第11話 腹ごしらえ
二人は倉庫から足早に出ると、家の前に駐車してあった車に乗り込んだ。
「海斗よ。今からどこに行くのじゃ」
「腹も減ったことだし、どこかで食事でもして、僕の家に行きましょう」
「和夫じいちゃん、何が食べたい?」
「そうじゃなー、白いご飯があれば、何でもいいぞ」
「それじゃー、僕の行きつけの定食屋でも行きましょう!」
と、海斗は和夫に答えた。
そして、車のエンジンを掛けると、フロントガラスに女性の映像が映し出され、
「海斗さん、目的地はどこですか」と聞いてきた。
「行きつけの満腹食堂まで」
と、海斗が告げると、車は自動で動き出した。
和夫は車の自動運転が慣れないせいか、海斗が運転席で何も操作しようとしていないことに少し腹立たしく思えてきたのだった。
「自分で、車の運転はしなくても大丈夫なのかい?」
和夫は、不安そうな面持ちで海斗に尋ねた。
「ええ、大丈夫ですよ」
「そっ、そうか」
海斗の自身に満ちた返事に、和夫は不服ながらも従う他なかった。
そうこうしているうちに、目的地である「満腹食堂」に到着した。
「和夫じいちゃん、到着したよ」
「おお、そうか」
満腹食堂の外装は、古風な日本様式の建物で、一見して和食屋という雰囲気が漂っていた。
「なかなか、風情がある食堂じゃのう」
「そうでしょう! この雰囲気が好きで、いつもこの店に来るんです」
二人は店に入ると四人掛けのテーブルに腰を下ろした。
店の壁には定食屋らしく多くのメニューが手書きで貼られていた。
海斗は、いつも利用しているらしく慣れた感じでメニューを選んでいた。
店員の若い女性が、二人が座っているテーブルに水とおしぼりを持ってきた。
「あら、海斗さん! こんばんは」
「いつも利用してくれて、ありがとうございます。今日は、お父さんと一緒ですか?」
と、店員は海斗と顔見知りらしく、気さくに喋ってきた。
「ええ、おじいさんを連れてきたんだ」
「そうでしたか。こんばんは、おじいさん!」
「こんばんは」
和夫は、照れくさそうに下を向きながら、店員に挨拶した。
「ご注文は、決まりましたか?」
「俺は唐揚げ定食で、和夫じいちゃんは?」
和夫は、自分のメニューをまだ決めかねていたが、海斗に催促され頭に浮かんだメニューを発した。
「アジの開きはあるかね?」
「ええ、ございますよ。定食にしますか?」
「あぁ、定食で頼むよ」
と、和夫は店員に促されるまま、注文をした。
和夫は「アジの開き」を注文し、なぜ「アジの開き」を口走ったのか思い出していた。
「そう言えば、花子が夕飯を作ってくれていた時に、今晩の夕飯はアジの開きと言っていたなあー」
とポツリと呟いた。
「花子は、今、どうしているのかなー」
と空腹とともに、淋しさも湧いてきた。
「和夫じいちゃん。花子ばあちゃんは、もう・・・」
海斗は和夫の呟きに、言いかけたセリフを途中で中断した。
今は、2045年である。
疾うの昔に和夫の女房の花子は亡くなっていた。
しかし、和夫の寂しげな様子を思い患うと、言いかけたセリフを全て声に出すことはできなかった。