18.ドラゴンと嘆きの壁
「ミヨ、マモーってどんな奴なんだ?」
聞きたくないのに、とても気になる。
ついつい聞いてしまうシャドウに、ミヨは目を輝かせた。
「よくぞ聞いてくれました。マモー様は超強くて黒髪黒目で怒ると目が赤く輝くの!キャッチコピーはクールな魔界のプリンス。超イケメン!」
ミヨのマモー様自慢を聞いて、アンダーソンが頷く。
「目が赤く輝くのは魔族の特徴と言い伝えられていますね」
「そうじゃのう。魔族は皆美貌というから、超いけめんも納得じゃ」
とドルイド爺さんも同意した。
「…………」
「そのう、気を落とさないでね、シャドウ君」
とザードが慰めた。
「じゃあ取りあえず、下の階に行こう!行ってきまーす」
「おう」「いってくる」「ぜ!」
とミヨとシャドウは34階に多分ある、かも知れない『月の光』を手に入れるためダンジョンを行く。
下の階に進んでも戦闘はほとんどなかった。
魔物も冒険者もシャドウの姿を見ると怯えて逃げていくのだ。
「なんだあれ?」
「で、伝説の魔犬ケルベロスだ!」
と震え上がっている。
シャドウはご満悦だ。落ち込んだ気分もすっかり治っている。
「ふふふ、さすが」「伝説の」「俺様」
25階を過ぎるとそんなシャドウに戦いを挑む敵も出てくるが、シャドウは強い。
一撃で蹴散らしてしまう。
何せ、一度で三回も攻撃出来るのだ。
上級種のケルベロスは力が強く物理攻撃も得意だが、攻撃、補助の魔法にも長けている。更にオオカミ系は元々素早さが自慢だ。
30階以下の上層では無敵だった。
「シャドウ君、すごーい」
30階にたどり着いた時、シャドウはまだレベル20だった。
ケルベロスはレベルアップに必要な経験値が大きいようだ。
シャドウとシャドウの背中に乗ったミヨはこっそりと30階の最奥の部屋に鎮座するドラゴンを伺う。
「もうちょっとレベル上げないとドラゴンと戦うのはしんどそうだな……」
30階でもザコ敵は余裕で蹴散らせるシャドウだが、ドラゴンは強敵だ。
「ちょっとレベル上げてからにするか?」
「うん、命大事だからね」
とミヨも同意する。
「おい――」
と静かに、まるで石像のように佇んでいたドラゴンが声を上げたのはその時だった。
竜の顔が隠れている二人を真っ直ぐに見つめる。
「えっ?」
「そこのお前らだ。犬とスライム」
「俺達のことか」
とシャドウは覚悟を決めて物陰から姿を現す。
ドラコンはシャドウに言った。
「お前は、姿は違うがこの前の奴だな」
「そうだ」
「クラスチェンジしたか。『竜の鱗』で『進化の実』を作ったようだな?」
ミヨはぷるんと体を震わし、シャドウは警戒して犬歯を剥いた。
「どうしてそれを」
「簡単な推測だ。他の方法では30階到達では『進化の実』を手に入れることは出来ない。通りたいなら通れ」
とドラゴンは31階に続く階段から巨体をどかす。
「…………」
シャドウは油断なくじっとドラゴンをにらみ付ける。
ドラゴンはそんなシャドウ達に顎をしゃくる。
「行け。二度も倒されては叶わん」
「あの、ドラゴンさん」
ミヨはおそるおそる話しかける。
「何だ?」
「ドラゴンさんは召喚されてるの?」
「ああ、その通りだ。これは実体ではない。だが召喚の核にする『竜の鱗』は、体からむしる時、痛い」
とドラゴンは顔をしかめた。
「すぐに再生はするが、何度も倒されるのはこっちも嫌なんだよ」
「なんでここにドラゴンさんはいるの?」
「まあ、古い約定ってやつだ。『嘆きの魔女』に挑む前の試練であり福音である」
ミヨは息を呑む。
「『嘆きの魔女』いるんだ」
「ミヨ」「『嘆きの魔女』って」「なんだ?」
「ここに黒いモヤモヤが出来てそれは人間の後悔の気持ちの塊、『嘆きの壁』なの。『嘆きの壁』に呼び寄せられた悪役令嬢が『嘆きの魔女』になっちゃって、悪役令嬢が『フェアプリ』のラスボスなんだ。ラストは聖女になったヒロインと勇者になった王子様が倒したの」
ミヨは心配になって『嘆きの壁』を見つめた。
「うーん、私達で『嘆きの壁』壊せるのかな」
ミヨの呟きに、ドラゴンがあっさり言った。
「余裕だろう」
「えっ、本当?」
「ああ、ホント、ホント。ここ通らないとどうやって下の階行くんだよ。意志が強い奴なら余裕で行ける。お前らなら心配ない」
意外と軽そうな口調でドラゴンは言った。
「『嘆きの壁』は強い行き場のない思いが作り出す。今は悲しんでいる奴はいないから『嘆きの壁』はまだ薄いもやの状態だ。だが、スライム……」
ドラゴンは黒曜石のような、全てを見通すような美しい瞳でミヨをじっと見つめた。
「何故そんなことを知っている?確かに『嘆きの壁』の化身、『嘆きの魔女』は聖女と勇者でしか壊すことは出来ない。だが『嘆きの魔女』が現れたのは、今から千年も昔のことだ。スライム族に口伝でも伝わっているのか?」
「そうじゃなくて、ゲームの話なの」
「げぇむ?分からないことを言うスライムだな。教えておいてやるが、『嘆きの魔女』は滅多なことでは生まれない。『嘆きの魔女』を生み出すのは、特別な者達の強力な負の感情だ。天才的な才能の持ち主や王や勇者、それに魔王、精霊王、そうした連中が抱える行き場のない悲しみが『嘆きの魔女』を生み出すんだ」
「あ、知ってるー。マモー様も初恋の魔物が死んじゃって人間を憎んでるんだぁ。でもヒロインに会って人間も悪い人ばかりじゃないっていうキュンなストーリーなの」
ミヨはちょっと興奮した。
メインストーリーのラス戦の場である。言ってみれはここはフェアプリファンの聖地だ。
「ほう、スライムはマモー様のことを知っているのか」
ドラゴンは感心した様子だ。
シャドウは驚いて尋ねた。
「えっ」「お前も」「マモーを知っているのか?」
「当たり前だ、マモー様は……いや、これ以上はお前達が俺の住処までたどり着けたら教えてやろう」
「ドラゴンさんは下の階にいるの?」
「ああ、俺の住処はもっとずっと下層だ。まあお前達がたどり着けるはずないから覚えている必要はないぞ」
ドラゴンは皮肉るように言うと、後はまた彫像のように黙り込んだ。
「くそう」「バカにしやがって!」「行くぞ、ミヨ」
そう言うと、シャドウは『嘆きの壁』に突っ込んでいった。
「え、ラスボスなのに?突っ込んじゃうの?」
「このまま31階だ!」
『嘆きの壁』は黒いもやのようなもので、当たったという感触さえなかった。
ただそのまま駆け抜け、31階にたどり着いた時、「うー」とミヨはシャドウの背中でうめき声を上げる。
「大丈夫」「か?」「ミヨ」
「ちょっと気持ち悪かった。あれ……」
ミヨはグッタリしている。
「俺は」「何とも」「ないぞ」
「シャドウ君、強い……」
ミヨのプルプルショッキングピンクの体はちょっと黒くくすんでいる。
「あの変な煙、吸い込んじゃったみたい……」
「一度」「爺さんにところに」「帰るか?」
「ううん。進もう!31階初めて!」




