2-6(鈴木5)
[鈴木]
「うん。本当だよ。その書き込み、私がしたんだもん。」
その発言に、皆が動揺させられた。
昨日あれだけ藤井を庇って、ようやく一件落着したのに、どうして、と僕も疑問に思う。
「さゆりちゃん、私が犯人って書き込みしたってどういうこと!?」
藤井が、小田の肩を掴んで揺らす。小田は、揺らされながらも、落ち着いた様子で答える。
「だって本当の事じゃん。有紗ちゃんが自分で言うかなって思って、チャンスをあげたのに、自分で名乗り出ないからさ。名乗り出てたら、ちゃんとフォローしたのに。自分が悪いでしょ?」
小田の発言に、クラス中が驚きを隠せなかった。
小田は、優等生で、誰にでも優しく、武田のように信頼の厚い人物だった。だから、こんな人を陥れるような発言に、耳を疑う。
「え。さゆりちゃん。どうして。どうしちゃったの。」
藤井も言葉が震えている。親友だった人に裏切られたこと、そして、自分が犯した罪をクラス中に知られたこと。この2つで藤井の心は壊れそうだった。
「どうしちゃったのって。私は、もともと、こうだよ? 何言ってるの、有紗ちゃん。」
にこっと微笑み、いつものような笑顔をする小田。その恐ろしさに、僕は背筋に冷たいものを感じる。
これは、僕たちが見てきた小田ではなかった。優しくて、天使で、皆の高嶺の花。その小田が、こんな怖い笑顔をする人だったなんて。
藤井が犯人だったことよりも、小田の本当の人格が露わになった事の方が、クラスメイトにとっては衝撃だったようで、それ以上、藤井への質問責めもなくなった。
皆が黙ってそこに立ち尽くしていた。
暫くして、担任が教室にきて、朝会を始めるため、各々が自分の席に着く。
その日は、朝のような騒々しさなどまるでなく、いつも以上にしんとしていた。
僕の推測は、ある意味どちらも当てはまっていた。犯人は藤井であったし、投稿者も、クラスの雰囲気を悪くすることを気にも留めない人物だった。
小田さゆり。これほどまでに、恐ろしい人だと、誰が思っていたというのだろう。藤井の裏切られたショックは計り知れないな。カンニングの犯人でありながらも、少し同情するくらいだ。
誰がどう見ても、小田の行動は小田らしくなかっただろう。昨日までの小田が、本当の小田だとしたら。
でも僕は、今日の小田が、本性なんじゃないかと思う。
小田は、藤井が名乗り出なかったのが気に入らなかったといっていたが、まるでそんな風には見えなかった。寧ろ、彼女自身があの状況を楽しんでいるような、そんな気がした。
それが、本当の小田だとしたら、恐ろしい。
あの笑顔も、あの可憐さも、あの儚さも、全て嘘だったんだ。
そしてふと、思う。小田はどうやって藤井がカンニングしたと知ったのだ? そもそもカンニングなんてどうやってやったっていうんだ?
僕は暫く考えたけれど、カンニングの方法なんて思いつかなかった。まあ、いずれにせよ、小田は、藤井のいつも近くにいたわけで、藤井は物事を隠すと動揺してしまうようだから、雰囲気とかで分かったのかもしれない。元親友といえるほどの仲だったのだから。
僕はベットに入りながら、小田さゆりと、クラスの今後について考えていた。この悪くなったクラスの空気は明日も続くのだろうか、と思うと気が重い。
武田なら、なんとか前の空気に戻してくれるのではないか?
僕はいつも他人任せだけれど、武田になんとかして欲しかった。空気を変える。それは力がある人しか出来ない。今の僕はただの傍観者だ。
だけど、それでもいいから僕は穏やかに高校生活を過ごしたいんだ。そう思いながら、いつのまにか眠りにつく。
次の日の朝、重い足取りで学校に行く。みんなが教室の後ろに集まっている。その中心にいるのは武田だった。
「だいたいみんな集まってきたね。」
武田は全員に視線を少しずつ向けながら、続ける。
「みんな、藤井が本当にカンニングをしたって思ってる?」
思いもよらない発言だった。昨日の藤井の雰囲気と、小田の発言から、明らかではないか。
「何いってるの。そうとしか思えないじゃない。」
「まあ、そうだよね。僕もそう思うんだ。カンニングしたのは、藤井かなって思ってる。でもね、確かな根拠はないんだよね。根拠も無いのに、100パーセントそうだって信じるのも、どうかと思ってね。藤井が犯人だと確信したところで、彼女を責めたい訳じゃない。ただ、本人に確かめてみようかなって思って。」
「本人に確かめるって、どうするの?」
「本人に、点数開示申請するんだ。」
そうか。点数開示申請をすれば、申請された側の承認により、その人の点数を知ることができる。
武田は、続ける。
「藤井がカンニングしていないなら、自分の潔白を証明するために、点数を開示する。もし、開示しないとしたら、それはカンニングしたとみなしていいと思う。でも、問題なのが、カンニングしているのに、点数開示をするかもしれないこと。その対策のために、前期テストの点数も開示してもらう。以前より明らかに高い点数だったりしたら、それも、カンニングしたとみなしていいと思う。みんな、どうかな?」
武田にしては、荒いやり口だと思った。武田は、みんな和やかに過ごせるような調整をしてくれると思いきや、これではまるで公開処刑を進めてる執行人みたいだ。
けれど、クラスの皆は賛成した。やはり、あの重いペナルティの恨みは少なからずあるからだ。
「そしたら、今日の放課後、見せてもらうことにしよう。あとで昼にでも俺が藤井に話しておくよ。」
そうして、武田による朝会は終わり、まだ来ていなかった生徒に対しては、その友達が説明することとした。
放課後が来る。
僕はそわそわしていた。クラスで行われる公開処刑。それも武田による。
武田も小田と同じように本性は怖い人なのかと、少し疑ってしまう。小田のあれだけの豹変ぶりを見てしまっては、人間不信にもなる。まあ、武田が荒い方法で犯人探しのように吊るしあげるとしても、最終的にクラスの雰囲気を良くなればいい。でも僕は、この方法じゃ、どんどん空気が悪くなる一方に思えて、焦っていた。これ以上の悪化なんて考えたくもない。
武田は、この荒い方法でも、クラス再建をやり切れる自信があるのか?
それとも、小田と同じように、誰かを犠牲に、楽しみたいのか?
「みんな、集まったようだね。」
武田が宣言通り、藤井有紗の公開処刑を始める。
全ては武田にかかっている。なんとかしてくれ、武田。僕の平和な日常を取り戻してくれ。




