No.37 やってしまったものは仕方がない
やっちゃったものは仕方ないのです。
…はい。
元々は男性状態で最初に現れて男性であることを証明するつもりだったななみちゃんこと彼方さん(=加奈ちゃん)はどうするのでしょう。
「……さて、どうしたものか。」
「すみません…」
性転換後、奈々たちのいる部屋に向かって軽く事情を説明。
説明が終わってすぐに鶴丸さんや奈々、愛海に咲月さん、悠奈さんは動き出していて、私も花園七海の衣装(ウィッグなし)に着替えさせられて配信準備は整ってる。
そして、元より男性ということは明かすつもりだったからそのあたりをどうしようかと神代さんと話しているのが今になってる…
「いや、私もこれを予測できなかったのが問題だからね。加奈ちゃんと結ちゃんだけの責任じゃないさ。もちろん修二もね。」
「直接的な原因は俺だから庇わないでいい、父さん…」
「そもそも私がトリガーを正確に把握してないのも悪いので……」
「……こうしてても仕方ないか。なってしまったものはもう仕方がないとして、加奈ちゃんが元々は男性だと実際に明かすのはまた今度の機会にするしかないか…」
「そうですね……自己暗示かける必要あるので時間がリセットされちゃいますし…」
3人揃ってため息をつく。
「……では、先日の打ち合わせのとおりに。加奈ちゃんを中心に右手に奈々ちゃん、左手に咲月さんという風に座ってほしい。愛海ちゃん、配信は…」
「既に始めてあって、待機画面にしてあるからお兄ちゃん急いで!!」
「う、うん…!」
この身体で“お兄ちゃん”と呼ばれることにはやっぱりちょっと違和感があるけど、とりあえず急いでカメラの前のソファ中央に座る。
それを確認した奈々と咲月さんが私の両隣に座る。
「…加奈、1つ気になっていたことを聞いてもいいかしら?」
「へ?何?」
「…加奈にとって、男性でいるのと女の子でいるの、どっちが楽なのかしら…?」
男性でいるのと女の子でいるの…?
「んーと……女の子でいる方、かな?緊張とか疲労とか恥ずかしさとか…そういうの気にしないでよくなるから。」
「…そう」
「ただ…ね?」
「?」
「…精神的には男性でいる方が楽だよ?」
いくら少女化型とは言えど、本当に根っこの方は変わらないのか…やっぱり男性時の方が精神的には楽。…まぁ、これに関しては私が抱えてる不安もあるんだけど。
…奈々は、この不安にも気付いてるのかな。指輪がないことへの不安にも気付いてたくらいだもんね……
「……」
…なんとなくだけど、気付いてそう。
不安で、怖くて、心細くて……一度強く考えを向けてしまえばその恐怖に心が押し潰されそうで。最初に性転換したときから今までの約4か月、ずっとずっと深くは考えないようにしてきてて。それでも不安から遠ざかることしかできなくて───
「…っ!」
───強く頭を振って不安を無理矢理遠ざける。
目を瞑って深呼吸。思考の波に呑まれそうになったところを“思考を鎮めよ”の自己暗示をかけて強引に引き戻し、“花園七海であれ”の自己暗示はかける準備をしたまま奈々と咲月さんを交互に見る。
「奈々、体調とか緊張とかは大丈夫?」
「えぇ、問題ないわ。」
「咲月さんは?」
「だ、大丈夫、です!え、えっと……加奈さんは…?」
「私は……」
私は……うん。
「……大丈夫。2人と一緒なら、きっと頑張れる。」
「「……」」
答えた後にふと咲月さんの顔を見ると不安そうな表情が浮かんでいた。
「…咲月さん、1つだけ。」
「へっ…?」
「咲月さんにとって、これが初めての配信でしょ?おまけに咲月さんの憧れの人が2人も近くにいるこの状況。…緊張して、うまく言葉が出なくたっていいよ。何かをきっかけにして、ちょっと暴走するくらい別に構わない。ちょっとした放送事故くらいなら対応できるようにするために、みんなはここにいる。」
「……」
「誰だって最初は完璧にできるものじゃないよ。私や奈々だってそう、最初は失敗ばかりだもん。」
「…ななみちゃんでも、ですか…?初配信も動画も特に失敗したようなようには見えませんでしたけど…」
「あー……花園七海として活動し始める前から配信みたいなことはやってたから。本職である教員としてのオンライン授業なんだけどね。Vtuberとしての機材に特に不備がなかったのはそれが理由だし。」
逆にやってなかったら多分色々と足りなかったと思う…
「失敗を恐れちゃダメ……っていうとおかしくなりそうだけど。今この場には失敗してもある程度なら持ち直せるほどの人材がいる。失敗しても持ち直せるのなら…まだやり直せるのなら、失敗しないほうが損だよ。」
「失敗しないほうが…損……?」
「“失敗は成功のもと”。聞いたことない?失敗して、その原因を究明して、反省して改善して、成功へ近づく…そういう言葉。」
カメラの方に視線を向けると愛海と目があった。
「大切なのは緊張でも不安でもない。」
「大切なのは技術でも容姿でもない。」
「「本当に大切なのは───」」
奈々と声が揃うところで愛海がカウントを始める。
「「───全力で配信を楽しむこと!!誰かを楽しませるじゃない、自分がまず楽しむことから始めよう!!」」
「自分が…楽しむ……」
自己定義“花園七海”───励起
『さぁ───配信が始まるよ、ヒナママ、香月ママ。』
「…ええ!」
「…はい!」
カウント───0。
ライブ───スタート!
さて……オフコラボはどうなることでしょう。
主にスパチャとかどうなるかとか……流石に初配信の時を越えはしない…はず。
……はず(もう全部書き終わってるんですけど計算してないので…)。




