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傍観者  作者: Amaretto
最終章
52/56

8-3(武田9)

[武田]



 生徒の前にいる時のような穏やかな表情は消え去った。これが、校長の本性。

 小田は、ようやくその本性が見れたことに嬉しそうにしている。


「ふふっ。ここからが、本番ってわけ? 面白いね! 見せてよ。あなたたちの本気!」


 小田は楽しそうにそう言っているが、学校側が本気を出したら、生徒達を捕まえて全員地下に閉じ込めることさえあり得るかもしれない。俺たちのせいで、クラスメイトが犠牲になるかもしれない。


「いいのかね? 君たちのクラスメイトがどうなっても。私達がどれほどの権力をもっているか、知っているんだろう? 君たちのクラスも同じ目に合うかもしれないねえ。そうなることを想定した上で、君たちは反逆しているんだろう?」


 校長の口調は穏やかなものであったが、その内容はひどいものであった。

 クラスメイトという俺たちの弱点を狙う汚い大人。

 ふざけるな。俺が、何としてでも阻止してやる!

 そう叫ぼうとしたときだった。


「私は、クラスメイトを犠牲にするつもりはないよ。もし、クラスメイトに何かする気なら、私が代わりになる。」


 小田がまっすぐな瞳で校長に向かって言う。

 俺は小田の発言に耳を疑う。誰よりも、そのセリフが似合わない小田。だが、確かにそういった。聞き間違いではない。


「君が、クラスメイトの代わりになるのかね? クラスメイトをイジメてきた君がか?」


 校長も驚いている様子だったが、小田が自ら犠牲になることを望んでいるのを、地下に送り込むための理由付けとできると思ったのか、薄気味悪い笑みを浮かべている。

 ここまで学校をかき乱した俺たちへの怒りを小田にすべてぶつけそうな、そんな感じ。


「ほら、思う存分、好きにすればいい。私は本気だよ。」


 確かに小田の口調は、からかっている時のものではなかった。小田が本気で思いを叫んだ時の様子と全く同じ。小田は、本気で自ら犠牲になる気なんだ。

 学年主任が、ニヤニヤとしながら、小田を捕まえる。小田は抵抗することはなかった。


「じゃあ、いこうか。君が望むのなら。」


 校長と教頭は、小田を地下へ連れていこうとした。

 ついて来いと言われたわけではないが、俺もその後について行く。小田を助けるためだ。

 俺がついてくることについては、何も言わなかった。

 ついでに牢屋に入れてやろうとでも企んでいるのだろう。

 俺は常に周囲に警戒しながらついて行った。


 地下への階段を降りる。暗い廊下。扉の前で、校長がカギをポケットから出そうとする。

 その瞬間、小田は学年主任の手を振り払い、学年主任の顔面に向かってパンチを繰り出す。

 大人しい小田に油断していた学年主任は、その攻撃を避けれず、直撃してしまう。

 学年主任は、尻餅をつき、鼻を抑えていた。

 その様子に驚いている校長を、俺が取り押さえるのは容易であった。

 一瞬にして、立場が逆転する。


 俺が押さえつけている間に、小田は校長から鍵を奪う。


「ふふ! 形勢逆転ってやつだね! おじさんたち、動き鈍いよ? 権威だけで、人を倒せると思わないでね?」


 ニコニコとそういう小田の後ろで、学年主任が起き上がって、小田に殴りかかろうとした。


「小田……!」


 俺がそう叫ばなくても、小田は、まるで後ろに目がついていたかのように、その攻撃をかわした。


「ねえ、知ってる? 田中先生って、結構すごいんだよ?」


 小田はそう言い、スカートをめくりあげる。

 白くて細い太ももがちらりと覗いている。俺は一瞬目のやり場に困ったが、そこにあった予想外のものを目にし、じっと見つめる。


「こんなものも、準備できちゃう。すごいでしょ?」


 そう言った小田は、拳銃を手に取り、素早く学年主任の脚を撃つ。

 銃声が狭い空間によく響いた。急に小田が発砲したために、俺は校長を抑えている手を危うく離しそうになる。

 学年主任は倒れこみ、うめき声をあげながら、脚を抑えている。


 小田が撃ったのか? 

 俺は目に見えている光景を理解するのに時間がかかった。

 学年主任の脚から流れている血が、小田が本当に人を撃ったのだと、俺に実感させる。

 現実じゃないように思えた。いや、もともとこの学校自体が、現実とかけ離れた空間だったのか。



 小田が学年主任を撃つときの動作に、躊躇いはまったく感じられなかった。

 俺たちが拳銃をみて固まった一瞬の隙に、小田は発砲した。あらかじめ、撃つつもりだったんだろう。そうじゃなきゃ、普通は一瞬迷ってしまうはず。でも小田にはそれがなかった。

 小田は、もうとっくに、覚悟を決めているんだ。

 小田は、俺たちとは違って、いつでも本気で生きているのかもしれない。



「次は、校長先生、あなただね?」


 小田はほほ笑む。

 味方でありながら、小田のその表情はとても怖いものだった。仲間である俺も、その笑みにびくっと身体を強張らせる。

 人を撃った直後とは思えない、とても爽やかな笑みだ。


「28人の自殺を、見て見ぬふりしたんだってね? その生徒の苦しみは、何回撃たれれば経験できるかなあ?」


 小田は、楽しそうにしながらも、憎しみを含む目で、校長を見つめる。

 小田は先程とは違い、なかなか発砲しない。そのことが逆に校長を追い詰める。

 わざと時間をおいているのだ、小田は。

 サディスティックだ、と一瞬俺は思ったが、きっと彼女は違う。校長が本性を見せ、懇願してくるのを待っているだけなのだろう。

 彼女が好むのは、人の本性。

 飾らない本音だから。


「頼む……! 私が悪かった! 悪かったから、見逃してくれ!」


 校長が震えているのが、抑えている俺にまで伝わってくる。


「いいねえ、その表情。本気で助けを求める感じ。でもさ、あなたたちは、今までそういう生徒達を助けなかったんだよね? 槇原先生にも、田中先生にも、酷いことしたんだよね?」


 そう言った小田は、校長の脚に向けて発砲する。

 大きな銃声音が鳴る。それとほぼ同時に、俺が抑えている校長が「うっ」と鈍い声をあげる。

 後ろで抑えている俺は、ビビってしまう。

 だが、ちゃんと校長に当たったおかげで、俺は当たらずに済んだ。

 俺は冷や汗をかいていた。まさか、俺が後ろで抑えた状態で撃つと思っていなかったからだ。

 さすがに小田でもそこまでしないだろう、と油断していた。

 でも、彼女は俺の想像以上に狂っているらしい。


「撃つなら撃つっていってよ。」


 俺は震えた声で小田に言う。

 小田は、「撃つって言ったら、つまらないじゃん。それに、当たらなかったからいいでしょ?」と爽やかに返してきた。




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