3-3(鈴木6)
[鈴木]
「じゃあ、藤井、こっち来て。」
武田が、藤井に対し、前に出るように声をかける。
藤井に対するクラスメイトの視線は冷たかった。
お前がカンニングしたんだろう、お前のせいで、俺たちまでペナルティを受けることになったんだろ、と目で訴えている。
「みんなには、朝話したけど、これから藤井に点数開示申請しようと思う。藤井がカンニングしたっていう証拠も何もないまま、藤井を疑うのは良くない。けど、もしこれで、藤井がやったことが分かったとしても、みんな責めないようにね。」
そう前置きしてから、武田は藤井の方を向く。
「じゃあ、俺から、点数開示申請をさせてもらうね。前期テストと、中間テストの点数。」
武田は、縮こまる藤井対してそう言い、タブレットを操作する。
「申請したよ。藤井。承認してくれるよね?」
藤井は恐る恐る、タブレットを手に取り、承認の文字をタップする。
武田は、自分のタブレットに藤井の点数が表示されたのを確認してから、みんなに見せるように、タブレットを持って掲げた。俺は後ろの方にいたため、点数が見えなかったが、武田が点数を読み上げた。
「後ろの人は見えないと思うから、代わりに俺が読み上げるね。まずは、前期テストから。国語60点、数学36点、化学50点、日本史53点、世界史48点。続いて、中間テストの点数。国語85点、数学70点、化学75点、日本史83点、世界史78点。」
明らかに、中間テストとの点数に差がある。これは藤井がカンニング犯とみなしていいだろう。
武田は一息ついて言った。
「みんなも思っている通り、中間テストの方が点数が高い。藤井、カンニングしたって認めるって事でいいかな?」
藤井は無言で頷いた。
それを見たクラスは、口々に文句を言い始めた。
「やっぱり、藤井だったんだ。」
「だと思った。どうしてくれんのよ。ペナルティ。」
「あんたのせいよ!」
藤井がカンニングしたと確定し、クラスメイトが藤井に厳しい発言を浴びせる。
「それと、もう一つ、確認したいことがあるんだけど、いいかな? 」
武田は、騒ぐクラスメイトの発言を遮るように、言った。
「俺が、もう1人、カンニングしたんじゃないかなって思ってる人がいるんだ。」
クラス中がざわざわと騒ぎ立てる。
「どういうこと?」
「共犯者がいるってこと?」
お互いがお互いを怪しむかのように、クラスメイトはキョロキョロと周囲を窺った。
「だから、その人にも、点数開示申請したいんだけど、いいかな? 小田。」
名指しされた小田に対し、一斉に視線が集まる。
「私? どうして? 何か根拠でもあるのかなぁ?」
小田は面白がっているように、おどけてみせた。
「根拠は、小田自身の行動だよ。怪しい行動ばかりとってるよね? 小田が共犯なら、藤井がやったと知ってることにも辻褄が合う。それに、一昨日、クラスをなだめるようにしたのだって、小田だったでしょ。」
「まあ、そうだね。私、怪しい行動ばかりだもんね。別に、点数開示申請してもいいけど、承諾するのは私の意思でしょ? 強制されるものじゃない。その為の承認制だよ。それに、私は、もともと点数は低い訳じゃない。だから、カンニングするメリットなんてないんだよ。」
小田の言うことは正論だった。確かに、明らかに怪しいけど、小田がカンニング犯だという根拠も何も無ければ、武田に勝ち目は無い。それでも武田は戦う気満々と言った様子で、堂々と言った。
「いや、強制はしてないよ。ただ、このままだと、クラスに疑われたままになっちゃうでしょ。だから、とりあえず見せてよ。それで、疑いが晴れるんだよ? それに、メリットがないなんて言ってるけど、小田自身、楽しむためにカンニングしたとしたら、そのスリルは充分なメリットだと思うけど。」
武田の発言の内容はもはやゴリ押しに近かった。圧倒的に不利だ。フラフラとした小田に、真正面からぶつかろうとしても無駄。暖簾に腕押しだ。
でも、いつも平和を突き通す武田が、少々ケンカ腰で発言しているのは、珍しい。何か理由があるのか? もしかしたら、小田の点数が明らかに異常なのかもしれない。小田がはいと言いさえすれば、武田の勝ちと言えるほどの。それを武田が知っているんだとしたら、武田の行動も納得がいく。
周囲のクラスメイトは何もしないで、武田と小田の言い争いを見ているだけだったが、クラスメイトが応援しているのは武田の方だった。もちろん、僕を含む。
「まあ、そこまで言うなら、点数開示してもいいけど。」
小田は、折れたように、渋々言った。
よし、武田の勝ちだ。僕は、小田に点数開示申請を承認させることが、共犯である証拠に繋がると確信していた。武田もきっと同じように今勝利を確信しているだろう。
「じゃあ、申請する」
小田があっさりと折れたことに驚きつつも、ホッとしたように、武田がタブレットを取り出す。
「ただし、条件がある。」
武田が申請の文字を押そうとした手前、小田が言った。
「条件?」
急な提案に武田は困惑した。
「もし、私が、カンニングした人だって、みんなに証明出来なきゃ、私に謝って。」
武田は、そんなことか、と言ったように、落ち着いた表情で答える。
「そんなの、当たり前だよ。小田を疑ってしまってるんだから。」
「それと、私が今後することに、口を挟まない。」
追加された条件に、武田は顔をしかめた。
この条件はまずいな。これは、今後のクラスに大きく影響する。頼む、武田、この条件は飲まないでくれ。小田に何か秘策があるのかもしれない。
武田は数秒考えた後、承諾する。
「わかった。いいよ。そうする。それで、開示してくれるんだよね?」
小田が頷いたのをみて、武田は申請のボタンを押した。
ああ、条件を飲んでしまった。これはかなり危険だと僕は思う。武田が、小田に意見を言えないって事は、クラスにとって大きな変化だ。小田が悪い事をしようとしたとしても、止めるような人は武田とか藤井くらいしかいないんだから。他の人は傍観しているだけなんだから。
もし、今回カンニングを証明出来なきゃ、小田の独裁政治を始めても、止める人なんて誰一人いなくなる。僕が、表立って行動を絶対しないように、他の人もきっと、何も行動しない。クラスは、クラスの雰囲気とやらに乗っかり、動いていく。だから、自ら動く人が小田しかいなくなれば、みんな小田の流れに乗ることになる。決して、自分から動きは生み出さない。おそらく、小田は、クラスの主導権を狙っている。
今までの小田だったら、僕は今の状況に恐ろしさなんて感じなかっただろう。でも昨日の朝、小田が恐ろしい人だと、痛感した。もし、武田が負けたら、なんて想像するだけで、怖い。今後のクラスはどうなるのか不安になる。重大な約束を、武田が一人で抱えて承諾してしまった。プラスに考えれば、それほど武田には自信があるとも言えるが、リスクはかなり大きい。
頼むから、武田、小田に勝ってくれ。小田が共犯である証拠をみんなに見せつけてくれ。僕はそれだけを願う。
小田は自分のタブレットを見つめている。
小田が承認のボタンを押す。
それと同時に口角をあげ、薄気味悪く微笑む。
その笑顔に、僕はゾッとした。
タブレットに小田の点数が表示され、それを見た武田は固まる。
「え。どうして。」
そう呟いた武田の顔は青ざめている。
「どうしたの? だからいったでしょ。普通の点数だって。はやく、私がカンニングの共犯だって証明して見せなよ。」
小田は、ニヤっと笑いながら、武田に催促した。
武田は、震えた声で、小田の点数を読み上げた。
「前期テスト、国語98点、数学100点、化学93点、日本史89点、世界史86点。中間テスト、国語100点、数学100点、化学91点、日本史83点、世界史90点」
前期テスト、中間テスト共に、同じくらいの点数であった。これが、カンニングの共犯だっていう証拠には、到底ならない。武田の反応を見る限り、予想と違う点数だったんだろう。小田の点数はどの教科も高得点。武田の予想の点数は何点だったんだ? すべて100点か? それもおかしいが、前期テストの小田の点数からは、ありえなくはない。つまり、そうだったとしても小田が共犯という証拠とするのは難しいのではないか。それほどまでに、小田の前期テストの点数が高いと思っていなかったのか?
どうするんだよ、武田。
武田だけなんだよ、このクラスを救えたのは。
僕を救ってくれじゃないか。一人だった僕に声をかけてくれたじゃないか。武田は、もっと、余裕な顔して、さらっとやってみせる男だったじゃないか。
武田が、慌てる様子を見るのは初めてだった。
ああ、武田は、小田に負けたんだと、実感する。
武田は状況を飲み込めていないようだが、だんだんと落ち着き、小田の前に立つ。
「小田、疑って……すみませんでした。」
武田ははっきりと負けを認める発言をした。
それと同時に、武田は今後、小田に意見出来ない事になった。