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傍観者  作者: Amaretto
最終章
56/56

8-8(槇原18)

[槇原]



 私は電車に乗っていた。

 青い手紙の差出人は、田中先生。手紙には、田中先生の今の住所が書いてあった。

 それ以外に何も書いていないということは、つまり、「会いに来なさいよ」ということだ。

 目的の駅に着き、降りる。こうして遠くまで外に出るのは久しぶりであった。

 青い空が、私にとっては、眩しすぎるような気がしたけれど、だんだんと慣れてくる。

 田中先生はちょっとだけいいアパートに住んでいた。

 私は田中先生の部屋のチャイムを鳴らす。


 まるで私を待っていたかのように、すぐにドアが開き、田中先生が顔を出した。

「まきちゃん!」


 私は、久しぶりの田中先生に、照れ臭さを感じていた。

「田中先生。お久しぶりです。」


「さあさあ、中に入って!」

 以前と変わらぬ口ぶりで、田中先生は私を招き入れた。


 田中先生の部屋は広かった。そして物が少なく、あまり生活感がなかった。


「まきちゃん、元気にしてたかしら? まきちゃんのことだから、いろいろと気にしてそうで、心配だったのよ。」

 田中先生はお茶を入れるために台所へ向かう。

 私はどうしたらいいものかと、リビングに立ったままでいると、「あ、その椅子に座ってね」と田中先生が言った。


 田中先生はお茶を私に差し出した。私は「ありがとうございます」と言う。


「まきちゃん、あの後、ちゃんとお話し出来ていなかったわね。大騒ぎになっちゃって。私ね、また高校の教員をしようと思っているのよ。」


 

 私は「えっ」と驚く。あれだけの騒ぎを起こした教師を学校が受け入れてくれるだろうか。


「どこの学校が受け入れてくれるのかって、そう思ったでしょう? 私のネットワークを舐めないでほしいわ。それで、どうかしら、まきちゃんも一緒に。」


「教師……ですか。私に、その資格はあるんでしょうか。」


 正直なところ、私は教師でいることが正しいのか分からなかった。生徒の為だとしてSSを崩壊させたけれど、生徒の生活を奪ってしまったのだ。


「まきちゃん。私はあなたを素晴らしい教師だと思っているわ。だから一緒に、新しい学校でも頑張っていきたいと思っているのよ。」


「でも……。」

「でもじゃない。」


 以前と同じように、田中先生は圧をかけてきた。


「あなた、まだ教師をやりたいって顔してるわよ。」


 そう言い、田中先生はニコっと笑った。


 そうかもしれない。武田と会って、私は彼の先生で良かったって思った。

 まだ、心の準備なんてないけれど。でも、出来る事なら、もう一度やりたい。

 普通の学校で、普通の教師をやるのが、私の夢だったんだから。

 もう、自分の生徒を見捨てたりしない。大切にしたい。


 もう一度だけ、チャンスが欲しい。


 私の考えていることが、伝わっているのか、田中先生は優しく頷いた。



「ねえ、まきちゃん、私の、パートナーにならない?」



 唐突に田中先生が、昔と同じセリフを言うので、私はびっくりして、目を見開く。

 それはどういう意味だろうか。結婚相手だろうか。いや、でも今それはあきらかにおかしい。


 けれど田中先生は私の目を見て、はっきりと言った。


「結婚してください。」


 田中先生は、本気だった。想定外の事に、私は驚く。そういうものは普通、付き合ってからとかじゃないのだろうか。

 田中先生はおかしい。私は田中先生に振り回されてばかりだ。


「えっと、それは、……いきなりすぎませんか。」


「まあ、それもそうよね。じゃあまずは、お付き合いからってことで、よろしくね。」


 田中先生は既に決まったこととして話を進める。

 3年前から何も変わっていないな、と私は苦笑いする。

 いいえとは言わせないつもりだ、この人は。


 でも、私はこの人が嫌いじゃなかった。


 この人なら信じれる。

 この人となら分かり合える。

 この人となら、きっと、どんな困難でも立ち向かっていけるんじゃないかとそう思うから。


 だから私は、返事をする。


「はい、よろしくお願いします。」


 なんだか照れ臭いような、恥ずかしいような、そんな気分だ。

 SS崩壊だけかと思いきや、これからもつきあっていくことになるなんて、3年前は想像していなかった。

 この3年間で、私は多くことを経験したし、普通じゃあり得ない事も沢山あった。SS制度を壊すために、多くのものを犠牲にした。でも、心強い仲間が出来た。


 田中先生。武田。小田。鈴木。



 SS崩壊が正しいとか、正しくないとか、そんなことは分からない。きっと一生分からない。

 でも、私達は、行動した。不利な状況の中、学校に立ち向かった。


 本気で、生きた。



 小田さゆり。

 あなたは私達の事を傍観者だと言った。



 でもね、私達は、


 ちゃんと声を出しているよ。

 ちゃんと行動しているよ。

 ちゃんと生きているよ。




 ピンク色の手紙には、こう書いてあった。


 傍観者じゃない人もこの世にはいるんだね、と。



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