第30話 『勧誘』
“痛み”と“恐怖”による支配だと。
人間を操るのはそれだけで十分だ、と。
鴨平は笑みを浮かべてそう言った。
「……ッ!!」
その言動で、真城の言い知れぬ感情が膨れ上がる。
言葉を聞いた、それだけで。さも自分がそうされたかの様な嫌悪感が真城の身体をつき抜ける。
「こいつらはな、抵抗することを諦めたんだ。この俺が諦めさせた。抵抗するこいつらを何度も何度も痛めつけて、な。お前は“鎖に繋がれた象”の話を知ってるか?」
「……? 知らねぇよ」
突然話を投げられて、咄嗟に真城は返答する。
その言葉を、真城は聞いた事は無い。
だがしかし、その文字列からして良い言葉では無い事は真城にも何となく予想が立てられた。
そんな話は聞きたくない。
そう思う真城をよそに、しかし鴨平は言葉を繋げてく。
「“サーカスの象”ってのはな、小さいうちから杭と鎖に繋がれて逃げられないって事を学ばされるんだ。そうして逃げられないことを学んだ象は、成長して身体が大きくなって仮に鎖を杭ごと抜く力を持ったとしても、それを試そうともしなくなる。……ってな話でな。これがいわゆる“学習性無力感”ってなやつなんだが、まぁつまりは調教さ。それをこいつら全員に施した。お前らが来るまでの時間、暇だったからさぁ。今日捕まえて来た新入り達がどこまで折れずにいられるかって遊びをしてたのさ。本当はもっと時間をかけてやるものではあるんだが……まぁ、身体は正直だったわな。コイツ等全員、頭は悪いが馬鹿じゃない。身体を巡る本物の激痛と、この俺が“殺しだって厭わない”存在だってのを理解してからの流れは早かったぜ?」
「…………、最っ低だよ。お前」
…… ……
「にしてもさ。刺突……何だっけか? お前ってもしかして必殺技とか出すときに技名とか叫んじゃうタイプなの? ウケるな。そういうのってさぁ……やっぱり自分でカッコイイ言葉とか漢字とか、調べて考えたりするの?」
「……うっせぇな」
「何だよ、恥ずかしがんなよ。良いじゃねぇかそういうの、……だが解せないな。それならさっきの大剣ぶん回すやつだって、名前叫べばよかったのに。大剣斬り~とかって言ってさぁ」
「……、」
からかう様に笑う大谷。
そんな大谷を切矢は睨みつけ、
「良いのか? あんまそうやって油断してると――」
「――ッ!?」
「……一瞬で、けり付くぜ?」
大谷に言葉を発したその瞬間。
瞬時に床を踏み抜いて弾丸の様に距離を詰め、切矢が大谷へと切りかかる。
大谷はその攻撃を躱せないと判断したのだろう。
故に切矢の竹刀が身体に触れたその瞬間、流体の影に変化した大谷の身体がパンッと水しぶきを上げる様に飛散した。
「残念」
「うん、やっぱりな」
大谷の身体の変化を見て取って、切矢は納得して呟いた。
飛散した影が切矢から離れた場所へと集まって、大谷の身体を成していく。
「何が?」
「お前が“フェイズ4”って事がだよ」
「あぁ、何だそんな事か。別に隠してた訳じゃないんだがな」
頭をポリポリと掻きながら大谷は何の気なくそう言うと、切矢へと目を向ける。
切矢と大谷が、そうして再び睨み合う。
初めに口を開いたのは大谷だ。
「逆にお前はさぁ、俺に隠してる事とかあるんじゃない?」
「いや別に」
「そうか……? なら例えば、お前の“能力”について、――とか」
「――ッ、ちっ!!」
突如、大谷の身体が破裂する。
そして飛散した身体が放射状に伸びていき、その先端が槍に変わると切矢に向かって殺到する。
切矢はそれら無数の影の槍をいなしながら回避行動に専念する。
時に壁や天井さえ利用して立体的に跳びまわり、簡単にターゲットさえ取らせない。
切矢が、大谷の変化した影の槍から逃げまくる。
それは時間にしておよそ数分間と長く続いた後、攻撃が停止した。
「やっぱり、まともに“受け”ちゃくれねぇか。……知ってるんだよな、俺の“能力”を」
やれやれと溜息を吐きながら、再び大谷の身体が出来上がる。
~ ~ ~ ~ ~
大谷の持つ能力は、“身体の重さを変化させる事”。
それは例えば殴った時。或いは蹴った時に、相手に攻撃が当たる瞬間にその部分を重くして威力を底上げする。……といったやり方が一般的な使用例となるだろう。
単純明快。
ただシンプルに攻撃の破壊力をかさ増しする為の“能力”だ。
だが、この“能力”の強みは他にある。
それは“能力”によって重さを変える事が出来るのが、“身体”という点である。
身体と言えば本来そのままに、その生き物の身体という意味だ。
それが人間であるのなら、頭・胴体・両手・両足などの部位の事。
それら全ての重さを“能力”で変化可能という事だ。
人間ならばそうだろう。
人間であるならそこまだ。
しかし大谷はそうじゃない。
大谷は影人だ。影人で、“フェイズ4”。
……何が言いたいのかとも思うだろう。
しかしそれは重要な事なのだ。
何せ、大谷の“能力” の範囲とは、……影人の影と同化・変化した状態の身体さえ含まれる。
故に。
大谷の身体で生成した武器さえも、重さを変化出来るのだ。
~ ~ ~ ~ ~
しかし。
そういった“能力”の強みさえ、切矢にはバレているのだろう。
何せ、大谷の身体から成る影の槍でさえ、まともに“受ける”事を切矢はしなかった。
「……だが、俺もお前の“能力”を掴んだぜ? いや、確定させたと言うべきか」
大谷がさきほど仕掛けた影の槍。
あれら全ての弾幕は、切矢の動きを確かめる為のものだった。
確実に逃げられる道を一つだけ開けておき、それ以外は抜けられないように弾幕の雨を敷いていた。
むろん、それを普通の人間なら分からない程に高速で、だ。
こちらで用意した道以外を無理やり通れない様に、影の槍全てに大谷自身の影を混ぜ、重さも最大にして飛ばしていた。
にも関わらず。
切矢はそれらの攻撃を躱しきり……それどころか、後半ほぼ全ての攻撃は大谷の対応さえ間に合わない程に加速して、作戦さえも瓦解させた。
最後の方は作戦を放棄して、当てる事のみに傾注した。
或いは音速に近しい速度にはなっていたかもしれない。
しかしそれでも、切矢に命中はしなかった。
これだけの結果から、何もありませんは無理がある。
刺突の雨で受けた印象、そして疑念から抱いた予想が……ようやく確信へと変わる。
「お前の“能力”は簡単に言っちまうと、“速度を上げる事”なんだろう? しかもそれは、単純に身体を動かす速度が上がるってな訳じゃない。お前という“個人そのもの”が加速するから思考速度さえも速くなる。だから加速する身体の動きに自身が振り回させるなんて事も無い。……どうだ、当たっているだろう?」
出されたクイズに、堂々と正解を言う様に。
ドヤリとした顔で切矢に向かって言い放つ。
「……何だその事か。……特に隠してた訳じゃ、ないんだけれどな?」
「嘘付けよてめぇ!?」
ハァ、と溜息を吐いて大谷は移動する。
それは全身を影にした事で、その場に置き去られていた金属バットを回収する為だった。
“フェイズ4”の影人は着ている衣類さえも影と同化させ、影としての使役する事が可能である。
しかしそれは、衣類の様に薄い物だからこそ同化に有する時間も少なく、着ていれば自然と“そう”なるからだ。
しかしこの金属バットはそうじゃない。
分厚く金属である点もあるのだが、それ以前に常時身に付けられる物じゃない点も上げられる。
ましてやこの金属バットは、不良の手下から今日借りた物である。
まだ“そう”なっていないのだ。
大谷は金属バットへたどり着くと、それを無造作に拾い上げる。
そうして何度かスイングし、握り手を馴染ませた。
「しかし困ったな。それだけ速く動けるってんじゃ、俺の攻撃が何も当たらない」
「……、」
「それだけの“能力”だ。脳にかかる負担もさぞ大きいだろうから、“能力”の使用限界まで攻撃をし続ける……ってな方法も無くは無い、が。そうなる前にこっちがやられちまいそうだ」
大谷は構えた金属バットに影を纏うと、
「そうなると、俺ももう一つの“能力”を使うしかないわなぁ」
更にその先端から影の触手を伸ばしていく。
「なぁ、“かまいたち”だの“ソニックブーム”だのっつう、そう言った類の話は知ってるか?」
そう言った直後だった。
「俺はそれが出来るんだ」
ブンッと、勢いに任せて振るわれた金属バット。
その先端に伸びた影の触手が鞭となって襲い来る。
(来たか……ッ!!)
それも真城から聞いている。
真城との戦闘中、そう言って“ただの影の鞭を振るった”と。
だがその話を聞いて、切矢は思った事があった。
それはその鞭の攻撃が、本当に“ただの鞭攻撃”であったのか、という事だ。
いや、実際にはそうなのだろう。
真城はただの鞭攻撃の被害しか受けていない。
何の変哲もないただの鞭攻撃。それしか行わなかったというのは事実だろう。
だがしかし。
それで本当に“かまいたち”や“ソニックブーム”が使えないとはなっていない。
使えないという保証はない。
大谷が『使える』と言って実際に“使える”はずなのに、しかしただの鞭攻撃しかしなかったというのなら……。
あえて“使わなかった”というのなら……。
そこには理由はあるはずだ。
何の因果か、切矢にはその予想が立てられた。
それは、“かまいたち”や“ソニックブーム”が使えるという言葉はハッタリで、実際には使えない。……と、そう思わせて油断させる。といった作戦なのだろう。
きっと大谷は、真城が“ただの鞭攻撃”だと思い込んで油断するのを待っていた。
待っていて、真城が罠にハマったその直後、そういった“かまいたち”の雨を浴びせるつもりでいたのだろう。
であるならば、切矢は油断しない。
初めから“かまいたち”や“ソニックブーム”が来る前提で回避する。
一撃二撃と振るわれて、まだ来ない。
まだソレを、使っては来なかった。
三撃目が振るわれる。
そこであえて切矢は前に出る。
さも油断した様に見せかけて、無防備に突っ込む姿を演出する。
すると、……大谷にも動きがあった。
ギンッッ、と空を切る不可視の斬撃が切矢に向かって放たれた。
切矢には、その攻撃を見る事は出来なかった。
いつその攻撃が放たれたのかさえ、切矢は気づいていなかった。
だがしかし。
攻撃そのものは見えずとも、視認出来るものはあった。
それは未だに巻き上げられている土煙や砕けて散らばった床の残骸などの、不自然な動きであった。
普通に見ていただけなら不可能であっただろう。
仮に視認出来たとして、それを見た直後には不可視の斬撃を食らっていた事だろう。
斬撃を視認してから回避する。
その行動が出来たのは、切矢の持つ“能力”のおかげだった。
「……あん?」
不可視の斬撃が躱された事で、大谷は不機嫌さをあらわにする。
その表情は、「なんだ、バレてたのかよ」とでも言いたげだ。
大谷は再度、鞭を振るうと同時に不可視の斬撃を切矢へと撃ち放つ。
が、それも同様に切矢に躱されて、偶然でない事を確信する。
「どうすっかねぇ……」
そう言って、再び不可視の斬撃を飛ばした時だった。
その飛んだ斬撃の進路に、ガスで意識を失って倒れている不良がいるのを認識した切矢が飛び込んで、斬撃を左腕に掠りながらもその不良を救出する……そんな姿を見て取った。
「…………俺が言うのも何なんだが、何でお前がそいつらをわざわざ助けるの?」
大谷が目を向ける者。
それは、切矢が今しがた助けた不良。“フェイズ3”の影人だ。
「まぁ確かに“真城晴輝”の“力”なら、“フェイズ3”になった状態からでも人間に戻す事が出来るから……なんだろうけどさ、そんな事をしても意味無いんじゃねぇのかな? 結局の所、遅かれ早かれ人間は滅びる訳だしさ」
「……何?」
「だってそうだろ? 最後に勝利するのは俺達、影人なんだから」
自分達が負けることは無いといった口ぶりで。
さも当然だとばかりに、大谷はそう言い切った。
「それともさ、もしかして……“黒点”を斃せるとでも思ってる? 無理無理、そんなの諦めろ。絶対に不可能だ、決まってる」
無茶で無謀。
そういった希望的観測は、“黒点”という存在を知らないから言える事なのだと、頭の足りない子供を諭すような物言いだ。
「……まっ、仮にお前らが“黒点”を斃せたとしても別に何も変わらないんだけれどもな。今の影人達が積極的に人類を潰したいってだけで、どの道人類は緩やかに滅亡する。お前らは“影世界”が広がる事を阻止出来ない。根本的な問題が解決出来なけりゃ、影人はいくらでも誕生する」
「……、」
「つっても、俺は人類の緩やかな滅亡なんて望んでいないがな。俺の望みは一刻も早い人類の滅亡だ。とっととこの地上からクソ人間どもを滅ぼして、俺達影人の時代を作りてぇ!! 世界を早く手に入れてぇ!!」
「――そいつは無理な相談だ」
「――ッ!!」
直後、切矢が切りかかる。
身体と意識を加速させ、一気に大谷の懐へと滑り込む。
「剣技・一の型――“旋剣舞迅”」
まるで剣舞でもする様に。
身体の動きに、回転する流れに沿うように竹刀を振るって何度も斬撃を叩きこむ。
“竹刀を振る”という言葉は適切ではないだろう。
厳密には竹刀を振っている訳じゃない。
腕は振らずに竹刀を構えた状態で固定して、身体のみを回転させている。
故に身体を回転したその結果として、“身体の動きに沿って竹刀が一緒に回転している”といった方が適切だ。
それはさながら、刃のついた車輪。回転ノコギリの様なものである。
しかもその技には“能力”が使用され、回転速度の底上げがされており、また相手の動きや姿勢、立ち位置などから常時切り込む角度や竹刀の構えを変更し、的確に防御が手薄な箇所を突く為の思考速度も上げている。
上中下段、そのどこを固めても関係無い。
切矢には弱点が全て見えている。
「おぉっと、新技か!?」
ガガガガンッッ!! と連続して響く金属音。
それは切矢が回転しなから何度も斬撃をした事と、それを大谷が影を硬化させて守った音である。
大谷が金属バットを振ろうとも、それを切矢は回転しながら回避しつつ一撃二撃と竹刀を大谷に叩きこむ。
大谷が更に金属バットを振ろうとも、切矢は回転したままその攻撃を回避して更に三撃四撃と叩きこむ。
いくら硬化させた影の防壁が厚くとも、何度も叩かれればひび割れる。
五撃六撃七撃と。
八撃九撃十撃と。全身に竹刀を浴びせかけられる。
「……ぐ、おぉ、お!!」
ついに防御は破られる。
それと同時に大谷は守る事を諦めて身体を爆破・飛散させると、その身体をブーメランの様な形にして振り回し、周囲一帯に不可視の斬撃を撒き散らす。
大谷の放つ不可視の斬撃はどれも威力は高くない。
それこそ“かまいたち”の様に皮と肉を少し切られる程度である。
骨ごと切断される様な威力は無い。
しかしそれでも、何度も当たればその限りではないだろう。
切矢は多分問題無い。
この不可視の斬撃は、何故か影の防壁を貫通してダメージを与えられるみたいだが、先程一度掠ったのは不良を守る事を優先したからだ。
今度は避ける事に専念するので、まず当たりはしないだろう。
だが、問題なのはそこらで寝転がる不良達。
一般人も影人も混じる彼ら不良達をいつまでもこのままにはしておけない。
降りそそぐ不可視の斬撃に、寝ながら身体を刻まれる。
「……くそっ!!」
今回は人数が多すぎる。
先程の様に一人ずつ運ぶのは無理だろう。
それに何より、安全な場所などこのフロアの何処にもない。
仮に安全な場所があり、そこに不良を運んでも、切矢が運ぶ以上は大谷も追ってくるだろう。安全な場所というものは、切矢の有無で変わってくる。
なら切矢が場所を移動する?
と言っても、三階はまず却下。三階が現状どうなっているのか分からない以上は、下手に今の状態の大谷を引き連れていくのは何が起こるか分からない。
それが状況を好転させるかもしれないが、同時に悪化する可能性だってある。
下手なリスクは犯せない。
なら一階、……ともならない。
多分一階のフロアの方がここより寝ている人が溢れてる。
では外に飛び出すか?
今は夜ゆえ、外で戦っても人に見られる心配もそう無いに違いない。
だが、果たして大谷は追ってくるだろうか?
先程、切矢が不良を一人助けた事で、切矢は“不良を助けたい”のだと思われているのかもしれない。
切矢としては助けられるなら助けるで、助けられないなら仕方がない。ぐらいのスタンスではあるのだが……もしも今の現状で、床で倒れる不良達を大谷が“人質に取っている”と考えているのなら、追って来ない可能性もあるだろう。
寧ろこのフロアに待機して、「早く戻って来ないとコイツ等が死んじゃうぞ」といたぶり続ける可能性も無くは無い。
大谷は手下達に対して「使えねぇな」と言っていた。
“影世界”がある限り「影人はいくらでも誕生する」とも言っていた。
今ここにいる影人を、文字通りに“切り捨てる”可能性だってある訳だ。
……ともなると、不可視の斬撃をばら撒いている元凶を止めるのが、一番手っ取り早い方法か。
「剣技・二の型――“刺突白雨”」
空中を浮遊し回転し、不可視の斬撃を飛ばし続けるブーメラン型の飛翔物。
それらを打ち落とす勢いで、刺突の連撃が振るわれる。
不可視の斬撃の雨と、刺突の雨が交差する。
ズガガガガガガガガガガガガ――ッッッ!!!!
ギギギギギンッッ!!!!
と互いに音を響かせて、力と力が衝突し……、そして一斉に音が鳴り止んだ。
まるで台風の目に入ったように。
まるで嵐の海が突然凪いだように。
示し合わせたかのように、互いに攻撃の手を止めた。
「ったくよぉ……“能力”の併用ってのは疲れるんだぞ、何でまだ斃れてねぇ」
「こっちだって同じだぞ。いや、体感時間が長い分、俺のが多く疲れてる」
「……っは、ぬかせボケ」
お互いに荒く息を吐き、肩で呼吸する。
そして、先に呼吸を整えたのは大谷だった。
「やっぱり、つえぇな。お前」
「何を今更」
「なぁお前、こっち側に付かないか?」
「……ハァ?」
初めは、大谷の言っている意味が理解出来なかった。
冗談を言ってからかっているのだと。
そう言って油断を誘う目的なのだと、そう思っていた。
しかしその言葉を受けて、覗き見た大谷の表情には何か企むといった感情は見て取れず、そこにあったのはただ真剣にこちらへ問う……そんな顔であったのだ。
「何言ってんだ、お前? 頭でも狂ったか?」
「なら問うが、お前は何で人を助けてる?」
「何ってそりゃあ……」
「俺にはどうも、お前が好きで人を助けてる様には見えなくってよ。“仕事だから”そうしているんだろぅ?」
「……、」
切矢は言葉を詰まらせた。
それは大谷の言う事が、正に切矢の“守る理由”であるからだ。
「人間なんてクソみてぇな連中だ。守る価値なんて何もない存在だ。……だって、お前は見たんだろう? お前の仲間が血だらけで倒れてるってのに、誰も助けに動かなかった所をさぁ。……知ってるぜ? お前らを待っている合間にさ、俺は暇つぶしで聞いたんだ。姫川が笑いながら言ってだぜ」
「…………、」
「大勢集まってた人間が、どうして誰一人として助けに動かなかったんだと思う? それは怖かったのさ。人間はな、集団になればなる程に周りの流れに同調し、“集団の意思”という名の秩序を乱す行為を……周囲からマイナスな評価を受ける行為を恐怖する生き物だ。そして“集団の意思”と、個人の持っている道徳・倫理観が対立した日には“集団の意思”を優先する事を“美”とする生き物だ。付和雷同。だからこそ、そいつらは動かなかったのさ!! “集団の意思”を、“向社会的行動”を否定したとして“悪”に認定されて制裁……つまりは“いじめの対象”に選ばれたくなかったんだよ、そいつらは!! ……まぁ、つまりは保身だな。そいつら馬鹿な人間は、人の命がかかった状況で、何より自分を優先したわけだ!! ……全くもって愚かだよなぁ? あの瞬間、あの場所で、“人間一人の命”よりも“秩序を守る事”の方が重かったのさ。集まった人間共にとってはなぁ!! 俺はこの話を聞いて、やっぱ人間はクソだなって思ったぜ。滅ぼして正解。いや、寧ろ滅ぼすべきだって思ったね!! ……お前もそう思ったろ? そんな状況を目撃して、誰一人として動こうともしない奴らを見て。正直クソだと、……一瞬でもそう思ったろ?」
「だからそっち側に来いってか?」
「あぁ、そうだ」
「……、」
切矢は少し考え込む素振りをし、
「確かに人間は愚かだな」
と、そう言った。
大谷の言葉を、切矢は否定しなかった。
「なら……」
「だが、それで影人が崇高だっつぅ理由は何処にある? そんな愚かな人間から生まれた影人が、人間と同じ愚かな行動を取らない保証はどこにある? 世界を乗っ取ったその先で、影人同士で争わない根拠はどこにある? 今でさえ、他ならぬお前が証明してんじゃねぇか。お前達は影人同士で上下関係を形成し、こうして仲間に傷を負わせる事が出来る存在だ」
切矢は周りを見渡して、血だらけで倒れ伏す影人達を見る。
気絶させたのは切矢だが、傷だらけにしたのは大谷だ。
大谷は、仲間の影人に被害が出る事も厭わずに、攻撃を実行した。
実行して、継続した。
そんな事が出来る存在が、人間を愚かだと断罪し自分等がお高く留まれる謂れは無い。
「影人も……同等に愚かだよ」
「……、」
今度は大谷が押し黙る番だった。
だが、それで大谷も終わらない。
「……確かにそこを突かれると痛いわな」
と言いつつ、話題を切り替える。
「だが、お前。結局は人間を助ける理由が無いんだろう? ただお前が“人間だから”って理由で人間側に付いているってだけだよなぁ?」
「……、」
「お前だって本当はそんな事したくないんだろ? “影耐性”なんてものを持ったせいで、俺ら影人から人間を守る側につかなくちゃならんくて、任務だからっつって言い訳して、そうして人間なんかを守ってるだけなんだろ? いいじゃねぇか、そんなくっだらねぇ事は考えず、自由にやりたい事をやりゃあいい。もっと本能のままに暴れろよ。もっと自分を解放しろ。一度しかない人生を、そうやって無駄に抑制して生きるのか? 影人側になるのなら、それこそなんだって可能だぜ? 何せ、世界を奪うんだ。新しくなる俺達の世界は秩序も全て思いのまま、俺達で好き勝手決められる。早い者勝ちだぜ? 早くこっち来て力を示せば、手柄を立てれば、それだけ新世界で有利に立ち回る事が出来るんだ!!」
「…………、」
「……そうだ、お前も影人になればいい!! そうすりゃ、人間側だからって理由で人間を守る必要も無くなるぜ!! そうだ、それがいい、そうしよう!!」
「また馬鹿な事言い出したな。“影耐性”持ちは影人にならん事を知らんらしい」
溜息を吐き、話はもう十分だと竹刀を振って戦闘開始の構えを取る。
“影耐性”持ちは影人にならない。それは厳密には間違いだ。
実際は影人になるはなる。
ただしそれは、人格を持った“フェイズ1”から“フェイズ4”までをすっ飛ばし、いきなり人格を持たない“フェイズ5”になる、という事だ。
人格を持たず、まともに身体も保てない。
そんな末期の“フェイズ5”。
それは影人というにはあまりにも正常な状態とは呼べない。
だから切矢は、「影人にならん」と言ったのだ。
戦闘の構えを取る切矢。
しかしそれに対して大谷は、「待て待て」といった様子で話し出す。
「お前は何か勘違いをしているぜ。“フェイズ5”になっちまう事を恐れてるのか? それとも“影人化”することで今の自分の人格が乗っ取られて消えるんじゃないかってのを恐れているのか? だが俺が言ってるのはそうじゃない。実は俺、知ってるのよ。何で“黒点”が“影耐性”持ちを欲しているのかって事をよぉ」
「……何の事だ?」
「ん? あぁそうだなぁ、初めから話すべきか。……俺達が阿久津ってあの男子生徒を攫った理由ってのはな、 “黒点”が“影耐性”持ちを欲しているからであって、アイツがその“影耐性”持ちだと分かったからってな事なわけよ。だから俺達はアイツを攫って“黒点”に献上しようとしているのさ」
「……何だと?」
“黒点”が “影耐性”に目覚めた人間を欲しているという情報も初耳だが、切矢が何より驚いたのは攫われた男子生徒が“影耐性”に目覚めていたという事だった。
“死神”が見えるという男が、実は“影耐性”持ちだった。
それはつまり、男が見ていた“死神”と呼ばれるものの正体は……。
切矢の中で点と点が繋がって、そして同時に理解する。
理解して、“どうして今まで気が付かなかったのか”と後悔する。
(あの時ならいざ知らず、今回その可能性を見落としていたのか俺は……ッ!!)
「でよ、これは俺の先輩。影人の仲間から聞いた話なんだがな、……“黒点”は“影耐性”を持つ人間を“影人化”させる実験をしてるらしい。ってのも何せ今はまだ“影耐性”を持つ人間も少ないが、いずれ“影世界”が世界レベルに拡大して俺ら影人の活動領域が世界全てになった時、その世界人口全体で“影耐性”を持つ奴はどれくらいいるのかが分からない。分からない……が、今の感じからするとまぁ世界人口の一割いるかいないかって所らしい。だがそれは切って捨てるには惜しい程の人数だ。だからそういう奴らもいずれはこちらの戦力にしようって魂胆があるらしい。……だってそうだろ? 世界が影人のものになるってのに、“影耐性”なんてものを持って生まれたが為に影人になれない。影人になれず死ぬか“フェイズ5”なんてカスになるしかない……って奴らがいるのはよぉ」
切矢は今、とんでもない情報を聞いていた。
いずれは“影耐性”を持つ者も、確実に“影人化”させられる。そんな日がやって来る。
それが強制的なものならば、“影狩り”さえ乗っ取られかねない。
“影狩り”が瓦解する。
仲間として入る者もいなくなる。
全人類、“黒点”が強制的に“影人化”を実行出来るようになったなら、それこそ世界が終了する。
影人に、取って変わられる。
その情報は、“影狩り”も警戒してはいた事だった。
切矢の“持ち寄った”情報で、影人がそういった事を画策しているかもしれないという予想は立てていた。
しかしそれでも、もしかしたら偶然だとも考えてあくまでも“予想”の域を出なかった事柄であったのだ。
しかしそれが事実だと、これで確定した訳だ。
……であるならもしかして?
“あの日”に切矢が思い浮かべた疑問の答えも、もしかして?
「これも先輩から聞いた話だが、“影耐性”を持ってる奴の“影人化”ってのは、俺達影人の人格が主人格を食いつぶすのとは違い、二つの人格が混ざり合う感じになるってな話だ。……だから安心しろよ。お前が“影人化”してもお前の人格が消える事は無い。ちょっくら自分の欲望に忠実になるだけさ。これはまぁ“影耐性”を持った人間の特権みたいなものだわな。だから来いよ、こちら側に!! お前はいい戦力になるはずだ!!」
嬉々としてそう語る大谷は気が付かない。
切矢の変化を、感じ取る事は出来なかった。
「……ちょっと待て。そんな人格が混ざり合うなんて話を、一体誰から聞いたんだ?」
「そりゃあ“そうなった”本人に決まってるだろ。じゃなけりゃ成った感覚なんてものが他人に分かる訳もないだろう?」
切矢の疑問に、未だに笑う大谷が返答する。
返答、していく。
「そうじゃない。そいつの名前は……」
「黒羽だよ。知った所でどうせお前は知らな――」
「――ッなん、だと……?」
「……何だ、もしかして知り合いか? そりゃあ良い縁だ。だったらお前、やっぱりこっち側に来い!! きっと黒羽先輩も喜ぶぜ!!」
その直後だった。
切矢が攻撃を、開始した。




