5-2(武田3)
[武田]
中間テストのちょっと前の時期。2組の田中先生から、SS制度崩壊への協力を依頼された。その時、生徒達が24時間監視されている事を知り、驚いた。
今この時にも、監視されている事を知らずに、他の生徒は穏やかに過ごしている。そんなことが出来る国家権力というものの恐ろしさを実感した。
田中先生からは、監視カメラの場所、そしてその死角などを教えてもらうことができた。だから、俺は、田中先生に協力する事を承諾した。
依頼は、田中先生とのメールで行われた。
はじめの依頼は、クラスの雰囲気を平穏に保つこと。
次の依頼は、カンニングの犯人が藤井有紗だと投稿があった夜に行われた。
[差出人:田中先生]
[題名:依頼]
[内容:カンニング犯は、藤井有紗と小田さゆり。依頼の内容は、明日の昼、藤井有紗と2人で会い、点数開示申請していいか承諾を取ること。そして、小田も共犯であると藤井の口から言わせること。次の日には、小田と藤井に点数開示申請すること。]
俺は、点数開示をすることで、2人が黒であること証明するのが目的だと思っていた。田中先生は、小田と藤井の点数を知っていて、その方法なら確実であるからそう俺に依頼したんだと思っていた。
藤井に小田の点数を聞いた際にも、平均70だと言っていたから、確実に黒だと証明できると思った。
けれど、田中先生の言う通りに小田の点数を開示させたが、小田の点数は、全く不自然なところがなかった。
どうしてかと思い、田中先生に聞いた。
「どうして藤井が開示した小田の点数と、俺が開示した小田の点数が違ったんですか。」
「ああ、それね。わたしが変えておいたのよ。藤井に点数開示されたときに表示される点数をダミーのものにね。それで、あたなが開示する前に、本当の小田の点数に直しておいた。」
予想外の回答に、俺は驚く。そして同時に怒りを感じた。
「そのせいで、俺が小田の共犯を証明できなくて、俺は小田に逆らえなくなったんですよ! このままじゃ、藤井はクラスからイジメを受けることになるかもしれません。」
すると田中先生は、悪びれた様子も無く、ごめんなさいねと言った。その態度に俺の怒りは増幅した。
「まあ、怒らないで。確かに、あなたのクラスの雰囲気は最悪よ。でもね、SS制度っていうのは、あなたが思っている以上に残酷なものなのよ。それを無くす為には、多少の犠牲は必要よ。」
多少の犠牲?藤井はこれから、イジメを受ける可能性が非常に高い。それが、多少の犠牲なのか?
田中先生は、藤井がイジメられようと、なんとも思わないのか? それでも教師か?
俺は田中先生を睨む。けれど田中先生は、俺のそんな感情など、全く気にしていない。
田中先生は冷たい瞳で続けた。
「聞いて。私は……いや、俺は、もともとこんな話し方じゃなかった。どうしてだか、わかるか? 俺が、SS制度を壊す為に生きてきたから。人格も、顔も、話し方も、癖も、全て、この為に変えてきた。理由は……11年前にここで起こった悲劇だよ。」
田中先生は、自分のスイッチを切り替えたかのように、一瞬にして別人のように変わった。話し方も、雰囲気も、こちらの方が、威圧的で、重圧感がある。
俺はその変貌ぶりに驚き、目の前の人に恐怖を感じた。小田さゆりと似たような、狂気さえ感じるほどだった。
そこにいるのは、"先生"ではない。僕たちに何かを教える為に彼はここに来たんじゃない。自分の意思で、自分の目的を果たすために学校へきた反逆者なんだと、俺は瞬時に悟る。
「11年前に、28人のクラスメイトがいた。そこに、俺の姉もいた。俺の姉は、SS制度の仕組みを知ってしまった。監視されてることも、自分たちが、汚い大人に利用されてる事も。それで、どうなったか分かるか?」
俺は何も答えなかったが、田中先生は続けた。
「クラス全員での集団自殺を計画した。そして、それは実行された。」
想像していた以上の出来事に、衝撃を受ける。
「その集団自殺計画を、学校は知っていた。でも、SSは実験と同じ。介入はしなかった。むしろ、自殺の道具を準備して、様子を見るほどだった。その学校の対応に、絶望した生徒は、28人、全員が命を絶った。」
俺は無意識に手を握りしめていた。先ほどまで、田中先生に怒りを感じていたが、今は、この制度に対して怒りを感じた。
「でも、学校側は、そんなことがあったにも関わらず、この制度をやめなかった。だから俺は、この学校に生徒として入学した。監視カメラの位置も、タブレットのデータをイジる方法も、3年間の学生生活で覚えた。それほどまで、俺は本気なんだよ。もう、悲劇を繰り返さないために。」
その話が終わり、田中先生は普段の口調に戻った。
「さて、それで、あなたへの協力の話なんだけど、あなたがやめたいなら、止めないわ。」
田中先生は、俺に計画の協力を続行するか聞いてきた。
今の話を聞いて、協力をやめますなんて言えないに決まってる。
「……いや、やります。」
「ありがとう。」
田中先生は笑った。先ほどの怒りが滲み出るような表情のカケラもない。
「あなたを小田に逆らえなくしたのには理由があるのよ。あなた、クラスで目立つのよね。だから、学校からも目をつけられている。あなたみたいな人物がどういう風に、クラスに影響を与えるのかってね。だから、何もしないクラスメイトの一員になってもらった方が、裏で動いてもバレにくくなる。あなたには、積極的に動いて欲しいの。クラス内の問題解決じゃなくて、悪質なこの制度の証拠集めのために。あとで、ネットで拡散するための資料となるもの。それを、あなたと私で集めるのよ。」
田中先生は、俺をわざと小田に逆らえなくさせた。その結果、俺は藤井を救うことも出来なくなった。でも、それ以上にSS制度崩壊させることが大切だと、田中先生は思っているようだ。
でも、どっちが正しいのか俺には分からない。
少ないものを犠牲にして、何か大きな事をやり遂げる。
それは、SS制度も、制度崩壊も、どちらも同じじゃないか……。
俺は……どうしたらいい?




