11.見習い魔道士スライムLV.1
「どれどれ」
ミヨは釣り場の湖面を覗き込んだ。
「あれ、縮んだだけかな?」
レベル1になったミヨの体はトイプードルの子供くらい。ティーカップは無理だけど、カフェオレボウルになら入れそう。
だがサイズを除けば、外見に変化はない。
「いや、そうでもないぞ」
とシャドウが言った。
「え、本当?シャドウ君」
「ああ、額に星が付いている」
「どこ?あー、あった!」
ピンク色のミヨの額に小さな黄色い星が輝いている。
「見習い魔道士ぽくなったよ」
ミヨはご機嫌だ。
「次は、シャドウ君の番だね」
「いいけど、本当に来るのかよ。死ぬかも知れないぞ」
「うん。ここで別れてもミヨは瞬殺される自信があるからね」
とミヨは胸を張る。
「心配しなくても、ちゃんと安全なところに連れて行ってやる」
「シャドウ君のためだけじゃなくて、これは私のためでもあるの。シャドウ君と一緒の方がレベルアップの効率がいいでしょう?」
「まあな」
「私、回復と強化なら出来るし、それに作戦があるの。パーティー組もうよ」
「うーん、駄目だと思ったら撤退するぞ」
「うん、頑張ろー!」
「そうと決まれば下の階に行こう。あ、その前に」
ミヨは池の水を飲む。
それから池の近くにあったモーモの木から実を取って、中級の回復ポーションを3本作る。
1本は空のまま取っておく。
ミヨはレベル5になった!
「よし、準備万端。行こう、シャドウ君」
20階まではほとんど戦闘もなく駆け抜けた。
24階のボス敵はダークウルフだ。
24階の一番奥階段のある部屋には強そうなダークウルフが立ち塞がる。
シャドウはそのダークウルフに声を掛けた。
「オジさん、ちわーっす」
「おお、シャドウか」
シャドウの背中で縮こまったミヨはそっとシャドウに尋ねた。
「えっ、戦闘しないの?」
「あー、する時はあるけど、普段はしねえよ」
「そうなんだ」
ダークウルフのオジさんはシャドウに気安い口調で言った。
「下行くのか、気を付けて行け」
「はーい」
返事してシャドウが階段を降りかけた時。
「……おい」
ダークウルフは鼻をひくつかせる。
「背中に何か連れてるな?」
「…………」
シャドウはゆっくり振り返る。
「ピンクとは珍しくて旨そうなスライムだ。置いてゆけ」
シャドウは犬歯をむき出して唸った。
「ミヨは俺の仲間だから駄目だ」
戦闘開始だ!
『おかしい……』
戦闘開始後、オジさんは焦った。
『シャドウはこんなに強かったか?』
ダークウルフの強さは年齢、毛並み、それに体の大きさで把握出来る。
オジさんは63、シャドウはレベル50台半ばというところだ。
同族であるため、レベルが一つでも違えば、ほぼ勝てる。
なのに、戦闘開始直後、シャドウの背中からピンクの腕がうにょーんと伸びて、何かの薬を飲ませた。
「苦い!」
シャドウが叫ぶと同時に、シャドウの力も素早さもアップする。
それに攻撃がなかなか届かない。
防御力も何らかの効果で高めているようだ。
あっという間にオジさんは追い詰められていた。
『あのピンクのスライムがシャドウの力を高めているのか?ならば……』
オジさんの牙がシャドウの背中のミヨを狙う。
「ミヨ!」
牙はシャドウが素早く避けたため、かすっただけだが、ダークウルフの牙鋭い。
『仕留めた』
オジさんは勝利を予感したが、シャドウが毛を逆立て怒り狂ってにらみ付ける。
「よくもミヨを」
怒ったシャドウの猛攻を繰り出す。
鋭い爪を振るい、大きな牙で噛みついた。
シャドウはオジさんを踏みつけ、オジさんは「降参だ」と叫んだが、シャドウは攻撃を止めない。
喉笛を噛み切ろうとした。
「シャドウ君、やめようよ」
「ミヨ!」
「私は無事だし、弱肉強食はダンジョンの掟だけど、降参してるからもう止めよう?」
「……ミヨが言うならな」
シャドウはしぶしぶオジさんの背中から足を退けた。
「ふー、助かった、ありがとよ、嬢ちゃん」
魔物同士の戦いでも「降参」はある。
だが、経験値が7割しか貰えないので、応じるかどうかは自由だ。
「…………」
シャドウはまだ怒ったまま、横を向いている。
オジさんはなかなか強かった。
シャドウはレベル57になった。
ミヨはレベル30になった。
「ミヨ、お前は無事なのか?」
「うん。こんなこともあろうかと、背中に鎧鱗張っておいたからね」
24階の釣り場には鎧魚が生息している。
鎧のような鱗が特徴で、防御力が高い。
鎧魚は黒がスタンダードだが、稀に居る鎧魚強は全身が赤い。
ミヨが餌になって赤い鎧魚を釣り、鱗を背中に貼って強化したのだ。
更に鎧魚の鱗は防御のポーションの材料になる。
「オジさんの牙もかすっただけだし、全然大丈夫だよ」
もう一発食らうと死にそうだったので、ミヨはなるべく気配を殺してシャドウに張り付いていたのだ。
新たに覚えた見習い魔道士スライムの見習い魔法、『死んだふり』である。
「オジさん、はい」
とミヨはオジさんに回復薬を振りかけた。
「いいのか?」
「うん。一本しかないから、全快出来なくてご免ね」
「そりゃいいが、薬がなくてこの先大丈夫なのか?」
「25階に入ってちょっと行くと泉があるからそこで補充出来るし、大丈夫だよ」
「…………」
オジさんは少し考えてから立ち上がった。
「……下に行くなら俺も行ってやろう」
「え、オジさん、ここに居なくていいの?」
「ああ、代わりはいる」
オジさんが口笛を吹くと、25階からのっそり別のダークウルフがやってきた。
「交代してくれ。ここは頼む」
『あ、そうだった』
ミヨは思い出した。
ゲームの中でも25階に入るとすぐに戦闘が始まる。
オジさんより弱いが、レベルは57と今のシャドウと互角のダークウルフだ。
万一戦闘になったら、強化も切れ、回復薬もないシャドウは苦戦するだろう。
「ありがとうね、オジさん」
ミヨはお礼を言った。




