1-4(田中1)
[田中]
そう。正しいなんて思っていないの。けど、そうするしか……そうするしかなかったの。
「思っていないなら、どうして助けてあげなかったんですか……!」
まきちゃんが私の返事を聞いて怒りを抑えきれないのが伝わってくる……。正義感の強いまきちゃん。あぁ、なんて可哀想……。このSSの制度を受け入れられないのね。
「まきちゃん、正しくないと知っていても、そうしなきゃいけない時もあるのよ。」
あの時、あの生徒を守れたら、どれだけ楽だったか。けれど、目の前の事よりも、ずっと大きな目的を果たさなければいけないと思ったの。仕方ないことだったのよ。だから分かって……まきちゃん。
「私は、そんなの、分かりたくないです。」
彼女はまっすぐに私を見つめて訴えた。どきっとし、私の心が揺れる。まるで、昔の私みたいだったから。このSSの制度を知ってしまった私。その頃の私は、おかしいことはおかしいと言うべきであると、思っていた。そして、正しくないと知りながら、そうする人たちを、許せなかった……はずなのに。この制度を壊すためだけに生きてくるうちに、分からなくなってしまった。
「そうよね。でもあなたももう、分かってしまっているでしょ? 私達担任が出来ることなんてない。見守ることがすべてなの。助けなきゃいけないって思うとつらかったわ。だからね、感情を無にするの。そうするとね、……何も思わないのよ。何が起きようとも。」
何も思わない。何も感じない。だから大丈夫。大丈夫なのだ。
それは私がこの11年間で幾度となく自分に言い聞かせてきた言葉。
まきちゃんが反論してくるだろうと思っていたけれど、何も言ってこなかった。
夕陽が、木と木の間へゆっくりと沈んでゆく。
少しずつながらも、時間が進んでいるということを私に伝えてくる。
私は窓の外に目線を映し、夕陽を見つめる。私は朝日よりも月よりも、夕陽が好き。雄大なようで、寂しくて、儚い。綺麗なのに、切ない。
セツナサという感情だけが、私の中に残る。
「何も……思わないんですか。」
ぼそっと呟いたまきちゃんは、怒りを通り越して悲しそうな顔をしていた。
昔の私にそっくり。そんな顔をしないでほしい。悲しんだって、変わらないのよ。昔の私みたいに、まきちゃんには悲しんでほしくない。辛い思いをしてほしくない。
「そう。そうなの。」
ゆっくり、時間が過ぎていく。
夕陽がもうすぐ去っていってしまう。
私はまた、一人になってしまう。
どうして、私は大切なものを失わなければいけなかったの?
どうして、いなくならなきゃいけなかったの。
どうして、その辛いと思う感情さえ、無くさなければいけなかったの。
どうして。どうして。
そう思った瞬間、私は抑えきれなくなって、気持ちを言葉にして吐き出した。
「……なんとも思ってないなんて……そんな訳ないじゃない。」
一度吐き出してしまうと、自分でも止められず、波のように感情が押し寄せてきた。
「私は、やっぱりあの時、助けてあげるべきだったと思ってるの。目の前で苦しんでいる生徒を助けるべきだった。けどね、私は出来なかった。出来なかったんじゃなくて、しなかった。しなかったのよ、私は。」
自分の意識とは別にどんどん言葉が溢れてくる。
「目の前で、生徒が叫んでるのにね、私はただ立ってみていたの。先生助けてって言ってるのにね、聞こえないフリして、観察するだけで。私は……。」
まきちゃんは、何も言わずに私の話を聞いていた。
「ねぇ、まきちゃん。SSでの、担任の立ち位置って、ただそこらへんに設置されている監視カメラと同じなのかしらね。」
そうであると教えられてきたわ。けれど、そうであって欲しくないと願っていたのよ。本心は。
だから、実際口に出した瞬間、喉が詰まるように苦しかった。