第六話 『もうひとつの戦い』
現れたのは、長い黒髪を一本にまとめて編み込んだ体操服姿の女子生徒だった。
アンダーフレームの眼鏡の奥に見える瞳は知性的な光を宿し、その眼差しは大人びた端整な顔立ちと美しく調和がとれている。
その容姿の第一印象として、才女という言葉はまさに適切といえた。
しかしどういうわけか、身に着けている体操服は大掃除のあとみたいに汚れていた。
彼女は落ち着きのある足取りで二人のもとへ歩く。
「脚本会議は順調、というわけではないみたいね」
凛とした響きの、透き通る声で彼女は言った。
東山は顔を上げ、あれ? と首をかしげる。
「どうしたの、南さん。その格好は」
その問いにこたえるように、西野が言った。
「おお、委員長。偵察任務ご苦労さん」
「たいしたことではないわ。このクラスの委員長として、当然の働きをしたまでよ」
委員長と呼ばれた女子生徒、南夏織はどこか満足げな表情で答える。
どうやら、委員長という役職に少なからず誇りを持っているようだ。
「え? ちょっと待って。偵察って、なに?」
「他のクラスの進捗具合を探ってきたの。演劇のモチーフにするお話にどんなアレンジを加えているのかとか、アンケートで支持されるためにどんな戦略を立てているのかとか」
「あー、そういうことか。でもなんで、体操服なの?」
「制服のまま校舎の壁をよじ登ったり、天井裏を移動するわけにはいかないでしょ」
東山の問いに、南はさも当然というふうに答える。
体操服着ててもそれはダメなんじゃないかな、と言おうとした時。
東山は何かの気配を感じた。
ほとんど反射的に窓のほうを見る。
すると、かすかに何かの影が動いた。
ように見えた。
ほとんど同時に、天井から物音が断続的に聞こえた。
「……ねえ。今のってまさか」
「気にすんな。考えることはみんな同じってことだ」
本当に気にしてないらしく、西野はなんでもないという口調で言った。
「いやいや、なんかもう、全クラスがどっか一か所に集まって作業したほうがいいんんじゃない? このままじゃ誰か死ぬよ。冗談抜きで」
「あら。他人の心配をするなんて、ずいぶんと余裕があるのね。東山君は」
南は東山の隣に立つ。
彼女はそのまま片手を机について身をかがめ、東山の目をのぞき込むように顔を近づけた。
ほのかに香る南のにおいに、東山は思わず緊張する。
「文化祭の結果次第では、あなたの命がどうなるかもわからないというのに」
南は意味ありげな笑みを浮かべた。
まずい。この人は、いや、この人たちは本気なんだ。
東山がそう確信した時、西野が突然立ち上がった。
「俺は、俺たちは悪くねえ! あいつだ。あいつの脚本に踊らされてただけなんだ!」
「は? どうした春太郎。狂ったの?」
「そうよ! すべては彼のシナリオだったのよ!」
西野にのっかるように、南もわざとらしく悲痛な叫び声を上げる。
なんて愉快なおバカさんたちなんだろう、と思いつつ、東山は言う。
「わかった、わかったよ。ちゃんと脚本を書けばいいんでしょ。わかったから、もうそのくだらない小芝居はやめて」
「くだらないとはなんだ。委員長はともかく、俺の迫真の演技に対して失礼じゃないか」
「あら。大根の分際でどの口が言うのかしら。状況に即座に反応して演技を行えるこの柔軟性こそ評価されるべきだと思うのだけど」
「二人とも自分の演技に自身があるんなら、なんで役者に立候補しなかったのさ」
「そりゃお前、俺が総監督になってお前を支えてやらなくちゃいけないからさ。俺がいないとお前はなんにもできないからなぁ」
「うわ、うっざ!」
「ちなみに私はナレーションに立候補すると決めてたから、役者にはならなかったわ」
「たしかに。なんかそれっぽいよね。南さんって声きれいだし、口調もはっきりしてて聞き取りやすいし。ナレーションにはうってつけかもね」
「いえ、そうじゃなくて。舞台で主役を演じる美冬の姿を間近で見ていたいからよ」
「え?」
「そういや委員長と北川って小学生の頃からの付き合いだったな。つまりはそういうことか」
「ええ。そういうことよ」
「え? え? それはつまり、だから、どういうこと?」
戸惑う東山にかまうことなく、西野と南は意思疎通をはかるように謎のハンドサインを交わしあった。




