悪役令嬢のボディガードになった俺は、悪役令嬢が騎士団長子息に婚約破棄されないように守りつつ、薬屋の看板娘と付き合い、『補欠勇者のスキル』を得て、最後は誓いのキスをしていた
「気の弱い女がいないように、変態じゃない男なんていないの。世界中の女が知っている事実よ」
俺はランジェリーショップで、伯爵令嬢のナディア様と一緒に、恋人のリリへの誕プレにする下着を選んでいる。
「ルシアは、リリのことが大好きだけど、パンティーやブラがいつも地味なのは嫌なんでしょ。だったら、プレゼントすればいいじゃない。ルシアがリリに着させて、自分でそれを脱がせるのを想像して選びなさい」
犯人は誰だ? 俺は恋人のリリの下着が地味なことに不満をもっていることを、ナディア様に言った覚えはない。なぜなら、こうなるからだ。ナディア様にだけは絶対に言うものか。
誰かがナディア様に告げ口しやがったんだ。まぁ、ナディア様はこの城塞都市『ルークーン』のあらゆる情報を知っているからな。すべては、婚約者の騎士団長子息、ベーリックと結婚するために。
ベーリックが今、何を欲しがっているか、どんなことで困っているか、どんな女に言い寄られているか、ナディア様はいち早く情報を掴み、世界中にその名が知れ渡っている美男子ベーリックと見事婚約することに成功した。
今でも、ベーリックの気が変わらないように、金に糸目をつけず、あらゆる情報を集めている。
その中に、リリの下着の案件が混ざり込み、ナディア様は面白がって、俺を貴族御用達のランジェリーショップに連れて着たのだ。
「こんなの誕プレに渡したら引かれないですか?」
「へぇー、ルシアもやっぱり男なのね。そんな下着を恋人に着させたいなんてド変態だわ。まぁ、ドン引きされるか、いつもよりたっぷりサービスしてもらえるかのどっちかね」
そう言いながら、ナディア様はもう会計を済ませている。もちろん、お釣りは募金箱に入れる。
どんな時でも、好感度を意識している。表向きは、まさに完璧な女を演じていた。
ランジェリーショップを出ると、待ち伏せしていた3人組の女が、ナディア様をナイフで刺そうとした。
ナディア様はまったく動じない。残念ながら、よくあることだ。
ボディガードの俺が、待ち伏せしていた3人組の女からナイフを奪い、常に携帯しているロープで手首を縛ると、ランジェリーショップの裏口に連れて行きひざまづかせた。
酔っ払いにからまれていたところを、ベーリックに助けられたという罪で、ナディア様に髪を燃やされた3人組だった。
ベーリックに助けられて、ナディア様に目をつけられるより、酔っ払いにからまれていたほうが、よっぽどマシだっただろう。
ナディア様は順番に3人組の女の顔をヒールで踏みつけると、
「仕返しに来るなんて根性あるじゃない。気に入ったわ。ベーリックにさえ近づかなければ、私はあなたたちの味方になってあげる」
と独特な褒め方をする。
初めて会った日から、ナディア様の悪役度は変わらない。
成長することもなければ、衰えることもない。
なぜなら、ナディア様は生まれた時から、悪役令嬢として完成されたお方だからだ。
「おっ、ルシア兄ちゃんだ!」
「何か食い物くれよ! 孤児院の食事だけだと足りないんだ」
ああ、そのことは俺もよく知っている。まだ状況は良くなっていないのか……。
俺を見つけた孤児のロキとニンが、近寄って来る。
「ルシア兄ちゃん、今度の最強戦士決定戦に出るんでしょ!」
「おいらたち絶対に応援に行くよ! 優勝はルシア兄ちゃんで間違いなしだよ! みんなが欲しがっている賞品もルシア兄ちゃんのものだね!」
俺はその大会に出る気はないし、賞品はいらない。あんなものをもらったら、面倒なことになる。
「ガキは嫌いなの。しっしっ!」
とナディア様が、ロキとニンを追い払う。
例え相手が子供だろうと妖精だろうと、ナディア様が良い人になることはない。
13年前・妖精の森ーー
俺は食糧を探しに来ていた。
急に妖精の森で果物などの食糧を採ることが禁じられた。見つかったら国王様の気分次第で重罪が科せられる。
だが、そんなこと俺は気にしなかった。空腹を満たすために、木の実などの食糧を探していた。
すると、妖精たちの反撃を受けていた、まだ5歳のナディア様と出会った。
あとで聞いた話によると、最初は1匹の妖精をイジメて楽しく遊んでいたそうだが、いつの間にか仲間の妖精たちが集まってきて、卑怯にも群れで襲ってきたそうだった。
その経緯を知らなかった俺は、木の枝を拾って、ナディア様を助けてしまった。
パンか何かお礼にもらえるかなと思っていたら、
「あなた、名前は?」
「ルシアだけど」
チャララン。ナディア様は金貨をばら撒いて、
「ルシア、あなたは今から私、ナディアのボディガードになりなさい」
と命令された。
雇われていたボディガードは、「お母様とお楽しみ中」と、まだ5歳だったナディア様はさらっと言った。
それから俺はナディア様のボディガードとして生きてきた。ナディア様のお屋敷で暮らし、できる限りナディア様の側にいた。
リリの誕生日・三ツ星レストランーー
「美味しかったわ。ルーちゃん、ありがとう」
リリがフルコースを食べ終える。
俺はまだメインのデザートを食べていない。
この店はナディア様が予約してくれて、「支払いも気にしないでいいわ」と言ってくれた。
すると、点灯スライムの灯りが弱くなり、店内が暗くなると、ケーキと誕プレが運ばれて来た。
その誕プレはまさか! ナディア様にそれは絶対にリリには渡さないと言っていたのに!
ボーイから誕プレを奪う。こんなものを渡されたら、リリとの関係が終わってしまう。
夕暮れ時。ナディア様の指示で、俺は睡眠薬を買いに行く途中だった。
いつもの近所の薬屋ではなく、かなりかわいい店員さんが入ったと噂になっていた薬屋に向かっていると、通りでリリと出会った。
目が合った、というよりは、目がぶつかった感覚だった。
立ち止まれと言わんばかりに、突然雷雨になった。
皆、家や店に避難して、通りにはずぶ濡れの俺とリリだけになった。
「どうぞ。って、これでは役に立たないですね。私ったら、何をしているのかしら。バカみたい」
リリは濡れたハンカチを俺に渡そうとした。
「ありがとう」
俺はハンカチを受け取って、おでこに貼り付けた。
「君と出会った瞬間に高熱が出て、困っていたんだ」
「あら、たいへん。私が働いている薬屋に行きましょう。あと、私、キザな男性は苦手です」
俺は慌てておでこからハンカチを取ると、ポケットにしまった。
雨が上がり、また通りが賑やかになる。
「あれっ……」
俺はよろけてしまい、
「だ、大丈夫ですか?」
とリリが抱き抱えてくれた。
「すごい熱……」
リリがおでこを合わせてそう言った。本当に熱が出ていたとは……。
ここ数日、ナディア様から、病院に通って風邪をうつしてもらって、それをベーリックにまたうつすように指示されていた。
そして、風邪をひいたベーリックを、お粥の作り方をマスターして準備万端のナディア様が看病したいというプランだった。
だから、夜は布団をかぶらずに、裸で寝るように命令されていた。
ナディア様を助けるために銃で撃たれたときもボディガードの仕事を休めなかった。風邪くらいで、ナディア様は休ませてくれない。
まぁ、俺も風邪くらいでダウンするほど、やわな男ではないが。
それから数日、ベーリックに風邪をうつすために騎士団につきまとい、リリの働く薬屋で“飲む気のない風邪薬”を買う日々が続いた。
せっかく病院に通って風邪をうつしてもらったのに、それをベーリックにうつすまえに治してしまったら、ナディア様からどんな罰を与えられるか考えただけでもゾッとする。
それに、風邪が治ってしまったら、俺はリリに会うために薬屋に来れなくなってしまう。
よこしまな考えのバチが当たったのか、結局俺は、リリに風邪をうつしてしまった。
「ごめん。リリ。誰かにうつすと、風邪は治るっていうから」
俺はそう言ってリリにキスした。風邪よ、俺に戻ってこい。まだベーリックにうつしていないのに、なぜリリのところへ行ってしまったのだ。
「ルシアさん、前にも言いましたけど、私、キザな男性は苦手です」
「そっか。じゃ、もう一回、自然な感じでやり直しね」
「ウフフフッ。ダメです」
「ええー、そんなーー」
「私の風邪が治るまでは」
「えっ、風邪が治ったらまたキスしていいの?」
「私、ルシアさんが風邪薬飲んでいないこと知っていたんですよ。でも、注意できなかった。だって、風邪が治ったら、もうルシアさんと会えなくなるかもしれないから」
マジで⁉︎ 俺とリリは両想いだったのか!
リリの風邪が治るのを待って、俺たちは付き合うことになった。
ベーリックに風邪をうつせなかった罰として、1週間食事がおかゆだけになったが、リリと付き合うことになって浮かれていたので、まったく苦にならなかった。
今思えば、あれは病み上がりの俺へのナディア様の優しさだったのかもしれない。
あれから、2年近く経とうとしていた。プロポーズも意識しだしていて、リリの誕生日はいい機会だったが、結婚となるとナディア様のボディガードを辞めないといけない……。
リリがケーキのロウソクの火を吹き消すと、ボーイが隠し持っていた本物の誕プレを、リリに渡す。
「ルーちゃん、ありがとう!」
俺がボーイから奪った誕プレの箱の中には、『今日は帰って来なくていいわよ、ルーちゃん』と書かれたナディア様の手紙と、怪しげな薬が入っていた。
「ルーちゃん……。ごめんなさい。私、これ、受け取れない」
リリは、突然席を立ち、レストランから出て行く。
だから、あんな下着を誕プレにするのは大反対だったのだ。
ボーイが渡した誕プレの箱の中には、俺が選んだ変態度マックスの下着と一緒に、ブラックダイヤのエンゲージリングが入っていた。
ナディア様め! 余計なことを! でも、どうしてリリは受け取ってくれなかったのだ?
「お使いになりますか?」
ボーイが俺にハンカチを差し出す。
「ハンカチは、リリからしか借りないって決めているんだよ!」
俺はボーイに八つ当たりすると、レストランを出てリリを追いかける。
「キャーー!」
リリの悲鳴だ。
俺が悲鳴がしたほうへ駆けつけると、リリが魔人に襲われていた。
魔王軍にさらわれた人間が、魔王によって魔物に変えられてしまったモンスターだ。
城塞都市『ルークーン』でも、魔人の侵入を防ぎきれていないのか。
「リリから離れやがれ!」
俺は魔人に飛び回し蹴りを喰らわせる。
魔人は吹っ飛んで、壁に大きな穴を開ける。
「キャーー!」
またリリが悲鳴を上げる。しまった! 魔人がもう1体いやがった。しかも、さっきの奴よりデカイ。
「なんてね……。ロブテーション!」
ドドドーンッ!
リリは魔法を使って、魔人に雷を落として丸焦げにする。
「魔人ごときが、天才魔法使いのリリ様に襲いかかるなんて100万年早いわよ。ああ、飲みすぎたわね。ちょっと、雨でも浴びて酔いを覚まそうかな」
サザーッ。悲しい音がした。
リリは魔法を使って、雨を降らせた。
あの時の雷雨も……。
「アハハハッ。アハハハッ。わざわざ追いかけて来たの? 結婚なんてできるわけでしょ。ルーちゃんは、私にとって、“できる男たちがより私を欲しくなるための恋人”なんだから。ほらっ、できる男ほど、他人の女を欲しがるものでしょ。ルーちゃんは、そのための恋人役なの」
なんだかいつものリリと違う。こんなにお喋りではないし、性格まで別人のようだ。さては、ナディア様め、リリのお酒にベラベラ草を仕込んだな。
「あんな下着が趣味なわけ? 婚約指輪がなければ一回くらい着てあげてもよかったけど」
えっ? あのド変態の裸より恥ずかしいような下着もありだったの?
「私がいつも地味な下着を身につけているのは、いつ理想の男性とそういことになってもいいように準備しているの。そうね、例えばベーリックとかね。それまでは常に清楚な女でいないといけないから、派手な下着は我慢しているのよ」
「……なんで、俺を仮の恋人に?」
「アハハハッ。ナディアのボディガードだからに決まってるじゃない。いざナディアと対決することになったとき、ボディガードのルーちゃんが恋人だと何かと便利でしょ。まぁ、天才魔法使いの私なら普通に勝負しても、まず負けないけどね」
すると、騒ぎを聞きつけた騎士団が駆けつけてきた。ベーリックまでいやがる。
ベーリックの父の騎士団長は最近、体調を崩していて、ベーリックが騎士団を率いていた。
ベーリックの父親が体調を崩したのは、間違いなくナディア様の仕業だ。
「魔人が出たようだが……。君はナディアのボディガードの……君が魔人を2体も倒したのか?」
「俺に倒せるわけがないとでも?」
「いや、街の安全を守ってくれて礼を言う。では、僕はこの魔人どもを連行するので失礼するよ」
「あっ、お待ちください。自宅まで送ってくださいませんか? 魔人が怖くて……。ベーリック様に送っていただけましたら、安心ですわ」
「だが、君たちは一緒に帰るのだろう?」
「ルシアはナディア様のところに帰らないといけないのです」
「そうなのか。ならば、魔人は部下に任せて、リリは僕が送って行くことにしよう」
「ベーリック様、私の名前をご存知なのですか?」
「もちろん。薬屋さんの看板娘として有名だからね。ルークーンの人間で、リリのことを知らない奴はいないよ。さぁ、馬に乗って」
ベーリックが手を差し出す。
リリはわざと慣れない様子で馬に乗り、ベーリックにバレないように俺にウインクした。
地味な下着を身につけていた努力が報われる日が来たらしい。
何か言いたいが、言葉が見つからない。何を言っても、よけいにみじめな気分になりそうだ。
あれっ? 夜の街を走るロキとニンを見かけた。孤児院で寝ている時間なのに、あいつらどこに行っていやがった?
翌朝・ナディアの屋敷ーー
朝になり、屋敷で働く者たちが騒がしくなる。
「城壁が至る所で、破壊されているらしい」
「きっと魔人の仕業だ」
と動揺している。
「あらっ、もう帰っていたの?」
キッチンに忍び込み、ワインを瓶のままガブ飲みしていると、ナディア様が姿を見せた。
「俺がとっくに帰っていたことを知っていたくせに……」
「あのあと、ルシアが城壁を壊しまくったから、ベーリックは呼び出されて、リリは無事よ」
「ナディア様は、ベーリックが無事だったと思っているんでしょ。すみませんね。元カノが、ナディア様の婚約者にちょっかい出して。っていうか、仮の恋人だったわけだから、元カノでもないか」
「はい、これ」
ナディア様がチラシを俺に渡す。
内容は最強戦士決定戦の開催案内だった。この大会のことは当然知っている。実にやっかいな賞品が出るから絶対に関わらないでおこうと思っていた。
「ルシア、この大会に出て優勝しなさい」
「嫌です」
「この大会にはベーリックも出るの。ルシアが出ないと、ベーリックが優勝してしまうわ」
「それでいいじゃないですか。ナディア様の婚約者に箔がつく」
ガシャン! ナディア様は、俺からワインを奪うと、そのまま瓶で俺の頭を叩いた。
「あのね、私はベーリックと婚約したけど、彼のことを本気で好きなわけでもなければ信用もしていないの。だから、ベーリックに優勝されると困るのよ。明日の大会にルシア、あなたもエントリーしているから、お酒はもうやめて」
「わかりました。ただ、俺は優勝しても、賞品はいらないですからね」
「どうして? 『補欠勇者のスキル』が与えられるのよ。ベーリックがそのスキルを手に入れたら、いくら私でも浮気されたとき罰を与えられない。逆に、ボディガードのルシアが、手に入れてくれたらさらに安心できるわ」
だから、この最強戦士決定戦とは関わりたくないのだ。この大会の優勝賞品は、『補欠勇者のスキル』だった。
勇者に何かあったとき、次の勇者が決まるまで勇者代理として活動しなければならないスキルだ。補欠とはいえ、スキルを得た瞬間から勇者とまったく同じ強さを手に入れられるので、欲しがっている輩は多数いる。
俺は、例え補欠でも、勇者になどなる気はない。勇者になったら、ナディア様のボディガードを続けられない。
俺が守らなかったら、ナディア様はいつ殺されても不思議はない。
ただの恨みではなく、ナディア様に殺意を抱いている連中は大勢いる。
「まぁ、賞品のことはあとで考えることにして、明日の大会任せたわよ。それから、ベーリックの顔は殴ったらダメだからね」
「……わかりました」
もちろん、ベーリックの顔面を全力で殴りに行く。
いつも偉そうなベーリックを思い切り殴れるチャンスだ。
「あっ、それから明日の大会にリリもエントリーしているわよ。偶然を装って、魔法の力で優勝する気ね」
「何でもお見通しなんですね」
「それでは、おやすみなさい。ああ、眠い」
リリにベーリックを奪われないか心配で眠れなかったのか?
翌日・最強戦士決定戦会場ーー
俺は次々と勝ち上がり、準決勝でベーリックと対戦することになった。
ルールは簡単だ。どんな武器を使ってもOK。相手を殺してしまってもOK。とにかく対戦相手を倒せばいい。
「やっぱり、君が勝ち上がって来ると思っていたよ」
自分が勝ち上がっているのは当然で、俺を待っていたような言い方が気に入らない。
リリはキザな男は苦手と言っていたが、それも全部ウソだったのだな。それか、イケメンなら、何でも許されるのか?
ゴォ〜ン! 試合開始の合図が鳴ると、
「行くぞ!」
ご丁寧にそう言って、ベーリックが俺に斬りかかる。
俺は、ベーリックの剣を避けると、顔面を思い切り殴ろうとしたが、大会を見に来ていたナディア様と目が合った。
仕方なく、ベーリックの後頭部に後ろ回し蹴りを決めて、気絶させた。
ドスン! 顔から倒れたから、少なからずご自慢の顔にも傷がついたことだろう。
別に顔面を殴ったわけでもないから、ナディア様の指示を破ってもいない。
決勝の相手は、リリだった。
ナディア様の予想通り、偶然を装って魔法の力で勝ち上がってきたのだ。
ベーリックを倒したら、途中棄権しようと思っていたが、相手がリリなら話は別だ。
「ルーちゃん、ここは私に譲ってくれない? あの下着で、たっぷりサービスしてあげるから」
どうしてナディア様が、この大会に出ろと言ったのか、よくわかった。
ベーリックに優勝されて、『補欠勇者のスキル』を手に入れられるのも嫌だったのだろうが、本当の目的は俺とリリを戦わせるためだったのだ。
リリがブツブツ呟いている。
ドドドーンッ!
雷が落ちる。俺は間一髪のところで回避した。前にリリの雷の魔法を見ていなかったら、直撃して丸焦げになっていたかもしれない。
リリは俺を殺す気で攻撃している。
俺は気づいたことがある。
だから、俺はこんなところで、死ぬわけにはいかない。
リリは魔法の力で隕石を落とすが、俺は空中に飛び上がり、隕石を殴って粉砕する。
こんなものが会場に落ちたら、観客にも被害が出る。
さっさと、決着をつけよう。
悪いな、リリ。俺には、待たせている人がいる。
そして、その人がいたから、俺はリリにプロポーズするのをためらっていたのだ。
俺は、また何か呪文を呟いているリリにビンタをした。
「よ、よくも、私にビンタを……。覚えていなさい……」
実は決勝の前に、ビンタがリリの弱点だとナディア様が教えてくれていた。
魔法の英才教育を受けたリリは、よく両親にビンタされていたそうだった。そのトラウマで、ビンタされると魔法がうまく使えなくなるらしい。
こうして俺は、最強戦士決定戦で優勝してしまった。
「はい、これ。このグミを食べたら、『補欠勇者のスキル』を得られるよ。味もまあまあだから安心して」
大会を主催した鼻垂れ小僧の神官が、俺に『補欠勇者のスキル』が得られるグミを渡す。
やった! 俺はグミを受け取ると、遠くへ投げ飛ばした。
これで、『補欠勇者のスキル』を与えられないですむ。
俺がグミを投げたほうに向かって、大会で敗れた戦士はもちろん、観客たちも我先に走って行く。
俺はもともと強いから『補欠勇者のスキル』なんていらない。
大切な人を守るために、俺は死にものぐるいで鍛錬を積んできたんだ。
会場を見渡すと、ナディア様の姿はなかった。ナディア様もグミを奪い取りに向かったのだろうか?
俺が会場から出て、グミを投げた方向にナディア様を探しに向かうと、
「ルシア兄ちゃーん!」
とニンが猛ダッシュで走って来た。
「はい、これ」
ニンが俺に、グミを渡す。
「食べ物を粗末にしたらダメだよ。おいら普段から食べ物を探すことには慣れてるからさ。誰よりも早く見つけて持って来たよ」
「お前、これ食えよ。補欠勇者になれるぞ!」
「やだよ。それ、臭すぎて誰も使わない忘れられた公衆便所の中に落ちてたんだ。息止めるの大変だったんだよ」
「それは大変だったな……ありがとう……」
そんなところでよく見つけたな。将来、ニンは有名なハンターになる素質がある。
「ところで、ロキはどうした? 今日は一緒じゃないのか。会場にもニン、1人で来ていただろう」
俺はそう言いながら、グミをポイっと捨てる。
「ロ、ロキはあれだよ。べ、別のところで、トマトの大食い大会があって、それに出場しているんだ」
「トマトが好きなのはお前で、ロキはトマトが苦手だろ?」
「そ、それは……」
俺がニンを問い詰めていると、
「た、大変だ! 破壊された城壁から、魔人が次々入って来ているぞ!」
「みんな、逃げろ!」
「でも、逃げるってどこに逃げればいいんだよ?」
周囲が騒然となる。
城壁を破壊した俺のせいだ……。
「今こそ騎士団の名誉にかけて民を守るのだ!」
顔に擦り傷があるものの、それがかえってワイルドさも出しているベーリックが、騎士団を率いて侵入して来た魔人を倒しに向かう。
ドドドーンッ!
晴天の中、雷が落ちる。
「ロブテーション!」
ドドドーンッ!
上空を見ると、リリが宙に浮いていて、雷の魔法で魔人を撃退していた。
お、俺も、魔人を倒しに行かなければ。
そ、そうだ。あのグミ、『補欠勇者のスキル』が手に入る、あのグミを食べよう。
俺は這いつくばって、グミを探す。
今のままでも魔人には勝てるが、より早くより多くの魔人を倒す力が必要だ。
見覚えのあるヒールが視界に入る。
「これが欲しいの?」
見上げると、俺が捨てたグミをナディア様が持っていた。
以外にもパンツは純白だった。
ブスッ。俺は顔面をヒールで踏みつけられる。とっさに避けなければ、ヒールが左目に刺さっていた。
ナディア様が、臭すぎて誰も使わない忘れられた公衆便所の中に落ちていた、『補欠勇者のスキル』が手に入るグミを、指から離す。
俺はパクッとグミを口に入れ、オエッとなりながら食べ切る。
「ナディア様、お屋敷に帰って、お茶でも飲んでてください。すぐに終わらせてきます」
「こんな危険な状況で私を1人で帰すとはボディガード失格ね。あとでちゃんと罰をうけてもらうわよ」
「どんな罰でもお受けします」
俺はそう言うと、城壁に向かって駆け出した。
速い。瞬く間に城壁に着くと、侵入して来た魔人を殴りつける。
その衝撃で、魔人は遥か彼方に飛んで行く。
強い。これが勇者の力……想像を何倍も上回っていた。
「キャーー!」
「ウワァーー!」
大勢の人が、同時に魔人に襲われている。
「ヒメリラゾーネ!」
と無意識に呪文を唱えて、聖なる光を魔人どもに浴びせる。
「ウギャギャギャー!」
侵入して来た魔人どもが灰になって消える。
「た、助かったぞー!」
「もう魔人なんて怖くないぞー!」
そう皆が安堵したのも束の間、
「は、離せよ!」
ロキを鷲掴みにした魔人が入って来た。
「ロキ! どうしてお前が魔人に?」
「ごめんよ、ルシア兄ちゃん。妖精の森に食糧を探しに行っていたら、こいつらに捕まって」
前からなにかコソコソやっているなと思っていたが、子供の頃の俺と同じように、妖精の森に行っていたのか。
「イテテテッ!」
魔人がロキの小さな体を強く握る。
これでは身動きがとれない。そうしている間に、どんどん魔人どもが侵入して来る。
「放て!」
バンッバンッ! バンッバンッ!
魔人が銃撃され、バダバタと倒れる。
ロキを掴んでいた魔人も、不意を突かれて倒れる。
「ルシア兄ちゃーん!」
「ロキー!」
俺は魔人から逃げて来るロキのもとに駆け寄り、抱きしめる。
「ロキ、ごめんよ。痛かっただろ。怖かっただろ」
「平気だよ。だって、ルシア兄ちゃんが助けてくれるって信じていたから」
「あら、お前を助けたのは、この私だけど」
背後にはナディア様が、鉄砲隊を率いていた。
「濃縮した聖水入りの銃弾よ。魔人を完全に倒せなくても、足止めはできるわ。ルークーンに魔人が迫っていると、妖精たちが教えに来てくれたから、傭兵を雇っていたのよ」
えっ? ナディア様の情報源は森の妖精たち?
「何をぼさっとしているの。さっさと魔人どもを始末しなさいよ! 補欠勇者ルシア!」
そうだな。今は魔人を倒すことが先決だ。
「キメリアード!」
俺は呪文を唱えて聖なる光の大剣を出すと、侵入してきた魔人を次々と切り倒し、城壁の外の魔人どもも一掃した。
騎士団を率いるベーリックや、上空から魔法を放つリリも協力してくれたおかげで、幸いにも大怪我をした者はいなかった。
3ヶ月後・教会ーー
新婦の控え室。
「どう? 世界一美しい花嫁でしょう」
ナディア様のウエディングドレス姿は確かに美しかった。
この日は、ナディア様とベーリックの結婚式が行われるのだ。
ベーリックはルークーンに浸入した魔人を撃退した活躍もあり、史上最年少の若さで騎士団長となっていた。
もちろん、ナディア様も、裏から手を回していたことは言うまでもない。
「ルシア、愛しているわ」
「俺もです」
「ちゃんと言葉にして言いなさいよ」
ナディア様が頬を膨らませる。新婦にこんな顔をさせてはいけない。
「俺もナディア様を、とっくに愛していました」
「わかってくれるわね? 私は、世界中の他の女どもから羨ましがられるために、ベーリックと結婚するわ。でも、愛しているのはただ1人、ルシア、あなただけよ」
ナディア様は、魔人がルークーンの街に侵入して来て危険な中、俺がボディガードできなかった罰として、「ベーリックと結婚するけど、私を一生愛しなさい」と要求してきた。
俺はどんな罰も受けますと言っていたし、本気でナディア様を愛していた。
それにしてもナディア様は無茶苦茶な要求を平気でするし、それを相手にイエスと言わせる交渉(脅し)のプロだった。
俺が初めてナディア様と妖精の森で会ったときも、実は妖精たちに、
「この森を破壊されたくなかったら、私のしもべとなりなさい。森にやって来る人間が減ったのは、この私のおかげなんだからね!」
と交渉していたそうだった。
妖精の森に人間たちがあまり入らないように、食糧を採ると重罪になると国王に決めさせたのも、まだ5歳だったナディア様の発案だったそうだ。まさに知略の天才だ。
「倒しに行くのね」
「はい。補欠って、なんか気持ち悪くて。しばらくは、たまっていた有休を使わせてもらいます」
勇者代理になっても大して変わらないが、補欠よりはマシだ。
ただでさえ、俺は愛する人の結婚を、守らないといけないボディガード(影の存在)なのだから。
「わかったわ。それなら、お給料のほとんどは、いつものように孤児院に寄付しておくわ。それから、ようやく孤児院長が変わることになったわよ。あのじじいには、私も手こずってしまったけど、これであのガキたちの食事もマシになるわ」
「ありがとうございます」
「それで、パーティはリリの他には決まったの?」
「まだです。仲間を途中で見つけるのも冒険の醍醐味です。冒険は今回が最初で最期ですからね。帰って来たら、俺は一生、ナディア様のボディガードとして生きていきます」
ナディア様は、仮の恋人だったリリをパーティに入れることに反対しなかった。
「賢明な判断だわ。リリの魔法は頼りになるもの。ルシアと勇者の力は同等だから、仲間選びは重要よ」
と逆に褒めてくれた。
リリは、ルークーンを襲った魔人を倒して、「人助けに目覚めた」と言っているが、本当かどうか怪しいものだ。冒険の途中で、イケメン王子にプロポーズされることでも期待しているのではないだろうか? 勇者がイケメンだったら、裏切られる可能性もある。
でも、ルークーンが魔人に襲われたときは、本当にリリに助けられた。もしかしたら、リリは本当に人助けに目覚めたのかもしれない。
「勇者を倒して、さらに魔王も倒して戻ってきたら、またボディガードを頼むわよ」
「お任せください。一生、お守りしますよ、ナディア様」
チュッ。
ナディア様と俺は、雇い主とボディガードの永遠の誓いのキスをした。
ブチューッ!
ナディア様らしく、かなり激しい誓いのキスだ!
すると、バンッ! バンッ! バンッ! と銃声が鳴り響く。
ガシャン! と窓ガラスがいくつも割れる。
「危ない!」
俺はナディア様を抱き抱えて、床に伏せる。
「ナディア様はこのまま、ここにいてください」
割れた窓から外を見ると、ナディア様に髪を燃やされた3人組の女をはじめ、100人くらいの武装した女たちが教会を囲んでいた。
「ナディア様、お友だちが大勢祝福に来たようです」
「そう。だったら、たっぶりとお礼をしてあげなきゃね……。ルシア、1人も逃さないで捕まえるのよ」
「ナディア、大丈夫か?」
新婦の控え室に、新郎のベーリックが入って来る。
「ベーリック様、ナディア、とーっても怖いですわ」
「こんなに震えて……。ナディア、すまない。僕のファンが暴走してしまったようだ」
どれだけ自分がモテることに自信があるんだよ! このキザ野郎!
ナディア様は友達がいない。
だから、今日の結婚式は新婦のナディア様と新郎のベーリックだけで行なわれることになった。
ベーリックの部下の騎士団も招待していない。
バンッ! バンッ! バンッ!
銃撃はさらに激しくなる。
「キャーー!」
怖がるナディア様の演技も、さらに大袈裟になっている。
「ナディア、君は僕が必ず守るよ」
ベーリックがナディア様を抱きしめる。
無理だね。お前にナディア様を守れるかよ。
俺が後ろからベーリックを殴ろうとすると、ナディア様に、とんでもない形相で睨まれる。
やれやれ。俺は窓から外に出ると、ナディア様に恨みを持つ女たちを、一人ひとりロープで縛った。
今日は特別多めにロープを持って来てよかった。
今頃、教会の中では……。
よし、このまま冒険に出発することにしよう。
しばらくの間なら、ナディア様は自分の身は自分で守れるお方だ。
8ヶ月・ルークーン正門ーー
勇者と、魔王を倒した俺が凱旋すると、噂を聞いていた街の人間たちが、盛大に出迎えてくれた。
リリは本当に人助けに目覚めていて、パーティを組んでいた剣士のロンドと、召喚士のグラントと一緒に、悪人を成敗する放浪の旅に出ていた。
ロンドもグラントもリリにゾッコンで、今日もリリを奪い合って派手にケンカをしていることだろう。
ちなみに、剣士ロンドと召喚士グラントは、勇者のパーティから、リリが引き抜いた仲間だった。
急に戦力ダウンした勇者を倒すことは、そう難しくなかった。
魔王はやはり強かったが、ナディア様からもらっていた妖精の涙をかけた魔人たちが、人間の心を取り戻し、魔王を裏切って俺たちに味方してくれたおかげでなんとか勝つことができた。
魔人たちは人間の姿に戻り、祖国へと帰って行った。
正門前の広場にはロキとニンの姿もあった。
「ルシア兄ちゃんお帰りー!」
「弟子のおいらたちの誇りだよ!」
弟子にした覚えはないが、2人とも前よりはふっくらとしていた。
ナディア様は、広場の中央を陣取っていた。まさか、出迎えに来てくれるとは思いもしなかった。それに、なぜそのドレスを着ているのだ?
「私と結婚しなさい」
ウエディングドレス姿のナディア様がそう言った。
どう手懐けたのかはわからないが、ベーリックとの結婚式を襲った100人の女たちが、ナディア様を護衛している。
「ベーリックとは別れたわ。今では勇者代理とはいえ、魔王を倒したルシアの人気はすごいことになっているのよ。だから、私と結婚しなさい」
「はい。ナディア様」
「もう、夫婦になるのよ……。普通に名前だけで呼んでよ」
「ナディア、結婚しよう」
「……なんか、今のイラっときたわ。返事はしばらく考えさせて」
「ナディア様が呼び捨てにしろって言ったじゃないですか!」
「ウフフフッ。まぁ、とにかく、おかえり、ルシア」
「ただいま、ナディア様」
「今日からボディガード頼むわよ」
「はい。そのつもりで帰ってきました」
俺の言葉を聞くと、ナディア様を護衛していた100人の女たちが去って行く。
きっと何か弱みを握られて、無理やり護衛をさせられていたのだろう。
「いいわ。ルシアと結婚してあげる」
「えっ?」
「何驚いているのよ! この私と結婚できる世界一幸せな男になれるのよ!」
「だって、ナディア様、ついさっきしばらく考えさせてと言ったばかりじゃないですか」
「だから、しばらく考えたわよ。それで、私の答えはイエスになったの。何か問題ある?」
「ナディア様、あれ……」
「さっそく、ボディガードの出番ね」
ベーリック率いる騎士団が、剣を抜いて向かって来る。
「どうして騎士団の連中まで怒っているのですか?」
「ベーリックがなかなか別れてくれなかったから、つい騎士団の宿舎を燃やしてしまったのよ」
「ナディア様、前から思っていたのですが、なるべくぶつからないでいい相手とは、ぶつからないようにしてください」
「ルシア、何バカなことを言っているの? みんな幽霊ではなくて人間なのよ。ぶつかるに決まっているじゃない」
そうだよな、ナディア様はナディア様だ。忠告して変わるような方ではなかった。
俺は、ベーリック率いる騎士団に立ち向かうと、誰もが殴られたことにさえ気づかない速さで攻撃して、瞬く間に全員を気絶させた。
「おのれ……これで終わりだと思うなよ」
さすがは、騎士団長だけある。ベーリックだけは立つことはできないが、意識は保っていた。
「キャーー!」
背後から悲鳴が聞こえたので、振り向いて見ると、ナディア様が膝をついて、口から血を流していた。
「ナディア様!」
さらに、森の妖精たちが姿を現し、みんなで力を合わせて、弓矢を引き、ナディア様に向かって放つ。
俺はナディア様のもとに駆け寄り、ナディア様の前に立つと、妖精たちが放った弓矢を掴み取る。
指が少し切れていた。俺は激怒した。
ナディア様の命を狙うとは、いくら森の妖精たちでも許さないぞ。
俺が睨みつけると、妖精たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「ゴホッゴホッ……」
ナディア様がまた口から血を吐く。
俺はナディア様を抱きかかえる。
「ナディア様、こんなに血を……。誰に何をされたのですか?」
「私としたことが、護衛させていた女どもの誰かに毒針を刺されたみたい……ゴホッゴホッ。ルシアが帰ってくるから浮かれていたせいね。ゴホッ」
ナディア様の意識がもうろうとしている。
どうしたらいい? 早く解毒しないとナディア様が……。
「ル、ルシア、教会に、連れて行って……。そして、誓いのキスを……」
ナディア様が意識を失う。
「ナディア様!」
俺はナディア様を抱きかかえたまま、教会に向かってジャンプする。
教会では牧師が待っていた。
「ナディア様を助けてください! 今すぐ解毒してください!」
俺がそう頼むが、牧師は首を横に振る。
「この毒は、真実の愛でしか治せぬ。解毒薬はないのだ」
そんな……。クソッ。ボディガードの俺がもう少し早く戻っていたら……。
ナディア様を、何が何でも、一生守ると誓ったのに……。
「さぁ、新郎よ、新婦を永遠に愛する誓いのキスをするのだ」
ナディア様、どうか死なないで。ナディア様らしくないですよ。
俺は自分が思っていた以上に、ナディア様のことが好きだったのだと思い知らされているのですから。
俺は、ナディア様に誓いのキスをする。
「ル、ルシア……」
ナディア様の意識が戻る。
「ナディア様!」
「何を泣いているの」
ナディア様はハンカチを取り出すと、俺の涙を拭い、俺に渡す。
「あとは、自分で拭いてね。それからルシア、今の気持ちを忘れたら許さないわよ」
「えっ?」
ナディア様が、よろけながら立ち上がる。
「新居を建ててあるから、特別に私、自ら案内してあげるわ」
さてはナディア様……。ご自分で毒薬を飲んで、俺がベーリックたち騎士団を倒している間に解毒薬を飲んでいたのですね……。命がけで何ということをするお方だ。
俺はナディア様から借りたハンカチで涙を拭うと、ポケットにしまう。
「ルシア、これからは、ずっと守ってもらうわよ」
「ナディア様。おそらく、ナディア様の一番の敵は、ナディア様です」
「ウフフフッ。ゴホッゴホッ」
「笑いながら血を吐かないでください。せっかくのドレスが真っ赤ではないですか」
「確かに私の一番の敵は私かもしれないわ。ゴホッゴホッ。ウフフフッ」
無茶ばかりするナディア様から、ナディア様を守るのが、俺の使命だ! 絶対にナディア様の身の安全と、ナディア様への永遠の愛を守ってみせる!
「ルシア、ところで今晩何を食べたい?」
「もちろん、ナディア様です! 夜までにはしっかり回復してくださいよ」
実は先ほどから、今すぐナディア様と結ばれたいほどムラムラしていた。
理由はわかっている。血で真っ赤なウエディングドレスを着たナディア様を見て興奮するほど、俺はヤバい変態ではない。
妖精たちが放ったあの弓矢だ。あの弓矢を掴んで、指を切ったとき、矢に塗られていたムラムラ花のエキスが、俺の体内に入ったのだ。
今夜どころか、明日も眠れないかもしれない。
ナディア様はきっと他にも、存分にお楽しみできるように、大人用のアイテムを揃えまくっている。
ナディア様は欲望を満たすために、とにかく徹底しているからな。目的を達成するためなら、一切手を抜くことはない。俺はそのことをよく知っている。一番近くで、ナディア様を見てきたのだから。
「生意気ね。私を誰だと思っているの? ルシアこそ、朝までやり続けられるのでしょうね?」
「お任せください。あとで、ランジェリーショップに行って、ナディア様に似合いそうな下着を片っ端から買ってきますから。もちろん、ナディア様がお好きな純白のパンツも選んできますよ」
「なら、たっぷりとサービスしてあげないとね」
「ナディア様に優しくしてもらえるなんて、初めてのことだから、今から楽しみです!」
「あら、誰が優しくするって言ったかしら? 私はそんなこと一言も言っていないわよ」
不思議だ。ナディア様には、変態的な下着をプレゼントすることに抵抗をまったく感じない。むしろ、積極的にそうしたいと思う。
たぶん、こういうことが、愛のしるしなのだ。
ナディア様、俺はこの変態的な愛を永遠に守ってみせますよ。