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カゲビト  作者: 永眠布団
第三章 新たな任務

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第23話 『“死神”』



「ま、待って!!」


 男子生徒がパニックを起こし、無我夢中で駆けていく。

 そしてそれを、立花が全力で追いかける。


「ごめん、後お願い!!」



 それは、時を少し遡り……。

 校舎裏に稲守の影人が現れ、真城と切矢の到着後。

 影人との戦闘を真城と切矢に任せて、立花が男子生徒追って行った後の話。



 学校の校門を抜けた後。

 ノンストップでひた走り、横断歩道も赤信号も駆け抜けて、人混みもかき分けて……。

 そうして十分近く走り続けていただろう。

 気が付くと、立花は小さなボロアパートの前に立っていた。


「ここが……家?」


 立花は息を切らせつつ、ボロアパートの一室。その扉を凝視する。

 扉には表札はついておらず、ただ小さく『103』といった部屋番号が書かれているのみだった。


 立花が追っていた男子生徒。

 彼は、間違いなくこの部屋へと入っていった。

 それは確認出来ている。


 しかし、かといってアプローチはどうしたものか?

 色々と勢いに任せて追って来たが、これではストーカーと大差ない。

 

 立花は扉の前で首を傾げて思い悩む。

 しかし何時までもここで、こうしていても埒が明かない。


 立花が付けていた『猫の面』は、立花が男子生徒を追いかけ始めたほぼ最初の段階で顔からは取り外し、リュックへと移動させていた。

 それは視界の確保を優先したというのもあるのだが、単純に不審者と思われない為の処置だった。

 立花も戦闘中にはお面を被るが、かといって常識が欠如しているという訳ではないのである。


 しかし、いくら『猫の面』を外したからといっても、いつまでもこの状態のまま扉の前で立ち尽くしている……というのも不審者のソレである。

 いくらここがボロアパートだと言っても、人通りが無いわけではない。

 この一点だけが異常にボロいというだけで、その前後左右には一軒家が立ち並ぶ。

 単純に今が人通りの少ない時間帯というだけで、ここら一帯には普通に人が暮らしている。


「……、」


 立花はそこまで考えて、ようやく決意を固めると呼び鈴を鳴らして扉を二度ノックする。

 立花は元々コミュニケーション能力が高くない。

 しかしそれでも、そんな彼女が“彼を助ける事”を決心して、こうしてここまでやって来た。

 やって来た以上は、何か意味のある事をしなくては……それこそ決心の意味も無い。


「す、すみません……あの、えっと」


 必死で声を絞り出し、男子生徒か或いはその両親が出て来てくれるまで待機する。

 目と口を強く閉じ、強張った身体を縮こませ、バクバクと音を立てる心臓の鼓動を聞きながら、永遠にも感じる時間をやり過ごす。


 しばらくして。

 扉に反応が無い事が分かると、立花はゆっくりと目を開けた。

 待てども待てども、扉が開く気配はない。

 それどころか、部屋の中からは物音一つしてこない。

 当然、扉の前に誰かやって来る気配もない。


「……お、おかしいな?」


 誰もいない?

 いや、そんなはずは無いだろう。

 確かに立花は、男子生徒がこの部屋に入っていくのを目撃した。

 時間帯的に両親がいないのは分かるとしても、男子生徒本人はいるはずだ。

 居留守をつかっているのか、或いは何らかの理由で出られない状況下にある……といったところだろう。


「うー……ん」


 立花は少し考える様な仕草をすると、周りへと目を向ける。

 そうして誰からの視線も無いことを確認し……、


「よ、よし」


 意を決して、行動を開始した。



…… ……



 ボロアパート。

 その103号の部屋の中で、男子生徒は布団に包まって震えていた。


『また“アレ”を見た』


『“アレ”は見てはならない代物だ』


『しかも“アイツ”は“アレ”よりも危険な存在だ。それが何となく理解できる。“アイツ”は本当に――人間か?』


 そういった考えが男の脳内を支配する。

 身体を丸めて肩を抱く。歯がカチカチと音を立てる。

 鼓動の音がやけにうるさい。喉が渇く。嫌な汗が止まらない。

 胸が圧迫される。息苦しい。吐き気がする。頭が痛い。

 いつまで立っても、身体の力が抜けてくれない。


 フラッシュバックする記憶。

 怒り。憎しみ。嫌悪。後悔。悲しみ。恐れ。絶望。

 様々な感情が入り交じり、自分という存在が、意識が、分からなくなってくる。


(何でッ、何で……俺にあんなものがッッ!!)


 頭を強く掻きむしり、涙と共に嗚咽を漏らす。


(こんなものさえなければ!! こんな“力”さえ……なければッ、俺はッ!!)


 もう何度目なのかも分からない同じ念を繰り返し、答えの出ない憤りに更なる怒りをぶつける悪循環。堂々巡り。

 そんな事、意味がないと頭で理解はしていても感情が収まらない。

 湧き上がる感情に、自分という存在が呑み込まれ、振り回され、制御が効かない。

 しかしそれでも、ある程度吐き出しきってしまえば……何とかなる。そう自身に言い聞かせ、感情の嵐が過ぎ去る事をただ願う。


 明かりの見えない暗闇の中で、それでもいつかはこの迷宮を抜けられる。

 トンネルには出口があるのだと、藻掻くように走り続ける。走り続けるしかない……そんな状態。


 見えないゴールを目指すマラソン。

 ゴールさえあるのかも分からないマラソン。

 しかしそれでも、ゴールにたどり着かねば終わらない、そんなマラソン。

 そんな心理状態に、精神的も肉体的にも男は押しつぶされそうになっていた。



 絶望渦巻く暗闇。

 そんな精神世界にいる中で、突然それを引き上げる……現実に引き戻す声がかけられた。



「あ、あの、えぇと、その……だ、大丈夫、ですか?」


 男は聞こえた声に意識を傾ける。

 闇の中、自身で作り上げた殻……のような布団から顔を出す。

 視線の先、男の目に飛び込んだ光景は……、


 まるで小学生のような背丈をした黒髪ロングの、――女の子だった。



…… ……



「誰ェ!?」


 男は思わず声を上げた。

 丸まっていた身体をもの凄いスピードで引き伸ばし、纏っていた布団さえ吹き飛ばし、距離を取る様に、それはもう勢いよく後ろへと飛び退いた。


 まるで幽霊でも見たような。

 そんな男の態度に、女の子……立花は言葉を詰まらせた。


「え、えぇと……」


 ポリポリと頬をかき、なんて説明をしたらいいのかを考える。

 

 確かに男からしたら驚くべき事態だろう。

 何せ見知らぬ人間が、気が付けば寝室に侵入していた訳である。


 仮に幽霊ではなくても、盗人の類を疑うのは想像に難くない。

 立花自身、自分がその立場であったなら確実に同じ部類の反応をしただろう。


「誰ッ、だ、誰ッ!? 誰ッッ!?」


 相当パニくっているのだろう。

 もはやちゃんとした言葉さえ発せてない。


「何でッ、か、鍵、鍵ッ!! 掛けてたはずなのに!?」


「えぇと……うーん」


 さて、何と説明したものか。

 まさか“影操作”を使って鍵を開けた、など。

 説明出来るわけが無い。

 仮にそれを説明したとして、まず信じたりはしないだろう。


 立花はこめかみに手を当てて、ひとしきり考えた後に、


「……鍵、あ、開いてた、よ?」


「嘘をつけぇ?!」


 可愛く誤魔化そうとはしたものの、あえなくツッコミを入れられた。



…… ……



「えぇ……っと、それで君はどうして俺の家に?」


 しばらくして、頭の中でどうにか情報を整理して自分なりに咀嚼した男が口を開いた。


 立花と名乗る女の子。

 確かに、家の中に不法侵入して来た理由などは不明だが、少なくとも危害を加えようとしていない事は何となく理解する。


 それは今までの人生の中で、あまりにも“悪意”などという負の感情を向けられすぎたが故の察しの良さ、……とも言うべきか。

 少なくとも彼女が抱く感情に、そういったマイナスなものが含まれてない事は伝わってきた為だ。


 そもそも彼女が危害を加えるつもりでいたのなら、気付かれる前に事を起こしていただろう。


 仮に殺す目的でもあったなら、男が布団に包まっている時に袋叩きに。或いは適当に台所から包丁でも持って来て一刺しすればいいだけだ。


 物を盗むにしても、気付かれないに越したことは無い。

 それこそ、家の主が布団に包まって動かないのだ。

 その隙にあれこれ物色した方が得だろう。


 どちらにしても、布団に包まる家の主に話かけ、出てくるのを待っている理由は無いわけだ。


 それに、彼女が言っていた『鍵が開いていた』という話。

 言われて確認しに行っては見たものの、確かに鍵は開いていた。

 何かしらの器具を使って、無理やりこじ開けた様な跡も無かった。

 彼女が嘘を言っている。その可能性も確かに考えられるが(というかあの顔からして何かは隠している)、かといってその証拠もない。


 言われた事。

 起きている事実だけを並べるなら、『鍵が開いていた』可能性の方が高いのだ。


 あの時。

 自身がこの家に駆けこんだ時は確かに気が動転していたし、何より恐怖や嫌悪といった感情で頭がいっぱいで、正直言って自分でもよくこうして家に帰って来れたなぁ、といった感覚だ。

 これが俗に言う“帰巣本能”というやつなのかもしれない。


 不思議な気分ではあるが、そうした状況であった事からもむしろ自身が家に駆けこんだ後に鍵をかけ損ねた……という方がしっくりくるのかもしれない。

 記憶があやふやすぎて、『鍵を閉め忘れていた』と言われれば『確かにそうだった』という気さえしてくるので、もうこの話は置いておいても良いだろう。


 とりあえず今は、入ってきた相手が自身に対して何らかの危害を加える気が無い事に安堵しようか。



「お、追って来た。……呼び鈴ならしても、で、出て来なかった、から」


 立花と名乗った女の子は、男の質問にオドオドと答えた。

 目線をこちらに合わせて来ないのは、単純に目を合わせるのが怖い……慣れていないからなのか、或いは何かやましい事でも隠しているのか。


 それにしても、呼び鈴を鳴らしても出て来ないから入ってきたのか……。

 確かに自身としても、あのまま閉じこもって思考回路が負の状態で振り切れてしまうよりかはこうして悪意の無い他人と話している方が良い気分転換にはなるが……それはそれとして、と言いたくなる気持ちもある。


 というか、見たところ着ている制服からして波嵐高校の生徒だとは思うのだが、その顔に記憶がない。

 声は……どこかで聞いたかもしれないが、しかしそれでも男の家にまで押しかける理由に思い至らない。


 女の子も女の子で、いくら高校生とはいえ男の家に勝手に侵入してくるとか、一体どういうつもりでいるのか。

 もし相手がその気なら、襲われたって不思議では無いはずだ。

 体格差からしても、小学生と高校生くらいある。

 男も決して身体が大きい方ではないのだが、逆に女の子の方は小さすぎる。

 高校の制服を着ていなければ、それこそ小学生と言われても信じるレベルだ。


 男はひとしきり考えて、


「……どこかでお会いしましたっけ?」


 失礼とは思いつつ、そういった質問を投げかける。

 それを聞いて立花は少し驚いた表情を作るが、すぐに自身の背負うリュックを指し示す。

 立花の指の先、それを男が確認し、「あっ」と男は声を上げた。


 見えたのは『猫の面』。

 それを見た瞬間、男の中で“あの時助けてくれた少女”と立花の姿が重なった。

 

 立花は、……あの時の少女であったのだ。

 男の表情を見て取って、立花の事を察したであろう事を理解して、今度は立花が口を開いた。


「えぇっと、その、お、お名前を窺っても、いいです、か?」


 それは、あまりにも今更過ぎる問いだった。

 男はそれを聞いた瞬間、そう言えばまだ名乗っていなかったと思い出す。


 男の名前について。

 それは一度、いじめから助けてくれた時にも聞かれていたものだった。

 しかしその直後に、立花の後ろに現れた存在を見て取ってパニックを起こしてしまい、男は無我夢中で逃げてしまった。

 結果、まだ名乗ってさえいなかったわけである。


「お、俺は阿久津(あくつ)。阿久津遼汰(りょうた)。……さっきはその、ありがとう」


 男は自身の事をそう名乗ると頭を下げた。

 それは、いじめを助けてくれた時の礼である。

 名前を聞かれて、そう言えばお礼もまだ言えてなかった事を思い出したからだった。


 立花と阿久津。

 互いに自己紹介をやり終えて……こうしてようやく、スタートラインに立ったのだ。



…… ……



「それで、その……質問をいいですか?」


 立花は、少し躊躇いつつもそう切り出した。

 立花が阿久津を追いかけて来た理由。

 それは、阿久津に色々と聞きたい事があったからだ。


 阿久津はそれを受けて頷くと、立花の問いを待つ。

 立花は落ち着く為に深呼吸を一つして、


「阿久津さんは、どうして……し、“死神”だなんて呼ばれてるんですか?」


 単刀直入にそう聞いた。


「……ッ、」


 直後、阿久津は顔を顰めた。

 なんでそんな事を聞くのか? と、そう言った表情だ。



 阿久津が“死神”と呼ばれている事。

 それ自体は間違いでは無いだろう。

 阿久津がそう呼ばれている瞬間を、……立花は見ていたのだから。


 あの時のいじめの会話。

 その“死神”や“厄病神”といった内容は、阿久津にとって決して良い記憶では無いだろう。

 それは言わば、阿久津のデリケートゾーン。

 なるべく他人に触れられたくない。……そんな場所であるはずだ。


 それは立花にも分かっている。

 立花は、デリカシーに欠ける少女では決して無い。


 しかしそれでも、聞かねばならない時がある。

 それがこの時。今に違いないと、そう立花が判断してのものだった。


「あなたには、“死神”が見える……という話を聞きました。……し、“死神”とは、何なんですか?」


 立花は質問を更に重ねる。

 ここは引けない。ここで引けない。

 

 それは、立花の本気。

 阿久津という人間を“助ける”と決心した、立花の覚悟でもあった。



「…………、」


 阿久津が口を閉じたまま、目を瞑る。

 

 立花は確かに、いじめから助けてくれた人間だ。

 それは間違いなく感謝出来る行動だ。

 しかしそれはそれとして、赤の他人であるのもまた事実。


 そんな赤の他人に、わざわざ話す内容か?

 話してどうなる問題か?

 

 それを聞いて、……果たして立花に一体何の得がある?

 と、そこまで考えて、


(あぁ、そうか。……彼女も他の人達と同じなのか)


 と納得する。

 

 彼女がいじめから助けてくれた時、久しぶりに湧いた感情があった。

 味方ではないにしろ敵じゃない。……そんな人間に会った、嬉しさがあった。


 しかし、今はどうだろう?

 彼女のしている質問・行動は、結局は彼女の好奇心を満たす為のものに違いない。

 彼女の知識外の人間。……阿久津という“死神”の見える“厄病神”。そんな不可思議な存在を目の当たりにして、ただ“知りたい”、“聞きたい”と、ただ面白半分に関わってくる今までの人間と変わらない。

 

 いったい阿久津にどんな過去があり、その質問でどれだけ阿久津が傷つくか。

 それが全く分かってない。……そんな人間の行動だ。


 結局はこうなるのだ。

 面白半分で集まってきたくせに、勝手に気味悪がって、勝手に離れていくわけだ。


 ……こんな“力”、誰も望んで手に入れた訳でもないのに。


 ……したくて不幸にしている訳ではないのに。


 ……好きで殺してるわけじゃないのに。



(あぁ。……もう疲れたよ)


 溜息が出る程に、阿久津は疲れ果てていた。

 

「……、」


 阿久津はそっと目を開ける。

 答えは決まった。

 この女の子を、今から追い出そう。


 二度と面白半分で関わって来ない様に、多少強く突き放しても構うまい。

 彼女にはそうやって、人の地雷を踏み抜く愚かさを学んでもらうべきだろう。


 目を開けて、阿久津が動き出す。……その寸瞬、立花と目が合った。


「……え」


 その立花の顔を見て、阿久津は思わず声を漏らした。

 立花の表情。それは、阿久津を好奇な目で見るような……面白半分で関わろうとする様な……そういったものでなく、何かを強く決心した覚悟ある眼差しであったのだ。



 阿久津が立花に助けられた時の感覚。

 久しぶりに立花へ抱いた、その感情。


 その間違いなく、“敵じゃない”という眼差しが、阿久津の凍った心を貫いた。



 彼女(立花)なら、もしかすると……今まで阿久津がたどり着けなかった答えを示してくれるかもしれない。

 もしかしたら、……この“力”の、問題の、解決の糸口になってくれるかもしれない。

 そんな考えが湧いて出る。


 根拠なんて何もない。

 ただ彼女の作るその表情、覚悟。

 そして『猫の面』なんて物を付けてまで阿久津をいじめから助けてくれた、そんな彼女の纏う不思議な雰囲気に……淡い期待が膨らみだす。


 或いは、一人で抱え込むのに疲れた。

 全部吐き出して楽になりたいと、そう思わせた。


 ……そういった何かしらの“話す為の理由”を、阿久津が欲してしまったからかもしれない。


「はぁ……」


 重く溜息を阿久津は吐くと、観念した様に話始める。

 

 阿久津が何故、“死神”などと呼ばれるに至ったか。

 阿久津の持つ“力”とは?

 “死神”とは何なのか? ……その全ての経緯を。



~   ~   ~   ~   ~



 阿久津遼汰。

 彼に異変が起きたのは、もうそろそろ中学三年に上がるといった頃。



 ある日の深夜、ふと目が覚めた阿久津はトイレに向かい……あるモノを目撃した。

 それは、“黒いモヤ”とも“黒い塊”とも見える、“黒い影”の様なモノだった。


 阿久津には初め、それが何なのか全く理解が出来なかった。

 それこそ見た瞬間に目を擦り、自身の目の異常……病気を疑った程である。


 明かりも点けず、暗い廊下。

 その中心に、フワリと浮かんだ黒い塊。

 それはどれだけ待っても消えないどころか次第に形を変化させ、まるで人の様な形に変わるとその廊下の奥。両親が眠る寝室の扉へと吸い込まれるようにして消えていった。


 奇妙な体験。

 しかしその時の阿久津は寝ぼけていた事もあり、夢現の狭間で見た幻覚の類としてしか取り合わず、その黒い塊が何であったのか? それすら深く考えたりはしなかった。


 事件が起きたのは、その日の朝の事だった。

 いつもの様に母を駅まで送り届け、その足で会社へと向かうはずの父の車が……交通事故を起こしたのだ。


 両親の乗った車が、横から走ってきた大きなトラックに衝突された結果だった。

 原因はトラック側のわき見運転による信号無視。

 追突時の衝撃があまりにも大きかった事や、当たり所の悪さなどが重なって両親は即死との事だった。



 少しして、両親の葬儀が行われる事になった。

 突然の事で頭が追いつかず、加えて葬儀の準備などという右も左も分からない状態。

 そんな阿久津を助けてくれたのは、連絡を受けた親戚達であった。


 葬儀には当然、阿久津も参加したが……あまりにも唐突な両親との永遠の別れに、心が付いていかず放心状態であったのは言うまでもない。

 そんな放心状態の阿久津を現実に引き戻したのは、皮肉にもあの夜に見たものと同じ“黒い塊”であった。


 葬儀が終わり、どうにか身体を動かして挨拶回りをしていた時の事。

 両親の葬儀の為に集まってくれた親戚一同、その中に“黒い塊”というよりも“黒いモヤ”のようなモノが見えたのだ。


 あの夜に見たもの程ハッキリとはしていない“黒いモヤ”。

 しかし阿久津には“ソレ”が、あの夜に見たものと同一なものなのだという事が何となく……理解出来た。


 “黒いモヤ”。“黒い塊”。“黒い影”。

 それが一体何なのか?

 その答えは、驚く程簡単にヒットした。


 ネット検索。

 そこに書かれていた内容は、その影が……死ぬ直前、死期の近い人間の周りに現れる“死神”の類だと紹介するものだった。


 嘘か真か。

 それは都市伝説の類。


 しかしそれは、阿久津が見て体験したものに酷似しており……まず間違いなく“アレ”が。阿久津の目撃した“アレ”こそが、“死神”であったのだとそう認識するには十分なものだった。



 両親が死に、住む場所を失った阿久津は親戚の家に引き取られ、新たな生活を始める事となる。

 それが、中学三年になってすぐの事。


 まさか生まれてからずっと暮らしていた場所を離れて、誰も阿久津の事を知る人のいない学校へと、中学三年になると同時に転校する事になるとは思ってもみなかったが……如何せん、引き取ってくれた親戚の家から元の学校に通うのは距離があったので仕方がない。


 そういった不幸を受け入れて、生きていくしか今の阿久津には出来ない。

 と、そう自身に言い聞かせて始まった新たな学校生活は……驚く程に幕を閉じた。


 学校へ通い始め、まだ三か月もしない内に問題が起きたのだ。

 阿久津は失敗を犯した。


 クラスの雰囲気に馴染めず、ただ無心に外の景色を眺めていた時だった。

 ふと道を歩いていた老人の姿を捉えた瞬間、その老人の背後をついていく“黒いモヤ”が目についた。……その瞬間だった。



 自分の両親を奪っていった“死神”という存在。

 両親を奪った“死神”。両親を奪った、“死神”。“死神”、奪った、両親を……“死神”が、うあぁぁああああああああああああ!!!?



 気が付けば、阿久津はパニックを起こし暴れていた。

 トラウマ。発作。……そういった症状を発症し、そうして最後に気絶した。



 それからが地獄だった。

 阿久津が“黒いモヤ”について喚き散らしてしまった所為だろう。

 クラスメイト達の間では、阿久津が“そういったモノ”が見えるのだといった話が知れ渡り、しかもその存在が“死神”だという事さえ広まった。

 阿久津がネットで検索し、すぐに発見出来た程の情報だ。

 当然他の人間が調べても、同じ検索結果が出るわけだ。


 またそれと同時に、引き取ってくれた親戚の耳にまで“そういった話”が伝わった。


 クラスメイト達からは気味悪がられ、また家でさえ親戚が(口に出さずとも)自分を避けている事が理解出来た。


 本当は学校から逃げて引きこもってしまいたかった。

 しかしそれも、引き取ってくれた親戚に申し訳ないという想いと、家にも居づらいという考えから学校に行かざるを得なかった。

 どうせ後一年。後一年で中学校を卒業するのだから問題ない。

 そう自身に言い聞かせ、何とか一年を乗り越えた。



 中学を卒業し、働きに出ようかと思っていたそんな時、親戚から声がかけられた。

 

『せめて高校くらい行かせてやらなけりゃ、死んじまった君の両親に顔向け出来ない。お金は出す。だから安心して高校に行きんさい』


 そうとまで言われてしまっては無下にする事も、断ることも出来ず……阿久津はその申し出を受け入れる事にした。

 ……しかし問題となったのは成績だった。

 転校して来た事もそうなのだが、授業の速度にもついていけず、また「どうせ卒業したら働くし」などと考えていた事からまともに授業にも参加していなかったが為に、散々な成績だったのだ。


 結果、まともな高校には行くことが出来ず、合格したのは下から数えた方が早いであろう底辺校。……波嵐高校のみだった。



 高校生になると同時、阿久津は一人暮らしを始めた。

 理由は、家の居心地が悪かった事。

 それに加えて、単純に遠かった事である。


 再び始まる新生活。

 阿久津の事を何も知らない人達と過ごす学校生活。……のはずだった。


 阿久津は再び失敗した。

 理由は、クラスメイト(稲守賢史)の背後に“黒い影”を見た為だった。

 

 中学の時の様な痴態を晒す様な真似はしなかった。

 しかしそれでも、思わず“黒い影”といった類の単語が口をついて出てしまったのだ。


 それを聞いていたクラスメイト達も、その時は流石に疑問符を浮かべていただけであったが、その“黒い影”が付いていた男子生徒(稲守賢史)が行方不明となった瞬間……ピンと来たに違いない。

 “死神”が見える奴。そういった噂があっという間に広まった。



 しかし、今回はそれだけじゃなかった。

 それが転じて“厄病神”。……そう呼ばれる様にもなりだした。


 “死神”は、もうすぐ死ぬ人間の背後に現れる。

 であるのなら逆説的に、阿久津がその背後に“死神”を見た人間の死期は近い。近くなる。

 それはつまり、もうすぐ“その人間は死ぬ”のだと……確定させてしまっているのだといった原理らしい。


 阿久津が“死”を呼び寄せた。


 阿久津が“死神”なんか見なければ。

 阿久津に、そんな“力”が無かったら。


 その人は、その生徒は、死ななかったのではないか?


 死を呼び寄せる“死神”。

 人を殺す“厄病神”。

 それが、阿久津に下された評価・蔑称であったのだ。



~   ~   ~   ~   ~



 阿久津は全てを話し終えるまで、立花は静かに聞いていた。

 そして阿久津が全てを話し終えると、立花はその頭を無言で抱き寄せた。

 大粒の涙を流す阿久津を優しく抱きしめて、


「それは、……辛かったね」


 阿久津が泣き止むまで、何度も何度も、優しく頭を撫でてやる。


「……違うんだ、確かにこの“力”は怖かった。なんで俺に“死神”なんか見えるんだって……そう言って暴れた事もあった。でも、俺が本当に怖かったのは……俺が“厄病神”である事。『俺が“死神”を見たからソイツが死んだんだ、いなくなったんだ』って意見を否定出来なかったからなんだ。だって、……それじゃつまり、俺の両親が死んだのは……俺の所為なんじゃないかってッ!! 俺が殺したんじゃないかってッ!! 全然、否定出来なくてッッ!! ……うぅ」


「……そんなんじゃない。阿久津君の所為じゃない!! 阿久津君が悪いなんて、絶対ない!!」


 立花は強く阿久津の考えを否定する。

 嗚咽を漏らす阿久津に何度もそう言い聞かせ、阿久津が落ち着くまで抱きしめる。


 そうして、泣き止んだ阿久津から離れると、


「あなたの言う、“死神”の正体を――私はよく知っている」


 そう言って阿久津へと、立花は語り出す。

 その“黒い塊”……、“死神”の正体を。



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