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24.マモー

 シャドウがドラゴンに再び会ったのは、65階だった。

 シャドウのレベルは78になっていた。

 僅差でシャドウはドラゴンに競り勝った。

 勝敗を分けたのは、ミヨがくれたポーションだった。


「降参」したドラゴンにシャドウは条件を付けた。

 一つは、「召喚魔法(分身)を教えてくれ」

「これか、竜系には伝わっているが、狼系は持たないのか。いいぞ」

 種族によって覚える魔法は決まっている。覚えない魔法は師から教わることで覚えられる。


 シャドウは召喚魔法(分身)を覚えた。

「よし、これでミヨと一緒に居られる」

 召喚魔法はいくつかの種類があるが、召喚魔法(分身)は召喚というより、もう一人の自分を生み出す魔法だ。

 ただ完全なコピーとは言えない。能力的には二段階は劣る。

 シャドウと戦ったドラゴンの本体も、ドラゴン種の中でも上位のグレイトドラゴンだった。

 だが、「ミヨを守るなら十分だ」とシャドウは満足だった。


 ミヨはあれからほとんどドルイド爺さんのところで過ごしている。

 一対一なら冒険者相手でもミヨは負けないが、大抵の冒険者達はパーティーを組んで行動している。

 低層階では滅多にお目にかかれない魔道士スライムでかつレア種のピンクというミヨは恰好の的だった。

 何度か目の色変えた冒険者達に追い回されて命からがらドルイド爺さんのところに逃げ帰ったらしい。

 それを聞いてシャドウは憤慨した。

 何とかしないとと考え、思いついたのが30階で会ったドラゴンだった。



「それももう一つ」

 とシャドウは条件を言う。

「なんだ、まだあるのか」


「マモーについて教えてくれ。マモーは魔物の名前じゃないなんだな」

「そうだ。魔界第八の王で、正式な名はマクシミリアン魔王、魔物達の呼び名がマモーだ。だから魔王になった者がマモー様になる」

 ドラゴンは身じろぎした瞬間に痛みに顔をしかめる。

「……くっ」

 ドラゴンもシャドウも上級種なので再生能力はとても高く、放っておけばすぐに傷は癒えるが、二人の戦いは死闘だった。

 どちらも大怪我を負った。

「使え」

 シャドウはそんなドラゴンに回復ポーションを投げる。

「いいのか?」

「ああ、もう薬がない。仕方ないから一度ミヨのところに戻るんだ」

 シャドウは嬉しそうに言った。


「あのスライムは一緒じゃないのか」

 からかうように問われてシャドウは怒って言い返す。

「そのうち一緒だ。もっと俺が強くなればここにも連れてこられる。今は無理なだけだ」

 ミヨと一緒に冒険するのはただ楽しかった。

 見たこともない景色を二人で見て、驚いて、楽しいことも不安も分かち合った。

 どんな時も二人でいたらきっと大丈夫。そう思えた。

 今は楽しいと言うより、必死だ。

 早く、魔王にならないと、ミヨを守れない。

『あの時みたいにまた、何もかも手遅れになってしまう』

 何だかそんな焦りの気持ちがあの、ゼルという神を名乗る者と会った時から消えない。


「あれは狙われるだろうな」

「ピンクで目立つからな」

 ドラゴンは首を横に振って否定した。

「それだけじゃない。あれは……」





 ***


 シャドウが戻ってからミヨの生活はまた一変した。

 今日もポヨンポヨンと跳ねなから、ダンジョンの中をお散歩する。

 その日は5階を散歩中に、ミヨとシャドウは傷ついた魔界コンドルに呼び止められる。

 シャドウはダークウルフの姿に化けている。そっちの方が目立たないらしい。ミヨもただのピンクの無印スライムに化けている。

 ダークウルフのシャドウに魔界コンドルは戦々恐々だが、ピンクのスライムのお店屋さんは、怪我や病気を治してくれるとダンジョンでは有名なのだ。


「これならポーションじゃなくて私の魔法で大丈夫」

 とミヨは魔界コンドルに回復魔法をかけた。

 全快した魔界コンドルは喜んで抜けそうになっていた羽をくれた。


 鳥系魔物の羽は飾りや羽毛の布団、魔法の道具といった様々な用途に使われるので、ヘザーが引き取ってくれるのだ。


「鳥系魔物さんの羽がたまったし、ヘザーさんのところに転移しようか?」

「そうだな、35階に行ってみるか」

 同意したシャドウだが、その時、ピンと耳を立てる。

 音がした方をしばし見つめた後、シャドウはミヨに顔を向けるとキッパリ言った。

「向こうに誰か倒れている。二人いるけど、人間の子供だ。見捨てよう」

 シャドウは大の人間嫌いなのだ。

 ミヨはあわてて反対する。

「駄目だよ。助けてあげようよ。行こう、シャドウ君」

「仕方ないな。危なそうだったらちゃんと隠れろよ」


 シャドウが言うとおり、15歳くらいの少年達が、二人いる。

 一人は泣いていて、一人はそれを慰めているようだ。

「うぁあん」

「ああもう、泣くなよ」

 泣いている方の子も膝を擦りむいただけで他はどこも怪我してないようだが、疲れと恐怖で気力が尽きてもう立てない。そんな感じだ。

「あのう、どうしたの?」

 とミヨは人間の女の子に変身して声を掛ける。

 その隣にいるシャドウも灰色の髪で琥珀の瞳の少年の姿だ。

 ミヨは10歳、シャドウも12歳と初めて変身してから姿は変わっていない。

 魔物にも寿命はあるし歳も取るのだが、クラスチェンジを繰り返した魔物はその分寿命が長くなる。魔物の寿命や見た目の年齢は人間のそれよりずっとあやふやなのだ。


 二人は可愛いピンク色の髪の毛と目の色をした女の子に話しかけられて驚いたようだった。

 シャドウはイライラして二人に言った。

「おい、聞いてるだろう。さっさと答えろよ」

「シャドウ君、けんか腰は駄目だよ」

「だけど、いつまでもこんなところにいたら、魔物に食われちまうぞ」


 それを聞いて泣いていない子の方が答える。

「俺達は、ナオリ(そう)を手に入れに来たんだ。父ちゃんが呪い毒にやられたから」

「ナオリ(そう)は8階にあるけど、二人だと危ないよ。お薬ならお薬屋さんに売ってるからそれを買った方が良いよ」

「分かっているけど、あんな高価な物は買えないよ。ナオリ(そう)を取りに行くしか手がないんだ」

「うーん、そうなんだ。じゃあ、特別ね」

 とミヨはポシェットからナオリ(そう)のポーションを取り出す。


「えっ、それは……ナオリ(そう)のポーション?」

「くっ、くれるのか?」

「うん、あげるけど、取引なの。二人はこれあげたら何をくれる?」

 ミヨの言葉に二人は悔しそうにうつむいた。

「何もないから貰えないよ」

「うん、何もないから」

「そう。じゃあ、お家に帰ったら教会で女神様にお祈りしてね」

「え、そんなことでいいのか?」

「そんなことじゃなくて、大事なことだよ~。フェアプリでは、女神様の信仰を集めると女神様が喜んでパワーが上がるの。女神パワーが上がると皆の幸福度もアップするんだ。だからきちんとお祈りしてね」

「う、うん、分かったけど……本当にそれでいいのか?」

「うん、女神様はそれが一番喜ぶよ。さあ、二人とも立って。『転移!入り口まで』」

 ミヨが魔法の呪文を唱えると、二人はあっという間に転移した。



「ミヨはお人好しだな」

 シャドウは呆れて言った。

「そうかなぁ。ちゃんと取引だよ。二人ともきっと女神様にお祈りしてくれるだろうし」

「そりゃ祈るくらいはするだろう」

「あ、そういえば、人間の神様は光の女神様だけど、魔物の神様はどんな人だろうね」

「さあ……良く分かんないけど、いい奴って感じじゃなかったぞ」

 ミヨはびっくりした。

「えっ、シャドウ君、神様に会ったことあるの?」

 シャドウは否定する。

「ない。けど、そんな感じだ」

「えー、やっぱり闇の神様はクール系ってことかな。イケメン?」

「わかんねぇ」

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