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カゲビト  作者: 永眠布団
第一章 プロローグ
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第1話 『プロローグ』



 “ドッペルゲンガー”

 誰もが一度は聞いたことのある都市伝説・怪奇現象。


 自分の目の前に同じ顔の人間が現れる。そんな現象。

 只それだけなら何も怖くない。

 世の中に三人は同じ顔の人間がいるとも言うし、一卵性双生児だって同じ顔だ。


 なら、“ドッペルゲンガー”の何が恐ろしいのか。

 それは、“ドッペルゲンガーにあった人間は死ぬ”という一点に尽きるだろう。

 誰しも自分が死ぬのは嫌なものだ。



~   ~   ~   ~   ~



 深夜、しんと静まり返った夜道には既に人通りは無い。

 時刻は2時を回っている。

 そんな静けさを遮る様に、一人の女性が路地を駆ける。


(気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い)


 ガタンッ、と。

 女性は立てかけられたダンボールを蹴飛ばすが、気にする余裕はとうに無い。

 その顔は、今まで感じた事のない不快感に歪む。


 今日も何の変哲もない、ただの一日だったはずだ。

 いつものように起き、仕事へ行き、そして帰る。……それだけ。

 それだけだったはずだ。


 確かにここ最近、異変を感じなかったといえば嘘になる。

 しかしそれも、誰かに見られていると感じる程度のものでしかなかった。

 それが……、それが……、


「みーつけた」


 突然の声に、駆けていた足が止まる。


「どーして逃げるのー? ヒヒッ」


 誰が信じるだろう? 目の前にもう一人の私がいるなんて。

 誰が想像できる? 自分と同じ顔で、自分のしない表情で、顔を歪める自分の姿を……。


「い、いや……」


 女性は体を反転させると、来た道へ走る。

 あれには関わりたくない、危険だ。

 感情だけじゃない、本能がそう告げている。


「まーた逃げるのー? 飽きちゃったなぁ」


 後ろから聞こえる声に耳を塞ぐ。

 聞こえない振りをする。

 逃げるしかない。


「……!?」


 しかし、来た道を走る彼女は目撃する。

 自分と同じ顔をした“それ”が、今はもう後方にいるはずの“それ”が、一瞬にして自分の目の前に移動しているという事態を……。


 この道は一本道だ。

 何処にも先回りできる道はない。


「いやぁ~だなぁ~。 飽きたっていったじゃ~ん」


 ニタァ……と顔を歪めた“それ”の言葉を聞き、理解する。

 まるで人間とは思えぬ移動をしてみせた“それ”が人間ではないのだという事を……。


「いや……」


 その後に響いた叫び声は、しかし誰の耳にも届くことなく夜の虚空へと消えた。



~   ~   ~   ~   ~   



「最近さ……。行方不明になる人、多いよね」


 誰かが囁く。


「噂なんだけどさ、意識不明で病院に担ぎ込まれる人が増えてるみたい。

全然意識が戻らないんだって……何かヤバい病気が流行ってるんじゃないかって」


「……ねぇ、聞いた? 昨日も一人いなくなったって話」



 “ドッペルゲンガー”


 そんな都市伝説が蔓延する小さな街。

 凪原町(なぎはらちょう)


 都市部からは距離があり、休日の昼間だというのに人通りも少なく静けさが漂う。


 何故そんな都市伝説が有名になってしまったのか?


 現在、ここ日本では二つの奇妙な事件が問題になっている。


 一つは、失踪や行方不明といった事件の増加。

 そしてもう一つは、意識不明の入院患者の増加。


 奇妙というのも、これらの事件には関連性があり、意識不明として病院へ担ぎ込まれる患者の多くは失踪・行方不明扱いとなっていた者がほとんどであるという点だ。


 ニュース番組などで大きく取り上げられた事も要因だろうか、現在の日本においてこれらの問題はすでに周知の事実となっていた。


 週刊誌、オカルト誌なども取り上げた事で、一部の者達の中でお祭り騒ぎとなっていたのも最近の事のように思う。


 しかしそれも、関係の無い人間からすれば対岸の火事。

 一向に問題が解決しないとはいえ、次第に鳴りを潜めていった。

 頭の隅には入れつつも、自身と関係のないことである以上は“他人事”。



 しかし、この街では違ったのである。


 凪原町。

 その街の一角に佇むアパート。

 木造の二階建て。所々の木材は痛んでおり、一部鉄骨で補強がなされているものの、それさえも所々が錆ついており不安感を拭えきれない。一言でいえばボロボロだ。


 そんなアパートの一室で暮らす一人の男。

 真城晴輝(ましろはるき)。19歳。大学生。

 特に目立った長所も無く、外見だって良く見積もっても中の上と言ったところだろうか。


 部屋には脱ぎ棄てた衣類やらゴミ袋が散乱し、開いた袋からは空のカップ麺、コンビニ弁当などが伺える。

 敷いた布団はシワにまみれ、掛布団は明後日の方で丸まっている。

 部屋は二階の一室で、キッチンと6畳間の1K。風呂とトイレは別となっており、徒歩5分とかからずにコンビニに行くことも可能。

 木造のボロアパートということに目を瞑れば住みやすい環境といえるだろうか。

 一人暮らしで親からの仕送りも少なく、バイト生活に明け暮れる青年だ。



 真城晴輝は携帯の時計を確認すると舌打ちをした。

 今日もこれからバイトに向かうことになっているからだ。

 何も変わることのない日常にため息がこぼれる。


 どうしてこんな事になってしまったのか?

 変わらない日常。

 ただ同じ事を繰り返すだけの毎日に嫌気がさす。


 ふと、こうなった原因が頭をよぎる。



 真城晴輝の両親は医者である。

 それも、地元で知らない人がいない程の有名人。

 小さい頃から両親によって厳しく指導された真城は、将来を期待されていた。

 真城自身もそれに答えようと頑張っていた事を覚えている。

 両親の医者としての姿に憧れを抱いていたのも大きかったかもしれない。


 子供の頃、真城晴輝は交通事故にあい、生死の境を彷徨った事がある。

 意識不明で一年近く寝たきり状態となった程だ。

 だがそれも、医者たちの活躍によって一命を取り留めることができた。


 すごい……、それが真城の感想だった。

 自分もいつしかこうやって人を救いたいと、両親のようになりたいと思った事か。


 しかし現実はそうはいかなかった。


 ……要は馬鹿だったのだ。


 勿論、馬鹿でどうしようもない……というほどでもないのだが、成績が平均よりも上にいくことが出来ない。

 それどころか、頻繁に赤点を取るせいか、クラス内でも下から数えた方がはやい。


 そしてそれは、自分の夢を叶える事、両親のように人々を助ける医者になる、という“夢”には圧倒的に不十分だった。


 夢を追っていたのは小学生の頃までだっただろうか。

 中学から高校にあがるころには医者の夢を諦め、高校を出る頃には別の形で人々を助ける仕事を模索し始めていた。

 周りを知り、自分の才能の無さを自覚した真城は夢を妥協したのだ。

 ……しかしそれでも、


 “人の役に立ちたい”


 “困っている人を助けたい”


 そんな思いだけが楔のように突き刺さり、呪いのように募っていった。


 大学受験。

 真城は第一志望、第二志望と落ち続け、最後に残った滑り止め校に合格する。

 真城は仕方なく、その大学へと通う事を決めた。


 当時の真城は、志望校に落ちつづけた事を友人や知り合いから茶化されたくなかった。

 理由は明白。

 クラスメイト含め、周りの人間は真城の両親を知っている。

 小中高と過ごしてきた真城は、事ある毎に両親と比較されることに心が折れていた。


 真城は逃げるように我が家を離れ、大学付近のアパートで一人暮らしを始めた。

 元々一人暮らしには憧れていたし、勉強に厳しかった両親と別れて自由に暮らしてみたかったのも本音。

 何より、両親と比べられる日々に疲れ切っていた。

 両親の期待に応えられない自身が恥ずかしかった事もある。


 今思えば、その願を叶える為にわざわざ遠い大学を滑り止めとして入れ、まんまとその大学に受かった。

 ……そんなところだろうか。

 考えすぎかもしれない。


 大学が遠かった事もあり、案の定、両親を説得するのに苦労はしなかった。


 勿論、志望していた大学に行きたくなかった、というわけでもない。

 滑り止めが本命だったなどと言うのは、今の真城が思う仮説にすぎないし、ただ単に負け惜しみで、言い訳を言っているだけかもしれない。


 人間誰しも自分の事を理解している様でしていない。

 昔の自分が、何故あの時あんな行動をとったのか? なんて思い返してみれば、案外分からない事の方が多い。


 実際、昔の真城は間違いなく第一志望校を目指して猛勉強をしていたし、その大学には自分の興味のある分野の授業が行われる為に、興味もあった。


 滑り止めであっても興味の分野が授業としてあるものの、その数は少ない。

 質も格段に落ちる。

 当時の真城は間違いなく第一志望を狙っていたはずである。


 現に今、大学へと入学したものの、気が乗らず勉強にも身が入らない。

 やりたい勉学を習うなら授業を受けるよりも個人で専門誌を買って勉強してしまった方が良いと思うこともある。

 わざわざ知り合いのいない大学を選んでいるのだから当たり前だが、話し相手もいない。

 せっかく周りから話を振られても会話が上手く続かない。

 まぁ元々コミュニケーション能力がある方でもないのだが……。


 その上、サークルに参加することもなく授業をサボってバイトをしていた為に、大学生活は半年もかかる事なく完全に一人、孤立していた。


 最近では大学に足を運ぶことさえなくなった。

 留年確定である。


 もう三日もすれば大学も夏休み期間に入る。

 すべての授業が終了すれば成績も出る。

 成績が出れば、両親にも報告がいくことだろう……。

 怖い……。

 『一人で暮らす事に手間取った』なんて言い訳が通るだろうか?

 下手をすれば家に連れ戻されることもあるだろう。

 短い一人暮らしであった。


「……まぁ、今さら考えても意味ないか」


 真城は巡らせた思考を停止させると、時間が無いことを思い出してバイトへと急いだ。



~   ~   ~   ~   ~   



「おはようございます!」


 真城は慌ててバイト先に駆け込むと、店員に聞こえるように大きく挨拶をする。

 バイトは近くで出来るコンビニに決めた。アパートのすぐ近くにもコンビニはあったがそこは避けた。

 自分も利用するコンビニで働きたくないという簡単な理由だ。


「あぁ真城くん。おはよう」


「おはようございます。店長」


 真城は店長に頭を下げると、ふと店員の様子がおかしいことに気が付いた。

 不自然な空気を感じ、店長に話しかける。


「……何かあったんですか?」


「松田さん、いるだろ」


 松田というのは、この店で働く店員の一人だ。

 かなりの古株で、真城も働き始めた頃からよくお世話になっている。

 優しいおばさんだ。

 そういえば今日のシフトには松田さんも入っていたはずだが、どこにも見当たらない。


「もしかして体調不良ですか?」


 慌てて聞き返すが、店長の「松田さんの娘さんが、行方不明なんだそうだ」という言葉を聞いて察しがつく。


(……またか)


 真城は頭の片隅が痛くなるのを感じた。

 店員のおばさん達の会話からは“ドッペルゲンガー”という単語が否応なく聞こえてくる。


 この街の人間は、人が行方不明になる度に“ドッペルゲンガー”だなんだと騒ぎ立てる。

 真城がこの街に来てから数か月、耳に入った行方不明者の数だけでも三人目。

 真城自身が知らない所でも起こっていると考えると少し多くも感じるが、それは何かしらの事件に巻き込まれるといった人為的なものであって、決して“ドッペルゲンガー”などといったオカルト的なものではないはずだ。


 “ドッペルゲンガー”などといった怪奇現象は、あくまでも都市伝説の一つにしかすぎないし、きっと何処かの誰かがそういった事件をオカルトと結び付けて面白がっているに決まっている。


 最近知った事ではあるが、実際にこの街では四年ほど前に『俺がもう一人いる』と言って半狂乱になった学生がおり、その数日後に行方不明となったらしい。

 近隣の住民や学生達の間では、その学生の言動からか“ドッペルゲンガー”に殺されただの攫われただのと大変な騒ぎだったらしい。


 確かにこういった奇妙な事件があると色々と噂をしたくもなるのだろう。

 いまだにその学生が見つかっていない事や家族の事を思うと不謹慎極まりないだけに、この事件が噂の根幹にあるのだと思うとたちが悪い。


 おかしな街だ。

 日々思う。

 もし、そのドッペルゲンガーに出会えば考えが変わるのだろうか?


 ……いや、やめておこう。

 普通に考えて、ドッペルゲンガーなんてありえない。

 そもそも、何故死ぬのか?


 ドッペルゲンガーに殺されるとでも言うのか?

 バカバカしい。

 それとも出会った瞬間に心臓発作、……なんていう呪い的なアレなのか、精神的なアレなのか。


 なにもこんな街に来たかったわけではない。

 いや、この街のことをよく知らなかったと言うべきだろう。

 こんな街だと知っていれば引っ越しなどしてこなかった。


 一人の行方不明者が出る度に一、二週間はその話題で持ちきりだ。

 初めは噂なんて気にはしなかったが、毎日のように聞いていると嫌になってくる。

 いくら真城が“人の役に立ちたい”、“困っている人を助けたい”などという夢を持っていようとも、こういった話は専門外……、警察の領分だ。

 そんなこと、考えるまでもなく心得ている。

 わざわざ自分から首を突っ込もうなどと、危ない橋を渡ろうとは思うまい……。


 親を説得して街を移るか?

 しかし、真城には理由がない。

 この街から離れるということは、大学から離れるということだ。

 大学へ行く為と言ってこの街に来た手前、そんなものは理由にならない。


 両親に噂のことを話すか?

 これも駄目だ。

 真城自身、オカルトや噂の類を信じないように、両親もまた然りである。

 そんなに嫌なら家に帰ってこいと言われかねない。



…… ……



 そんな事を考えていたからなのか、バイトの時間はすぐに経過した。

 時間が経つのも早いものだ。

 真城は店員に別れを告げると、アパートへの帰路につく。


 少し腹が減った。

 帰り道の途中にあるコンビニに入り、から揚げを二つほどとカップメンを購入する。

 確か今日の朝ごはんにと炊いた白米が残っていたはずだ。

 それと合わせて、今日の晩飯にしよう。


 帰宅して一息つく、携帯を確認すると着信が一件、メールが一件届いている事に気付き、着信履歴を確認する。


 そういえば大学には知り合いもいなければ、連絡先の交換をした覚えもない。

 バイト先からだろうか? 何かしらのミスに気付いた店員が連絡をよこしてきたか?

 あるいは親? 今期の成績について親が連絡をよこしたのかもしれない。

 ……ヤバい。



 しかし、そこに表示されていたのは『原田一喜(はらだかずき)』という名前だった。

 親からの連絡ではなかった事に安堵する真城。


 原田というのは真城が、中学・高校を共に過ごした友人の名だ。

 親友といってもいいかもしれない。

 誰にでも優しい奴で、真城にさえも親しく接してくれた数少ない人物。

 見た目も中々のイケメンで高身長、頭もいい。

 大学は偏差値のかなり高いところに行ったらしく、真城自身も一人暮らしを始めた為に、高校を卒業してからは一度も会っていない。

 確か、原田も実家を離れて一人暮らしを始めていたはずだ。

 懐かしい。


 原田と遊んでいた頃は楽しかったし、何より楽だった。

 原田は真城が医者の息子と知ってなお、変わらずに接してくれた。

 真城の成績が悪くとも決して馬鹿にしてはこなかった。

 心の許せる人間が一人いるだけで、今の生活からは考えられない程に充実していたと思う。


 きっと何かしら真城に伝えたいことがあるのだろう。

 すぐにでも連絡を返してやるとしよう。


 真城は少し嬉しい気持ちになり、届いているメールも確認する。

 メールの差出人も『原田一喜』と表示されていた。

 これは余程のことらしい。


 ……まさか『彼女ができました』なんて報告じゃないだろうな? 

 もしそんなメール文なら『爆発しろ』とでも送ってやるとしよう。

 久々に何か飯でも食いに行こう、といったお誘いかもしれない。

 残念だが今は金に余裕が無い。……そうなると断るしかないが、どうしたものか。



「……なんだ? これ」


 しかし、そんな浮かれた気持ちも、メール文を見た途端に吹き飛んだ。


 そこには、簡潔にまとめられた文章でこう書かれていた。




『助けて、殺される』



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