転移準備 1/3
《転移》
目を開けるとキラキラと光の粒が見えるようで白く輝いた空間に立っていた。
横に人の気配を感じ、ふと我に返り周りを見ると、左に女3右に男2。ポカーンとして前を見て立っている。左隣、20代前半の女の子だろう。割とタイプの子も口を開けていたが、俺が見ているのに気付いてこちらを見た。
思わず笑顔で会釈をすると相手は間の抜けた顔のまま会釈を返してきた。
その顔を見ているのが申し訳なく、反対側に顔を向ける。
20代中ごろの男が同様に間の抜けた顔をして上を見ていた。
その目線につられ俺も上を見る。
『きれいだ……。』
大学時代に北海道で見たダイヤモンドダストを思い出していた。
今考えるとかなり無茶だった。冬のスキー場の近くでわざわざテントを張って寝た。無料の温泉。
町が管理する風呂桶だけが置いてある所に夜中に入り、翌日は半日スキースノボをする計画のアパートから30㎞ほど離れた所に行った。寒かったがいい思い出だ。2重に張ったテントの中で3人。安物の寝袋で寝ていた奴は寒くて寝むれなかったと震えていた。
テントの間にあったペットボトルの水は完全に凍ってはちきれそうになっていたのが懐かしい。久しぶりの思い出に笑みが零れる。
なぜか心、心臓の周りが暖かく感じ、ここにいる疑問というのが直ぐに頭に浮かんでこなかった。
すると突然洞窟内のように反響するように声が降ってきた。
『君たちには2つの選択肢がある。新たな世界へ行くか戻るかだ。』
我に返り、頭が回り始めた。
周りを見回すと全員が同じように動いていた。
初めと何ら変わりはない景色。部屋なのか狭いのか広いのか全く分からない。
『ふ、ふ、ふ、動揺しているようだね。落ち着き給え。これは夢ではない。』
少し低めの声が続けてする。子供がワザと低音を出しているような声が上から聞こえ、思わず見上げる。
姿は見えない。斜め後ろからとも聞き取れ反響している。古いトンネルで音を聞いているような感じで、肩越しにも後ろを振り返るが同じ空間が広がっていただけだ。
全員理解できていないのは様子を見れば解る。
実際は5秒ぐらいだろうか、非常に長感じた沈黙のあと、右の20前半くらいに見える男が声を出した。
「なにが?」
隣男の質問も訳が分からないものだった。
夢か現実かの区別もはっきりしない。質問の意味も理解できなかった。
すると続けて声が聞こえる。
『君たちは選ばれたのだ。おめでとう。』
「なにに選ばれたんだよ。おめでとう?わけわからんぞ。」
隣男が問いかけている。先ほどと違い大きな声ではっきりと口にした。
彼の言葉には今回は同意。まったくその通りだと思う。
『これから説明する。よく聞いて判断してほしい。君たちはもうすぐ死ぬ者達だ。』
「へ。」
俺からも声が出た。
周りからも声が上がっている様だが耳に入ってこない。
2、3秒の間があり、我に返る。
周りを伺うと反応は2タイプ。
俺と同じように訳が分からないという者が大半だ。だが、左端の女の子は思い当たるのか、下を見て考え込むようにしていた。
『その中から我々と関わりのある者を選んで貰った。』
関わった覚えはない…。と混乱していた。
夢を見ている…にしてはおかしい、外から見ているのではなく自分で考えている実感がある。
『何度も言うが、これは夢ではない。』
「へ…。」
思わず声が漏れて、見上げると男が空中に横になっていた。浮かんでいる。
きっと俺は間の抜けた顔をしている。
男と目が合った様に感じる。口を開けて凝視してしまった。
すると空中で起き上がり、胡坐をかいて座る。態度と違い姿はどう見ても子供にしか見えない。
「関わったつもりはないが…。」
右側から声がした。俺の思ったことのリピートになる。
先ほどから発言しているすぐ右の男だ。
反応が悪くないか…と思わず心の中で呟く。
すると空中の男が手を動かし、半透明の青っぽい画面を胸の前あたりに出す。
半透明板を通り越して裏側から見上げた俺から指が動いているのが分かる。
その様子をじっと見つめるとまた声が降って来た。
『君は…。ああ、…君、間もなく死ぬのだけど…。お酒を無茶な飲み方したみたいだね。昏睡状態だよ。』
ここで声質がかわる。話し方が子供っぽくなり、声変わり前のように高くなった。
話声は部屋全体に響くが、男が発している様に思えない。実際に男の口は開いていない。
俺には全く意味の分からない事柄だったが、隣男は明らかに動揺していた。
「え…、確かに酒を飲んでいた…。…マジで。」
右の茶色髪で毛を立てている普段着の男。雑誌にでも乗っていそうな恰好でホストで働いていそうだ。
チャラ男と呼ばれても仕方がない気がする。都会の学生ならこんなもんかとも色々彼に関して思い浮かべながら見ていると男は青ざめて俯いた。
図星の様だと理解した。
続いて女性の真ん中。俺の2つ左隣が発言した。
「あの私は車の運転していたはずですが…。」
上体を前にずらし、発言者を少し覗き込む。30才くらいだろう。普段着と思われるスカートに白のブラウス。春物と思われるピンク色の上着を羽織っていた。
『えっと…。君は事故にあったみたいだね。君も昏睡状態だよ。もう少し時間があるけど短いね。』
「…。あ…。」
何かを思い出したのが手で顔を覆ったが、何かを思い出すように一瞬動きを止めた後、顔を上げて左右に振りながら声を上げる。
「ねえ、一緒に乗っていた美緒は?大丈夫だったの?」
『…。』
「ねえ、おしえてよ。私と一緒にバスに乗っていた…。隣に座って…。」
返答がない所に続いて声を上げ、泣き出してしまった。
俺はさっきと言っている事が違うぞ…。と心の中で冷静に突っ込んでいた。
『…。仕方ないね…。…。その子は大丈夫じゃないかな。たぶん。リストに載ってないから。』
面倒臭そうに言った空中に座る男は画面を操作していたが、なんか自信がなさそうだ。
さっきの男の様に手が止まっていない。
「ほんと?」
女の顔が上がり、宙に浮く男を見上げるが、男の手はパネルを操作したままだ。
『分からないんだよ~。僕の管轄外だからね。それに…。その子はアウトオブアースをやっていたのかな?』
「え…。」
「は?」
俺を含めて疑問の声が上がり、みんなで空中の男を見上げる。
『ん?ああ、順番に説明するよ。じゃあ、そっちの話に移っていいかな?』
「あ、私は?寝ていたはずなんだけど~。」
俺の隣、会釈をしあった仲のパジャマ女が発言した。水玉でダブダブの物を着用しており高めで若い声に聞こえた。
『えっと、君はっと…。ああ、今は何もないね。でも近々ね…。』
「え…。近々何ですか?」
『それ以上は言えないよ。ここに残るのが確定したらいいけど。』
「え…。確定?」
『ああ、それもまたあとでね。他は?』
「あの、僕は?」
一番右の男。顔の横まで手を上げて発言した。
30くらいと予想するが良く分からない。髪が長くやせ型。大人しそうなタイプと直感させる話し方でジャージとTシャツ姿だった。声が高く見た目よりも若いかもしれない。
『君…も、今は何ともないかもね。』
「それってもうすぐ何か起こるって事?」
『ここにいるってことは間違いないよ。』
「いつ起こるかはやっぱり教えて貰えないの?」
『はあ、仕方がないな。言わないのではなく。言えないの。知らないから。』
「知らないってどういうことだよ。」
右のチャラ男が怒り気味に声を出した。
『僕はここの管理者で、そちらの世界の管理者ではないからね。』
俺は唖然とした。訳が分からず宙に浮かぶ男を見上げるだけしか出来なかった。
右端のロン毛男はそんな中でもがんばって発言していた。
「…じゃあ、選んだのって…なんでおれ?」
『選んだのは僕じゃないよ。まあ順番に話すから。』
宙の男がそう言うとまた沈黙が続くと、『じゃあ、残りの2人も話そうか…。』といってパネル操作をしながら、俺ともう一人の女の子の説明もした。
左端の⒑代半ばと思われる大人しそうなピンクと白の縦ストライプ柄の寝巻を着た女の子は病気の様だ。病名は言わないが、死期が近いのを知っているのだろう、女の子は頷いて受け入れている様に見えた。
最後に俺。現状は意識不明らしい。
記憶から辿ると雷に打たれたとしか思えず、色々と後悔が頭の中に広がる。
もう少し早くコースを回れれば避けられた。あの瞬間にクラブさえ上げていなければ…。俺がもっとうまく打っていたら…。もっと前の組がスンナリ回ってくれれば…。俺にゴルフの誘いが無ければ…。転属が無ければ…。あの会社に入らなければ…。
過去に向かってどんどん広がって行った。次に頭に浮かんだのは人生の後悔だった。
やはり過去に向かって行った。彼女とのやり取りの失敗。就職の失敗。受験の失敗。両親との関係。一番の後悔は若い頃にもっと勉強をしていれば…。と言う所で宙の男の発言で思考から呼び戻された。
『じゃあ次だけど…。何から話そうか…。』
「さっきのゲームの話ってなに!」
「いつ私は死ぬの?」
「選んだのがあなたじゃないってどういう事?なんで私達?」
「健康な体に戻れるの?」
4人が別々の発言をした。俺とロン毛男の2人は発言していない。
『えっとじゃあ、まずゲーム。君たちそこで遊んでいたよね。ここに似た世界。そこから選んだ方がなじみやすいと思ってね。君たちが選ばれた基準の一つは寿命が付きかけている事。もう一つがそこで遊んでいたかどうか。あと…、死ぬ時期については、えっと、先に確定させないと言えないね。』
「確定ってどういうことですか?」
『君たちはまだ元の世界に帰れるってこと。じゃあまずこれからしようか。面倒だから一緒に聞くね。じゃあ、ここに残る人に手を上げて貰おうかな。』
「ちょ、ちょっと待ってよ。帰るってことはその私の場合瀕死に戻るって事?」
「え、俺も?そうなる前に戻れないの?」
『残らなかったら現状に戻るだけだね。ここでのことも、きっと夢だと思える程度にしか覚えていないはずだよ。』
「…。じゃあ、ここに残ったら?」
『僕が管理?担当する所に行って貰う。』
「それはさっき言ったゲームに近い世界って事?」
『そうだよ。さっきからそう言っているよね。』
面倒臭そうに鼻息を荒げながら宙に浮かぶ男が言った。
俺は女とやり取りしていた話を黙って聞いていた。
頭の中は俺がいなくなった時を考えていた。部屋をもう少し綺麗にしておけばよかったとかパソコンの中身を処分したいなどだ。
部屋は決して綺麗とは言えない。彼女と別れてからと言うのも来客がめっきり減った。30分も片付ければ人を受け入れられるワンルームマンション。物があふれ気味で進んで人を招き入れるような部屋ではない。パソコンの中は言うまでもない。恥ずかしい内容の物がいくつも残っている。
あとは年を取った両親の心配だ。幸いまだ健康で、俺が老後を見ることになるだろうと半分思っていたが、申し訳ないが姉に任せるしかない。
冷静に、すんなりと受け入れている自分がおり、俺の中ではここに残るという明確な意思が既にあった。
思い当たる所は沢山ある。死にそうというより、決して成功したと言える人生ではない方が、割合が大きい事は考えるまでもなかった。
楽しかったのは大学から就職5年目辺りまでだろう。
一年目から残業は多く不満の多い職場だったがまだやる気はあった。だが会社の中身が分かってきて同期が辞めていく。自分の将来を不安視して転職も考えた。途中からは半分惰性化していた。
決定的なのは長く付き合っていた彼女と別れたことだろう。
他にも女性と知り合う機会はあったが長続きしなかった。男は引きずるとよく言うが、俺はそれに当てはまり、比較してしまうのだ。今では健全なキャバクラのみで、ここ数年干ばつ状態だ。
自分の事を振り返り鼻で笑ってしまう余裕迄あった。
沈黙が続くのを破ったのは隣のチャラ男だった。
「俺は同意する。それで?どうしたらいいんだ?」
上を見上げて睨むように浮いている男を見ている。
チャラ男からは決意の様な硬い横顔にみえたが、口元が動き、笑っている様にも見えた。
『待ってね。他もじゃあ確認を取るね。えっと…。どっちだっけ?まあいいか、戻る子はいる?手を上げて貰っていいかな?』
全員が顔を左右に振り手を上げるものは居ないのを確認する。
『じゃあ、全員残るってことで。ファイナルアンサー?』
「「…。」」
『あれ、返事がないけど…。聞き方間違っていた?』
沈黙が続く中誰も発言しないので俺が小声で呟こうとした時に続けて浮かび男が発言する。
『え、そうなの?これ古いんだ。騙された…。』
だれも発言していないはずと思いながら首を振り左右を確認する。
『君だよ。これって古いの?』
浮く男を見上げると俺を見つめていた。どうやら思っている事が分かるらしいと初めて気付いた。
ファイナルアンサーと行った時に俺は「古っ…」と思った。
『そうだよ。知ろうとすればね。』
そういう男の無表情顔の口元が、少しだけ動いたような気がした。
『話が外れたけど、全員残るってことで決定ね。』
俺は少し頷いた。両隣も頷いたように横目で確認できたがその他は不明だ。
だがどうやら全員残る事になった様だ。