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傍観者  作者: Amaretto
第三章
20/56

3-5(鈴木7)

[鈴木]


 そうして、小田の独裁政治は始まっていった。

 もともとクラスのカースト1位だった藤井は、カンニング犯として、クラスから無視されるようになっていった。そして、武田もそのクラスメイトの反応に口を挟む事を許されなかった。


 あの後、小田は武田のテスト点数も開示させた。


「自分やったことなんだから、自分がやられたって文句は言えないよね?」


 小田はオモチャで遊ぶように、面白がっていた。

 武田のテスト点数は、クラス中に広められた。



[武田 智治]

[国語80点 数学93点 化学89点 日本史84点 世界史84点]



 小田と武田の争いを見てから、クラスメイトは、小田に逆らわなくなった。もともと、逆らうような人は、藤井や武田以外いなかったから、こうなる事は予想出来ていた。このまま、あと2年ちょっとを過ごさないといけないと思うと、気が重かった。



 二学期も終わり、小田は、藤井と武田に飽きたというように、他のクラスメイトに目をつけ始めた。

 藤井に悪口を言うように脅したり、藤井の物を盗むよう指示した。クラスメイトは、自分は標的になりませんように、と小田の言う事を守り、ひっそりと過ごすようになっていた。


 藤井は、精神的なイジメに、限界のようだった。親友だった小田に裏切られ、そのうえイジメられているのだ。それでも、誰にも助けを求めなかった。そして、誰も藤井を助けようとはしなかった。カンニング犯として、藤井を恨んでいたからもあるが、二学期後半は、小田に目をつけられたく無かったからという理由だった。


 担任の槇原先生も、藤井がイジメられていることを知っていた。でも僕達と同じように、見て見ぬ振りをしていた。最初は明るく、正義感が強そうで、頼れそうな担任だと思っていた。けれど、槇原先生は藤井の存在など見えていないかのように、イジメなどないかのように、平然と授業を行い、授業が終われば黙って去って行く。最初は、感情的だったのに、いつからか、無表情で機械的な話し方に変わっていた。まるで感情をどこかに置き去ってきてしまったかのような話し方。それが僕には気持ち悪く思えた。そして、無理しているようにも思えた。


 藤井のイジメは酷くなる一方だった。転校すればいいのにと思うかもしれないが、ここにしか、僕たちに居場所はないのだ。学費なしに通える学校も、生活する場所も。だから、藤井は転校が出来なかった。

 ここは、居場所がない子供たち、学校に通えない子供達の為の学校。だから、このクラスで、3年間過ごすか、死ぬしかない。学校に通うのを諦める選択肢もない。高校さえ卒業していない僕たちには、働き口などないに等しい。だから、この学校にいるしか道はないんだ。


 入学前は、この学校が、僕たちの希望だった。この学校は、生活も学習も、全て国のお金で支払われ、1円も払わず、高度な学習を受け、卒業できる。ここを卒業さえすれば、良い大学に入学だってできるし、良い就職先に就くことも可能だ。そうすれば、将来安泰に過ごしていける。不利な状況に生まれ育った僕たちが、唯一、一発逆転できる場所なんだ。


 けれども、ここは僕たちが想像していた天国なんかじゃなかった。ここはまるで牢獄だ。ここでは、僕たちに自由はない。狭い教室の中、僕たちに足枷がつけられていて、逃げ出すことができない。そして小田がここを地獄へと変えてしまった。



 あの頃に戻りたい。1学期始めの、武田と笑って話しをしていた頃に戻りたい。けど、もう戻れない。


 今はもう、小田の標的にならないように、息をひそめるように、ただただ、日々が過ぎていくのを待つことしか出来なかった。

 でも小田は、平凡な生活はつまらないのか、騒ぎや争いを好んだ。幾度となく、クラスメイトを煽った。


「ねぇ、誰も、有紗ちゃんを、助けようと思わないの? 見て見ぬ振り? 今、あなたはそこにいるのに、何もしないの? いる意味あるの? いてもいなくても、おなじじゃない? あなたが生きてる意味あるの?」


 みんなに向けて言ったセリフだった。

 でも、それは間違いなく、各クラスメイトに対しての言葉で、僕個人に対しての言葉だった。


 僕もクラスメイトも、挑発には乗らなかった。

 誰も藤井を助けなかった。

 藤井は、やせ細り、やつれていった。

 武田は、クラスメイトには声をかけるが、藤井と小田の事に関しては、見て見ぬ振りを貫くだけだった。


「ねぇ、誰も、何も言わないけど、私の事をどう思ってるの? 私に怒りを感じないの? 感情はないの?」


 僕にはちゃんと感情がある。小田に対する怒りもある。でも行動はしない。生きる為には、同時に、僕の身を守らなきゃいけない。


 僕が傍観者であり続けることで、僕は僕の身を守ってきた。

 今までも、これからも。


 冬が来て、3学期が終わり、僕たちは2年生になった。


 始業式のあと、クラスに学年主任がやってきた。クラスメイト達は、ぴしっとした姿勢で、学年主任の話を聞く。


「2年生からは、カードへのチャージ額について、変更点があります。金額は、クラスの成績順で決定します。もちろん、一番低い者でも生活雑貨は買えるほどの値段は支給されますので安心して下さい。但し、平均より低い点数の者は、今までの支給額である5万円から引き下がることになります。そうなりたくない者は、しっかりと勉強に励むように。毎月の第1月曜に試験をし、その結果がその月の支給額へ反映されていきます。くれぐれも、以前のようなカンニングはしないように。発覚した場合は、以前より厳しい処分を下すこととします。皆、学生であるという意識を持ち、勉学に励みなさい。」


 学年主任は話終わってすぐ教室を出て言った。


 このことは、僕らは入学時の説明の時に、聞いていたため、驚きはしなかった。

 だが、クラス内での立場も維持しなければならず、成績まで意識を向け無ければいけないのは大変であった。


 僕はテストの点数は平均点くらいであったために、2年になってもあまり支給額に差は出なかった。

 この高校では、2年と3年に、テストの結果で支給額が変わる。生活に直結するから、他の高校と比べ、勉強に対する必死さが違った。だから、この学校を卒業する生徒たちは、よい就職先、よい進学先へ進むことが可能なのだ。

 それが、この学校の誇りだというように、入学式の時、校長が長々とこの学校の素晴らしさについて語っていた。


 実力主義の学校。教師達は、生徒を助けることもしない。自分で自分を守る術を身につけなければいけない。


 今までだって、藤井がイジメられているのを、槇原先生は知っていた。でも、先生は何もしなかった。学年主任には、怖くて相談なんて出来ないし、隣のクラスの田中先生も、生徒のイジメを見て見ぬ振りするという噂だった。だから、クラスメイトは、教師に頼るという選択肢は無かった。


 クラスの問題は、クラスメイト自身で解決しなければいけない。でも、僕たち傍観者は、何も言わないし、何も行動しなかった。


 いつの日も、小田の制圧は続いた。変わらない日々だった。クラスメイトは何も言わなかったが、何も感じていないわけではなかった。小田に対する怒り。それは確かに積み重なっていった。



 2年の夏、中間テストの始まる前の時期。すべての始まりから1年経とうとしていた頃、クラスに変化が起こった。


 外でセミがうるさく鳴いている、暑い夏の日。昼休みの昼食後、教室に戻って自分のイスに座り、僕は武田と何気ない会話をしていた。


 藤井が教室に入ってきて、自分の席に着こうとした時、異変に気付いた。藤井の席の椅子がなくなっていた。同じ事は今まで何度かあった。なくなったイスは、廊下に置いてあったときもあれば、体育館にあるときも、プールの中に落としとこまれていた時もあった。逆にやる方も手間だろうと思うほど、嫌がらせが酷かった。だがいつものことなので、藤井は驚く事もなく、反応も薄かった。


 小田は窓際のスペースに、脚を組んで座っていた。藤井の様子を見ていた。笑ってはいなかった。藤井が反応しないからつまらないのかもしれない。それか、もうすでに飽きたのかもしれない。


 藤井のイスが無いことに、クラスメイトは気づいている。けれど、藤井と一緒に探そうとしたりする様子はない。


 いつも通り、みんな黙り込んで席に座っていた。


 以前はイスがなくなっていた時、藤井は無言でイスを探しに教室を出ていったが、今日は違った。


 藤井は黙って、小田が座っている窓際の方へ歩んでいく。


 目の前に立ち、小田を見つめるが、何も言わない。


 そしてふと、小田から目を離し、窓の鍵に手をかける。そして、窓を開ける。



 飛び降りる気だ! と皆思った。



 藤井を抑えるため、皆が瞬時に席を立ち、全力で走る。藤井が身を投げるギリギリ、藤井を抱え、抑えることができた。


 傍観者だった僕たちは、咄嗟に動いていた。

 本能的に、体が動いた。

 心臓がばくばくなっていた。



 藤井は、青ざめた表情で力なく、言った。



「死にたい。」




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