンクはななみに似合うね。」
『そうかな?私は日奈子も似合うと思うんだけどなー…』
「私よりもななみの方が似合うって。」
そこまで言ってから日奈子がママとゆなお姉ちゃんに向き直る。
「お母さん、ゆなお姉ちゃん、素敵な服をありがとう。」
「「え、あ、え…えぇ……?」」
2人の反応に日奈子と顔を見合わせて首を傾げる。
「驚いたでしょ、2人とも。」
「神凪先生!」
「神凪さん!」
私達の背後からママたちにかかる声。その声の方向を見るとミコお姉ちゃんがいた。今日のミコお姉ちゃんは巫女さんの服装なんだねー。
「あの、これって…」
「ん?2人は日奈子さんが元演劇部ってことは知ってるよね?」
「は、はい…」
「なら少なからず演技ができるのは予想がつくと思うんだけど……日奈子さんは弟さんやななみちゃんと違って自己暗示を使った演技じゃない。けど、その演技力・対応力ってななみちゃんとほぼ同等なんだ。」
「同等……ですか。」
「うん。高校生時代、部内トップレベルの演技力・対応力を持ったななみちゃんと同等…そこから考えれば、今のこれがどういうことかわかるよね?」
「「………」」
ミコお姉ちゃんはそこまで言うと硬直したママとゆなお姉ちゃんの方に手を置いた。
「ま、頑張って。付け焼き刃の耐性でも多少は耐えられるはずだから。」
「「は、はぃ……」」
んー……大丈夫…かなー?
「「すっ、すみません…!」」
『…うんー?』
声のした方を見るとカメラを手に持った人が2人いたー。
「え、えっと、一枚撮らせてもらっても……?」
「わ、私もお願いします…!」
『うん、いいよー?…いい、けどー……ねー、お姉ちゃん達。暑くないのー?』
気になったのはそのお姉ちゃん達の格好。服装は普通なんだけどー……なぜか頭に1人は段ボール、もう1人は紙袋被ってるんだよねー。目の穴と口元の穴は空いてるみたいだから周囲の把握と呼吸は大丈夫だと思うけど、暑くないのかなー?
「「大丈夫です!!」」
『そうー…?熱中症には気をつけるんだよー?それで、えーっと……ポーズ指定とかあるー?』
私がそう聞くとお姉ちゃん達は少し悩んでから、日奈子と手を繋いだのを撮りたいって言ってくれたから日奈子と手を繋いで2人に向かってピース。
「はわわわわ………尊い……」
「姉さん、しっかり……!」
「う…がんばる…」
そう言いながら2人とも撮影が終わるー。
「あ、ありがとうございます…!えっと、こんな感じになったんですけど…」
段ボールを被ったお姉ちゃんが私達に写真を見せてくれたー。結構歴が長いのかなー?結構震えてたと思うのに綺麗に撮れてるー…
「あの、これってレスパーティに上げたりしても大丈夫ですか…?」
『私はいいけど……』
「私もいいよ。」
「あ、ありがとうございますー…!」
「すみません、お2人のお名前をお伺いしても…?」
『あ、私は花園ななみだよー!』
「私は姫華日奈子だよ。可愛く撮ってくれてありがと、お姉ちゃん達。」
「「う゛っ!?」」
あ、胸を押さえて固まったー……
『んしょっと。』
「んっと。」
「「はっ!?」」
『お姉ちゃん達、気がついたー?』
「お姉ちゃん達、気がついた?」
「「あ、あの、あの……」」
『熱中症には気をつけるんだよー?』
「すごく暑くなるみたいだから本当に気をつけてね?」
「あ、ありがとうございます……」
「そしてお騒がせしましたっ!!」
『あっ、急に動いたら……って、行っちゃったー…』
なんだかちょっとした嵐みたいだったねー。
「ねぇねぇ、あそこにいるのって…!」
「あれってTSっ娘Vtuberの花園ななみちゃん?黒髪だけど………」
「多分そうだよ!でも隣にいるおそろいコーデの女の子って誰だろ?」
「巫女服は神凪先生……で、王子様っぽいのは花咲香月先生で貴族の御令嬢っぽいの夢咲ゆな先生よな。…香月先生、割と男装似合うな……すげぇや」
「でもその近くにいる死神と剣姫ってホントに誰だろ?」
聞こえてきた声の方を向いて日奈子と2人で手を振ってみるー。そしたら胸のあたり押さえて少しだけ動きが止まったー。
すぐに復帰してその人たちは私達に近づいてくる。
「すみません、写真撮らせてくださいっ!そっちのお姫様と死神様もご一緒に!」
「お、俺も……っ!?」
カメラを持った1人がおじいちゃんの顔を見てびっくりした表情をしてるー。
「ひっ、ひひっ、“ヒグルマ”さん!?もしかしてヒグルマさんですか!?それにそっちの方は“ススキ”さん…!?」
わ、おじいちゃんとパパのコスプレイヤー名久しぶりにちゃんと聞いたなー…
その言葉を聞いたおじいちゃんはいたずらっ子みたいに笑う。
「……バレちゃった?」
「バレちゃいますか。」
「うおっ、昔から変わってねぇ……っ!!じゃなくて、写真お願いします!ななみちゃん達も一緒に…!」
『はーい!それじゃあお兄ちゃんお姉ちゃん、よろしくねー?』
「あっ、ローアングルはだめだよっ!女の子を撮る時のお約束!」
「ていうか、もしローアングルから撮ったらななみちゃんに精神的に殺されると思ったほうがいいよ?」
「「「「「ひぇ……っ!?」」」」」
『そ、そんな事しないよーっ!』
「「「「「ほっ………」」」」」
「いや実際昔ななみちゃんに精神的に殺された人いたから…」
「「「「「単なる脅しかと思ったら脅しじゃなかった……だと…っ!?」」」」」
まって!?ミコお姉ちゃん、私それ初耳なんだけどー!?
あとみんな仲いいねー!?
そんなこんなで写真を撮られ続けて……人が捌けたのがお昼過ぎくらい。
『はわわー………人多かったぁー……』
「ほんとー…すごい人だったぁ…」
「ん゛っ……すごい人の量でしたね…」
『脱水症状とか出てないー?だいじょうぶー?』
「わたしとしてはななみちゃんと日奈子さんの方が心配だけど…」
「大丈夫だよ、ミコお姉ちゃん。心配してくれてありがと。」
「う゛っ……同等の尊死兵器と化すことでななみちゃんの尊死攻撃を相殺できるのほんとヤバイって……」
『「……?」』
「「「「「うぐっふ……」」」」」
あ、全員止まったー…うん?
「こんにちは、ななみちゃん。……えーっと…」
『あ、奏お姉ちゃんー!』
「奏お姉ちゃん、こんにちは。」
「うっ…ふぅ!?」
「…奏お姉ちゃん?」
…うーんとー……
『と、とりあえず起こそっ、日奈子!』
「う、うん!」
私はパパとゆなお姉ちゃんと奏お姉ちゃんをー…日奈子はおじいちゃんとママとミコお姉ちゃんを起こしてー…
「「「「「い、生き返った……尊死2倍は耐えられないって…」」」」」
そんな事を言って深呼吸してたー。
そんな時……
「こんにちは、ななみちゃん。」
『……?』
聞き覚えのある声。声の方を向くと優しそうなお姉ちゃんが私のことを見つめてたー。
『えーっと……』
「歩、です。流石に…ですよね?」
『あ、うん…えっと…歩お姉ちゃん?はじめまして…だよねー?』
「はい、こっちでは初めましてですね。」
『それじゃ、はじめまして、歩お姉ちゃん!』
「んっ……」
歩お姉ちゃんが少し動揺してからすぐに復帰するー。歩お姉ちゃんって、静歩カナお姉ちゃんだよねー?
『えーっと……奏お姉ちゃんと歩お姉ちゃんはどうしてここにー?』
「私はななみちゃんの姿を撮影しに来たんですけど……」
「おねっ……ん、ん゛っ。えっと……神凪先生に呼び出されたんですけど……それとは別に1枚撮影させてもらってもいいですか?」
『うん、いいよー!』
「日奈子先生も───」
奏お姉ちゃんがそう言った時、日奈子が奏お姉ちゃんの口元に指を立てた。
「ねぇ、奏お姉ちゃん。今は私のこと、日奈子って呼んで?」
「っ!?!?!?え、えと、じゃあ……日奈子、ちゃん?」
「うんっ、それでいいよ!」
「ア゛ッ………かわいい……」
「かわいい…」
「えへへっ、お姉ちゃん達、ありがと。」
「ミ゜」
『あ、歩お姉ちゃんー!?』
「だ、大丈夫です…問題ないです」
『それ大丈夫じゃないやつー!』
それから少ししたら落ち着いたみたいで、改めて写真を撮ってもらった。
ポーズ指定が恋人繋ぎでちょっと恥ずかしかったよー…
『それで、ミコお姉ちゃん。奏お姉ちゃんに何か用だったのー?』
「あっ、そうだった。えっと、奏さん。……あっと、歩さんも一緒にいるけど聞いてて大丈夫?」
「は、はい!大丈夫です!」
「そう…そんなに硬くならないで欲しいんだけどな。」
「ど、努力します……」
「…まぁいっか、手を出してもらえる?」
「……?はい…」
そう言って手を差し出した奏お姉ちゃんの手の上に、カナお姉ちゃんが鈴と紐のついた小さな袋を乗せた。
「……?あの、これは…?」
「華麗神社の御守。効果は厄祓いね。」
「えっ」
「ちゃんとしたやつだから効果はあると思うけど……とりあえず今日…じゃない、明後日から1週間くらいして何も効果がなかったら言って。その時は華麗神社まで連れて行ってあげるから。」
「そ、そんな、そこまでしていただかなくても…!華麗神社まで凄く遠いですし…!」
「ん……だから神社まで連れて行くのは最終手段。」
そう言ってからミコお姉ちゃんが呼吸を整えて奏お姉ちゃんに近付く。
「…わたしの見立てでは、その最終手段を提示せざるを得ないほど奏さんを苦しめているソレは厄介極まりないもの。華麗の御守だとしても厄除守だけなんてもってのほか、明後日やることでも恐らく生温い。華麗神社に行くかもしれない、っていう覚悟だけはしておいて。」
「……わ、わかりました。」
小声だったけど全部聞こえちゃってたんだよねー…
その後はというと、暑さが凄くなってきたからその場でお開きー。また明日会おうね、っていうことでかいさーん。
カーネーション・青=永遠の幸福
カーネーション・ピンク=温かい心
アイリス・白=あなたを大切にします
衣装デザイン時に込めてた意味はこんな感じ。
香月さんとゆなさん曰く“日奈子先生とななみちゃんの気持ちになってデザインしてみたらこうなった”とのこと。




