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序章 

序章


今日は朝から機嫌のよかったお母さまと馬車に乗ってきた。エルザお婆様は暫く屋敷を出ていなかったが久しぶりの外出だ。楽しそうな2人とは反対に、私は面倒と思っている。

正直私は父の顔をはっきり覚えていない。


私が5歳の頃に父がどこかへ出かける時に抱きかかえられた覚えがあるだけ。それっきり。

遊んでもらったのか、景色も分からず、ぼやけた顔の笑った父と思われる男に抱きかかえられる記憶がいくつか残るだけ。


私が気になるのはどうしていつも笑顔なのか。そこだけだ。

朝に母が選んで着せられたドレス。義理母がデザインした物らしいが、私はあまりこういう体の露出が多く、無駄な物が沢山ついた服は好きではない。もっと動きやすい稽古に向いた服がいい。


久しぶりの父の家。私は10年ぶりに訪れるらしい。

異母兄姉様、兄上様も今日は会えると聞いているが、私には兄様と微かに芝の上で遊んだ覚えしかない。兄姉妹が5人と聞いては居るが、私にとっては兄様一人しか覚えがない。その兄様も小さい時の記憶が微かに残る。


この家は3人の使用人が管理している。この家ではメイドと呼ばれていると聞いた。

到着すると出迎えてくれた使用人は最近知ったメイド服と呼ばれている物を着用していた。

動きにくいと思われる邪魔な飾り付けが多く、パーティーなどで使用人がたまに着用。でも、この家の服のデザインは派手だ。ドレスと言った方が近い。


初老の使用人も叔母様使用人も私を見るなり笑顔になる。

ぼんやりとだがこの家ぐらいの庭で使用人と遊ぶ記憶が蘇るが、顔がぼやけていて良く分からない。

応接室で果汁水を出された。私の好きなブドウ味だ。あっという間に飲んでしまった。

お母様とこの家の使用人は楽しそうに話している。私にはつまらなかった。話も耳に入ってこない。

でもこの部屋には懐かしさを感じた。許可を得て他の部屋を見廻ることにした。



廊下の窓から外を見ると向かいにもお父様の家。継母たちの家だ。この家と掛け持ちで3人のメイドが管理をしているらしい。

『父はあまりお金を持っていないのかしら…。』と心の中に浮かぶ。


継母たちはお父様と異母兄姉様、兄上様と行動を共にしているらしく、母ケレンやエルザお婆様は羨ましがっている。いつもこの話題になると2人共楽しそうに笑うのが私には理解できない。

お母さまは正妃だと言うが他にもたくさんいると聞いた。エルザお婆様が「私もなっても良かったのよ。」と言った時には訳が分からなかった。自分に残る記憶からも父はそんな年じゃなかったと思うが、ぼやけた顔の記憶しかない為に不明。


私には未知の父。私を放っておく父としか感じない。

お母さまの家に比べたら小さな家。

なぜこんな家に母が嫁いだのか全く理解できない。


私はここに来たいとは思っていなかった。母に半強制的に連れてこられた。

私には過ごした記憶がない。でも2階のドアを潜った時から少しだけ懐かしさが蘇った。


部屋を回って歩くと、この家は私にとって、不思議な家へと変わった。

整然と整った部屋が二つ。物置が一つ。書庫が一つを見た。


2階を歩いていると、記憶の中から断片的なものが頭に浮かぶ。

幾つか思い浮かんだ中には、ソファーに並び、父と思われる男の横で本を読んで貰っているもの。ドアを開けた本棚の部屋。本棚の本を男に取って貰う記憶。隣にいる男はいつも笑顔を私に向ける。

一部屋大きい所は、大きなベッドが二つ。本も少し置いてある。立派なソファーに6人掛けのテーブル。懐かしい匂いも感じられた。


大きな部屋の向かいの扉を開けた時、『え…。この部屋…。私の記憶の…。』と独り言をつぶやいてしまった。鮮明な記憶が頭の中にいくつも広がる。

今迄、記憶にあったが、どこの部屋か分からなかった所が目の前にある。


部屋の中に入り見回すと、自分が使っていたベッドだと直ぐに理解できた。

今使っている私の部屋と違い何の飾り気もない。時折何度か外泊したことが思い出される。

昔読んで貰った記憶のある絵本も見つけた。少しベッドに腰かけて本を見ると懐かしさに笑みが零れる。



ここは父の部屋だろうか、最後に残った部屋の扉を開けても何も記憶が蘇らなかった。

8畳ぐらいの部屋。正面にデスク。右側に本棚。左側に小さな机が壁に付き、3つの椅子が置いてある味気のない部屋。


この家の記憶によく出て来る物。それがこれらの本。

御屋敷の書物庫以外であちこちとこれだけ本が置いてある家を私は知らない。

何気なく棚の本を見て歩くと歴史の本、薬草の本、勉学の本が2割ほど。残りの500冊ほどは物語。

中には私が読んだ記憶のある物もいくつか見つかった。屋敷にも同じ本がある。

今の印刷技術を開発したのは他国だと聞いているが、その基礎はお父様が考えたものだとお婆様に聞いた時は驚いた。

それまでは曾爺様だと思っていた。私には憧れの男性。いつまでもお若く、陰で叔父様を助けている事を私は知っている。



デスクの裏に回り、立派な椅子に座る。公爵邸にある椅子でもこれほど座り心地の好い物はないので驚く。思わず手掛け部分を摩ってしまった。


ふと机の下、両側に二つずつ、引き出しがついているのに気付く。

つい、父への不満からか、いたずら心が働いて、取手に指がかかる。


左側の2段は帳簿の様だ。私も先日まで通った貴族学校で習った。私の兄様が一期生。私は4期生という新しくできた所。そこで生徒に不満の声が大きい授業で使用されるものに似ているものもあった。

右側の上段を開けると紙束と筆記用具だった。

最後の下段を開けようとするが開かない。

『え…、ここだけ鍵?』


一瞬で父に対する反抗心が芽生え、無性に開けたくなる。

だが、同時に淑女がする事ではないという思いも沸き上がり、心の中で格闘が始まった。

勝ったのは前者だ。

「我の意に答え、その望みに答えよ。『オープンロック』」

開錠魔法。血統スキルと言われる内の一つ。

私と尊敬する曾爺様、そしてお婆様にしか使えない魔法。人前では決して使ってはいけないと注意を受けている。



引き出しを覗くとファイルがたくさん並んでいる。しかも2段積み。一つ一つが棚に在る物より分厚いものが多い。

本になる前の形態のもの。本はここ10年ほどで広まったと最近知った。それ以前は紙束をファイルに閉じた物。邸宅の書庫にある一部がこれ。


大部分はファイル閉じもなく、紐を通してあるだけ。その頃の物は手書きが多い。

薬草本と書いてあるファイルを手に取る。

開いた薬草本は書庫で私が見たどの本よりも詳しく書いてあり驚く。


父が書き足したのだろうか、私の読めない文字か記号か分からない落書きが沢山ある。

だがよく見るとこれは版画印刷物の写しだと判る。つい10分ほどだろうか、見入ってしまった。

ファイルを戻し、他をみると薬草、魔法関係の本が並ぶ。


下段をみると研究1~5と数字が並ぶファイルが目に写る。

研究って何かしら…。

一つを手に取って開くと図解と数字、表やグラフもあった。数字と読めない文字が手書きで書いてあり図解から見ると何かを配合して作る研究結果というのが分かった。だが肝心の文字が読めない。


お父様は回復薬の研究をしていると聞いたことがある。これも口止めされている事だ。きっとそれだろうと目星をつける。



数字の書いてるファイルを手に取る。

表紙には「15~20」「20~25」「25~30」「30~」とある。

数時から思い浮かんだのは帳簿。


『秘密のお金?まさか、悪事を働いているのかしら…。』

心臓の高鳴りを覚えながらも、一番数字の小さいファイルを手に取る。


「なにこれ、ほとんど読めないじゃない。文字…よね。数字は読めるわ。後はほとんど読めない…。」

思ったことが口に出てしまった。

大まかな日付と出来事が書いてあるとは予測がついた。もういちど表紙を見て、他のファイルも開くと、同じような書き方だ。


そこから予測されるのは日記。

『お父様は暗号文字の使い手…?絶対に読んであげるわ。』


彼女には父からの挑戦状をたたきつけられた気分になる。貴族学校では成績上位。文字読みも得意で自信がある。だが全く書かれている内容が読めない。暫くページをめくり考える。


よく観察すると数字の前後には同じような記号が付いている場合が多く、規則性は感じられた。

おそらく1時間ぐらい。没頭してしまった。一階が騒がしくなり、聞き馴染みのない男女の声がいくつも聞こえて騒がしくなる。慌てて私はファイルを仕舞い、座り心地の好い席を立つ。


名前を呼ばれて騒がしい部屋へ入る。いきなり男が駆け寄ってきて抱き付かれ、持ち上げられた。

私が混乱する中、注目を浴びていた。母もその内の一人。これ以上ない笑顔でこちらを見ていた。

その男が父だと知った。



食事は今までにないくらい騒がしかった。初めは戸惑ったが途中から幾分慣れて少しは話す事が出来た。

騒がしくはあったけれども、それなりに楽しいひと時だった。


鍵を閉め忘れたと気付いたのは帰宅の馬車に乗った後だった。


旅立つ前に父様がお母さまの元へ挨拶に訪れたが、私は書庫に居て、母様の部屋に向かった時にはもうお帰りになられてしまった後だった。

私が邸宅に戻って数日後、父はまた兄を含めた8人と共に出かけたと聞いた。




ほぼ半年後。再び母と共に訪れる機会があった。私が暇を理由に母を連れだした。

私は早速目的の引き出しに手を掛けると鍵が掛けられていた。


父にいたずら心が働いたことが知られたかもしれないと思い、ドキドキと心臓が一瞬高鳴った。

数回、深呼吸して息を整える。決意をしてまた開錠魔法で引き出しを開けると「え…。」と声が漏れてしまった。

「開けたら閉める事。決して持ち出さない事。母も含めて誰にも内容を言わない事。守れないなら読むな。」


大きな文字で書かれた紙が目に入る。

自分の顔が赤くなるのが分かる。


その紙を手に取ると、下にはこの引き出しの鍵と思われる物ともう2枚紙がある。

表になった記号の一覧。横に小さな読める文字が書いてある。


このファイルに書かれた文字の一部の表だとご親切にメモ書きが置いてあった。

『あら…。でもこれって、約束を守れば見てもいいって事よね…。』

そう思うと真っ赤になった顔の熱が引いていく。


暫く表とファイルを眺めていると、母から呼び出しがかかる。

仕方ないので元の位置に戻し、置いてあった鍵で施錠して母の元へと向かう。





更に3年後。私は今日もお気に入りの椅子へ向かう。

今では月に数度この家を訪れる。私の楽しみの一つ。

邸宅からは徒歩。護衛代わりの使用人が2人ついて来てくれる。母ともたまに来る。

その時は読書をして過ごす。私がここに来る理由は読書をする為となっているから。


実際にほとんど本を読んで過ごすときもあるし、文字解読に疲れ、気分転換をする時に本を読むので、嘘はついていないと自分では思っている。



この部屋、この椅子に座るとあの騒がしい日が思い出される。

今は父と過ごした記憶は丸一日となった。お母様と一緒に一泊して、昼食まで共にした。

異母姉兄、実兄、それから叔母様方、お父様をいれて8人も来たときは驚いた。皆、私の事を知っており、口々に同じことを言った。


『エルザお婆様の若い頃にそっくりで可愛くなったと…。』

きっと髪の色から来るものだと私は理解している。


食事が始まった後、お母さまより年上と思われる女性と、エルザお婆様と同じくらいお歳を召された方お見えになり10人になった。兄以外は私の記憶にはない方々ばかり。


あとから来た2人も私を知っていた。

紹介して頂くと、私の姉とそのお母さまと聞いて『姉がお母さまより年上?』と驚きを隠せなかった。


知らない方々が私の話をするときに温度差を感じた。

とても騒がしく、大声で笑う方々。お母様も良く笑った。

母があんなに楽しそうに笑い、話すのを見たのは初めてだったかもしれない。


家で行われるパーティーとは全く違うことに圧倒された。

お父様にはもっと話が聞きたかったのに私からは話しかけにくかった。でも引き出しのメモを見た時から、とても親密感を感じた。何度も頭を撫でてきたお父様。当時はその行動に戸惑ったが、今では楽しかった思い出の一つだ。



父が次に帰ってくる予定は不明。

時々、母とお婆様宛に書簡が来ている事を知り、私も最近では楽しみにしている。


やっと日記の一部が読めるようになってきたが、ごちゃごちゃした文字はまだ分からない。

「父は意地悪だ。」と口元に笑みをこぼしながら、思いが零れる。


彼の椅子に座り今日も文字の読み解きを始める。

これがスキルという物なのだろうか、魔法陣が目に見えるもの以外で初めて実感した。

何となくだが文字の意味が分かり頭に浮かぶ様になってきた。


全てではなくまだ半分ほどの文字しかその感覚は起こらない。

直ぐに詰まってしまうが前後の意味から予測を立てて読む。


初めは意地で始めたのに、今ではとても楽しい。

書いてあるものを読み解いていくと父を知ることが出来た。





ここからの事は彼女が読み解いていく事柄。約60年前からの事。



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