1-1(鈴木1)
この物語を読んでいただき、誠にありがとうございます。
毎日1話ずつ 18:00に投稿予定です。
第1章の最後に、登場人物説明を載せてあります。
第8章で物語が完結する予定となっております。
更新を楽しみにしてくださる方がいれば、嬉しいです。
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3/19 登場人物の「小田さゆり」を主人公とした物語「どうせ、先生と呼ばれているあなたも、この質問には答えられないんでしょ?(威圧)」を投稿しました。
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[???]
もしかして、と思ったのは、入学から1週間たった頃だった。この学校は、何かおかしい。でも、何がおかしいのかは分からない。私たちは、知らないうちに、騙されているのだろうか。
[鈴木]
僕が代わりに殴られることで、中嶋を解放してやるよと、上から目線で言ってくる奴らに、「分かった。だからやめなよ」と言えたら、何か変わっただろうか。
僕にはこの場を変えられるはずもない。目の前で殴られている中嶋は勇気のある奴だった。以前イジメられていた東を、自分を犠牲にして助けたのだ。その勇敢な中嶋も、こうして殴られているのだから、イジメなんてダメだと、当たり前のことを声を出したところで英雄になれない事はみんな知っている。多数派でなければ、どんな英雄も、ただの反逆者と同じだと、誰かが言っていた。だから僕がただ見ていることしか出来なくても仕方ないのだ。
2年間にも渡るイジメにおいて、僕は傍観者という立場を貫き通してきた。たったひとことでも、イジメられている人を味方するような発言をすれば、次の日からイジメの標的はその人に変わる。そんなことはクラス中、みんな分かっている。中嶋自身がそうであることを今まさに証明しているのだから。
中嶋が西村に殴られている様子を黙って見ている傍観者が、「分かった。だからやめなよ」なんて庇ってくれることなど、中嶋は期待していないだろう。これは裏切りなんかじゃないし、今までのクラスメイトだって、助けてこなかったんだから、別にいいじゃないか、と心の中で言い訳する。
だれも何も話さず静まり返る教室に、中嶋が殴られる鈍い音と、時々もれる「ゔっ」という声にならない声、チクタクという時計の音が響く。早く終われ、と思えば思うほど、秒針が音を立てるまでの時間が長くなっているように感じる。背中が嫌な汗でびっしょりとして気持ち悪い。
今から5分前、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。それはこのクラスにおいて、「ゲーム」の始まりを意味する。
教室にいるクラスメイトはソワソワと落ち着かない様子を見せている。
「今日は誰にしようっか?」とるんるんしながら小田は高い声で言う。
綺麗なアーモンド型の瞳、透き通るような白い肌、小田は女優に間違われてもおかしくないような可愛い顔立ちをしており、染めていない綺麗な黒髪は肩上で綺麗にカットされている。パッと見、イジメるようなタイプは見えないが、スイッチが入ると恐ろしいほど豹変する。
「今日は7月15日だから、15番で良いんじゃね?」
西村の取り巻きの武田が言った。武田のサラサラの髪から覗く茶色い瞳が、こちらに向けられる。
出席番号15番は僕だ、と思い僕の顔はサーっと青ざめる。きっと武田は僕が15番だと分かってて言ったのだ。
昨日は、くじだったし、おとといは小テストで一番点数の低い人だった。いつもは、だれが選ばれるか分からなかったが、今回は、出席番号でなんとなく選んだように見せかけた、指名だ。
「そうだな」とイジメの主犯の西村も頷いた。
西村は席を立ち、クラスメイトを教室の後ろに集めた。
「出席番号15番のやつ、前にでろ」
汗が出ている手をぐっと握りしめ、前に出る。
「じゃあ、今日も、偽善者ゲーム始めるよっ!」
小田の高い声が教室の隅の方までよく通る。
このクラスでは毎日放課後に、西村たちがゲームをする。選ばれた人は、中嶋を助けるか、自分が助かるかを試される。初めて行われてから今まで、誰一人として助ける者はいなかった。イジメられている人を見捨てるクラスメイトをみて、西村たちが笑うのだ。なんて下らない奴らなんだと心の中では思っているのだけれど、実際僕も、中嶋がイジメられるのを見ているだけで、助けようとかそんな気持ちはこれっぽっちもないのだから、僕もその下らない奴らと同じかもしれない。
「今日は、鈴木くんだねっ!」と小田がニコッと微笑む。
「それじゃ、今から1分間、中嶋くんを助けるチャンスを鈴木くんだけにあげるよ。」
小田は「だけ」の部分を強く言い、強調した。そして笑顔で僕の両手を掴み、頑張ってと声をかける。
本心では助けないだろうと思っているくせに、と僕は心の中で思った。
このイジメを一番楽しんでいるのは小田だ。このゲームは彼女が思いつきで始めたもの。小田はいつでも安全な所にいる。僕たちが崖の下で必死に上に上がろうとして、落とし合う様子を楽しんでいる。もし自分の足を掴まれ、崖の下に引きずり込まれそうになっても、その人の手や腕、顔までも、ためらいなく踏みつけて落とすだろう。そして、下に落ちて行く様子を見てあざ笑う。けれども冷徹さはまるでない。人に興味がない人を冷徹というならば、彼女はそれには当てはまらないだろう。むしろ逆で、彼女は人という生き物の本質を探ることに、誰よりも執着し、熱かった。彼女は人の本性を常に探っている。そして、人間の恐ろしい感情をそのまま露わにして生きているような感じがあった。だから、誰よりも人間らしい人なんだと、僕は思っていた。
「今まで誰も中嶋くんを助けてあげてないよね。今日も見捨てるのかな?」
ふふふ、と口に手をあてて笑う。
「チャンスをあげているのに、助けない傍観者は、イジメているのと同じだと思わない?助けないっていうことは、自分の代わりに中嶋くんをイジメて下さいってことでしょ? まあ、もし今日中嶋くんを助けたとしても、今まで中嶋くんを見殺しにしてきた事実は変わらないけどね。残念ながら過去は変えられない。けどね、今から起こることは変えられるよ! これから西村くんが、1分間中嶋くんを殴るけど、助けられるのは鈴木くんだけだよ。殴られる中嶋くんの身代わりになってもいいっていうなら、『分かった。だからやめなよ。』って言ってね。そしたら中嶋くんを解放するよ。自分を犠牲にしてまで、助けるかな? それとも今日も見捨てるのかな?」
小田はゲーム内容をワクワクとしながら話す。
僕はそんな悪趣味なゲームを楽しむ小田が嫌いだ。
「鈴木くんは、偽善者なのかな?」とニコッとする。
一見明るく陽気な女の子であるが、逆にそれが怖さを倍増させていた。
「……どうせ鈴木も、中嶋を見捨てるんじゃない?」と誰かが呟いた。
声のした方に目を向けると、武田と目が合う。色素の薄い、透き通る茶色の瞳。僕の気持ちを全て見透かすような目だ。僕は思わず目を下に向ける。
「まあ、俺はどっちでもいいけどよ、今日も楽しませてもらわねぇとな。」
人を殴ることを快感とする、西村。
この状況を楽しんでいるお前より僕は正しく生きていると思いながらも、助ける気はない自分に嫌気が指す。
「じゃあこの時計で、針が上をさしたら開始ねっ!」
小田がカウントダウンを始めた。
西村が中嶋の前に立つ。ガタイが良い西村は近くに立つだけでも威圧感があった。
教室が緊張感に包まれる。
「10秒前」
中嶋は目を瞑り、歯を食いしばる。
「5秒前」
まるでみんなが合わせているかのように同時に息をのむ。
「3……2……1……」
秒針が12を過ぎたあと、西村は中嶋の顔を殴り始めた。西村の拳が、中嶋の頬めがけて振り下ろされる。殴られるのと同時に、中嶋の口からゔっと吐き出すように声が漏れる。
僕の中で、助けなきゃだめだろと叫ぶ僕と、助けたら、自分が中嶋のようになるぞと止める僕が戦っていた。
一発一発殴られる度に、中嶋の顔が、だんだんと赤くなっていく。
秒針が4の位置を通り過ぎる。
僕はただ、目の前の様子を眺める。
中嶋は助けを求めることなく、ただじっと殴られ続けている。中嶋の口の中が切れたのか、血が唇についていた。あまりに痛々しい様子だったが、僕は目を逸らさずに見続ける。
秒針が6の位置を通り過ぎる。
「ほら、助けねぇのか?」と西村が僕を煽る。
この場で、中嶋を助けることが出来るとされたのは僕だけだった。けれども僕は口を閉ざしたまま動かない。僕には助ける勇気がない。これまでも中嶋たちを見捨ててきた。小田が煽ってこようと、いじめられる人がどんなに残虐なことをされようと、僕は傍観者であり続けることで、僕を守ってきた。
秒針が9の位置を通り過ぎる。
教室にいる他の傍観者のうちのほとんどが、中嶋が殴られている様子を見れずに俯いているが、目を逸らさず観察するように見ている人が1人いた。
「イジメの典型的パターンだな」と呟いた槇原先生は手に持っているタブレットに、本日も誰一人助ける者なし、と入力する。これをあとでまとめて、校長に報告をするのだ。
秒針が11の位置を指す。
あと、5秒。
もう少し。もう少しだ。
あと3秒。
かち、かち、かちと音を立てて進む秒針が、ようやく12を過ぎ、「はい!終わり〜!」と小田が言う。
たった60秒なのに、とてつもなく長く感じられた。
僕はじとっとした汗をかいていた。西村が「やっぱ、だれもこいつのこと、助けねぇんだな」と言い、誰も自分に逆らえないことを確認するかのように、まわりを見渡す。クラスメイトたちは、目を合わせることなく俯いていた。西村は、傍観者を見下して大声でふはははと笑う。
僕は息を吐き出し、ゆっくり呼吸をする。
ようやく終わった、と僕はホッとした。
中嶋が殴られる時間が終わってホッとしたのか、僕が傍観者である時間が終わってホッとしたのかは、自分でもわからない。そんな僕の気持ちを見透かすように、武田は「自分が一番かわいいもんな」と言った。僕は何も言えなかった。この抑えきれない感情を、言葉にして出せない代わりに、手を強く握った。手についた跡は、僕の情けなさの象徴となった。
「自分の代わりに、こいつがやられてるうちは、安全だからね。むしろ、対象がずっとこいつであればいいとすら思ってる人もいるんじゃない?」
武田のこのセリフは、僕ら傍観者のうち、どれほど当てはまったのだろうか。少なくとも、僕自身は当てはまっていた。イジメの対象が自分でさえ無ければいい。そういう思いで、今までのイジメ象者を見捨ててきた。