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傍観者  作者: Amaretto
第五章
31/56

5-3(田中5)

[田中]


「小田さゆりは、危険です。見て見ぬ振りでは、何が起こるか分かりません。藤井も、今日……飛び降りようとしました……。私は、見て見ぬ振りをしました……。教師失格です。」


 まきちゃんは泣きじゃくっている。

 藤井有紗が、飛び降りようとした事は、既に映像で確認済みだけれど、まだ、私も受け入れられないでいた。


 そこまで、藤井を追い詰めてしまっていたのね……。ごめんなさい。


 目の前のまきちゃんも、責任を感じ、何泣きすぎて、目が真っ赤になっている。

 私はポケットから水色のハンカチを取り出し、まきちゃんに差し出す。

 そして、頭にポンと手を乗せる。


「まきちゃん……。辛いわよね……。ごめんなさいね。私が、動くなっていったばっかりに……。でもね、まだ、準備には時間がかかるのよ。藤井は、確かに、限界だと思うわ。たけど、東が……あの、無口で行動しない東が、小田に喧嘩を売ったのよ。それは、クラスの雰囲気が変わりつつあるってこと。生徒が変わりつつあるってこと。目には見えないけれど。すぐに実感は出来ないけれど。藤井が飛び降りようとした時は、クラスの誰もが、咄嗟に動いたのよ。いつも、見て見ぬ振りしている、クラスメイトたちが。そして、クラスの雰囲気も変わった。それは事実よ。だから不安を感じないで。あなたが何もしなくても、生徒は生徒たちで、成長していくはずよ。だから、クラスメイトを信じましょう。」


 そう言ったけれど、私も、小田さゆりをなんとかしないといけないと思っていた。


 藤井有紗が飛び降りをするまで追い詰めたのは、小田さゆりよね。彼女に悪気は無いのだろうけれど。


 いや……でも本当の原因は、私にある。


 藤井と小田にカンニングさせたのも、私。小田に武田を陥れさせたのも、私。その結果、小田は藤井をイジメるようになった。それは指示してはいないけれど、本来それを止めれるはずの武田の力を失わせたのは、私。そして、まきちゃんが何もしないようにお願いしたのも、私。本当に悪いのは私。

 だから、まきちゃんが責任を感じる必要なんてないの。


 まきちゃんはハンカチで目の涙を拭き、少し落ち着きを取り戻してきていた。


 私が、小田さゆりを野放しにしているのが、よくなかったわ。彼女は、藤井を追い詰めてすぎた。小田さゆりは、無垢なままで、人を傷つけてしまう。


「小田さゆりは、恐ろしい子だと思うわ。でも、あの子はただ純粋なだけなのよ。あの子は、愛を知りたがってる。絶対に裏切らない人、絶対的な信頼をおけるひと。試してるのよ。私たちを。それを教えるのが、教師だというなら、私たち以外に適任者はいないわ。」


「でも、小田さゆりは、私達の事を、何もしない冷たい教師だって思ってますよ。」


「……まきちゃん、今まで隠してたけど、彼女は、私達が制度崩壊に向けて行動してる事を知ってるのよ。そして、私は彼女と手を組んでる。だから、私達が信じ合って、本気を出せば、不可能と思われた制度崩壊を可能に出来るって、彼女に見せつけてやりましょうよ。」


 小田さゆりと私が組んでいるという事実はまきちゃんとって大きな衝撃でしょうね。彼女は裏切ることを何とも思わない。彼女と組むほど、大きなリスクはない。


 予想通り、まきちゃんは驚きの表情を浮かべる。


「小田さゆりと組んでいるってわかって不安かしら?」


 まきちゃんは黙って頷く。

 そうよね。彼女の性格を知っているなら、誰もがそう思うでしょう。仲間にするのは危険だと。


「たしかに、彼女はすぐ裏切る人物よ。でもね、小田さゆりは、自分が面白いと思った方を選ぶ。自分に利益がないと思ったら裏切る。人情なんて関係ないのよ。だから逆に言えば、こっちに協力するのが面白いし、利益になるって思っているうちは、絶対に裏切らない。小田さゆりは、人と違うから、一見複雑なように思えるけれど、実は単純なのよ。」


 彼女は、いつでも、自分の思うまま行動する。自分の中に抑制する力がないように。無垢なまま。ありのまま。

 いい意味で、自由。悪い意味で、残酷。


 人と同じように行動することを好む現代において、人に合わせず、気ままに行動する彼女は、とても珍しい。だから学校も、彼女がクラスにどう影響を与えるのか見たくて、彼女を入学させたのでしょうね。


 彼女が、クラスに大きな影響を与えているのは確か。一見、悪い影響しか与えてないように思える。


 でも、生徒達が、他の生徒を意識する様子が増えているのも、事実。それだけが唯一の救い。


 それを信じて、このまま計画を進めていいかしら?


 教えてよ、日向千鶴。


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