No.56 教え子との会合
1日目のコスプレ会場での話は省略するのです。
企業ブースは……どうしようかな
撤収作業が終わって、ホテルに戻ったあと“星司そら”のレスパーティアカウントにDMを送ってから少し経った。
あ、奈々は咲月さんと悠奈さんに少しお話があるってことで今部屋にはいない。まぁ、多分あの件だと思うけど。
それで、結とゲームして遊んでたら私のスマートフォンが震えた。
「なんだろ……あ、星司さんからだ。」
内容はこのあとの待ち合わせ場所。お父さん、お母さん、おじいちゃん、莉愛を除いた6人が行くことになったから計7人が入れる場所を探しておいてほしいって頼んでおいたんだよね。
正直私達は東京に詳しくないからね……星司さんは東京住みだって授業の終わった雑談中に言ってたのを覚えてたからお願いしたっていうのもあるんだけど。代金は私達で出すから料金関係は気にしなくて良いとも伝えてあるし。
お話するのは星司さんの都合だけど、人が多くなるのは私達の都合だからね。
「ここから……割と近いね、場所」
「もう行くの?」
「奈々達を呼んだらね。結の方は準備大丈夫?」
「うん!」
「ならよし、と……」
とりあえず愛海は少し出かけてたはずだからメッセージを飛ばしておく。その数瞬の間に結は戸締まりを確認して外に出る準備を終わらせてたから一緒に外に出る。
咲月さんと悠奈さんの部屋は1つ隣。ドアの前まで行って軽くノック。
少しするとドアが開いて咲月さんが顔を出した。
「あ、加奈さん……もしかして…?」
「星司さんから連絡があったから呼びに来たよ。」
「分かりました、悠奈と奈々さんにも伝えてすぐに出ます。」
「ん、忘れ物とか戸締まりとか気をつけるんだよ。」
「はい、ありがとうございます…」
そう言って咲月さんは部屋の中に戻っていく。それから少しだけ待つと奈々と悠奈さんが咲月さんと一緒に出てきた。
「それじゃ、行こっか。星司さんの指定した場所に。」
「えぇ。」
「うん!」
「「は、はい…!」」
「私も星司さんとちゃんと対面するのは初めてだからちょっと緊張するなぁ…」
私がそう言ったときに奈々が頭を傾げた。
「そういえば、加奈ってあの子のこと星司さんって呼んでるわよね。本名なの?」
「違うと思うけど……私あの子の本名知らないもん。」
「「「「え?」」」」
「だってあの子が学校の授業の時に使ってる名前って活動者名とか演者名みたいなものだよ?本名の可能性はなくはないけど多分違うと思うし。」
「……あぁ、なるほど…」
「実際あの子って本名と同じ姓・名構成にしてるからちょっと分かりにくいんだよね。私みたいに名だけにしたり姓だけにしたりする人も結構いるんだけど。」
「結構自由なんですね…」
「私達の母校の系列校だからね。」
「…なるほど」
そんな話をしながらホテルを出て、呼んでおいたタクシーに乗って目的地に向かう。
目的地に着くと愛海はもう待ってて、私達に気がつくと軽く手を振ってくれた。
「おまたせ。早かったね?」
「三乃が送ってくれたから。明日の衣装はお父さん達に預けておくって。」
「そっか。」
そんな会話をしながらお店に入る。
「いらっしゃいませ……え、あ、と……ろ、6名様…ですか?」
「あ、えっと待ち合わせなんですけど……多分7名で入ってると思うんですが。」
「7……あ、はい。6名様をお待ちの星月様ですね。ご案内いたします。」
そう言って歩き出す店員さんについていくと私達は広めのお座敷に通された。
「ご、ごゆっくりお楽しみくださいませ。」
そう言って店員さんは足早に去っていった。なんかちょっと慌ててたなぁ…あとなんか感じたことある気配だったんだけど。
…まぁいっか。
「お待たせしました、星司そらさん。」
「あっ、いえ…!こちらこそお呼び立てして申し訳ありません…!え、えっと…ど、どうぞご自由に座っていただいて……」
「ん。あと面談とかじゃないからそう硬くならなくても大丈夫だよ?」
「…すみません、先生とは何度もお話してるはずなのになぜか緊張して…」
「まぁ、仕方ないか…実際別人みたいなものだし。」
そんな話をしたあと私達は席につく。一応私と星司さんが対面するような形にはなってる。
とりあえずそれぞれ料理を頼んで一段落。
「……それでは改めて自己紹介をさせていただきます。私立花ヶ咲心海通信式学園高等部、情報処理学科在籍“星野シファレ”……本名は“星月 奏”、といいます。今は“星司そら”というVtuberとして活動していますが、昔は“星河ミドナ”という絵師として活動してました。」
そこまで言って疲れたような表情で息を吐く彼女───星月さん。なんか、お疲れ様。それにしても…
「星河ミドナ……?」
………どこかで聞き覚えあるなぁ。
「……って、星河先生じゃない。“星影の魔術師”の。」
って思ったら奈々が正解を言ってくれた。
「日、日奈子先生…?わ、私のことご存知なんですか…?」
「悪い意味というか……変な意味で有名だったもの。全体的に見れば無名だけれども…」
「変な意味……あー、異常なほどの不幸体質かぁ。」
「うっ…!?せ、先生もご存知なんですね…」
「まぁ配信見てたからね。」
「ひぇぇ…!わ、忘れてください…っ!」
「無理でしょ……っと、私達も自己紹介しないとだよね。」
そうして私達も本名を開示していく。
「…それにしても星月、か。」
「どうかしたの?」
「対面授業の子の中にもいるんだよ、同じ名前の人。」
「……それは、多分妹だと思います。…“星月 謡”。4つ離れた、私の妹です。」
「あぁ、あの子のお姉ちゃんか……道理で雰囲気と気配…それに名付け方が似てるわけだよ。」
私がそう言うと星月さんはキョトンとした表情をした。
「雰囲気が……似てる、ですか?そんな事、初めて言われました…」
「あれ、そう?」
「え、あ、はい……それに、名付け方が似てるって…?」
「名付け方って命名法則のことよね?」
「うん。人によって命名に法則性があるんだけど…星月さんの場合」
「奏でいいです」
「あ、そう?じゃあ、えっと…奏さんの場合、今私が知ってるので星河ミドナ、星野シファレ、星司そらの3つなんだけど…これ、音階でしょ?」
私がそう言うと奏さんはひどく驚いた表情をした。
「え、なんで……」
「“シファレ”の違和感。“ミドナ”と“そら”はいいとしても、“シファレ”はなんかすっごい無理矢理な感じするもの。妹さん……謡さんの場合、音楽用語から命名するからね。」
よく使うのはソナタだもんね、って言ったら奏さんの表情が少し泣きそうなものになった。
「…妹の………謡のキャラ名なんて久しぶりに聞きました。…もう、ずっと会えてませんから。」
「……そっか。」
そういえば謡さんもそんな事言ってたっけな。
「たまには謡さんにも会ってあげなよ?…って、担任でもない私が言うのもおかしいけどね。」
「あはは……でも、会っちゃだめなんです。…私がいると、あの子を不幸にしちゃうから…」
「……不幸、ね。」
私が呟くと同時に深呼吸をして私を見つめる奏さん。
「すみません、本題に入らせてもらいます。…花神加奈先生、今までの授業のあと、私の我儘を聞いて通話を繋げておいてくださりありがとうございました。通話を繋いでいる間は不思議と不幸が起こらず、様々な作業が進められて……不幸によってデータが消えるのは変わりませんでしたが、進めることができるだけでも本当に助けられました。本当に、ありがとうございます。」
「…正直、私は本当に何もしてないんだけどな…まぁ、奏さんの助けになったならそれでいい……のかな?」
「データが消えるという不幸が重なった影響で記憶力が鍛えられましたので……進められるだけでもだいぶ違うんです。」
「…そっか」
「その、実は搬入前日にも原稿が消えまして……搬入までに間に合うように書き直したっていう経緯があったりします…」
「す、すごいですね……」
「さすがは星河先生というべきでしょうか……その速筆は健在なんですね…」
「うぅ………恥ずかしいです。記憶力と筆の速さは不幸由来なので少し複雑な気持ちもあるんですが……」
…うーん。
「……結、どう思う?」
「わ、私!?お姉ちゃん、私まだ無理だよ!?感じることができるくらいで……」
「……??」
「愛海は?」
「んー……多分確定かな?ねぇ、えっと……奏さん?」
「は、はい!」
「お祓い、って行った事ある?」
愛海がそう言ったら奏さんが少し暗い顔をした。
「…行ってはみたんですが……自分達じゃ無理だ、って言われました。その、護符も効かないだろうって……」
「そっか。他に何か言われたこととかは?」
「え、えっと……このレベルであればあの神社の護符しか効かないんじゃないか、みたいなことを聞いた気がします。」
そこまで言って、少し考えこむ奏さん。
「…確か、神社の名前は───」
「「「「「華麗神社」」」」」
奏さんの言葉に重なって私、愛海、結、奈々の声が重なった。
その言葉に奏さんが目をパチクリさせる。
「……ご存知なんですか?」
「まぁ…呪いとかお祓いの最終防壁といったら華麗神社だもの。でも、それ以前に……」
奈々の視線が私に向いて苦笑いする。
「私、その神社の関係者だからね。」
「………えっ」
「私っていうか正確には愛海がだけどね。」
「……えっ」
「はい、改めましてわたしが華麗神社当代巫覡の花神愛海です。」
「そして私が華麗神社当代巫覡補佐の花神彼方です。…そう、私はあくまで補佐。だって私に巫覡を担当する資格はないからね。」
ちなみにこれは名前が登録されてるだけで特になにかしないといけないってわけでもないんだよね。何かしないといけないなら愛海がここにいるわけないし。
「それで…奏さん?」
「は、はいっ!」
「もしよかったらだけど、コミケの全日程が終わったあとにわたしに住んでいる家を見せてくれないかな?」
そう言ったあと、少し迷ってから口を開く。
「もしかしたら、だけど。あなたの不幸……というか不運をわたしにどうにかできるかもしれない。」
「ほ、本当ですか!?」
「確約はしないけど……最低限弱めることくらいはできるように努力するよ。それに……」
そう言って愛海がスマホの画面を見せる。そこには1本の動画しか存在しない奏さんのチャンネル───“星司そら”のチャンネルページが表示されていた。
「そろそろ配信したいでしょ?星河先生って確かすっごく配信するの好きだったと思うから配信できてない現状はすごく辛いと思うんだけど?」
「あの、かの神凪先生や日奈子先生に“先生”って呼ばれるのは流石に緊張するのですけど…じゃなくて、えっと、その…はい。でも……いいんですか?」
「問題ないよ。何かお礼をしてもらう必要もないし。」
「え……でも…」
「もしお礼がしたいって言うなら配信で元気な姿を見せてよ。それがわたしへの最大級のお礼になるから。」
愛海がそう言うと奏さんは少し悩んでから頷いた。
「じゃあ…その……お願い、します。」
「うん、任されました。」
「実際、私と通話を繋げてただけで不幸が無効化できてたなら愛海だと完全無効化できると思うけどね。」
その私の言葉に愛海が苦笑いする。
「……どーだかね。」
「うん?」
「なんでもないよ。さ、早く食べて明日に備えなきゃ。明日はコスプレ会場なんだからすっごく疲れるよ?」
その言葉に咲月さん達の表情が引き締まる。
「……というか、お兄ちゃん、奏さん。料理来るのおそくない…?」
「言われてみれば……?」
「…そこ。」
私が扉の方を示すと全員の視線がそちらに向いた。
「さっきから、ずっとそこで様子伺ってる。数は7人。」
「「「「「えっ?」」」」」
「「「「「…えっ……?」」」」」
あ、7人分声が聞こえた。…小さくだけど。
「た、大変申し訳ありません、お客様…!何か重要な話をされてるようでしたので入るに入れず…!」
「……い、一体いつから見られて…?」
「私達が華麗神社の話をし始めた頃かな。声が聞こえてたかはともかくとして。」
「お、お気づきだったのですね、お客様……」
「視線を感じましたからね。お料理の方、お願いできますか?」
「「「「「はっ、はい!」」」」」
そう返事して慌てて準備をする店員さん達。あまり慌てなくていいんだけどな……
「「「「「そ、それでは失礼します…!」」」」」
……うん、終始慌ててたからどうなるかわからなかったけど大丈夫だったっぽいね。
「それじゃあとりあえず……いただきます。」
「「「「「いただきます。」」」」」
それからは全員黙ってご飯を食べて……食べ終わってお店を出たところで解散ってなった。
「……やっぱり……」
「うん?」
「今、何も起こらなかった……先生がいたから…?」
……
「私に力は何もないよ。今も…むかし、も……ね……」
「っ!?先生!?せんせ───」
急に襲ってきた強い眠気で、そこで私の意識は途切れた。
知ってる人は知ってると思いますが“巫覡”は“ふげき”と読みます。
巫女さんが“巫”。
巫女さんの男性版が“覡”なのだとか。




