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悲惨の雨

 茜色だった夕空に雷鳴が響くと徐々に灰色へ変わっていく。

 フードを深く被り黒コートに身を包んだ男は、降り出した雨に濡れながら眼前に建つ教会を見つめていた。


「ようやく見付けた……」


 男は左手に持つ刀を握り締めると覚悟を決めたかのように、足早に教会の入り口を目指す。

 扉は施錠などされておらず、そっと引いただけで軋む音を立てながら開いた。


 中の光景を見た瞬間、男の歩みが止まる。

 壁には黒く乾いた血が飛び散っており、椅子や机も破壊され辺りに散らばっている。

 僅かに焦げ臭さと肉の焼けるような匂いも漂う。

 その礼拝堂の真ん中で、まるで聖像へ祈る様に少年の姿があった。

 身の丈程はあるだろう剣を床に刺し、追い縋る体制になっている。


「遅かったか……周りの様子はどうだった?」


 黒コートの男は室内を見渡しながら、先程まで居なかった教会入り口に立つ男に話しかける。

 スキンヘッドに黒いサングラス。体格もそれに見合う筋肉質な外見をしている。

 そして彼もまた、黒いコートに身を包んでいた。

 体格のいい男は渋い声で話しながら首を横に振る。


「すでに悪魔の気配は無い。その子を狙って出て来たけど、見事に返り討ちって所かね」


 ところで――と呟きながらスキンヘッドの男は少年を指差す。

 よく見ると、少年はボロ切れにも似た黒い布を羽織っていた。

 まるで少年を包み、戦慄の光景から守るように。


「それは、やっぱり悪魔の力か?」

「ああ、俺と同じだ」


 黒コートの男は少年を抱え上げると、入り口にいるスキンヘッドの男に渡す。

 すると悪魔の力と呼ばれた黒いボロ切れは、スキンヘッドの男の腕の中で砂の様に崩れ始めた。

 海辺の砂浜のように細かく黒い粒が砂時計のように足元へ落ちていく。


「うおッ!! こりゃどう見ても悪魔の力だな」

「こっちは俺が持つ。たぶんお前には持てないからな。悪いがその子を頼むよ」


 そう言って黒コートの男は床に突き刺さった剣を引き抜いた。

 質感は鉄製だが、特有の冷たさは無く、どこかほんのりと暖かさを感じる。

 並の剣二本分はあろうかと言う程の剣幅に、黒コートの胸辺りまである全長。

 少し大きめの剣に見えるがそれも悪魔の力を宿している。


「他に生存者は?」

「誰もいない。コイツを除いて全員殺られたみたいだ……間に合わなかったんだ」

「そうか、見てくれて助かったよ」

「まぁ……あれだ、とりあえず戻るか?」


 スキンヘッドの男の問に「あぁ」と呟きながら黒コート達は教会から外に出る。

 雨は止まないどころか教会内の惨劇を洗い流すかの様に少しずつ酷くなり始めていた。


「この子の調子も見てもらわなきゃだろ?」

「大丈夫だと思うがその予定だ」


 二人は教会を後にすると、誰も居ない事を確認した黒コートが何も無い場所に手を翳す。

 すると目の前の空間が裂けていき、大きな穴の様に口を開いた。

 だがその穴を通ろうとした時、教会の奥から獣の息づかいに似た音が響いてきた。


「見つけたゾォ……人間だァ……」


 教会の奥の部屋へと続く入り口からコウモリに似た様な赤い目の異形が覗いていた。

 奴は今にも黒コート達の元へ飛んで来ようとしているのが想像出来る。


「ありゃ。ちゃんと見たんだけどな、こりゃどうしたもんか」

「先に行け、後を追う」


 そんじゃ後でな――と言いながら少年を抱えたスキンヘッドの男は何の躊躇いもなく穴へと入っていく。

 男が通ると穴は端から中央へチャックを締める様に塞がった。


「お前は逃げないのカァ?それともオレに食われたいのカ?」

「どっちもないな。それにお前こそ俺に勝てると思ってるのか?」


 残された黒コートは口元を僅かに緩ませ、悪魔にかかって来いと言わんばかりに両手を広げ挑発する。

 それを見た異形は鋭い歯をギチギチ言わせ飛び上がる。


「クソォ……苦しメェ!!」


 まるで深海魚の様に顔と同じ長さに口を開き丸呑みにしようと飛び掛ってきた。

 だか射程範囲に入った瞬間、黒コートは右手に持っていた少年の剣を右から左へ横一線に振るう。

 異形の口は関節部から綺麗に裂かれ、上顎と下顎が更に広げられる。

 黒い血を吹き出し、言語にならない声を上げながら最後は動かなくなった。

 やがてその体と血は教会内にある黒い砂の一部と化す。


「だから言ったろ。勝てんのかって」


 黒コートはため息を吐いて再び手を翳し空間に穴を空ける。

 剣に付いた砂になりきれてない黒血を振り払うと、穴を通りその場を後にするのだった。


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