6-6(槇原10)
[槇原]
小田さゆりと別れたあと、私は武田に会っていた。
田中先生に、「私が捕まった時は、武田と話すのよ。」と言われていたからだ。
武田は、私に呼び出され、状況を察したようだった。これからは、私と武田で動くことになるのだと。
武田は、私の腕を掴み、「こっち来て。」とカメラの死角に私を誘導した。
そして、制服のポケットから、USBを取り出す。
武田は笑った。
「槇原先生、これ、何が入ってると思う?」
そう問われても、何が入っているかなんて、分かるはずもない。私は黙ったまま武田を見る。
「田中先生と槇原先生が、校長室に呼び出されたときの映像だよ。それがここに保存されてある。二人が呼び出されたとき、俺がモニタリングルームに行って、映像を盗んでいたんだ。やり方は、あらかじめ田中先生から聞いてたから、それほど手間はかからなかった。」
私と田中先生が校長室にいるときに、武田がそんなことをしていたなんて、まったく知らなかったから、驚く。
でも、私の中で疑問が出てくる。
「もしかして……田中先生、自分が校長室に呼び出されること知ってたの?」
「違うよ。先生。呼び出されることを知ってたんじゃなくて、田中先生が、呼び出させるように仕向けたんだ。小田に告げ口をさせてね。俺にデータを盗ませるために。」
私の予想外の答えに、耳を疑う。
田中先生は、自分を犠牲にして、証拠を残したんだ。
拷問部屋に連れていかれることも覚悟して……。
「田中先生は、槇原先生にすべてを託すって言っていたよ。」
「田中先生……。」
「田中先生はつかまったけど、これから俺と槇原先生だけでも大丈夫だ。このUSBには、校長達が、2人を問い詰めている様子も、田中先生が拳銃で対抗しようとしてる様子も、田中先生を男たちが取り押さえて、連れて行く様子も、ばっちり入ってる。」
武田はふっと笑う。
まるで、楽勝だったという顔をしているが、一歩間違えれば、拷問部屋に連れていただろう。
「あと、もう一つ。」
田中はまたポケットからUSBを取り出す。
「そっちには、何が保存されてるの?」
「これは、俺たちが中嶋をイジメている様子だよ。『偽善者ゲーム』で、鈴木が選ばれた日のやつ。選ばれたっていうか、俺が、鈴木を選んだんだけどね。」
武田は肩をすくめてみせる。
「この映像には、西村が中嶋を殴ってる様子がバッチリ写ってる。その他に、それを見てるクラスメイトも。後は……それを見て見ぬふりしてる、槇原先生も。」
私は覚えていた。あの日のことを。
西村に殴られる中嶋。それを止めない鈴木。その様子を観察し、タブレットに結果を入力する私。
「これを、さっきのものと一緒に、SS制度が行われている証拠として、データをネット上にアップして、全国にばらまく。そしたら、顔がバッチリ写ってる槇原先生は、全国から非難を受けるだろうね。」
武田は私を見据えて、言った。茶色く透き通っていて、すべてを見透かすような瞳。
「どうする? これを証拠として、使う? 使わない?」
こんな風に、武田に2択を迫られる日が来るとは思っていなかった。
まるで、小田みたいだ、と私は思う。
あなたはどうするの? 自分を犠牲に出来る? と小田に聞かれているようだ。
以前、田中先生が、武田について話していた時の事を思い出す。
「武田はいつも、あなたの味方ですっていう顔をして、誰にでも平等に、フレンドリーに接してる。でもそれ、誰でもいいの。自分が良く見られればそれでいい。誰かを特別扱いなんてしない。人を、名前のある人として見ていない。彼にとって友達ごっこしてるひとなんて、モブAとモブBくらいの違いよ。武田は、小田さゆりと同じくらい、見方によってはそれ以上に、冷たいと思うわ。方向性の違いはもちろんあるけど。でも、小田と違って、その冷たさをさらけ出すことはない。」
入学当初、彼は確かに、人から嫌われる行動は、まったくしなかった。いつでも、人にやさしく。穏やかに過ごしていた。特別扱いも無かった。クラスメイト全員と仲良かった。誰にでも心を開いているようで、本当は誰にも心を開いていない。
西村が転校してきた次の日、武田は田中先生の指示どおり、西村と仲良くなっていた。それを報告した時、田中先生は言った。
「武田は、小田と出会って、少し変わったのかもしれないわ。人から嫌われる事などしなかった彼が、西村の仲間になるなんて。昔の彼なら、選ばない選択肢だったでしょうね。」
高校に入ってから、一番変わったのは、武田かもしれない。
私はこの2年半、生徒を見てきて、そう思った。
今、目の前の武田は、鋭い目つきをしながら私の答えを待っている。
穏やかだった彼が、そんな目をするようになるなんて。
昔の彼なら、「槇原先生が非難受けるくらいなら、こんな証拠使わないよ。」と言っていただろう。
でも今は、私に、決断を委ねてる。私がどう回答するのかを、彼は知りたがっている。
きっと私は、彼にとって、モブAでもモブBでもないんだ。
武田は、”私”がどういう決断を下すのか、知りたいんだ。
だったら、私は教師として、彼に教えたい。
私が、生徒のために、どれだけ自分を犠牲にできるかを。
「もちろん、使うに決まってる。そのために、この2年、田中先生と一緒に戦ってきたんだから。」




