第22話 『三人の生徒』
真城と切矢は、波嵐高校へと戻って来ていた。
理由は部活中の生徒達を監視して、擬態している影人がどれだけいるのかを確認する為である。
稲守賢史は裏山を下りてすぐ合流した『支援部隊』に、引き渡し済みである。
真城としては、稲守賢史の容体は気になる所であった。
“力”を使って斃した以上は、まず問題無く意識の回復はあるのだろうが……。
その後に何らかの後遺症が出てないのかは気がかりだ。
もしも何も出てなければ、それは真城の“夢”に一歩近づくが……そうでなければ今後も課題となるからだ。
それ以外にも、稲守の脚の状態。
あれは、明らかな骨折だった。
しかしその後の処置がされぬまま、一月以上経過したのかもしれない。
今の医療で、どの程度良くなるのか分からないが歩けるようになるのなら、それは喜ばしいの一言だ。
しかし……そういった事柄は、この任務が終わってから聞けばいい。
今は、そういった話題は頭の中で払拭し、任務の事を考えるべきだろう。
稲守を引き渡す際の事。
切矢が“幽霊騒動”の件が終わった事を伝えた所、やはりと言うべきか『街の正常化』という任務続行が言い渡された為、真城達はこうして波嵐高校へと帰ってきた次第である。
まぁ別に、元々二人としてもこれで任務を終えるつもりではなかったので、問題無く任務続行は受け入れる。
しかしそれはそれとして……「擬態する影人が思ったよりも多そうだ」といった話と共に『戦闘部隊』増員の要請をしてみたものの「他の任務などで手一杯な為に難しい」といった答えも返ってきた。
……悲しい事である。
高校へと戻ってすぐ、切矢は立花の端末に連絡を入れたようだが『こっちは自分に任せてほしい』と言われ、未だに合流は難しいらしかった。
……ということで、現在は真城と切矢は別々で行動中。
理由は一度目の情報収集と同様に、手分けして調べた方が効率もいいとの事。
…… ……
真城は今、学校の敷地内を満遍なく徘徊している最中だ。
その目的はもちろん、擬態した影人の調査ではあるのだが、それとは別に真城にはもう一つ。“ある人物達を捜すこと”も視野に入れていた。
学校の調査を始めたのが18時頃。
そして現在の時刻は18時半を過ぎた程。
学校の授業は既に終了しており、後は部活動をする生徒達を残すのみ。
生徒の人数は昼間に比べて減っただろうが、それでもまだ大勢の生徒がこの学校を利用している。
その中に、果たしてどれだけの影人が隠れ潜んでいるのかと、よく足元の影を観察しながら見て回る。
部活で人の集まるエリア。
音楽室や美術室、体育館やグラウンド。
そしてその他で人が集まりそうなエリア。
図書室やパソコン室、等々と見て回り……。
現在は人の目に付きにくいような場所を探しているところ。
真城は波嵐高校の敷地内を壁に沿って歩いていく。
真城の探す人物達が既に帰宅してしまっている可能性を念頭に置きつつも、影人の調査には手を抜かない。
ここまで色々な場所を見て分かった事。
それは、やはり“いじめ”が多い事だ。
情報収集で一度見て回った時は主に授業中だった為か、自由にふら付いている生徒の数は少なかった。
しかし授業も無くなり部活動を始める生徒が増えるにつれて、自由に動き回る生徒も増えた。
それにより“授業”という時間によって守られていたスクールカーストの低い生徒達が、ガラの悪い生徒達のストレス発散の対象にされ攻撃を受けていた。
容姿や身だしなみ。
話し方や態度。
歩き方、体臭、装飾品のデザイン、趣味。
或いは、髪や肌の色、国籍、LGBT、障害者に至るまで……あらゆる“攻撃して良い”理由を生み出して、その攻撃を良しとする。
気に入らない。
イライラした。
前を横切った。
肩がぶつかった。
相手から絡んできた。
そういった理由で暴力を振るう者。振るわれる者。
悪口を本人に聞こえる距離で囁く。
陰口を友人同士のSNS等に投下して笑い合う。
そういった事をされ、文句を言えば『君の事じゃないけど?』、『なんで自分の事だと思ったの?』、『そう言われてると思う君に問題があるんじゃない?』、『自意識過剰すぎ』、『証拠見せてよ』と言い負かされ、何も言えずに立ち去る者。
そうなると分かっていて、聞かなかったフリをして諦めるしかない者。
そして、そういったいじめの現場を目撃して。
指を指して笑う者。
相手の反応が面白い。苦しんでるところが見たい。楽しそうだから。友人もやっている。これはいじめではなくふざけてるだけ。……相手も楽しそうにしてたから。
そうやって、いじめに加担する者達。
しかしそれらいじめの中で、この学校に一番多いもの。
それは、恐喝であった。
特定の人間に付き纏い、お金を要求し、それを拒否する人間には暴力を浴びせる。
そして、お金を払うまで暴力は続き、『明日も殴られたくなかったら明日もお金を持ってこい』、『もしも持ってこないなら……』と言って脅し去る。
或いはその反応や表情を楽しんで笑い合う。
『言われた通りにすればいいんだ』と相手に命令し悦に浸る。
そういった一種の流れが出来ていた。
お金を要求する理由なんて何でもいい。
それこそ、“当たり屋”よろしくわざと自分から身体ぶつけて行って相手に謝罪料を要求する。
近くを通った生徒を数人で取り囲み、『これから俺達で遊びに行きたいんだけど、お金が足りないんだよね。少し貸してくれない?』。或いは『財布無くしちゃったんだよね。帰りのお金が欲しいから貸してほしいんだよね』などと言ってお金を要求する。
ストレートに、校門前を陣取って『通行料よこせ』と威圧する。
それ以外にも、まだまだバリエーションがある程だ。
そう言ってお金をせびり、抵抗しなかった、屈服した者から何度も何度もむしり取る。
……因みにだが真城も徘徊中に、“当たり屋”とぶつかった。
今の真城であったからこそフィジカルでねじ伏せられたが、もしも“影狩り”に入る前。戦闘訓練をしていなかった頃ならば、“怖くて”、“関わりたくない”、“お金を払って許されるなら”とあらゆる理由で自分を言い聞かせ、お金を差し出していただろう。
今の真城だから出来た事。
抵抗したり殴り返したりといった行為は強いからこそ出来るのだ。
人は誰しもがそうじゃない。
それに、強いから良いという事でも、弱いから悪いという事でもないのである。
いじめで苦しんでいる人達を見て、その度に助けてやりたいという気持ちが湧いて出る。
しかしそれと同時に、切矢の言った『それは俺達が影人を斃した後で、水樹が担う仕事だ。……俺達の分野じゃない』という言葉が脳を過る。
助けたい気持ちは嘘じゃない。本物だ。
しかし、いじめが余りにも多すぎる。
目に付いた、気付いたいじめに片っ端から介入し、助けてやる事は出来るだろう。
だが、結局のところ真城に出来るのはそれまでだ。
その日、その時に、一瞬だけ助ける事が出来るだけで、根本的な問題が解決しない。
仮に助けを求める人を一人助けても、『俺も』『俺も』と助ける人数が鼠算式に増えていけば真城だけでは手に負えなくなってしまう。
こちらが百%の善意で助けても、助けられなかった人間から悪意を向けられてしまうような事があれば、助けたこちらの立つ瀬もない。
結果として、全員を助けられない状況では……こちらも行動を起こせない。
それこそ切矢の言うように、自分が助けたい個人だけを選んで、“自分の責任”で助ける以外は……。
では、いじめる側。加害者へとアプローチをしたならどうなのか?
……それも同様に意味が無い。
いじめをする人間は、真城が止めさせようとしても止まらない。
いじめるターゲットが変わるだけ。
或いは真城がいなくなった後で、真城に邪魔された怒りから更にその被害者のいじめが悪化する事だって無くは無い。
その時一瞬助けても、それは根本的な解決には繋がらない。
どれだけ注意しても、『ふざけてるだけだよ、分からないの?』と話をはぐらかされてしまったり、『こいつが悪い』、『俺はただ見てただけ』、『別に俺からやりだしたわけじゃねぇし』といって責任逃れな言い訳をかまして話を逸らされ、仕舞には『いじめられる方が悪いんだよ』といった話で締められる。
そういった未来が、真城にはありありと想像出来るのだ。
真城個人の範疇ではどうしようもない。
そういった問題。
そうなるとやはり、この問題を解決したいなら早急に影人の問題を片付けて、水樹さんにこの高校と街の現状を世間へと告発し、大勢の人間とルールによって取り仕切ってもらう他、良い解決策は出ないだろう。
この現状が許され、放置されている以上……この学校の教職員は既に諦め心が折れているわけだ。
もしも問題の解決よりも、事態の隠蔽に力を注いでいるのなら……、それよりも更に広い外部から『ちゃんとしろ』と圧をかけなければ、まず動きはしないだろう。
これだって、真城一人ではどうしようもない事だ。
真城が一人、思いにふけりながら歩く途中。
真城の耳に声が届いた。
「一、二、三……、とりあえずこれだけあれば今週のノルマはなんとかなるな」
「でも良いんすか、輪縞さん。あんな野郎にいいように利用されて……」
「あの変な“力”にだってトリックはありますって、絶対!! ピアノ線とかそんな感じの見えない何かを巻き付けてるんすよきっと、不意を突けばやれますって!!」
「黙ってろ、お前らァ!! じゃあ何か、あの“すり抜け”にも何かトリックがあるってのか? トリックがあるんならどんなトリックなんか言ってみろ。……ありゃ間違いなく、悪霊の類だぜ」
「それはまだ分かりませんけど……、悪霊て。確かに稲守の奴は……でも、仏は見つかってないわけで」
「そうっすよ、そんなオカルト話なわけ無いじゃないっすか。……第一俺、霊感とかゼロっすし」
それは、一万円札を数えるガタイの良い生徒とそれを囲む二人の生徒。
計三人の男子生徒達の会話であった。
どうして恐喝して手に入れたお金を数えて……笑っていられるのだろうか。
そう思い、話を聞き流そうとして、
(……ん? 稲守の名前、……それに輪縞って今)
聞き覚えのある名を聞いて、真城は足を止めた。
稲守という名前。それは“幽霊騒動”の噂によって有名になっている。
故に、例えその名前を聞いたとしても別に不思議とは思わずに、通り過ぎていた事だろう。
しかし輪縞という名前はそうではない。
遠くからでは聞きづらかったが、確かに“あの生徒”は他の生徒から輪縞という名で呼ばれていた。
名前に加えてその容姿、ガタイの良さ。
それは間違いなく、校舎裏で一人の生徒にいじめをし、止めに入った立花に突っ掛かり、捻り倒された生徒と同一人物であったのだ。
(ビンゴ!!)
真城は驚いて、その生徒達へと走り出す。
真城が捜していた“ある人物”とは、彼らの事であったのだ。
「すいません。ちょっといいですか?」
「あぁ? 馴れ馴れしく俺様に……って、お前は」
真城はすかさず輪縞と呼ばれた生徒へと声をかける。
輪縞は初め、威圧する様に声のした方向へと視線を向けたが、真城の顔を見るや否やその言葉を詰まらせた。
反応からして、どうやら輪縞も真城の顔を覚えていたのだろう。
「まさかアイツに突っ掛かって、まだピンピンしてるとはな……」
輪縞はすぐに表情を元に戻すと、視線を再びお札へ向けた。
「おいおいおいおい!! いきなり輪縞さんに話かけるとか図が高いんじゃねぇか?」
「常識がなってねぇよなぁ? まずは俺らを通すのが筋ってもんだろうが!!」
二人の生徒が声を荒げる。
内一人が真城の胸倉につかみかかると、もう片方の腕を振り上げた。
その生徒の拳が、真城の顔面に突き刺さるその瞬間、
「やめろ!!」
という輪縞の怒鳴り声が響いた。
その声に二人の生徒は身体をすくませると、急いで真城から手を離す。
「毎度毎度、手が早いんだよてめぇらは……」
輪縞は溜息をつくと、
「それと後、顔はやめとけ。見えるところに傷をつけるとセンコーがうるせぇんだよ。こういうのは“持ちつ持たれつ”。傷さえ見えなきゃセンコー共も認知しない。暴力行為ならいざ知らず、“言葉によるいじめ”だけ(に見える)なら警察だって動かないし動けない」
「は、はい!!」
「すみません……」
「本当に気を付けろよお前ら。センコー共だって本当はいじめなんてものに関わりたくないし、いじめが起きているなんて事を認めたくねぇんだからよ。……仮に、いじめなんてものがあったとしても、センコー共だってそれを出来る事なら認知したくない。臭い物に蓋をしたい。自分は関係無いって……そういう風にしていたいのさ。学校だってバカじゃない。いじめなんて起きてると発覚した日にゃ、学校の評判を下げちまう。それじゃ学校の利にならない。それに、いじめを見て見ぬフリしたセンコーは? クラス担任は? 校長は? センコー共にも生活はあるからなぁ……、自分の評価だって下げたくはないのさ。ましてやセンコーだって多忙だ。いじめとくりゃその事実確認だの、他教師に協力を仰ぐだの、報告書の作成だの、或いは生徒の親への説明だのつって考えねぇとならねぇ事が増えちまう。それじゃあハッキリ言ってメリットが何もない。だから俺達は、センコー共が事態を見なくてもいいようにしてやらなきゃならねぇ。そうすりゃアイツらも見ないフリをしてくれる。それでお互いwin-winなのさ」
輪縞はひとしきり話をした後、手元の札束を懐に納めると、
「で、何だったか。大方、稲守の奴にボコられて俺らの所で働くようにでも言われたんだろ?」
ようやく真城へと向き直る。
「このグループのリーダーは俺だ。さっきは助けられた礼として大目に見たが……本来ならコイツに殴られても仕方がなかった。分かるな?」
輪縞は先程、真城の胸倉を掴んだ生徒を顎で指す。
「こいつらは林と井口、俺の子分だ。本当なら他にも二人いたんだが……それはまぁいい。兎に角、お前はここで一番の新入りになるわけだ。上下関係はしっかりと決めとかねぇと組織ってものは成り立たない。今すぐ言葉遣いも正せ、いいな? でもってまず名を名乗れ」
「えぇ……っと、」
この人達は何か勘違いをしているのかもしれない。
真城は限られた時間で脳内をフル回転させると情報の整理に取り掛かる。
まぁ、話からして察せるが……。
この輪縞、林、井口の三人組を成り行きで助けに入ったのは良いものの、稲守に負けた後、こいつらの下で働けと言われてここに来た。
と、そんな風に思われているに違いない。
まぁ確かに、前提として一般人が影人である稲守に敵うわけがない。
見えないし触れない。そんな影を使って攻撃をしてくる様な奴を相手に、まさか勝利したなどとは思うまい。それは事実だ。
しかしそれは、一般人が相手をしたならの話である。
その“稲守の幽霊”が実は影人である事を理解して、且つその影人に対して対抗する手段を持った“影狩り”であったなら別の話だ。
(……どうしよう?)
ここはこのまま話を合わせて、下っ端として行動を共にする事も可能だ。
しかし、そうした場合の利点がどれだけあるのだろう?
この三人が影人と話をしていた事。
何かしらの理由で影人がこの三人に怒っていた事。
この事から、少なからず彼らと影人の間には少なくない接点があるのだろう。
“ソレ”を知りたいが為に、真城はこの生徒達を捜していた。
それは事実だ。しかしそれを知る為なら、わざわざ嘘をついて下っ端にならずとも事足りる。
今ここで、“ソレ”について聞けばいいだけだ。
故に、考えるべきはそれ以外。
それ以上の利点があるのかどうかだ。
或いは、稲守の影人の行動理由。
或いは、これからやろうとしていた作戦。
或いは、他の影人達の動向等々……知っているなら有難い。
有難いわけではあるのだが……。
果たして、そんな情報をこの生徒達が耳にする機会などあるのだろうか?
そんな重要な話を、稲守の影人は彼ら三人にするだろうか?
仮に何らかの計画を稲守の影人が立てていたとしても、それを実行する主犯は既に真城が撃破済み。
もしも撃破前であったなら知りたい情報もあったかもしれないが、稲守の影人が倒れた今となっては、もはや無用の長物である可能性が高いだろう。
それに、この街の“影人工場”化を起こしている影人が、稲守の影人以外にいた場合でも……やはりその作戦を一般人に伝えるとは思えない。
作戦遂行の駒くらいにはするかもしれないが、ちゃんとした作戦の内容を事細かに説明する事は無いはずだ。というかそもそも、影の事を伝えたところで見えない人達に一体何をどう説明するのやら。
……やはり、利点は薄いだろう。
切矢の事もある。
今後、彼らと行動するとして“何時・どこに行って・何をするのか?”を理解しないまま付いていって、切矢との連絡が疎かになるのも問題だ。
立花がいつ合流出来るか分からない以上、真城と切矢の二人まで必要以上の別行動をとる必要も無いはずだ。
現状、“幽霊騒動”を起こしていた稲守の影人を撃破しただけ。
未だこの街で擬態する影人や、隠れ潜む“フェイズ4”の有無など。
それすらよく分かっていない状況だ。
それを考慮するのなら、真城と切矢だけでもなるべくまとまっていた方が賢明だ。
最悪な事態を想定するなら、真城や切矢が単体で行動している時に“フェイズ4”に襲われてしまう……といったところだろうか。
真城、切矢、立花。
例え誰であっても、現状“フェイズ4”と一対一で戦うのは厳しいはずだ。
その“能力”を把握出来ているのならいざ知らず……いきなり初見でかち合って“はい勝負開始”ではまずこちらが不利となる。
であるのなら、
「あぁいえ、実はそういう話ではなくってですね」
真城が言葉を切り出した時だった。
ブオンッ、と身を乗り出して振るわれた輪縞の拳が、真城の鳩尾へと突き刺さる。
「――ッ!?」
「……よいせっと」
はずだった。
真城は鳩尾目掛けて振るわれた腕を捉えると、その腕を捻り上げた。
何が起きたのか分からないまま、捩じられる腕に合わせて身体を捻った輪縞の視線はグルリと180度回転し……その結果、真城によって後ろ手に縛られる形となっていた。
流れるような動作で腕を固定され、目を見開く輪縞。
そしてそんな光景を、動く事さえ出来ずに見ていた林と井口の三人は絶句する。
「あの幽霊について聞きたい事がありまして」
後ろ手に輪縞を固定させた状態で、真城は三人に問いかける。
「お前、まさか……あのお面女の仲間か何かか?」
輪縞が睨みつけながらそんな事を聞いてくる。
真城も立花も、確かに戦いには慣れている。
同様に“影狩り”に所属して戦闘訓練を積んでいる。
そのお陰で一般人を数秒で制圧するくらいなら、そう難しい事じゃない。
そんな真城と立花の技を受けた事で。
或いは、こうも簡単に制圧されてしまった事で、二人が只者では無いのだと察したのかもしれない。
こんな短期間に二人の人物に圧倒的な敗北を喫したのだ。
その二人が、知り合いや仲間であると考えた方が、辻褄があったに違いない。
まぁ、実際その通りなので何も言えないが。
「お前ほどに強いなら、あの稲守の奴にも勝てるのかもな……」
自傷気味に笑う輪縞。
しかし、それに対し真城は『実はもう倒しました』なんて事を口にしない。
そもそも稲守は幽霊という事になっている。
そんな幽霊を倒したなどと言えば、真城が霊媒師か何かと勘違いされて話がややこしくなりかねない。
真城は輪縞の話をシカトしつつ、後ろ手に絞めた腕に力を込めた。
「いででででッ!!??」
「あの幽霊とはどういった関係で? 何故、幽霊に襲われていたんですか?」
「……ッ、知るかよ!! 知ってどうするつもりだ!!」
「そうだそうだ!!」
「成仏でもさせてくれるってのか!! えぇ!?」
「……、」
うーん。どうするつもりか?
などと聞かれても、答えられるようなものは何も無い。
まぁ律儀にこちらが答える必要も無いのだが。
ギリリッと、もうちょい腕に力を込めてみる。
「あだだだだぁあッッ!? 分かった!! 分かったから、話すからお前も一度手を離せ!!」
「……本当ですか?」
「ほ、本当だっでででで!! 話す!! 話すから!!」
そう言うので仕方なく真城は手を離す。
解放された輪縞は、すかさず真城から距離を取ると捻られていた手を擦って無事であることを確認する。
「……それで、どうなんです?」
「容赦ねぇなてめぇ……、これを見ろ」
ズイッと顔を近づけ、再度確認をする真城。
そんな真城を見て、輪縞は引き攣った顔であるものを差し出した。
出されたもの。それは先程輪縞が数えていた札束の入った封筒であった。
「俺達は毎週十万集めて来て奴に渡すっつうノルマを課せられてる。それが払えないなら殺すって脅されてな。俺らのグループには後二人いたって話はしただろ? ……そいつらは奴に逆らって半殺しにされたのさ。今は心も折れちまって、家に引きこもっちまってるよ」
「なんで幽霊がお金を欲したりしてるんです?」
「知るか、んなもん。“地獄の沙汰も金次第”~なんて言うだろ? 大方、天国に行くのに金が必要なんだ――、痛ッ!?」
「そんなわけないでしょうが」
適当な事を言う輪縞に、真城は拳でツッコミを入れる。
何が“地獄の沙汰も金次第”なものか。
そもそも稲守は本当に幽霊になったわけでは無い。
奴は影人だ。稲守の身体を乗っ取っていたあの影人の人格が、お金を欲したとするならば、それは遊ぶ金欲しさか、或いは何らかの計画に資金として必要であったか、だ。
遊ぶ金欲しさ。
確かに影人もこの世界で暮らしていく以上はお金が必要だ。
例え“影エネルギー”の補給だけが重要で、影人の飲み食いに意味が無かったとしても、単純に味を楽しむ為の娯楽としての楽しみ方はあるはずだ。
それに、飲み食い以外でも。
お金さえあれば、好き放題遊びたい放題というのは別に人間も影人も変わらない。
だが。
少なくともあの影人は、そうではないように思われる。
最低限の飲み食いにお金を欲していたとしても、週に十万などという大金を欲する理由が分からない。
そもそも、“幽霊騒動”の噂や資料を見た限りでは、稲守の影人が目撃された場所は波嵐高校限定となっている。
もしもどこかで遊び歩いていたのなら、そういった場所でも目撃例はあるはずだ。
となると、何からの計画か。
稲守の影人が隠れていたあのゴミ山で、それらしい札束も見つからなかった。
ということは、集めたお金も溜め込まず、どこかで使うか誰かに渡している線が高いだろう。
しかし。
そのお金の行先をこの者達が知っているのか、と言えば……答えはきっとNOだろう。
となればだ。
「じゃあ、そもそもなんでアナタ達は幽霊にノルマなんてものを課せられるようになんてなったんですか?」
「………知るかよ」
「本当に?」
「本当だよバァカ!! こっちが知りてぇくらいだよ!!」
「ふーむ」
突然、口が悪くなったな。
何と言うか目も泳いでるように感じる。
これは、何かを隠してるに違いない。
或いは“本当”という事自体が嘘なのか。
真城が指をポキリと鳴らす。
それだけで、三人は後ずさる。
「――ッ!?」
そんな時だった。
突然、真城の懐から着信音が響いた。
その音に真城が気を取られた一瞬の隙をつき、三人が蜘蛛の子を散らすように一目散にかけていく。
「知らねったら知らねぇんだよ!! 追っかけてくんじゃねぇぞ!! これ以上は何もねぇからなぁ!!!!」
輪縞の声が遠くから響く。
「はぁ~」
真城は溜息を吐きながら「まぁ名前と顔は覚えたしな」と頭を切り替え、端末の画面を確認する。
着信の相手は切矢だった。
『どうした、集合時間だぞ? ……何かあったのか?』
時間を確認すると19時となっていた。
部活自体は20時までらしいのだが、今日は宿を探さなければならない事。
そして、とりあえず“幽霊騒動”は片付いた事などを鑑みて、集合の時間を19時に変更していたのであった。
あれこれと調べ回っていたおかげで、時間をすっかり忘れてしまっていた。
時間ギリギリで例の三人組を見つけてしまった事も大きい。
とにかく一度、集合場所に行くのが良いだろう。
「すまん!! 時間見れてなかった!!」
真城は思考に一区切りつける。
そして切矢に謝罪をすると同時、全力で駆け出した。
~ ~ ~ ~ ~
時を少し遡る。
それは、真城が稲守の影人を撃破した後。
切矢と合流し、山を下りている最中の事だった。
学校の上階、その開き部屋の窓から裏山を覗く一つの影があった。
その人物は遠目より真城と切矢、そして稲守の姿を確認し、
「あ~あ、あっさりやられちゃってザマァねぇの」
と、嘲笑う。
「最近生まれたばっかのくせして、好き勝手やってくれちゃって。ただでさえ行方不明事件なんつって変な話題性がある内から無駄な目撃例を増やしまくった挙句 “幽霊騒動”……なんてアホみてぇな噂を立てられる始末だ。その結果 “影狩り”まで呼びやがる」
肩を震わせ、溜息まじりに呟く人影。
その声色に乗る感情、……それは、文字通りの怒りだった。
「ホント、もう少しどうにかならなかったのかねぇ? 人様が“影狩り”に気付かれねぇ様にコツコツとやってきた仕事に対して、随分な事をするじゃねぇのさ。全くよぉ……」
人影は手元のスマートフォンを操作すると、 “ある写真”を拡大して表示する。
それは先程撮ったものの一つである。
「流石にイラついたってのもあるが、元々助けるつもりは無かったし、何だったらこのまま俺らは隠れ潜んで“影狩り”との戦闘は避ける気だったし、アイツが折角死ぬんなら全部アイツの所為にでもしてトカゲの尻尾切り~とか考えてた訳だけど……」
人影はその写真を見て先程までの怒りを引っ込めると、口元を歪ませた。
画面に表示されたもの、それは――真城晴輝の顔写真。
「アイツ、最後の最後で少しは役に立ったじゃねぇか。……あの“力”、間違いねぇ」
“黒点”と“黒鉄”が言っていた警戒対象。
そして、出来得るならの……討伐・殺害対象と言っていた人物だ。
「いいねぇ。“真城晴輝”の首でも持ってけば……俺の地位は約束されたも同然だ」
くつくつと、ひとしきり笑った人影は、
「待っていろ“真城晴輝”。……次に狩られるのはお前の番だ」
そう言って、その姿を眩ませた。




