1-5(槇原2)
[槇原]
田中先生が顔を歪めていた。生徒を助けなかった事を、悔やんでいる顔であった。悔しくて、悔しくて、どうしようもなかったのではないか……。田中先生は、この3ヶ月間、悔やしさを、虚しさを、ずっと1人で抱えてきたのだ。それが、田中先生の顔や言葉から、ひしひしと感じ取れて、それが私の胸をちくちくと刺してくる。
私は、この人を冷徹な人だと思っていたのだけれど、彼はただ、SSの担任として仕事をしてきたのだ。自分の気持ちを必死に押し込めながら。田中先生の気持ちを考えもせずに、行動だけで判断してしまった自分を悔やむ。
「そんな事は……ないと思います。」
「……そうなのかしら。」
「私達は、特別に選ばれたように思います。」
これは嘘ではなかった。実際、SSの担任に選ばれるのは若い先生だけであり、何か選ぶ基準があるように思える。
「まきちゃんは、そうかもね。正義感溢れているし。」
判定基準が正義感かは分からないが、田中先生の方が真面目だと私は思う。だからこそ、この先生はSSの担任であれるのだろう。生徒を観察をする事が仕事だと言われれば、その通りに行動しようとする。例え心がぼろぼろになろうとも、仕事として受け入れる。よっぽどの強さがなければ出来ないだろう。
「田中先生は、私に持っていないものを持っているのだと思います。SSの担任が必要とされているもの。だから、自分を責めないで下さい。」
田中先生はこの学校で担任をすると決まった時どう思ったのかな、とふと思う。
私は、選ばれた時、悔やんだ。
私がなぜこの学校に選ばれたのか、と悔やんでも仕方ないことは分かるが、悔やまずにはいられない。
本来であれば、私は今年から普通の学校で働くはずであった。必死に勉強し、教員試験に合格したというのに、こんなのあんまりではないか。
田中先生は少し黙り込み、俯く。
「ありがとう、まきちゃん。」と呟き、ごつごつした手で目を拭う。前を向いた田中先生の目が少し赤かった。
「いやね。男泣きしちゃったわ。まきちゃんにみっともないところみせちゃったわね。」
田中先生はそう言ったが、私はみっともないなんて、思わなかった。
「みっともなくなんてないですよ。」
私がそういうと、田中先生は少しだけ微笑んだ。
その姿は、今まで私が見てきた田中先生より、かっこよかった。今までは、自分の本当の感情を必死に隠していたのだろう。多分今私が見ている田中先生が、本当の姿なんだろうな、と思った。
田中先生がいきなり、私の方に近づいてきて、目の前に立つ。田中先生は私より10センチほど身長が高いので、見上げることになる。私は男性が苦手であったが、田中先生は口調が女性らしいからなのか、嫌な感じはしなかった。
田中先生は、私の肩に手を置いて言った。
「まきちゃん、私の、パートナーにならない?」
あまりに唐突なセリフに私は目を見開いた。頭が一瞬真っ白になる。パートナーというのは、何のパートナーだろうかと考える。結婚相手だろうか、そういう冗談なのだろうかと一瞬思ったけれども、今それは明らかにおかしい。田中先生の雰囲気もそんな穏やかなものではない。怒りを抑えているような感じ。
私が状況を理解できないでいると、田中先生は私の耳元に口を近づけて囁く。
「壊すのよ。このふざけた制度を。シークレット・スクールを」
囁くと言っても優しさのかけらもない、怒りと憎しみに満ちた言い方であった。