黒板の前で「俺と付き合ってもいいって人、挙手!!」と叫んだ結果
それは、本当に何気ない会話から始まった。
いつも通り、休み時間に教室で友人の岡島、川上と馬鹿話をしていた。
会話が途切れたところで、不意に岡島が「あぁ~それにしても彼女欲しいなぁ」とこぼした。
「もう高2の夏だぜぇ? ここらで彼女の1人くらい作っときたいよなぁ」
頬杖ついてそう言う岡島に、俺と川上も同意する。
「ホントだよなぁ。世のリア充男子は楽しい夏休みを過ごすだろうに……俺達はこのままじゃ、な~んもないつまんない夏休みになるぜ」
「マジでそれな。あぁ~誰でもいいから付き合いたいわぁ~」
気怠そうにそう言う川上に、俺はニヤッと笑ってアホな提案をした。
「だったらいっそのこと、黒板の前に行ってクラスの女子に『俺と付き合ってもいい人!』って言って募集掛けたら? 1人くらい手を上げるかもしれんぞ?」
「アホか。なんの罰ゲームだよ」
「いやいや、女子だって夏休みを1人で過ごすことに焦りを覚えている奴は少なからずいるって。物は試しでやってみろよ」
「そんなに言うなら潮田がやれよ。勝算あるんだろ?」
「そうだな。まずは言い出しっぺが見本を見せないとな」
川上の切り返しにすかさず岡島が乗っかり、いきなり矛先が俺に向いた。
「いやぁ、それは……」
「行~けっ、行~けっ」
「潮田君のぉ~、ちょっといいとこ見てみたい~~♪」
流石に拒否ろうとしたが、悪友2人はニヤニヤ笑いを浮かべながら手拍子を始める。
その音に、なんかクラスの注目が集まってしまった。
……まあ、仕方ない。提案したのは俺だしな。クラスでもお調子者の三バカで通ってる俺達なら、やっても普通にネタで済まされるだろう。
観念した俺は、どうせやるならと「うおおぉぉーーー!!」と勇ましい雄叫びを上げながら教室の前まで駆け、教卓にバンッと手を叩きつけて叫んだ。
「この中で俺と付き合ってもいいって人、挙手!!」
ズビシッと中空に手を突き上げながら、クラスを見回す。
さあ失笑してくれ。こちとら既にリアクションの準備は出来ている。
この突き上げた手でバッと顔を覆い、「誰か1人くらい手を上げろよぉぉぉーーー!!」と叫ぶのだ。クラスの女子全員にフラれた哀れな男に、教室は爆笑の渦に包まれる。フッ、完璧だ。
ひらっと、手が上がった。
それに続いて、シュビッと元気に。更にそれらを窺うようにおずおずと……計3本。
3本の手が、上がった。…………え?
……………………
俺は改めて、その3本の手の主を見る。
うん、女子。紛れもなく女子。実は男子でした、なんてオチではない。
……そうか。……うん、そうかぁ…………
俺は予想外の事態に、突き上げていた手をゆるゆると下ろすと……ニッと爽やかな笑みを浮かべて叫んだ。
「そうか! ありがとう!!」
そして、颯爽と教壇から降りると、自分の席に戻って悪友2人にサムズアップ。
「意外とイケたぜ」
「「いやいや待て待て!!」」
全力でツッコむ岡島と川上。うん、まあそうなるよな。
「え、ちょっ、え!?」
「なに!? えっ、今なにが起こった!?」
「落ち着けよ……どうせあれだよ。“買い物に”付き合ってもいいってそんなオチだよ」
「んなワケあるかぁ!!」
「比山と永沢はともかくとして、南野さんはそんなキャラじゃないだろ!!」
「いやいや、どうせ冗談だって。みんな俺のボケに乗ってくれたんだよ。うん」
「ぜってぇーちげーって! そんなん言うなら俺が試してやんよ!!」
そう言ってパッと立ち上がると、岡島は黒板の前まで走っていき、クラスに向かって叫んだ。
「俺と付き合ってもいいって人、挙手!!」
……………………
……………………
……静寂。
静寂が、教室内に横たわった。
「……そうか」
岡島は静かにそう言うと、スタスタと自分の席に戻って来て、ドカッと椅子に腰を下ろした。
そして、天井を仰いでフーっと長く息を吐き出すと、キリッとした表情で一言。
「な?」
「うん、なんかゴメンな」
「俺、男のこんなキレイな涙初めて見たよ……」
なんだかすごく申し訳なく、居た堪れない気分になった。
せめてもとティッシュを差し出すと、岡島は無言で天を仰ぎ、自分の顔の上にティッシュを一枚乗せて沈黙した。し、死んでる……。
「あぁ、うん。まあ、岡島が尊い犠牲になったところで……ちょっと、さっき手を上げた3人集合」
召されてしまった岡島を微妙な表情で眺めていたら、川上がそう言ってちょいちょいと手招きをした。
それに合わせて、さっき手を上げた女子3人がこちらにやってくる。
真っ先に手を上げた金髪ギャル、比山。それに続いて手を上げた茶髪ツインテの元気っ娘、永沢。そして最後に手を上げた、黒髪眼鏡の文学少女、南野さん。
「それで……」
「いや、俺が訊くよ」
川上が何かを言おうとするのを制し、俺は立ち上がって3人と向き直ると、改めて理由を問うた。
「えぇ~っと、俺と付き合ってもいいってことだったけど……それはまたなんで?」
すると、まず比山がそのパーマが掛けられた金髪を指でいじりながら答える。
「ん~~、ま~今あーしフリーだしぃ~潮田ならいいかなぁって」
あ、やっぱそうだよね。そんな軽いノリだよね。うんうん。
「あたしも~。しおっち面白いし!」
うん。まあ、そんなゆる~い感じだよね。永沢ってあんまり女の子って感じしないし、友達の延長線上くらいの気持ちだよね。きっと。
「その、わたしは……実は、前から潮田君のことが気になってて……」
ンン~~? 最後にちょぉっとガチっぽいのが来ちゃったぞぉ~?
こちらをチラチラ見ながら恥ずかしそうにそう言う南野さんに笑みを向けつつ、内心だらだらと冷や汗を流す。
「……そうか、ありがとう!」
爽やかにそう言うと、素早く着席。引き攣った笑みで川上に向かってサムズアップ。
「意外とガチだったぜ」
「ガチだったなぁ! ネタじゃなかったなぁ!!」
「え、なにこれ。俺今日死ぬの?」
「死ねよ! もう死んでしまえよ!!」
そうか、俺今日死ぬのか……。
窓の外を見上げれば抜けるような晴天。あ~いい天気。わ~飛行機雲すご~い。
「で? 誰と付き合うの?」
頑なに3人の方を見ないようにして現実逃避していると、川上にジト目で現実に引き戻された。
「え? う~ん……」
やばい。女子3人の視線を頬にビシビシ感じる。教室中の注目がこの場に集まっているのを肌で感じる。
チラリと時計を確認するも、まだチャイムは鳴りそうにない。はぁ……仕方ない、覚悟を決めるか……
「ふぅ……」
息を吐き出しながら立ち上がると、俺は振り返り、こちらを見詰める3人に向かって深々と頭を下げた。
「ごめん。俺、今誰とも付き合うつもりない」
「「はああぁぁぁーーー!!??」」
あ、岡島復活した。
「ちょっ、おま、お前ぇぇーーー!!」
「なんでだよ!! 彼女欲しいって言ってただろうがぁ!!」
「いや、それは……」
目を血走らせながら詰め寄ってくる2人にのけ反りながら、俺はしどろもどろに答えた。
「男子高校生の『彼女欲しい』なんて……小学生の『100万円欲しい』と似たようなもんだろ?」
「どういうこと!?」
「実現するとは思ってないけど言ってみたってことか? 例えが分かりづらいわ!!」
「いや、でも実際……俺、放課後はバイト三昧だし、病気で伏せがちな義妹の面倒見ないといけないから、彼女とか作ってる余裕ない……」
「びょ、病弱な義理の妹だとぅ!?」
「なにその設定!? 初めて聞いたわ!」
「設定言うな! うちは親父がいないから大変なんだよ!」
実際、義母の稼ぎと俺のバイト代で割とギリギリの生活をしている。それでも義妹の治療費を賄い切れず、親父の遺産と保険金を少しずつ切り崩している状態だ。
「いや待て川上。そんなラブコメ主人公みたいな家庭環境がそうそうあるはずがない。これは……潮田の妄想妹である可能性がある」
「なるほど、名推理だ」
「違うわ! ちゃんと実在するわ! ほら!!」
スマホに入っている義妹と2人で写っている写真を見せると、岡島と川上が物凄い勢いで食いつく。
「バ、カな……カワイイ、だと……!?」
「マジで可愛いなオイ! こんな子と一つ屋根の下とかお前マジでラブコメ主人公かよ!?」
「アホか、何考えてんだ。もう7年も兄妹やってんだぞ? とっくに本物の家族同然だっての」
そりゃ一緒にいて欲しいとせがまれて添い寝したりとかはあるが、病気で弱っている時はどうしても心細くなるものだ。漫画やラノベにありがちな、義理の兄妹の恋愛的なあれではない。
それに、あいつはあまり学校に通えてないせいか、中3にしては精神面の成長が遅れてる感があるからな……。
未だに隙あらばベタベタくっついてくるし、きっと性の目覚めというものがまだ訪れてないんだろう。まあ、単純に俺が男として認識されていない可能性もあるが。
「うわっ、マジでちょーかわいくない? 薄幸の美少女って感じ?」
「ホントだ……なんかちょっと母性芽生えそう」
「お姉ちゃんって呼ばれたい……」
おいそこの女子3人、何を言っている?
薄幸って……まあ儚げなことは否定せんが。というか永沢、お前のどこに母性があるんだ。あと南野さん? あなたは本当に何を言っているんです?
「(え? 潮田ってあー見えて実は苦学生?)」
「(バイトしながら血の繋がらない妹の面倒見るとか……めっちゃ健気じゃん)」
「(というか、あの3人に迫られて拒否るとか……アホみたいに大喜びで飛びつくと思ったのに。意外と純情?)」
「(ねぇ~なんかギャップ萌え)」
「(うん……くそっ、不覚にもときめいたわ)」
「「「(分かる)」」」
……なんか、クラス中の女子がこっち見ながら何か言ってるんですが? あれ? これもしかして乙女の純情踏みにじったと思われてる? まさか、完全に女の敵認定された?
(いや、でも俺は「俺と付き合ってもいい人」って訊いただけだし……実際に付き合うとか一言も言ってないし?)
そんな言い訳がましいことを考えていると、チャイムと同時に現国の山本先生が入ってきた。
「は~い、席着いて~。授業始めるわよ~」
生徒に“ちゃん”付けされるほど親しまれている人気の美人女教師の登場に、ざわついていた教室も落ち着きを取り戻す。
そのことにホッとしつつ、俺は密かに、平穏な学園生活が針の筵に変わるのではないかという不安を抱いていた……
……の、だが、
「あぁ~潮田バイトで忙しいっしょ? こんくらいの掃除あーしらでやっとくから早く帰んな」
「い、いや、そんなわけには……」
「いーから」
「そーそー」
「いつも真面目にやってっし、こんくらいいーって」
「お、おう……ありがとう」
「しおっち、あたしと一緒にバイトしない? 親戚の伝手でめっちゃ割りがいいバイトあるんだぁ~」
「あ、ああ……」
「潮田君、これわたしのお気に入りの小説……よかったら義妹さんの暇潰しにでも……あの、潮田君も読んでくれたりしたら、嬉しいんだけど……」
「う、うん。ありがとう」
……なんか、あの日以来クラスの女子が異様に優しい。
俺と付き合ってもいいって言ってくれた3人だけでなく、女子全員が気持ち悪いくらい俺に対して親切だ。その一方で……
「お兄さん! 妹さんを紹介してください!」
「もしかして来年妹さんうちに入学したりしますか? お兄さん!」
……なんか、あの日以来クラスの男子が異様に馴れ馴れしい。
義妹の写真を見せた2人だけでなく、男子全員がすごい俺に媚び売って来る。こっちはシンプルに気持ち悪い。
「なあなあ、今度は朝礼の時に全校生徒の前でやってみようぜ」
「お、いいね~」
「いいわけねーだろ」
ニヤニヤ笑いながら完全に悪ノリする岡島と川上に、ジト目で力なく返す。
もしやって、クラスの女子が悪ノリして一斉に手を上げたりしたらどうすんだ。ただでさえ揺らいでいる俺の平穏な学園生活が完全に終わりを迎えるわ。
(……実は、職場では旧姓のままだけど、山本先生が俺の義母だって言ったらどうなるんだろうなぁ……)
いや、言わないけどな。これ以上波風立ててたまるか。俺は平穏な学園生活を送りたいんだ。
まあ今は一時的に盛り上がってるだけで、俺がいつも通りバカやってたら直にこの妙な雰囲気も収まるだろ。
「お~い潮田。なんか、妹さん来てんぞ~」
「は?」
そう思った直後、突如飛び込んで来た意味不明な声に教室の入り口を振り返ると……そこにはお弁当を2つ持った、家で寝ているはずの義妹の姿が。
「あ、あの、お兄ちゃん。これ、お弁当……その、忘れてたから。こっちはお母さんの……」
終わった。
教室内を埋め尽くすどよめきの中に、平穏な学園生活が粉々に砕け散る音を聞き……俺は、静かに天を仰いだ。
2020/6/30 続編『黒板の前で「俺と付き合ってもいいって人、挙手!!」と叫んだ結果、なんか抗争始まった』投稿しました。
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