第四話 『疑念』
さて、東山の前に立ちはだかる桃太郎という昔話だが、そのあらすじを説明する必要はないだろう。
日本人なら誰もが知っている常識であり、童謡と共にストーリーが頭の中に刷り込まれているはずだ。小学生でもあらすじくらいは簡単に説明できる。
であるからこそ、先ほど東山が言ったように面白くアレンジするのは難しい。
誰もが知っている話だからこそ、そこに新鮮な驚きや感動をつけ加えるためには高度なオリジナリティとテクニックが求められる。
そんなわけで、思考開始から十分とたたないうちに東山はペンを置いた。
「あー、ダメだ。やっぱりなーんも思いつかない」
一方で、西野はどこか気楽そうにスマホをいじっていた。
「ねえ春太郎。スマホいじってないでさ、何かアイディア出してよ。そもそもそのためにここにいるんでしょ?」
「もちろんだ。だからこうして、ネットで桃太郎の脚本をあさってるのさ。よさそうなのがあったらそれをそのままおれのアイディアであるかのようにお前に話してだな……」
「それ盗作じゃん。ダメなやつじゃん」
「ばれなきゃいいんだよ。ばれなきゃ」
「ダメったらダメ。読書家たらんとする僕の信念として、そのような行為は見過ごせない」
「ったく、へんなとこで真面目だねえ」
西野はスマホを置き、小さくため息をつくと、不満げに言う。
「大体なんだよ桃太郎って。よくよく考えりゃ、つっこみどころ多すぎだろこの話」
「まあたしかにね。そもそも桃から人間が生まれるって時点でなんだそりゃって話だし」
「いや、そこはいいんだ」
突然、西野は真面目な声を出す。
「この話のタイトルが桃太郎である以上、桃の要素を否定するのは間違ってるんじゃないか。そもそも桃がこのストーリーに深く関わるのは冒頭部分だけだ。だからこそ、桃を排除してはいけない。それをしたらこの話は『鬼殺し太郎』になっちまう。これじゃまるで出来の悪いダジャレか日本酒のパチモンの名前じゃないか。そんなことにならないためにも、桃は必要なんだ」
話が終わると、西野は腕を組んで「うん、うん」と満足げにうなずいた。
「え? なに? どしたの急に。なんかアブナイのがのりうつった?」
「それよりも、俺はおじいさんおばあさんが暮らしている村が怪しいと思うんだが」
「は、村? なんで?」
「考えてもみろ。おじいさんとおばあさんの二人暮らしのなかに、桃から生まれたとかいう出自不明の赤ん坊がある日突然現れるんだぜ。普通は事件性を疑うはずなのに、そういう描写がどこにもない。これはあまりにも不自然じゃないか」
「そうかもしれないけどさ、鬼とかが普通に出てくる話だし、そこらへんはいいんじゃない?」
「その鬼と関係して、村におかしな点があるんだ。成長した桃太郎は鬼を退治して、鬼が村から奪った宝物を取り返すだろ。どうして村は鬼に狙われるような宝物を持っていたんだ。そしてなぜ、村は桃太郎が成長するまで何もしなかったんだ。そもそも宝物の強奪事件なんてことが起こったら、普通は国家に助けを求めて警察やら自衛隊やらを動かしてもらうだろ。鬼ヶ島が外国の領土だとしたら、日米同盟を適用して在日米軍を動かすことにもなるかもしれない。なのにそういった措置をとらず、あくまで自力救済にこだわっている。あまりにも不自然じゃないか」
「言いたいことはわかるけどさ、かなり時空を超越したクレームになってない?」
「それによ、なんで桃太郎一人に鬼退治なんて危険な役目を背負わせたんだ。おじいさんやおばあさんはそれでいいのか? 赤子の頃から育ててきた、息子同然であるだろう桃太郎を、生きて帰れる保証なんかどこにもない鬼退治に一人で行かせるなんて。みすみす死にに行かせるようなもんじゃねえか。ヤクザの鉄砲玉じゃあるまいし」
「たしかに、そこのところはよくよく考えるとおかしな話だよね。なんていうか、まるで鬼退治をさせるためだけに桃太郎を育てたみたいっていうか」
「そこでだ。俺は考えたんだ。すべての黒幕は、おじいさんとおばあさんが暮らしている村なんじゃないかってな」




