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カゲビト  作者: 永眠布団
第三章 新たな任務

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第20話 『深影二層』



「……何!?」


 三階建てのアパート。

 その屋上から立花や生徒達の様子を窺っていた真城と切矢は驚愕する。

 それは突然の異常事態によるものだった。


 今までこれといった心配も無く立花の行動を静観していた彼らの視線の先に、突如として殺気にも似た悪意を放つ存在が姿を現したのだから。


 前触れも無く唐突に、ソレが現れた。

 いや、現れたというのには少し語弊があるかもしれない。

 何もなかったはずの場所に突然ドッと湧いて出た、そんなイメージを彷彿とさせるものだった。


 立花が三人の生徒に声をかけた時。

 生徒らが立花に挑みかかった時。

 その後すぐに立花が生徒らの戦意を喪失させた時。

 立花がいじめられていた生徒に駆け寄って、助け起こした時。

 

 それらはどれも、心配する間もないスムーズなものだった。

 何せ真城達が心配していた事は寧ろ、その助けた生徒をその後どうするのか? という懸念だったくらいである。


 この後、立花はあの生徒をこちらまで連れてくるのか?

 或いは、一度三人の生徒らとは距離を取った後、必要な情報を聞き出すのか?


 ……立花が一体どんな思惑で、あの生徒を助けるなどと言い出したのか?


 そちらの方が、重要に考えていたぐらいである。



 にもかかわらず、突如として湧いて出たソレ。

 そのまるで黒いスライムの様な不定形の塊は、すぐに人の形に姿を変えた。

 そして黒い人型のシルエットだったものが更に色付いて、波嵐高の制服を来た男子生徒の見た目へと変化する。


『ねぇ、何こんな所で油売ってんの?』


 真城達の位置からは、その顔を確認する事は出来ないが……少なくともアレがどういった存在なのかは分かっている。


 影人だ。


「おい、真城!!」


「はい!!」


 影人の姿を確認し、二人は立花のいる地点へと急行する。

 こうなっては、学校に潜入調査に来ている事が影人にバレるどうこうと言っている時じゃない。


 “影世界”へと侵入し、一直線に駆け抜ける。


 二人の脳裏に浮かぶ事。それは共通していた。

 あの影人は危険だと。


 理由は明確。

 あの影人は、初めに不定形の影の姿で現れて、人の形に変化した。

 それはつまり、あの影人には明確な実体が存在せず、肉体全てが影であるという事だ。

 

 突如として現れた影人。

 あれは、――“フェイズ4”。

 意識と肉体を乗っ取った影人が、時間をかけて肉体を影と同化させた存在だ。

 ……現状、一体どんな能力を複数持っているのかも分からない。

 “影狩り”本部が“識別名(コードネーム)”を与えるかもしれない強個体の可能性だって無くは無い。


「くそっ!! 間に合えよ!!」


 真城は戦闘用の革手袋をキッチリと装着する。

 切矢は竹刀袋を手に持って、いつでも竹刀を取り出せるように準備する。


 予期せぬ開戦になるが仕方ない。

 どの道、影人との戦闘は避けられない。



…… ……



「……ねぇ、聞いてんだけど?」


 影人は三人の生徒達へと向かって歩いていく。

 少なくとも現状、いじめられていた生徒と立花は眼中に無いらしい。


「シカトは、良くないんじゃないのかなぁ?」


 影人は片手に纏わした影を三つのゴルフボール程のサイズの黒い塊に変化させると、三人の生徒達の首に向けて射出した。


「がっ、ふ……っ!?」


「ず、ずみま、せ……――」


「息が、ぐ、ぐるじ……いっ」


 影の黒い塊は生徒達の首元に着弾すると同時に形を更に変化させ、まるで首輪の様に首周りに巻き付いて、ギチギチと首を締め付けた。

 三人は藻掻いて、自身らの首を絞めつける何か(・・)を必死で引き剥がそうと試みるも、影で出来た首輪には触れられず、自身の首を掻きむしる事しか出来ていない。


「早くしろよ、まだ今週のノルマが全然出来てないわけじゃん? こんな所で遊んでないでさ、死に物狂いで集めに行った方が良いんじゃないの? 何の為にわざわざ生かしてやってると思ってるの? 俺をイライラさせないで?」



「やめなさい!!」


 立花が声を上げる。


「……ん? 仮面の、何だ? 誰?」


 声のした方を見やり、影人は一旦手を止めた。

 “猫の面”を付けた少女を視界に捉えて、影人は首を傾げる。


「おかしいな、この状況を見ても驚いていない」


 影人は立花と、首輪で捉えた生徒達とを交互に見やって、そんな事を呟いた。


「……、」


 立花は“影耐性”を持っている。

 故に、影の変化に気付くことが可能であり、現在のこの状況も“影人が影の首輪で生徒達の首を絞めている”のだと、理解することが出来ている。

 ……だから立花は影人に、生徒への攻撃を止めるようにと言ったのだ。



 しかし、この状況を“影耐性”の無い一般人が見たのなら?



 影で作られた首輪の存在など認識出来ず、何故三人の生徒達が苦しみ藻掻いているのかが分からない。

 それこそ、この影人が“あえて”一般人にも見える様にでも影の性質を変化させていない限りは。


 ……つまり本来であるのなら、この現状を見ただけでは“生徒達が苦しんでいる理由が、目の前の(影人)によるものだ”とは理解出来ないし、確信が持てないはずなのだ。


「…………、」


 影人は考える。

 そうであるにも関わらず、確信を持って目の前の女が『やめなさい』と言った事。

 それ加えて、仮にこの状況を “原理は分からないが多分あの男が何かをしているのだろう”と察せたのだとしても、その現象に全く驚く素振りが無いというのは不自然だ。


 何の予備知識も無い一般人が、こんな状況に出くわして平常心を保てるなど、メンタルの強さ以外の問題だ。

 もし本当にそうであるのなら、危機感の欠如が疑われる事だろう。

 或いは、単純にバカなのかもしれないが。


「ふーむ」


 影人は身体を動かさず、影のみを操作する。

 自身の胸元に影をいくらか寄せ集め、――それをナイフの形にして射出する。


「――ッ、!?」


 突然の影人からの攻撃。

 それを躱すようにして、立花はいじめられていた生徒を抱えて飛び退いた。


 躱すか弾くか。

 立花に与えられた選択はそれしかなかった。

 しかしそのどちらの選択であったとしても、影人からすれば思惑通りであった事には違いがない。


 結果を見て、影人は忌々し気な顔を作る。


「お前、見えてるな。……“影狩り”かッ!!」


 突如、影人から殺気が放たれる。

 臨戦態勢に切り替わる。


 立花と影人が睨み合う。

 一色触発、激突は秒読み、となった……その時だった。



「よし、なんとか間に合った!!」


「お前らの好きにさせん!!」


 人目に付かない影から“影世界”を脱出してきた真城と切矢が、ブロック塀を乗り越えて着地する。

 ちょうど影人を、立花と真城切矢で挟む形で。


 一般人が四人もいる状況下。

 それでも相手は“フェイズ4”。

 どうにかこうにか、やるしかない。



「行くぜ!!」


「はい!!」



…… ……



 真城と切矢が気合を入れる。

 影人の一挙一動を見逃さない。

 油断なく、どうにかして速やかここで斃しきる。


 戦いの火蓋が今、切られ――、



「うああぁぁぁぁぁああああああ!!!!」


 突然、男子生徒の悲鳴が上がった。

 声の主、それはいじめを受けていた生徒だった。


 先程受けていた暴力への恐怖。

 或いは、目の前で突然苦しみ出す生徒達を見たからか。

 男子生徒はパニックを起こすと、横で身体を支えていた立花を振り払い、一刻も早くこの場所から離れたいと言わんばかりに一目散に駆けていく。


 状況が飲み込めず、また戦闘の為の一挙一動に意識を割いていた真城と切矢、影人が動けずにいる中で、次に動けたのは立花だった。


「ま、待って!!」


 男子生徒が無我夢中で人のいない開いた空間を見つけて突っ切ると、そのまま裏門へ目掛けて駆けていく。

 そしてそれを、立花が全力で追いかける。


「ごめん、後お願い!!」


 真城と切矢に向けて簡潔に謝罪をし、視界から立花もいなくなる。


 立花という戦力が抜けてしまった事は悔やまれるが、それはそれとして一般人が一人いなくなってくれた事はありがたい。

 後は残りの三人がこの場からいなくなってくれたなら、こちらも全力で戦える。

戦う為の、舞台が整う。


「先手必勝!!」


 切矢が一瞬の隙をつき、影人へと肉薄する。

 大きく一回転させた回し蹴り。その踵が影人の顔面を捉える。


「――ッ、!?」


 ガンッ、とおおよそただの蹴りとは思えない程の衝突音を響かせて、影人の身体が大きく仰け反る。

 音からして、影人も影を硬化させて守りを固めたのだろう。

 しかし一瞬、不意を突かれたが為か、咄嗟に防御体勢へとした為か、生徒ら三人の首を絞めていた影の首輪が霧散する。


「早くどっか行け!! 邪魔だ!!」


 得られたチャンスは逃さない。

 ゲホゲホと咳き込んで膝を付く生徒らへ向かって切矢は怒鳴りつけると、次いで影人と生徒らの間に割って入って、再び影に捕縛されないように気を配る。


「早くしろ!!」


 切矢の剣幕に押されてか。

 或いは、影人による束縛から解放してもらった感謝か。

 将又、とっととこの場所から逃げ出したかったのか。


 切矢の言葉に無言で頷き、三人はフラフラとした足取りではあるものの駆け足で裏門へと逃げていく。


「おい、待てよ!!」


 影人が影の球体を生み出して三人へ向けて射出するも、その球体は真城と切矢によって阻まれる。


「チィ……!!」


「……これでようやく戦えるな」


 切矢が竹刀を抜いて構えをとる。

 真城も両手を構えると、踏み込むタイミングを見計らう。


 ここは校舎裏。

 有難い事に人気も無い。

 この場所が見えるような窓も校舎には付いていない。

 うまい具合に高い木とブロック塀があるおかげで、意識して見ようとでも思わない限りは外から見られる事も無いだろう。

 元々、生徒達がいじめの現場に選ぶくらいの場所である。

絶好の戦闘エリアだ。


「……お前が、“幽霊”だな」


「あぁ!?」


 真城は影人の顔を確認して理解する。

 その顔は、本部で見た“稲守賢史(いなもりけんし)”の顔と一致する。

 間違いなく、この影人が“幽霊騒動”の元凶だ。


「俺の邪魔をしに来たのか、――鬱陶しいなぁ!!」


 影人は真城の言葉など意に返さず、二人へ向かって牙をむく。


「死ねや!!」


 影人の身体が弾け飛ぶ。

 黒い不定形の影の塊が、いくつもの槍へと形を変えて降り注ぐ。

 が、それを真城も切矢も難なく回避する。


(……間違いない、やっぱりこいつは“フェイズ4”!!)


 真城が前回に戦った“フェイズ4”。

 その影人も同様の攻撃をやってきた。

 まず間違いなく、これは“フェイズ4”固有の攻撃方法なのだろう。

 実体を持たない“フェイズ4”(もしかすると“フェイズ2”も)にしか出来ない芸当だ。


(でも……)


 真城の脳内に、湧く小さな疑念。


(経緯からして、稲守が影人になったのは夏休みの間だ。行方不明になった日時から今日までを計算しても、一月とちょっとしか経ってない。……本当にこれだけの期間で“フェイズ4”になれるのか? そんなに早く、肉体は影と同化出来るのか?)


 しかしその時、真城の頬スレスレを影の槍が通過する。


(いや、今は考えるのを止めよう。……考えながら相手出来る様な奴じゃない!!)


 真城は覚えた一抹の不安を払拭する。

 影人との戦闘へ向き直る。



 影の槍は地面へと突き刺さると、更に触手の様にその形を変化させ、うねって切矢と真城をつけ狙う。

 目的は二人の捕縛だろう。

 二人の動きを封じれば、槍が格段に当てやすくなるからだ。


 しかし、そんな影人の考えを読み取れない二人じゃない。

 切矢は竹刀を、真城は拳を振るって影の槍と触手を躱しつつ、隙を見て一つ二つと破壊していく。

 複数の槍と触手、それらを全て操作する為に脳のリソースを割かれている為だろう。操作に夢中になるが故、影の硬化がおざなりだ。

 この程度の硬化なら、或いは直撃を受けたとしてもこちら側がちゃんと影を硬化させていれば、まず無傷で済むだろう。


 この影人、全体的に“影操作”の練度が甘い。


「く、クソが!!」


 いつまでたっても真城と切矢を仕留められないと理解して、影人は影の塊を一つに集めると、再び人型へと変化する。

 このまま一方的に影を砕かれ続ければ、それは影人の命に直結する。


 影人が両腕を鞭に変化させて振るう。

 全身を、鞭を含めて全力で硬化させ、一気に勝負をつける算段か。

 しかしそれでも――、しなる鞭の攻撃をかいくぐり、真城と切矢は共に打撃と斬撃を叩きこむ。


「ぐっ――、が……はァ!?」


 影人は二人の攻撃を諸に受けると、呻き、よろめく。

 しかしそれで終わりじゃない。

 真城と切矢は、自分達の方が優勢であると見るや、追撃とばかりに更に一撃二撃と畳み掛ける。


(行ける!! ……この影人、弱い!!)


 もちろん最後まで油断はしない。

 今までそれで痛い目を見ている以上、しっかりと最後まで気は抜かない。


 しかし、それでも“フェイズ4”が相手だと理解した当初よりは幾分か気持ちが軽いのは確かである。

 真城が以前よりも強くなった事。

 切矢という心強い味方がいる事。

 だがそれを踏まえても、“フェイズ4”を相手にこれほどまでに一方的な戦いが出来るとは思ってもみなかった。


 影人はまだ“影操作”以外の能力を使用していない。

 彼が“フェイズ4”である以上、まだ何らかの能力を隠してはいるのだろう。

 しかし、わざわざその能力を使うまで待ってやる義理は無い。

 このまま一気に倒しきる、それこそがこの戦いの最善手。



「こ、の……ッ!! こんな所で」


 影人の身体が不定形に変化する。


「死んでたまるかああぁぁぁああああああ!!」


 流体となった身体が、真城と切矢の攻撃を受け流し、すり抜けて移動する。

 二人は互いに距離を取りつつ攻撃の機会を窺うが、影人は流体の身体を保ったまま高速で地面を這いずりまわる。

 そうして、近くの木陰へと一直線に移動して、


「しまった、あの野郎“影世界”に!!」


 “影世界”へと逃げていく。


「真城、追うぞ!!」


「はい、絶対に逃がさない!!」


 真城と切矢は互いに見合って頷くと、迷いなく自分らも“影世界”へと飛び込んだ。



…… ……



 舞台は“影世界”へと切り替わる。

 一面が灰色一色の世界で、真城と切矢は影人を追いかける。


 障害物の一切無い水中、或いは宇宙空間のような世界を三人は一直線に進んで行く。

 水平に、ではない。

 しかし垂直降下ではないにしろ、緩やかに、だが着実に“影世界”の下方向へ向かって進んで行く。


 周りの景色。

 灰色一色だった世界が次第に暗さを増してくる。

 “影世界”も水中と同様に、地上に近く浅ければ浅いエリア程、太陽の光が届く為に明るくなり、深く潜れば暗くなる。

 ……しかし、


「くそ、アイツ一体何処まで下に潜る気だ!? ……このままじゃ」


 影人との距離が縮まらない。

 ジリジリと、僅かに少しずつ近づけてはいるものの、これではいつ影人を確保出来るのかが分からない。

 そんな状況に、切矢は舌打ちをする。


 障害物が無い以上、距離を詰めるには単純な移動速度の速さだけが物を言う。

 影人と真城達との距離がもっと近ければ、後ろから攻撃を叩きこむなりして妨害し、影人の足を止めさせる方法も使えただろうが、距離がある今の状況では無理だろう。

 こちらの攻撃が届かないどころか、攻撃を当てるために移動を疎かにしたが最後。更に距離を離される。



 “影世界”の内部では、何故か人間や影人の肉体はハッキリと視認が出来る様になっている。それは例え、“影世界”の浅いエリアだろうと深いエリアだろうと関係ない。

 まるで肉体が光でも発しているかの様に、その身体がある場所を我々は認識する事が出来るのだ。(もちろん、あまりに距離が離れすぎている場合はその限りではない)


 ……にも関わらず。

 あの影人は何かがおかしい。

 本来は難なく視認出来る距離にいるはずの影人の身体が、見えにくい。


 何と言えばいいのだろう?

 それは例えは、先程述べたような『肉体が発している光』が極端に弱く、淡い。

 或いは、認識を阻害する黒いモヤのようなものによって、こちらの視界を邪魔している。……かのような。

 これではまるで人ではなく、“影操作”で操作されている影の塊を見ているかの様だ。


「この……ッ!!」


 しかし、それ故にマズイのだ。

 これ以上距離が離れれば、影人を見失う。見失ってしまう。

 

 

 真城と切矢は全力で足を動かす。

 影で足場を作っては、それを蹴って推進力を底上げし、更にその合間でバタ足と平泳ぎの様な水かきで、無我夢中に前へ前へと移動する。


 後少し。


 もう少し。


 もうちょっと。

 

 そうして、段々と距離が縮まって……、


『ビーッ、ビーッ、ビーッ!! 警告!! 警告!!』


「な!?」


「マジかよ!!」


 後ちょっとの所で、真城と切矢の持つ専用端末がけたたましい警告音を響かせた。


「クソ……ッ!!」


 警告音。

 その音の正体を真城達は知っている。



~   ~   ~   ~   ~



 “影世界”と名付けられた影の中にある世界。

 その広大な影の領域がどれほど深くまで存在しているものなのか。

 それは現在、“影狩り”にも分からない。


 海底ならぬ影底(えいてい)

 “影世界”には底と呼べるものは果たして存在しえるのか。

 将又、仮に“影世界”に影底があったとして、水深ならぬ影深(えいしん)は何m……いや何十、何百、何千mあるのかも未だ判明していない。


 しかし。

 そんな分からない事だらけの中で、“影狩り”が基準を設けたものが存在する。

 それが、影深0mから200m毎に三段階で分けられた“影世界”の三つの層。


 深影(しんえい)一層。

 これが影深0~200m内の“影世界”エリアの事を言い、真城達のような全身“影纏い”が可能な人間であるのなら誰でも侵入が可能な場所。範囲の事である。

 どこを見ても灰色一色の世界だ。


 深影二層。

 これが影深200~400m内の“影世界”エリアの事を言い、『影世界専門部隊』など一部の人間。全身“影纏い”が一定のラインをクリアした等の優秀な者のみが潜ることを許可される範囲の事。

 周りの景色も暗くなり、灰よりも一段階、二段階と濃い灰色の世界である。


 海水などであるのなら、有光層と呼ばれる光の届く範囲は水深200m程であるらしく、一般的にはこの200mから下の海域帯を“深海”と呼ぶそうな。

 しかし“影世界”の有光層は、この深影二層の400m地点まで存在する。


 その理由は果たして、“影エネルギー”が水よりも透過率が高いのか?

 或いは“影エネルギー”に、光をある程度閉じ込めて逃げづらくする様な性質でもあるのか?

 ……それすらも分かってないという、分からないっぷりである。


 そして最後に、深影三層。

 これが影深400m以下の“影世界”エリア全ての事を言う。

 “影狩り”でも立ち入りが禁止され、まず許可の下りる事の無い未知のエリアだ。

 その景色は黒一色で、海でいうところの無光層に当たる部分。

 深影一層、二層と比べて遥かに高い濃度の“影エネルギー”に満ちており、また水圧と同様に強力な圧が全身にかかる為、人が作る全身“影纏い”の硬度では(例え“黒鉄”でも)押しつぶされて即“フェイズ5”……という地獄のような環境となっている場所である。



~   ~   ~   ~   ~



 鳴り響く警告音。

 それは、真城達がもうすぐ深影二層へと突入しかねない為に、それを止めようとして鳴ったアラームだ。

 

 “影狩り”の職員に渡される専用端末。

 それには“影世界”内部での深度を測定して知らせる機能がついている。


 深影二層への侵入許可が“影狩り”本部より出されている『影世界専門部隊』などは、深影二層突入時のアラームを解除してもらえるのだが、残念な事に真城も切矢も深影二層へと降りれる許可を持ってないという……それ故の事態だった。


 しかし。


「後少し行けば、影人を捕まえられるのに!!」


「ここで逃がせば、更に被害が!!」


 影人は目前で、後もう少しの頑張りでどうにか斃せる所だったのだ。

 

((……どうする!?))


 許可無く深影二層へ突入してでも影人の逃亡を阻止するか。

 或いは、深影二層を危険と判断して影人の追跡を諦めるのか。

 真城達は、早急な選択を迫られる。


 深影二層は危険である。

 神崎が真城達に侵入許可を出さないのは、何も二人が気に食わないからじゃない。

 二人の“影纏い”の硬度や使用時間、その他諸々の判断材料から鑑みて、まだ無理だとそう判断されているからだ。


 ここは“影世界”。

 それは言わば、海中や宇宙空間にいるのと変わらない。

 人間は海中や宇宙空間では生きてはいけない。

 呼吸が出来ないのもそうではあるが、単純に身体がその環境で暮らせるようには出来ていないからである。

 だから人間はそこへ行く為に、潜水服や潜水艦。宇宙服やロケットなどを利用する。


 潜水服、宇宙服。

 それは“影世界”でいうところの全身“影纏い”に該当する。

 深影二層の圧を受けて“影纏い”が砕けるという事は、それ即ち深海で潜水服が……宇宙空間で宇宙服が……破損するのと同じ事。

 言うまでもなく、危険極まりない事態である。


 真城や切矢は“影耐性”を持っている。

 “影エネルギー”に少し触れたぐらいなら、いきなり“侵食率”が跳ね上がり“フェイズ5”になる事は無いだろう。

 しかし、その“影エネルギー”が深影二層のものであるのなら?

 深影二層にある“影エネルギー”の濃度なら、例え“影耐性”を持っていても“そう”なる可能性。危険があっても不思議じゃない。

 後の問題は、その触れていられる時間が……どれくらいまでなら問題無いのか、という事だ。



 そんな風に迷っている内に、先を進む影人が深影二層に突入していく。

 影人だって危険が無いわけではなかろうに。

 或いは知らないのかもしれないが、……“影狩り”から逃れる為だけに大胆な事をするものだ。


 後残り……10m。

 9、8、7、6……。


 迷いながらも、それでもここまで来て止められない。

 こうなればすぐにでも影人を捕まえて、安全圏内まで無理やりにでも引き上げる。


 そう、切矢が考えていた時だった。


 ――ビキリッ!!

 ――ビキッ、ベキベキッ!!


 と切矢の纏う影が、軋んで音を鳴らした。

 未だに警告音が鳴っているにも関わらず、その音は切矢の耳元に――鮮明に届いた。


「――ッ、!?」


「切矢さん!! 後は俺が追いかけます、先に上昇してください!!」


「……だが!!」

 

 切矢の反応を見て取って、切矢の“影纏い”が限界であろう事を察した真城はそんな事を提案する。

 真城が切矢の状況を察せた理由、それは真城の“影纏い”も同様に軋んでいたからだ。


 しかし、それでも、真城は止まる訳にはいかない。

 前回の任務で、影人を逃がしてしまったが為に事態が悪化してしまったという失態が、真城の身体を突き動かしているからだ。


 真城は無理してでも追いかける。

 それは確定事項。

 だが、そんな事情に切矢まで巻き込む訳にはいかない。

 ここで二人とも下手なミスをして、はいお終い……なんて事にはしたくない。

 それにもし、これで真城が失敗した場合でも切矢が無事なら、……切矢と立花が無事であるなら任務は十分続行可能なはずなのだ。


 それに、真城だって無策という訳じゃない。

 十分に成功出来る可能性。ある策を持っている。


「俺に考えがあります!! 何とかアイツを外の世界へ引き上げます!!」


「……、分かった。信じるからな!!」


 瞬間、切矢は身体を翻すと“影世界”を上昇する。

 昇る事と“影纏い”のみに意識を集中し、“影エネルギー”の侵入を食い止める。



「うおおぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!」


 切矢から言葉を受け取って、真城は尚も全力で影人を追いかける。

 纏った影が悲鳴を上げるが関係無い。

 勢いを殺さぬまま構わずに、深影二層に突入する。



 もし仮にあれ以上、切矢が追いかけて来る事を選択していたとしても、どの道、深影二層に入る前には真城が無理に制止させていた。

 “影世界”は、上昇するのにだって当然時間がかかるのだ。


 それこそ、水中で息が続かずに一度息継ぎをする為に上昇するのと同様だ。

 下手に深く潜ったが為に、息継ぎの上昇が間に合わなくて溺水……なんて事はよくある話。

 

 全身“影纏い”の軋み具合と、“影世界”を脱出する為の時間。

 その時間を念頭に置いておかねば、事故死する可能性が飛躍的に上昇する。

 少なくとも切矢には、真城の持つ“策”よりも早く上昇する手段は無いはずだ。


 影人の姿を、目と鼻の先に捉える。

 手を伸ばせば、届く距離。


「捕まえ――ッ」


 もう一歩分、背を伸ばし、


「たああぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」


 影人の片足を、右手で掴んだ瞬間に。

 真城は右手の“力”を、――発動した。



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