第2話 未来
どれ程の時が流れたのだろうか。
和夫は、見知らぬ街の中を夢遊病者のごとく、只一人歩いていた。
和夫が歩いている街は眩いばかりに光り輝き、買い物客やビジネスマンでごった返していた。
街にたたずむ店々のショーウインドのガラスには、店で売られている品々の宣伝が立体的に映し出され、まるで実物であるかの様であった。
そして、街を忙しく歩くビジネスマンの頭上に円盤型の物体が浮遊し、そのビジネスマンが進む方向と同機して誘導していた。
また、買い物客らしき通行人のほとんどは、アジア系の外国人や老人が占めていた。
その中を和夫は、眩い光が目に入りながらも、無意識の状態のまま歩き続けていた。
歩き続けて行く最中、通行する買い物客やビジネスマンは、和夫の歩く姿に奇妙な物を見るような眼差しで眺め、通り過ぎて行った。
和夫は、人混みの中を漂い歩きながら、何度か通りすがりの買い物客やビジネスマンと肩がぶつかりはしたものの、それでも無意識の状態まま歩き続けいていた。
和夫は、街の繁華街を何ブロックか歩き続け、あるビルの角に差し掛かった。そのビルの角の左側から時間に追われ、駆け足で走って来る黒服のビジネスマンがいた。
そのビジネスマンは、左脇に封筒を挟んでいた。
そして、ビルの角を通り過ぎた瞬間、
「ドカン!」
と、そのビジネスマンと和夫は衝突してしまったのだった。
その衝突の勢いで、和夫は右側に吹き飛び、歩道に倒れてしまった。
衝突したビジネスマンもその勢いで後ろ側に倒れ、尻もちを突いた。
そして、左脇に挟んでいた封筒が歩道に落ち、封筒の中に入っていた書類が辺り一面に散らばった。
「よく前を見て歩け! ジイさん!」
とビジネスマンは和夫に怒りの罵声を飛ばした。
和夫もこの衝突で我に返り、ビジネスマンとぶつかったことに気がついた。
そして、辺り一面に散乱した書類を拾いながら、
「申し訳ない。ボーとして歩いておった」
と意気消沈しながら声を出した。
「ジイさん。気をつけて歩けよな! 俺は、重要な会議へ急いで行かないといけないんだ」
と不機嫌そうに言った。
和夫は、歩道に散らばった書類を拾い封筒に入れると、ビジネスマンに手渡した。
ビジネスマンは、その封筒を受け取ると、足早にその場を立ち去った。
和夫は、怒りをあらわにしたビジネスマンがいなくなったことに安心してか、その場に立ち尽くした。
ふと、足元を見ると、先程のビジネスマンの書類が、まだ落ちていることに気がついた。
そして、その書類を拾い上げると、立ち去ったビジネスマンの方に目を向けた。
しかし、そのビジネスマンの姿はもはや見当たらず、和夫の手にはその書類のみが残った。
「まだ、書類が残っておったわ」
「さっきの人は、もう見当たらないのう」
「あぁ、どうしたものか・・・」
とため息交じりに独り言を漏らした。
「仕方がない。取りあえず預かっておくとするか」
と独り言を呟き、書類を四つ折りにして、ズボンのポケットに押し込んだ。
和夫は、ビジネスマンと激突し、倒れた際に頭を地面に打ちつけたためか、体がふらつくのを感じていた。
それでも、この場から早く立ち去りたいという衝動に駆られ、左右に頭が揺れるのを感じながらも歩き続けた。
繁華街を1ブロック程歩いた時、前方に横断歩道が見えた。多くの人々が、横断歩道の信号が赤から青に変わるのを待っていた。
その場所に和夫がたどり着くと、なぜか横断歩道の前で信号が変わるのを待つ人達は和夫を避けるように横に移動した。
和夫は、なぜ自分を避けるのか不思議に思い、道を開けてくれる人達を見た。
その人たちの殆どがメガネを掛けており、そのメガネのレンズには、何かが映っているかのように光が点滅しているのが見えた。
また、その人達の頭上には円盤状の物体が浮かんでいた。和夫は、その奇妙な格好をした人達に恐ろしさを感じ、横断歩道の手前まで出て行った。
目の前の車道には車が走り去っていくものの、エンジンの音は全く無く、路面を転がるタイヤの音だけが聞こえていた。
和夫は、今まで見たこともない人々の姿や、目の前を通り過ぎる車の様子を呆然と眺めながら、横断歩道の信号が赤から青に変わるのを待っていた。
和夫は、信号が青に変わったことに気がつき、横断しようとゆっくり足を前に出した途端、信号待ちをしていた人達も一斉に歩き出した。
和夫がゆっくりと歩いているのを尻目に、周りの人達は競争でもしているかのように駆け足で歩いていた。
ようやく和夫が横断歩道を渡り終える手前で、横断歩道の信号が点滅せずに突然、青から赤に変わった。
「あっ!」
と和夫は驚嘆すると、よぼついた足を前に投げ捨てるように早足で歩いた。
何とか横断歩道を渡りきり、息があがっているのを耳で聞き入った。
「あぁー、危なかった! 車にひかれると思ったわい」
和夫は安堵して、その場にしゃがみ込んだ。あがっていた息も落ちつき、呼吸も楽にできるようになった。
そして、立ち上がろうと膝に手を置き、腰を持ち上げた瞬間、目の前が真っ暗になり、頭がふらついた。
「あっ、立ちくらみじゃ」
頭のふらつきで、和夫は後ろ側によろけ、車道に出てしまった。
そして、左手から走行してきた車が目に入った瞬間、激痛とともに意識が遠退いていったのだった。