「私くしの実話奇譚②」
転居後、母を悩ませた
一番の問題は姑と小姑2人(父の妹達)
との関係だった。
そもそも庭に
夫婦家族の離れ家を
建てたことが気に入らず
家族は同じ屋根の下で
寝起きし
同じ釜の飯を食べるものだと
口を開けば母へ嫌味。
母親(祖母)との同居は
拒否したが
結婚後、隣町や隣県に住む
小姑2人(父の妹達)は
夫の姑と同居ではないため
頻繁に理由を作っては
実家の母の元へ訪れ
孫を預けぱなし
外出、旅行へ出掛け
昼、夕食を一緒に摂っては
母の料理に不満を漏らすのだ。
なんだ、かんだと
金銭支援を甘えたり
精神的に自立しておらず
母親にべったりの関係であったが
姑は、娘達に甘えられることが
頼りにされていると嬉しがる。
姉妹、とくに妹の方は
根性悪で
姑と一緒になり
母のやる事、なす事全否定。
○○家のやり方、姑ルールを
書いたものを壁に貼ったり
求めてくるのだ。
もう、まさに時代錯誤で
「おしん」の世界だったわよと
母は笑いながら
昔話しを懐かしむように
話してくれた事がある。
郷に入れば郷に従え精神で
母はこの家と土地に
馴染もうと努力した。
昔ながらの
伝統田舎、生活様式を
教えられ
嫁が覚えるべき仕事と
釜戸の火、お風呂の火
囲炉裏の火、井戸水をくみ
庭畑の管理に
御近所付き合い
村の奉納祭、神事、お祭り
四季折々の催事のやり方等
母なりに
頑張ったが
それは
哀しい結果を招く
大きな環境変化による
精神的ストレスと
身体負担で
最初に
身ごもった子供を流産してしまう。。
父は故郷で同居をしたことと
仕事が多忙で本社への出張も頻回
毎日、帰宅は遅く
慣れない環境下で初産の妻に無理をさせ
中々、話しを聞いてやる配慮、気遣いも
してやれなかった結果が子供を失ったのだと
猛反省した父は
滅多な事では、母親に意見などしないが
今後、母屋と離れは
完全、別々に生活をしてゆくこと。
妻には 新しい車を与え
好きな習い事を自由にさせ
仕事復帰をさせるから
(母は専門職)
一切、干渉や
家事等も あてにもしないでくれと
姑と妹達へ強く宣言したのだった。。
嫁が流産してしまったことへ
さすがに
口うるさい姑や小姑達でも
黙って
それに従った。
しかし
子供を失う心の悲しみ、痛みは
逆に、母の精神を強くした
この
土地で子を産み育て 生きてゆくと
転居、同居を自らが選択した事。
これからは仕事復帰するため
長距離の車通勤時間を考慮し
夕食だけは
母が作り、家族全員で母屋で食べるべきと
夫と姑へ告げたのは
流産から2ヶ月目、山桜が満開の春のこと。
「私くしの実話奇譚③」へ続く〜