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傍観者  作者: Amaretto
第一章
3/56

1-3(槇原1)

[槇原]


 高校1年の夏。中間テストが行われる時期。


 教室の左後ろの天井に設置されたカメラには、藤井が小田に話しかけている様子が記録されている。カメラを通して私は2人の様子を観察していた。


 藤井有紗と、小田さゆり。この2人は友達にならなそうだと思っていたが、親友と呼べるほど、普段から一緒にいることが多かった。それが私には不思議だった。どちらも目立つタイプであったが、藤井有紗の方は一言で言うなら「派手」。小田さゆりは「控えめ」だった。藤井は髪の色を染めていて、恥じらいなどはなく、話す声も大きいし、とても単純な性格をしている。運動神経は抜群によく、その存在感から、クラスの中心となっている。対して小田は、教師への態度もよく、勉強も出来る優等生タイプだ。運動神経も悪くない。教師という立場で言うのもなんであるが、小田はクラスで一番可愛い顔立ちをしている。そのため、男子からは人気がある。しかし、小田はおしとやかで、一歩引いたように行動をするところがあるからか、高嶺の花の存在になっており、表立って告白などをする男子はいなかった。


 2人ともほぼ反対の性格のような気がするのだが、逆にそれが良いのかもしれない、と最近は思うようになってきた。


「ねえ、ちょっと、相談なんだけどさ」


 映像の中の藤井が眉をひそめていった。


「ん? どうしたの?」


「今度の中間テスト……ちょっと自信ないんだ。だからさ、テスト勉強一緒にしない? さゆりちゃん、頭良いじゃん。」


 藤井が目の前で手を合わせ、「お願いっ」と頼む。

 小田はにかっと笑って、快く了承した。


「任せて! 有紗ちゃんのためなら!」


 そのあと、小田は、何かを思い出したように、はっとする。

 そして小田はキョロキョロと教室を見渡し、他に誰もいないことを確認してから言った。


「そういえばさ、ここだけの話なんだけどね、私知ってるんだよね。」


 え、なになに? と藤井は身を乗り出しながら聞く。

 小田はニヤっと笑い、「中間テストのある場所。」と言った。


 藤井は、「えっ!」と声を出し驚いてしまい、藤井と小田しかいない教室なのに、慌てて周囲を見渡す。誰にも聞かれていないとほっとしている藤井に、小田はさらに付け加えて話す。


「だからさ、2人で、盗みに行かない?」


 藤井は目を見開いてぽかーんと口を開ける。

「それって……カンニングするってこと?」


「そうそう。テスト、不安でしょ? カンニングっていっても、答えを知るわけじゃない。ただ問題の内容を知るだけだって。」


 藤井は急な提案に戸惑っている。

「でも、実際、盗めるの?」


 小田は、聞かれるのを待っていましたと言わんばかりに、「とっても良い案があるんだ!」と答える。


 私はどのようにしてカンニングしようとしているのか知りたかったのだが、その場では教えなかった。


「あとで、メールで詳しく伝えるからさ。聞いた後で一緒にやるか決めて。もちろん、やらないって言うなら、その話を聞いたことも誰にも言わない。」


 そう言われると、藤井も、聞くだけならいいかという気持ちになる。

「……わかった。じゃあやり方だけ聞いてみようかな。」


小田はニコッと笑った後、思い出したように、「あ、そういえば、有紗ちゃんのこと、槇原先生が探してたよ!」と言う。


いきなり自分の名前が出てきた事にどきりとする。私は、藤井を探しているなんて小田に言った覚えはない。


「えっ。うそ!? めんどくさいなー。どこらへんにいたの?」

「えっと、体育館近くの廊下だよ」


 藤井は立ち上がり、急いでリュックに物を入れ始める。


 この映像は今から少し前の映像だが、私は今日体育館近くには行っていなかった。小田は、私と誰かを間違って伝えてしまったのだろうか。それとも、わざと藤井に嘘をついたのだろうか。


「分かった! じゃあ行ってくる! さゆりちゃん、先に帰ってて! またね!」

 帰り支度を終えた藤井が、手を振りながら教室から足早に去っていく。


「うん、またね〜!」

 小田は手をあげ、ニコッと笑う。


 教室に残った小田は背中をカメラに向けたままで、しばらく動かなかった。モニターから目を話そうとした次の瞬間、小田が振り返るのが目の端で見えた。


 反射的にモニターに再度目を向ける。

 思わずびくっと体が動く。


 私はカメラ越しに小田さゆりと目が合ったのだ。


 このカメラは小型で、意識しなければ見つかるはずない……と思うけれど、確かに小田はこちらを見ている。私は無意識のうちに息を止めていた。小田はまるで私がカメラ越しに観察しているのを知っているかのように、私を睨みつける。小田は小さく口をぱくぱくさせ、ぼそっと何か呟いている。



"宣戦布告"



 はっきり聞こえたわけではなかったが、口の動きからは、そう言ったように思えた。

 小田は、そのあとすぐに教室を出ていった。


 再び時間が動き出す。


「小田 さゆり……監視カメラに気づいたか。」

 私は顔をしかめて、はあ、とため息をつく。


「これじゃあ正確な観測ができなくなる。まあ今までもこういったケースはあるようだから問題ないか。」


 私はモニターから目を離し、部屋の右側の机に置いてあるタブレットを手に取る。今日の分の報告データに、藤井と小田のカンニングについて付け加える。


 一日の授業が終わった後、クラス担任は、教室に設置してある監視カメラの映像を確認し、その日起こった出来事をまとめ、報告データを作成する。出来上がった報告データは、毎日校長宛に送信しなければならない。校長が目を通した後は"上"がチェックしているのだろう。



 モニタリングルームから出た時、1組の担任と会う。

「あら、まきちゃん、モニタリング終わったの?」


「はい。今日の分は観察し終わりました。田中先生はこれからですか?」


「そうよ。これからモニタリングするわ。でも今日は特に何もなかったわねー。まあ、男の子たちが取っ組み合いのケンカしたくらいで。2組はどうだったのかしら?」

 ごつごつした手を頬につけながら、田中先生は話す。


 私はこの先生が苦手だ。というより、嫌い。1組は入学してからすぐ、男子が数名ケンカをし、2名が骨折した。噂では、それを田中先生は見て見ぬふりをしていたのだという。

 それが本当かは分からないが、田中先生のクラスで問題が絶えないのは事実だった。

 私の受け持つ2組ではケンカやイジメなんて起こらないと思うが、……いや、起こさせないが、万が一起こったとしても、私は絶対に見て見ぬ振りなんてしない。


「私のクラスも特に何もなく平和な一日でしたよ。」


 当たり障りのない回答をする。藤井と小田のカンニングの事は言わなかった。


「そうなの? まあ、さすがまきちゃんだわ。」


「ありがとうございます。」


「このまま、3年間、生徒が何も問題を起こさずに過ごしていってくれればいいけれど……。」


 田中先生のクラスではもう問題だらけであるはずなのに、彼はクラスでの生徒達のケンカなど問題ではないと思っているようだった。


 私は「ああ……そうですね」と適当に相槌を打つ。


「それでは、私は報告書の提出をしなければならないので、失礼します。」とこの場を去ろうとした時、田中先生が真剣な顔をして「まきちゃん、この学校は特殊よね。」と呟く。


 振り返った私を見ることなく、田中先生は続ける。

「もしケンカが起きても、担任は手を出してはダメ。あくまで観察をしなきゃいけない。」


 田中先生が振り返り、私と目が合う。

「例え、目の前で生徒が骨を折られても……ね。」


 田中先生の言葉に、私は耳を疑った。噂だからと、気にしないようにしていたが、本当だったなんて。そう分かった瞬間、ドカンと全身を打ち付けられたような衝撃がはしる。


 私は瞬時に2ヶ月前の1組のケンカを頭の中で思い描いた。悲鳴をあげて暴れる生徒。その上に馬乗りになり、腕を後ろに曲げさせ、抑えつけている生徒。そして、ただただ、見ているだけの、彼。そこにいるのは教師ではなく、ただの傍観者。


 腹の底から怒りがふつふつと湧き上がる。なぜ、目の前の生徒を助けなかったのか。助けないでいられたのか。なぜそれでまだ、教師という立場で平然とこの学校にいるのか。


「まきちゃんは、私が生徒を助けるべきだったと思っているんでしょう?」


 当たり前の質問が、私の怒りを増幅させた。それ以外にありえない。私がもし、1組の担任だったら、助けてあげていられたのに。


「SSの担任がやるべきことは、なんだと思う?」

 私ははっとし、目をあげた。


 田中先生は窓の外を見ている。夕陽がちょうど沈む時間帯で、廊下の窓から差し込む光で田中先生の顔がオレンジ色に染まる。


「……それは、もちろん、観察……です。」


 それは私も田中先生も、ここにいる教師は、みんな教え込まれた。観察だけすれば良いと。それ以上でもそれ以下でもない。だから、このSSでの担任としては、田中先生は当たり前の事をしただけなのだと、私は分かっている。分かっているのだけれど、納得してはいない。私は自分の怒りをぶつけるように質問を投げつけた。


「……けど、田中先生は本当にそれが正しいことだと思っているんですか?」


 分かりきった質問であった。二ヶ月前のケンカの時の田中先生の行動が、答えそのものなのだから。

 田中先生は即答した。


「思っていないわ」


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