No.95 黒幕の出現
くろまく~
……はい。
よく響いた舌打ちのあと、ため息が聞こえた。
〘…ゲーム内から……いや、ゲーム外からも目に見える証拠は何一つなかったはずだ。それでも気付くってことは、視線が分かるのはマジってことかよ…〙
そんな声が響いた時、ななみお姉ちゃんが一瞬だけこっちに視線を向けた。
〘ずっと感じていた気味の悪い視線の主……今回の状況を作り上げたのはあなたね。…どうしてこんなことをしたの。〙
〘はぁ?んなもん答えてどうすんだよ。〙
その相手の反応にななみお姉ちゃんの視線が鋭くなる。
〘いいから答えなよ。ここにいる全員迷惑被ってるんだよ。〙
〘…はっ、ガキが凄んだところで怖くもなんともねぇに決まってんだろが。〙
〘……へぇ?そうなんだ…ふぅん…〙
コメント:
:ひっ
:ひっ!?
:何今のゾッとしたの
「あ、これは……お兄ちゃん、逆鱗ではないけど我慢の限界に達しかけてるかもしれない…」
「「「「「我慢の限界?」」」」」
私達が愛海お姉ちゃんの言葉に疑問そうな声を上げると愛海お姉ちゃんが頷いた。
「逆鱗に触れた時の大激怒ほどじゃない、凄く静かな怒りだね。怒気らしい怒気も感じないから怒りなのかすらも分からなくて“怒り”と表現していいのか分からないんだけど…」
うーん、と悩む愛海お姉ちゃん。
「…でも、恐ろしいのは変わらないんだよね。逆鱗に触れたときほどの怖さではないけど、心の奥底からゾッとさせられるような……そんな怖さなんだよ。」
「心の奥底からゾッとさせられるような……かぁ。」
確かに言われてみればそんな感じはしたけど……
「謎が多いですね、先生は……」
「……お兄ちゃんの謎、か。」
「……愛海お姉ちゃん?」
なんか暗くなった…?
「……その謎はたぶん……わたし達が作り出しちゃったんだろうな…」
……私達……いや、愛海お姉ちゃん達……か。
〘…まぁいいや、それで?どうしてこんなことをしたの?目的と理由くらいあるんでしょ?〙
コメント:
:……怖いんですけど
:同感
:同感
:言葉はすごく丁寧なのにすごく怖い
:怒るとこんなに怖いんだ、ななみちゃんって……
:ね
:姫も怒ると怖いけどそれを上回ってる…?
神凪:ちなみにまだ本気の怒りじゃないからね、コレ……詳しくは言わないけど
:…え
:え……?
「……こういうことにしておこっと」
本気の怒り……それが愛海お姉ちゃんの知ってる怒りなんだろうな…
〘目的と理由、ねぇ?はっ、目的なんざてめぇが語った通りだよ。“姫川ユウに赤っ恥をかかせる”……テメェの言う通りそれが目的さ。てめぇのせいでぶっ壊されたがな、クソガキがよ。〙
〘そう。……理由は?〙
〘あ?答える必要があるか?〙
その言葉にななみお姉ちゃんの視線がより一層険しくなった。
〘……いいから答えろよ、私が優しく言ってるうちに。〙
〘ふん、だからガキの凄みなんざ怖くもなんともねぇんだよ。これで怖いとか言ってる連中はヘタレすぎんだろ。〙
いや十分怖かったけど?
コメント:
:十分怖かったんですけど!?
:十分怖かったぞ今の……
:今の怖さが分からないのか……
:てか待てななみちゃん今の低音どっから出た!?
:かなり低かったぞ……
:低音と高音の瞬時の使い分け…やっぱ姫と似てるよなぁ……こうして同じ場所にいる以上同一人物ではないのは確かだけど
:ね
:喉……声帯の使い方とかが似てるのかねぇ
神凪:殺気を相手にだけ向けないとか無駄に高度な技術使ったりしたのかな
:無駄て
:無駄て……
:逆にどうやったんだ……
神凪:あと子供が凄んで怖くないは間違い。ななみちゃんの娘ちゃんとか怒ると普通に怖い
「お姉ちゃん??」
「うっ……こういう説明の例として最適だと思って……ごめんね、結ちゃん。」
いや怒ってはないんだけど……
「えっと…怒ってるように見えたの?」
「……ちょっとだけ。」
「えー…」
愛海お姉ちゃんの返答に頭を押さえる。
実際、愛海お姉ちゃん達から見て私は加奈お姉ちゃんよりも怒りっぽいんだって。逆を言えば加奈お姉ちゃんが怒らなさすぎるんだけど。
それでも怒った時の怖さは加奈お姉ちゃん譲りというか……ちゃんと“悪寒”がするらしい。
………苛立った時とかに語調が荒くなるのは私もなんとなく自覚してるけど、今は別に苛立ってたわけでもないはずなんだけど…
うーん……
〘……はっ。…気に食わねぇな。〙
〘〘〘〘〘はい?〙〙〙〙〙
〘気に食わねぇんだよ、テメェら。理由なんてそれだけで十分だろ。〙
……なんというか
〔子供ノ癇癪かヨ〕
〔ですねぇ〕
〘ななみちゃんと比べてどっちが子供なんだか……〙
〘ただのクソガキか〙
〘やってることが大きいだけの子供ですね……〙
〘お、大きすぎる気はしますけど…〙
〘……私こんな人に子供扱いされたのか…確かに見た目は子供だけど。〙
コメント:
:うわぁ…
:うわぁ
:見た目子供でもななみちゃんって姫より年上だったよね…
:せやなぁ
:ななみちゃんも呆れてるのかななみちゃんから感じる恐怖感が薄れてる…
〘理由としては弱いけど、まぁ子供の癇癪にはちょうどいいか…〙
〘けっ。ガキにガキって言われたくねぇんだが。〙
その言葉を聞いてため息をつくななみお姉ちゃん。
〘………20歳。〙
〘は?〙
〘あなたの年齢でしょ?何呆けてるわけ?〙
〘………は?〙
〘ボクよりも10歳年下かぁ…〙
〘私と比較すると12歳年下だね。……人は見た目が9割と言われはするけど、見た目だけで全部判断しないほうがいいよ。特に年齢なんかはね。〙
……ママが一番いい例だもんね…
〘それにしてもななみちゃん、そんな情報視線から得られるものなの?〙
〘んー、一応?〙
〘一応って……〙
コメント:
:一応って
:一応って……
:もしかしたらななみちゃん自身もよく分かってないのかもしれない…
:あ、ありそう
:確かにありそう
〘…で。今この人“気に食わない”って言ったけど……たぶん理由はそれじゃない。それもあるだろうけど本質のところはそれじゃない。〙
〘というと…本当の理由って?〙
〘んー……憂さ晴らし、的な?話し方とか視線とかから考えて恐らく挫折経験の少ない、もしくは挫折経験そのものがない天才型な気がするから……数少ない挫折から立ち直れずに凶行に走った…みたいな?〙
〘!?〙
〘それってつまり……〙
〘八つ当たりだね。そして今の反応からして真実っぽいのがまた……〙
そう呟いてお姉ちゃんがため息をつく。
コメント:
:八つ当たり……
:八つ当たりか…
怨狐ヨウ:やつあたりでゲーム内に閉じ込められても大迷惑なんだけど……
:まぁ確かに
:そうねぇ
:今閉じ込められてる人に直近で出産してる人とかいたらまずいぞ普通に……
:ヨウちゃんってお子さんいたっけ?
:確かいる…
:いるはず
怨狐ヨウ:私の子は3歳+離乳食済だから問題ないかな
:あ、なら安心か
:ならひとまず安心か
怨狐ヨウ:ただ私のパーティにお子さんを2ヶ月前に産んだ人いて割とまずいかも(当人話題上げ許可済)
:……全然安心できねぇ
:安心できなかったわ
:というかなんでそんな人まで参加してるんよ……
怨狐ヨウ:さぁ……旦那さんといっしょに来てるらしいからお子さんの方は大丈夫だと思うけどこの状況がいつまで続くかが問題かな
姫華日奈子:今回のログアウト不可な状況がイレギュラーなのであって、戦闘が終わったらそのままログアウトして視聴会場に帰ってきてたからじゃないかしら
:ほーう?
:なるほど?
:あ、そういえば……言われてみれば本配信でも全会場が終わるまでプレイヤー達をログアウトしないようにするんじゃなくて本配信側が先に終わったら本配信の参加プレイヤー達にログアウトしてもらったあと全会場が終わるのを待ってたっけか
:あー
:なるほどね
怨狐ヨウ:あー…そういうこと……その人、結構CL高くてやり込んでる人だからクエストによっては速攻で終わらせられるっていう……
…ママ、よく見てるなぁ…
〘……まぁ、どうでもいいや。この状況だと言葉で言ったところで解放なんてしてくれないだろうし……あなたを気絶させて無理矢理全員ログアウトさせられるようにするけど別に構わないね?〙
〘ハッ、そんなの無理に決まってんだろ。〙
〘…本当にそうかな?声を届けられるということは少なくともゲーム内にはいる。それであればやり方はあるよ。〙
〘無理無理。なぜならテメェはここで果てるんだからな。〙
〘……?それはどういう……〙
言ってる最中にカタカタと音がして───転移反応。
コメント:
:転移反応?
:転移反応…?
:なんで今……
:待って他の枠でも同じ事起こってる!!
:え!?
:どゆこと!?
〘こいつは台無しにしてくれた礼だ、諦めて果てるんだな!!〙
その言葉と転移が終わったあと、その場には───
〘〘〘〘〘…………えっ???〙〙〙〙〙
〘…………にゃ?〙
〘…え、ヨウちゃん…?〙
〘姫……?〙
〘な、ななみちゃん…?どうして……〙
〘カナさんに……りりにゃんさん達も……〙
〘にゃ、にゃぁ……?〙
───49人のプレイヤーが集合していた。
コメント:
:え…
:え……!?
:複窓してる奴ら報告求む!!他の枠の映像どうなってる!?
:待って同じ映像になってる!!
:他の枠でも同じ映像が流れてる…?
:ということは……
〔現在運営カメラの起動しているイベント用フィールド以外からのプレイヤー転移……参加中のプレイヤーが一箇所に集められた……!?〕
〔デモ、そんな事したとこロデ───〕
〘こんなもんで終わるわけねぇだろが!!〙
そんな叫びとともにさらなる転移反応……じゃなくて、あれは湧出反応。何かモンスターが現れようとしている。
そうして出てきたのは───
〘───ゴァァァァァァ!!!!〙
〘〘〘〘〘うるさっ!?〙〙〙〙〙
一匹の、龍人。でもその大きさはさっきのリザードマンロードを超えている。
コメント:
:でけぇっ!!
:でか……!?
:なんだコイツ!?
:え……こいつ
:この姿、もしかして……!!
:まさか、最強の龍人騎士……!
〔こ、コイツは……“ガーディアンドラグナイト”!?〕
〔違います、“The Ruins Guardian : "Origin of Legend" Primal Dragon Knights Leader”……!!それも難易度UNLIMITED個体、かつフルレイド個体です!!〕
〔何ぃっ!?〕
コメント:
:はぁっ!?
:アンリミテッド!?
:それって最高難易度……!!
:そのフルレイド個体…!?
:待ってフルレイドって何!?
:そのままの意味なんだけど…!
:レイドクエストの体力最大個体……!
:そもそもレイドクエストっていうのは7フルパ連結編成の最大49人で挑む特殊クエストなんだがその49人集めた時の状態をフルレイドっていうんだよ…!
:当然ながらソロやパーティより体力は桁違いに多い…!!
:加えて遺跡系だぞ!?初戦はういちゃんいたからなんとかなったけど今回は……!!
そこで私の名前出さないでほしいなー…
〘ハハッ!!どうだ、これが俺の力だ!!てめぇら全員諦めてここで果てやがれ!!〙
〘……〙
〘どうだガキ!!恐ろしくて声も出せねぇだろ!!コレが俺に逆らった末路だ!!恨むんならそこのガキを恨むんだな!!〙
「ないわね」
「全モンスターソロ討伐経験のあるお兄ちゃんに限ってそれはない…皆を困惑させたくないから言わないけど。」
「えっ」
うん、ありそうだなぁって思ってたらあるみたい。それで奏さんが驚いてる。
〘じゃあな、ガキども!せいぜい苦しみやがれ!!あばよ!〙
〘リリアン〙
ななみお姉ちゃんのその声が、妙に響く。
コメント:
:ななみちゃん?
:ななみちゃん??
:今思いっきりリリアンさんのこと呼び捨てにしなかった…?
:日奈子ママ以外を呼び捨てにしたの初めてじゃない?
:確かに
:でもなんで今リリアンさん…?
その名前を呼んだ理由はすぐに分かった。
〘……!?なんだこりゃ、ログアウトできねぇ……!!〙
〘……馬鹿なの?私の挑発に乗って堂々と姿を現しておいて、何も罠がないと思った?〙
〘クソガキ、てめぇ…!何しやがった!!〙
ななみお姉ちゃんがその言葉にため息をつく。
〘私じゃないよ。〙
〔やったのは私ですよ。…あなたが現れた頃にななみさんにアイコンタクトで指示されたのは間違いありませんが。あなたのログアウト機能と座標移動機能を封じさせていただきました。〕
〘はぁ!?冗談じゃねぇ、戻しやが───〙
〔冗談じゃないと思っているのはななみさん達の方だと思いますが……〕
〘…ま、結末を特等席で見届けられるからいいんじゃない?〙
〔それもそれで性格悪そうですけど……〕
……あ、あの時こっちを一瞬見たのってリリアンお姉ちゃんに指示出してたんだ…
コメント:
:すっげぇ…
:なんかリリアンさんずっと作業してるなと思ったけど相手のログアウト封じてたのか
:でも確かに逃げられたらこの状況どうすることもできなくなる……のか?
:それを速攻指示してるななみちゃんよ
:でもなんで座標移動まで?
:さぁ?
:何かありそうだね
〘クソが……〙
〘……そうだね。最初に言っておこうか。〙
そう言ってななみお姉ちゃんが龍人をちらりと見る。
〘コイツ相手に負けるつもりなんて全くない。レイド個体だろうとUNLIMITED個体だろうとそれは変わらない。私達は必ずコイツに勝ってみせる。その上で───〙
その言葉で祟の切っ先を声のする方に向ける。
〘───その上で、覚悟しな。私は絶対にあなたを許さない。嫌になるほどの恐怖を刻み込んでやる。〙
〘───ハッ。虚勢もいい加減にしろよ!!最強たるコイツに勝てるわけねぇだろうがよ!!〙
コメント:
:た、確かに……
:こいつの異名はゲーム内最強火力のボス……特に大技はどんな高いCLのプレイヤーでも一撃で落ちるとされてるはず…
:犯人の言う事にも一理ある……特にアンリミテッドなんて掠ったら終わりだぞ……!!
:おまけに遺跡系だからダメージがまず通らない……いくらななみちゃんでもこれ以上の長時間戦闘は…!
:流石にまずい気がするけど……ななみちゃんだからなぁ……
:……なんだろう、一気に気が抜けた気がするの
:なんだろうねぇ
〘安心しなよ、犠牲者は1人も出させないから。……それに、よりにもよってコイツを選ぶなんてホントにあなたって子供なんだね。〙
〘んだと…!?〙
そう言ってななみお姉ちゃんはクスリと笑った。
"Origin of Legend" Primal Dragon Knights Leader
“「伝説の起源」原始龍騎士長”
現在の龍を遥かに上回る力を持っていたといわれる“原始龍”、その人型となった姿にして騎士として伝説を残した存在。伝説となっただけあってその魔法と剣技は他とは別格の領域とされている。




