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―― の前日の出来事 12:15

 K-5(小5)に上がる前の夏休みだったと思う。

 どうしても見たい映画があってさ。チラシ片手に映画館に連れて行ってほしいと母さんにお願いしたんだ。クラスのみんなが見てるから僕も見なきゃ!て、感じでね。でも――


「こんな野蛮な映画、子供が観るものじゃありません!」


 ―― 結局、お母さんには連れていってもらえなかったんだ。まあ、友達のお父さんに頼んでこっそりと連れて行ってもらったんだけどね。

 正直、内容の半分も理解できなかったけど「派手なアクション」だけはすごく楽しかった。今、思い返すとヒューマンドラマの部分がメインだったのだろうけど男の子は「派手なドンパチ」のほうが好きなんだから仕方ない。


 夏の日の思い出。昔の記憶。何気ない日常の一コマ。僕は思い出したんだ――


「お……お前だけでも逃げ…………ろ」

 彼は苦しそうに僕に語りかける。風穴のある身体を僕に預けながらもだ。

「喋るな!お前を置いていけるわけないだろ!」

 僕は肩を貸して走りながら叫ぶ。いや、足の動かない彼を無理やり引きずり「歩き」ながら叫んだ。


―― 似たようなシーンがあった。みんなと一緒に真似して遊んだんだ。たしか……そう!「俺に構わず先に行けごっこ」だ!


 振り返っている余裕は1ミリたりとも無いし、振り返らずとも後ろから響き渡る雄たけびと地鳴り……そして、銃声が絶体絶命を予感させる。

 野蛮な映画<フィクション>では無い「派手なアクション」と「派手なドンパチ」は野蛮な現実<リアル>だったんだよ、お母さん。



■サンタ・アリア・デル・オーリ基地・とある一室


 朝の風景に太陽が深く混ざりつつある頃。

 ここ、サンタ・アリア・デル・オーリ基地の一室で二人の男が慎重に言葉を交わしていた。

 高位の階級章を付けた二人の軍人。一人は美しい黒い肌の2ヤードを超える長身と筋肉質な体。そして、精悍でいて歴戦の猛者にしか成しえないだろう鋭い目つき。その姿はまさに男の中の男<マン・オブ・オール・メン>である。


「閣下。最後の補充要因が到着しました。スケジュール通りに進めますがよろしいでしょうか?」

「お願いします。それといい加減閣下は止めてくださいよ。僕はたかが『少佐風情』ですよ」


 そして『閣下』と呼ばれたもう一人の男。その容姿は……残念ながら男の中の男とは程遠い成長期途中の青少年。いや、年齢はともかく容姿は少年の域から片足を抜け出せてはいなかった。


「いえ、階級の意味で閣下と呼んだわけでは……」


 閣下の呼称を拒絶され『参ったな』と両手の平を肩まで上げ、『やれやれ』というゼスチャーを取る男の中の男。


「では、改めて基地司令とお呼びします。まあ、『少佐風情』が基地司令というのもおかしな話ではありますな?」

「上からの命令ですからね。宮仕えとは言え過ぎた立場ですよ。まったく……いい加減代わってくれませんか?」

「御冗談を!」

「……一応、本気で言っているのですが。それにあなたの方が先任のはずですよ、サンダース少佐」


 『HAHAHA』と笑う男の中の男改め、サンダース少佐。その少佐に愚痴を零すは金色の髪(ブロンドヘアー)茶色の瞳(ブラウンアイズ)白い肌(ホワイトカラー)の幼さ顔をした青少年……少佐風情の基地司令である。


「またその話ですか?それこそ、いい加減諦めてくださいよ。基地司令殿」

「……はい。ではそろそろ動きましょうか。少佐」


 話しの区切りがついたのか、先ほどとは打って変わり精悍な軍人の顔が二つ現れる。弛緩した空気は消え、緊張した雰囲気があたりを包んだ。

 サンダース少佐は襟と姿勢を正し、基地司令に真剣な面持ちで話しかける。


「今回は厳しいスケジュールですからね。新兵どもが生き残れればいいのですが」

「それはお互い様でしょう?……コーネル・サンダース少佐。健闘を祈るグッドラック

「はっ!エース少佐のご健闘をお祈りいたします」


 お互いに向き合い洗練された美しい姿勢で敬礼。

 サンダース少佐が退出し、自室に一人残されるのは基地司令である。

 太陽が天辺を目指して進む様を窓から一瞥した後、彼はクローゼットの扉を開けて――


「さて……着替えますか」


―― 上着を脱ぎ丁寧にハンガーに掛けた。と、その時である。ノックの音も聞こえずに部屋のドアが急に開く。


「司令!」


 乱暴にドアを開けた一人の兵士。

 通信将校、そして中尉を表す階級章を大きく揺らし、肩で息を切らしながら室内に侵入した襲撃者がエース少佐の目の前にいた。

 「無許可で入室するとは何事か!?」と声が出そうになるが状況を見て言葉を飲み込む。

 ノックは一般的な常識である。入室するには当然ではあるが入って良いかの許可が必要である。一般社会でも軍社会でもそれは変わらない。

 ましてや強度の高い軍機を扱う基地司令の部屋に無許可で入室する事は重大な軍規違反に該当する。しかしだ。例外として咎められないケースもある。それは可及的速やかな判断が必要になるほどの……いわゆる緊急事態だ。

 彼の様子から察して咎める必要はないと判断し焦る気持ちを抑えながらなるべく落ち着いた態度でと要件を促す。


「どうしました?」

「か、か、CA(カテゴリーエー)で電信が届いております」

(CAですか!?特1級の軍機ではないですか!?)

「それもSAシングルエーです!指令!速やかにご判断をお願いします!」

「何ぃ!そんな情報は一切掴んでないぞ!誤報ではないのか!」


 エース少佐は驚き取り乱した。いや、驚くのも無理は無い。

 ステイツ軍では軍機をカテゴリーAからFの六段階。同カテゴリー内にS(シングル)D(ダブル)T(トリプル)の三段階。計18等級で重要度を表している。

 SF(シングルエフ)から順番にDF(ダブルエフ)TF(トリプルエフ)SE(シングルイー)……と軍機の強度が上がりA以上は国家最高機密か国家存亡の類である。

 そして、SAはたった一文字のAを表す。同時にAには文字通りのたった一つの特別な意味があるのだが……。


「いや、おかしい……SAを電信でか?発信場所は本国か?」

「いいえ!我が軍の制圧地域!旧シコシコ王国領内からの様ですが……意味が成立しない文字と単語アルファベットの羅列で……何かの暗号の可能性もあるかと思い司令にご判断をと……」

「……」

「司令殿?」

「……電信をください。内容を確認しますから」


 意味が成立しない(内容が理解できない)電信を相手に送る。

 聞けば聞くほどお粗末な情報戦である。やるならば本国からと見せかけて偽の作戦指示でもしなければ効果は無い。

 こういう状況を狙っての軍事的嫌がらせハラスメントならば、一応は成功しているとは言えるのだが成果はご覧の通り。小心者の司令官が言葉遣いを乱して慌てる程度の効果しか無かった。

 心当たりは現在侵攻中の敵対国。シコシコ王国の可能性が一番高い。開戦以来、情報戦を受けた事は一度もなかった訳で敵方の成長にそこはかとない驚き、そして同業として僅かな敬意をエース少佐は感じた――

 ―― のは印字された内容を確認するまでだった。


 内容を確認し終えたエース少佐は「苦虫を潰したような……形容しがたい表情でだった」とシコシコ王国侵攻作戦に参加した元ステイツ国軍人(元通信将校)によって語られることになる?のだがそれはもう少し未来のお話。


「むん……報告ありがとうございます。あなたは任務に戻ってください」

「その……SAでは無いのですか?」


 目の前の基地司令の口からは疲労感を感じさせる声色。報告に来た中尉もSAが何を意味しているのか理解しているが故、不安になり、もう一度確認を取る。だが……。


「はい。完全な欺瞞情報ですね……とは言えSAで送ってくるとは心臓に悪いことをしてきますね、彼女も」

「え?彼女ですか?」

「……んふ、素晴らしいバストとヒップを装備した美人工作員と水面下で静かなる情報戦!と、考えたほうがロマンティックでしょう?」

「大衆受けは良さそうですが……」

「おや?中尉が相手にするには荷が重いですか?」

「ご冗談を。挑み甲斐がありますね!ヒップは重装備でお願いします!」

「「HAHAHA!」」


 重苦しい空気を自ら振り払うように最高に下品で汚い冗談エクスチェインジ・ダーティージョークスゥを噛まして笑いあう士官と佐官の二人であった。いつの時代でもこういった下ネタは男社会の軍隊では鉄板、伝統なのかもしれない。

 ステイツ伝統の『HAHAHA!笑い』で締めてお互いに平静を取り戻した所で一件落着となった


「ご苦労様でした。あなたは現場に戻ってください」

「了解しました!」

「わが軍の命運はあなたの手に掛かっています。水面下での情報戦……戦果を期待します」

「はい!上官殿!」


 予定外のお客様をお見送りし、エース少佐はようやく部屋に一人になった。

 体力的にはタフな方ではあるがSAの電信にはかなりの体力を削られるし焦りもした。もしもSAが本当だった場合、シコシコ王国との戦争を中断……いや、終戦しなければならなかっただろう。すべての元凶はこの電信の送り主に他ならない。

 それにしても――


「それにしても……本当に読みづらいですね。彼の言う通り、ある種の暗号と言えるのでは?」


 ―― 文字列を見ると本当そう思える。ステイツの公用語である英帝語イングリッシュと数字のみで印字された文章は幼子が書き殴っただけの意味のない落書きか何かしらの法則がある高度な暗号に見えるのだろう……英帝語圏のみで育った人間であるならば。


『CATEGORY A GOKIGENYOU 10KAGO TOUCYAKU A・S TO KAIDAN WO MOTOMU NAOMI』


「ん~……工作員の様な人物で間違いはないですけど……中尉には申し訳ないのですが上も下も軽装備なんですよね、あの


 中断していた着替えを完了し、全身鏡の前で身だしなみを確認。下士官の手本になる様に身だしなみにも気を配らなければならないのは万国共通だ。

 身だしなみの確認を完了して全ての準備を終えた。扉を開ければ今日の仕事が始まる。かれこれ1年近く続けた生活リズムに足取りも軽く、いつもと同じで血で血を洗う生産性のない無価値で最低で最悪な生物……愚か者<ニンゲン>の世界への通勤路。


 途中、あの娘からの電信を思い出して足取りが重くなるエース少佐だった。


■基地内食堂施設

 貨物列車に揺られ、快適な長旅を終えたコーラ・ゴア特務二等兵は目的地であるサンタ・アリア・デル・オーリ基地に到着していた。

 山岳地帯と聞いてはいたのだが、高地にある訳ではなく平原に建てられた城塞のような基地だ。軍用トラックの荷台に揺られて運ばれる途中で大きな町をいくつ見かけ、基地から少し離れた場所には繁華街のような町もある。

 僕ら訓練兵一行は既に基地内に到着しており、着任手続きを待っている状況だ。

 ステイツ王国民の義務として兵役を課され、訓練学校での軍事的育成を受けて訓練兵となる。そして、最前線にあたるこの基地の陸軍の下で徴兵される。今日僕は軍人になる。


 コーラは考えていた。これからの生活について考えて……センチメンタルに浸っている。

 軍人に憧れた時期はあった。戦意高揚映画で観る軍隊の雄大さ、兵士たちの諍いと友情、枪林弹雨の中で倒れていく戦友、現地の美女と少し過激なラブロマンス、戦車砲撃のオーケストラ……少年時代の自分が夢中になったのを覚えている。学校の友人とした戦争ごっこはとても楽しかった。

 だがしかし!訓練学校の過酷な教練を目の当たりにし、僕は幼き頃に憧れた戦意高揚映画の映画俳優ムービースターはフィクションである事を理解した。教練中の事故で同期が四肢を失い、死んでいく……光景を見て僕は死はノンフィクションである事を理解した。

 思い出した。そうあれは――


「慣れれば何てことはないぞ!辛いのは最初だけだ!」と豪快に笑い飛ばす初老の予備役軍人。


 訓練学校主催の講演会でそんな事を話していたっけ?慣れる前に死んでしまう事もあるわけだから何の慰めにもならない。生き残ったとしても目の前の老兵の様に爆弾で四肢を吹っ飛ばされたら退役後はどうやって生きていけばいいんだろうな――


 「この腕か?こいつは英帝の舌無し共をぶっ殺した時に持ってかれちまってなあ……お前らもよく見とけよ!」と、名誉の負傷だとか言って両手、両足の断面を誇らしそうに訓練兵に晒していたっけ?傷病年金が貰えるとは聞いているけど割に合うわけがない!

 ああ……そういやあ教官殿が教えてくれたな――


 陸軍には赤ん坊の誕生日までのアンティル・バースデー42と言う言葉があるそうだ。


 「2時間だ!初陣では2時間は絶対に死ぬな!いいか!この2時間が兵士と兵士だったモノの境界線だと頭に叩き込んでおけ!ゴミども!」はい!教官殿!と、あの時は返事をした。

 「6割!この数字が理解できるか!?貴様らゴミどもが初体験ファーストタイムで男になれる割合だ!残りは?だと!?そんなものは―― 」


 新兵の4割が初陣で戦死するっておかしいよ……陸軍の統計では新兵の平均生存時間が2時間弱?それを赤ん坊の誕生日までのアンティル・バースデー42とか言っているらしい。42(4割2時間)を超えれば無事誕生。そして、超えられなければお察しだ!

 しかも、新兵が配属されると誕生日を無事に迎えるかどうかで賭けをする伝統あると……悪趣味極まりない冗談!


 どう足掻いても今更どうしようもない。4年間と半年の期間は泣こうが喚こうが軍人という職業を辞めることはできないのだから。

 絶望の未来を思い描きながらだとフォークが進まないものだ。いっそのこと隣にいる彼を見習うべきなのだろうか?


「ウオーーーー!うんめえーーーー!肉だよ!肉ぅーー!」

「はいはい……あと、うるさいよ」

「わりぃ!っていうかコーラも食えよ!食える時に食っとけって教官殿も言ってたろ!」

「軍では食事の時間を確保できる保証が無いから、って意味で大食いをしろって意味じゃないからね」


 奇声を……歓喜の声を上げながら、トレイ上に山積みにされたステーキを頬張る男がいる。

 訓練校時代の同期兼ルームメイトのポートランドだ。皆からはポーと呼ばれている。

 性格も行動も元気いっぱいのガキ大将であり、大人しい性格の僕とはあまり馬が合わかったりもする。

 訓練校時代のルームメイトの縁もあってか、一緒に食事を取る流れになって今に至るわけだ。

 食堂内はお昼時なので非常に混みあっているのだが、早めに入ったおかげか配給テーブル近くの良い席を確保できていた。


「のんびり食えるって最高!ステーキのおかわりしてもいいらしいぞ!」

「訓練校時代は10分だったもんね。豆料理オンリーのあの時代が嘘みたいだ……って!まだ食べるのか!?」


 10分前に配膳テーブルにある肉エリアから持ってきた2枚重ねのステーキは既に胃袋の中に消えているらしい。早飯は兵士の美徳であるとは言え結構なボリュームがあったはずだが。

 勢いが止まることはなく、ポーはパンとチーズの塊をがっつきつつ、スープを流し込んでいく。

 意地汚い……と、言いたいががっついて食べるのもしょうがない所はある。

 ここの食堂施設で出されるステーキはとんでもなく美味しいのだ。柔らかい食感と濃厚な肉汁は今まで口にしてきた肉が別の食材で作られた料理かとおもうほど別格の味わいだ。

 牛乳、ジュース、パン、ライス、スクランブルエッグ、サラダ、スープ、チーズ、魚料理なども美味であり各兵士が好きなだけ配膳してもらい料理を堪能している。


「訓練兵と正規兵の差ってこんなにあるんだな……」

「うしっ!って?まだ残ってんのか?しゃあねえなあ……先におかわり行ってるぞ!」

「あ……いってらっしゃい」


 考え事をしながらの食事をしているこちらをよそにトレイの再補給をしに配膳テーブルに勢いよく駆け出すポーだった。

 訓練校時代の食事……いや、過酷な食事訓練では「豆!ビーンズ豆!豆!豆!まーた豆かよ!これで何連続なんだ!」だの「あと30秒!早く食わねえと教官殿に殺される!」だの「豆!豆!豆!豆!…………もう、何か月肉を見てねえんだよーー!」だの…………育ち盛りの男子にとっていちばんの苦行だった。

 それがここの食堂施設では、時間制限は1時間、おかわり自由、ステーキとサラダは必ず食べろ、だもんな。ポーがはしゃぐのも無理はないと言うものだ。


「だけど……恵まれてるんだよなあ」


『手紙で知った話だからな。まあ、聞けよ。補給が行き届いてなくて現地調達で賄っている部隊が多いってよ……意味分かるだろ』

 嗜好品と言っても差し支えないほどの豪華な食事を口にしている最中にコーラは昨晩、貨物列車内で出会った有色兵士カラードソルジャーの言葉をふと思い出した。

 この状況は本当に補給が行き届いていない状況とは思えない。周りで食事をしている先任の方々も健康状態は良好そうに見えるし、服装や体も清潔に見える。

 何より基地全体の雰囲気がとても明るい。シコシコ王国との戦局が優勢であるとは言えだ。

 もしや、マック軍曹にからかわれたのかな……いや?白人と有色との待遇差なんだろうか?それとも――


「ちっ!意地汚いやつらめ」

「田舎者<カントリーマン>ってやつですよ。育ちの悪さが顔に出てますね?ボス」

「ああ!?聞こえてんぞ!ちゃんと謝ってやっただろうが!やんのか!ゴォラ!」


 ―― 食堂施設内に響く怒声がこちらの思考を中断させた。

 発生源のほうを見ると取り囲むように野次馬が集まってきている最中である。兵士同士のクッソくだらない喧嘩ってやるだろうか?

 訓練校時代でもこういった事は結構頻発していたのでさして珍しい光景では無い。血気盛んな兵士同士ではよくある事だ。

 そして、こういうケースでは当事者も野次馬も所属が同じ連中もまとめて痛い目しょばつに合うので触らぬ神に祟りなし!とっとと食事を済ませて退散したほうが正解だ。


「謝った?田舎者は謝罪の仕方も知らんらしいな」

「ああ!やんのか!?ゴラ!」


 と、イキり勃っているのはコーラと所属が同じポーであった。


「おい!ポー!止めろって!」


 コーラは野次馬をかき分けてポーを止めにかかる。

 喧嘩している人物の知り合いだと分かったのかその場の雰囲気でモーゼのように野次馬が割れ、無事にポーの下にたどり着くもかなりおイキりぎみなご様子。

 訓練校時代も喧嘩っ早く教官殿のご指導を何度も頂戴した札付きの問題児であったわけだが、お相手の方も金髪碧眼リーゼントと典型的な東部の白人不良少年ヤンキーである。太鼓持ちの子分のほうも金髪・碧眼ブルーアイズ・白人。まさに絵にかいたような不良少年バッドボーイコンビである。

 後ろから声をかけたが興奮しているのかこちらには気づかない。どうしたものかと考えているとリーゼントがポーの胸倉を掴み、ぐいっ!と引き寄せる。

 まさに一触即発!そんな状況に野次馬たちも「行ったーー!」「やり返せーー!」「茶髪ブラウンのほうに100$!」「俺はリーゼントに150$張るぜ!」と無責任に大盛り上がりだ。

 バカ騒ぎを背景にしてにらみ合う二人。そして、ヤンキーがポーにキッスでもするのかと思えるほど顔を近づけてさらに挑発を上乗せる。侮蔑と軽蔑を含ませた表情で――


「たかが肉ぐらいでがっつくな。見てるこっちが恥ずかしい」

「まったくですよ、ボス」

「その育ちの悪さはおおかた南部育ちの農民だろう?……村に帰って畑でも耕してな」


 ―― 地域差別発言を言い放った!

 ポーの出身は知らないがこちらを貶める物言いにさらに苛立つポー。その様子を見て不良少年コンビはニマニマと薄ら笑いを浮かべる。やばい……手を出さないでくれ!


「なんだ?図星だったか?本当に村人くんだったか」

「うるせえな!俺は村人じゃねえよ!それに訓練校の時は肉なんて滅多に出なかっただろ!?食っていいんだからしっかり食わねえと勿体ないだろうが!」

「……驚いたな。訓練校時代は肉が出なかったそうだ?聞いたか?」

「聞きましたよ、ボス」


 WOW!と大げさに肩を竦めながら、太鼓持ちの子分と芝居ががかったゼスチャーでポーを苛立たせる二人。野次馬も「はやく殴れーー!」「いつまで見つめ合ってんだよーー!」「キスでもすんのか!?いや、しろーー!」と下品極まりない盛り上がりをしている。


「何なんだよ!?気取りやがって!」

「恥ずかしいというかな……可哀想な奴らだ。田舎の訓練学校は満足に食事をさせてもらえないのだからな」

「ニューヤークでは考えられないですね?ボス」

「あん?お前らヤンキー(↑)かよ」

「ああ!?ヤンキー(↑)……そりゃあ、南部の方言ってやつか!?それとも田舎では英帝語を教えてないのか?まさかとは思うが学校に行けないほど貧乏人なのか?ああ!?」


 ヤンキーという単語がお気に召さなかった様でリーゼントはすました顔を崩して怒気を孕んだ口調に変わった。だが、ここに来て二人の間にようやく隙が出来た……気がした。


「お前ら、いい加減に止めろよ!こんな騒ぎを起こしたらどうなるか分かるだろ!」

「なんだ!?……お前のお友達か?」

「ッチ!コーラも加勢しろ!こいつをぶっ飛ばすぞ!いや、ぶっ殺す!」

「…………けっ!」


 コーラは二人の間に体を滑り込ませ物理的に引き離す。引き離したのだが……コーラが来たことでなぜかポーのイキりのギアが三速から六速まで一気に上がってしまったようだ。逆にリーゼントの不良少年コンビは少しだけ落ち着いた様子だった。

 相手は落ち着いたので後はポーのほうを何とかすればこの騒ぎを収められるはず。いっそのこと強引に食堂から引きずり出すか?いや、ポーの方が力は強いし。

 コーラがどうしたものかと悩んでいるとリーゼントの方が先に動いた。


「で?村人Bくんがお終いにしろって言ってんぞ。どうするんだ、村人A?そいつに免じて許してやってもいいんだぞ」

「だから村じゃねえよ!クソみてえな冗談はそのクレイジーな髪だけにしとけよ!?Fuck you!しね!」

「村人じゃねえのか?そうか、間違えて悪かったな……Fuck off!うせろや Son of aヤリマンのセガレが bitch!」


 終わった。ゲーム・イズ・オーバー……いや、それを言ったら戦争だろ。リーゼントの余計な一言が付いた終戦交渉から一転して、両者ともギアが6速に入った。いや、入ってしまったのだ。そして――


「ファキ●ヤンキーがーーー!オラッ!死ね!ボケ!クソカス!」

「売●婦のガキがーーー!上等だ!オラ!オラ!ドゥラ!」


 ―― 開戦!

 こうなっては誰にも止められない。クッソ汚い言葉と拳の応酬が目の前で繰り広げられる。止められないどころか野次馬も大盛り上がりの最悪の状況になってしまった。

 「そうだーー!いけーー!ぶっ飛ばせーー!」「押し倒せーー!」「腰が入ってねえぞーー!」「キスしろーー!いや、挿れろーー!」「茶髪のほうに50$追加!」「リーゼントに賭けた150$取り消してくれーー!」

 誰も止める気が無いのがすごい。本当にまずい状況だった。状況はポーが圧倒的に優勢……やっぱりポーは強いね。訓練校時代から数々の喧嘩を起こしてきた札付きなのだが同期が強いと言う事実に少しだけ優越感を感じるのは仲間意識のせいなのだろう。HAHAHA!のんきにそう思えるのはただの現実逃避に他ならないのだが。

 で、この最悪な状況には変わりないわけで、もうどうにも止まらない。いいや、この状況で止められるパターンを僕は知っている。だが、それは同時に――


「村人A少年ボーイもヤンキー少年も元気がありますね」

「「ああっ!?」」

「それだけ元気があるなら戦働きも期待できます…………四人ともそこに直れ」


 ―― 止めるのは教官殿と相場が決まっている。いや、この場合はMPミリタリーポリスか高位の上官であろう。

 目の前には金色の髪と茶色の瞳、白い肌の幼さ顔をした青少年が仁王立ちをしている。

 見た目はコーラたちと同い年か少し若いぐらいなのだが、落ち着きつつも圧を感じさせる風格と軍服の着こなしが自分たちとは別物だと感じさせる。何より――


「あっ……はい!少尉殿!」


 ―― 胸にあるのは士官の証。階級章から少尉と分かる。

 先ほどまで喧騒はどこに行ったのやら、目の前の少尉殿以外の人間は食堂内は給仕とコーラたちしかいなかった。野次馬は……おそらく撤退に成功したのだろう。だが、彼らの逃げ足の速さに関心するほどの余裕は全くと言っていいほど無い。

 罵り殴り合いをしていたポーとポーにやられてボロボロになっているリーゼントも緊張した面持ちで両腕を後ろに回して「直れ」をしているのだ。今更ながらに事の重大さに気付いたのだろう。

調理の音だけが遠くから聞こえてくる静寂に包まれた食堂内で若い少尉殿は静かに言葉を発した。


「左から順に出身校名と官姓名を」

「は!自分は第11区訓練校出身、第11区訓練校訓練部隊所属、コーラ・ゴア特務二等兵であります!」

「…………第11区訓練校所属出身、第11区訓練校訓練部隊所属、ポートランド・スプリング特務二等兵っす」


 緊張して強張った声を張り上げるコーラ。訓練学校時代の教官殿の階級は軍曹。当然、訓練兵に対して圧倒的な権限を持っていた。それこそ、こちらが生きるか死ぬかを決められるほどのだ。そして目の前にいるのはそれよりもはるかに上位の士官である。

 ポーは姿勢は正してはいるものの、声から不服の色が隠せていない。いわゆる『反抗的』と判断されかねない態度に背中から汗が噴き出してくる。正直、生きた心地がしない。


「……第2区訓練校出身、当基地第117歩兵小隊所属、スプライト・レモン二等兵であります!」

「あ……第2区訓練校出身、当基地第117歩兵小隊所属、クレイン・J・パウエル二等兵であります!」


 スプライト・レモン二等兵と名乗りを上げたのはリーゼントのほうだ。顔についた殴打痕が壮絶な戦いであったと思わせるのだが、この状況ではクソみたいな喧嘩をした残念な証明にしかならない。

 太鼓持ちの子分のほうはクレイン・J・パウエル二等兵と言うらしい。やっぱりと言うか階級や見た目の年齢からして彼らもコーラたちと同じ立場でここにいるのようだ。

 ポーとは違い声からは不服の色は感じられないのは経験の差と言うべきか、ポーだけが特殊なのか。


「良し。では、なぜこのような騒ぎを起こしたのか説明しなさい。コーラ特務二等兵」

はい!上官殿!サー・イエッサー


 コーラは把握している範囲で目の前の少尉殿に状況を説明する。

 気が付いたら三人が言い争いになっていた事。出自や出身校を貶められた事。止めようとしたがお互いの挑発が止められずに殴り合いになってしまった事。最初の原因は確認していないのでどうしようもないが、同期のよしみでポーの表現は若干おとなしめにはしているができる限り詳細に説明するよう心掛けた。

 少尉殿は話の節目節目で「うん」と頷くだけで他の言葉を発しない。そして、一通りの説明は終わったのると、「むん」と少し考えるような素振りをして改めてこちらに目を移す。


「なるほど……おしめの取れていない赤ちゃんたちベイブスらしい理由ですね」

いいえ!上官殿!サー・ノーサーこの田舎者……ポートランド特務二等兵が自分にぶつかってきたのが全ての原因です!」


 この評価にリーゼント改め、スプライト二等兵が大声で異議を申し立てる。正直、原因は『また』ポーなんだろうなという気はしているコーラなのだがそこに言及しなかったことに不服なご様子。


「スプライト二等兵。第2訓練校では『いいえ、上官殿』という言葉を教えているのですか?」


 彼の異議申し立てを意に介さず、冷たい口調で一蹴。穏やかな口調の少尉殿だがその表情からとんでもない圧力を感じるのでこれ以上の発言は控えてほしい。


「……いいえ。ですが、コーラ特務二等兵の説明は極めて恣意的であり身内びいきの内容で客観性に欠けております!ですから!ポートランド特務二等兵が自分の肩にぶつかってきてロクに謝罪もしなかった事が全ての原因で―― 」

「ああ!?謝っただろうがよ!謝ったのにクソみてーな事言ってきたのはそっちだろうがよ!」


 スプライト二等兵の必死の弁明が気に入らなかったのかポーが許可を得ずに喰ってかかる。そう言えば、スプライト二等兵の異議の申し立ても許可を得ていないわけでこれ以上のない『反抗的』状況だ。

 こんな状況でも一触即発な事態に……そして、少尉殿がここに来て最大の圧で二人に言い争いに割り込んだ。


「姦しいぞ!赤ん坊共!……少尉の口からこれ以上は言わせないでください、特務二等兵?二等兵?」

「…………」


 渾身の一括に食堂内がシーンする。

 これ以上は危険である事をお互い悟ったのかポーとスプライトは姿勢を直して少尉殿のほうを向きなおした。


「返事」

「…………はい、上官殿」「…はい、上官殿」

「返事……聞こえませんが?」

「「はい!上官殿!」」

「良し!」


 意気消沈の二人に静かなる一括!声を張り上げた返事にようやく納得した様子の少尉殿だった。


「よろしい。スプライト、クレインの両二等兵は次の指示があるまで自室待機」

「「はい!上官殿!」」

「特務二等兵の両名はこの後の着任式が終了後に自室待機」

「「はい!上官殿!」」

「今回の処分は追って通達します。コーラ、ポートランド両特務二等兵は式に遅れないように。では解散してください」

「「「「はい!上官殿!」」」」


 回れ右をして駆け足で食堂から退出する四名。着任初日からの重大な問題行動。正直寝込んでしまいたい状況なのだが今はそんな事も言ってられない。着任式には正装で出席しなければならないので急いで着替える必要がある。重たい足を運びながら自室に戻るコーラだった。

 そして、仲裁を終えたエース少尉は駆け足で食堂から去っていく四人の後ろ姿を見つめながら――


「むん……彼らは儀式に使えそうですね。今回に限ってはですが……」


―― そんな言葉を口にした。


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