02
イスラム圏の結婚式と言うと、切っても切れないのが空爆だ。
重要人物が集まったり、その子息や親族のテロリスト達に思い知らせるためにも、ドローンや航空機、ヘリで機銃掃射。
この場所もロシア寄りの政権からは、テロリストキャンプとして指定されている。もちろんアメリカからも目をつけられている。
ネットの動画サイトを見れるなら、操縦者がゲラゲラ笑いながら、女子供でも情け容赦無く12.5ミリとか20ミリで射殺して、車両にロケット弾叩き込む映像を見たことがあるだろう。
結婚式の会場なら、樽爆弾とか、クラスター爆弾とか、クレイモア爆破とかが定番で、反政府勢力の重要人物が来ているなら、スマート爆弾の爆撃でも、トマホークミサイルの配達でもアリアリ。
それがイスラム圏での結婚式だ。
「クルルキュキュキュココッ、キュキュッ! ゴッチャイ」
「ゴッサイ!」
子豚の中でも、雀の着ぐるみを着たごさい、雀ゴッチャイがいた。
色が薄いのでメスの雀なのかと思ったが、雛もこの色をしている。多分オス。
他の子豚怪獣達とも会話できているが、コイツだけは雀語で話すので、ヒアリングが難解過ぎる。
パパに雀語を教えてもらって、子供の頃からエサやりに一緒に行っていなければ、到底理解不能だっただろう。
どこの誰が被せたのか、着ぐるみを着ている奴は、その動物と同じ能力を有して、群れで一緒に生活が出来る。
こいつなら空を飛んで、虫でも獣でも捕まえて食べるのも可能。以前もドローンを撃墜したので、今回も撃墜任務を仰せつかったようだ。
なぜ今日も爆撃があるのを知っているかと言うと、毎回私の所には「私から」手紙が来る。
未来の日付で、その日の新聞紙を入れてくるので、この雀が未来から飛んできて、何をどうやったのか知らないが、2羽に増えたり、たまに3羽になったりして、手紙を懐から出す。
今回も結婚式当日、空爆を受けてしまうので警戒して、雀ゴッチャイに教えて撃墜するよう頼めと、私からの助言があった。
未来の私は空爆を受けて、家族や子供たちも、パパもマリア先生も、ボランティアのオバハン共も失って、大半が死んでいるのだろうか?
そのあたりは書かれていないが、この雀ゴッチャイとか鳩ごさいとか、飛べるのも少し居るので、撃退に成功したのだと信じよう。
「ゴッチャイ!」
雀の羽根で敬礼して、無茶しやがって、のAAみたいな感じで軍事行動に出発した子豚の一匹。配達に来た方は帰ったので現在は1羽だ。
「ギャー、ギャー、ギャー」
「ジジジ、ジュジュジュジュ」
スズメが鷹を警戒する時の鳴き声、この付近の野生の雀とも仲間なので、雀語の警戒音で知らせあっているようだ。
「HQよりスパロー、10時の方向に敵ドローン、ロシア製と思われる。高度120メートル」
これも子豚共の謎技術で、レーダーでも探せないような高さで飛んでいるドローンを見つけ、雀ゴッチャイにも知らせている。
監視班と言うか、ここで見ている奴らは、衛星画像とゴッチャイに取り付けたアクションカムで見ていて、鳥の視点で追跡する。
「ダイブ、敵ドローンを撃墜せよ、フォックスワン」
特にミサイルとか機銃を付けていないはずのゴッチャイだが、口から怪光線でも吐いたのか目からビームでも出したのか、カメラに写っていた無人飛行機が分解して壊れて、遠くの方で撃墜音も聞こえた。
爆発音は無い、前に何度か撃墜されているので、監視だけで爆装していなかったかも知れない。
「地上監視員とレーザー誘導班を発見、地上部隊を掃滅せよ」
「ピュイッ!」
最初はイスラム教テロリスト兄妹とか、麻薬販売をやってるマフィアの卒業生か、誰か反政府組織の重要人物を狙っているのかと思っていたが、米軍もロシア軍も、ここにいる謎技術の所有者で、異世界間貿易をやっている密輸組織が狙われているんだと気付いた。
確かにここは、この世に存在してはいけないオーパーツだとか、高度文明の産物、魔法とか、呪術師とか、エンチャントされた聖剣とか、呪いのビスクドールが、山のように存在している。
「カールカールカール! カルルッ、カルルッ」
ドローンも楽々撃墜したゴッチャイは、超音速ですっ飛んで行って、雀語で猫や人間が接近した時の警戒音を発して、地上からの脅威を排除した。
まあ、時空を超えて時間線も超えて、過去に手紙を配達するような奴なので、ミサイルでも発射車両でも敵ではないのだろう。
誰だ、こんな過剰武装させた奴は?
雀の群れで暮らして、虫とか小動物を狩るのなら、ここまでの性能は必要無いはずだが、こいつの故郷には大宇宙の魔女とか呼ばれる化物が居て、そこで魔女集会の夜に拾われて、空を飛べる魔法でもかけてもらったらしい。
雀には年数の概念がないので、こいつが何歳なのかも不明だ。
今回も空爆の脅威は排除したのだが、どうにか話し合いで解決できないものだろうか?
舞台の方に戻ると、何か芝居らしきものが始まっていた。
「ゴーーー、ゴサー、ゴゴゴーー♪」
セリフが三文字しかない上に、ミュージカル仕立てでお送りしている、悪夢のような芝居。普通でも聞き取りにくいのに難解過ぎる。
「ああ、悲恋なのね? 結ばれない恋なのね?」
「ごさいちゃんの本当のお母さんは私よっ!」
それでも観客の方は、パンフレットとかアナウンスで内容を把握しているのか、外国語のミュージカルでも見て、立ち見席まで含めると結構な数のババアどもが芝居を見ていた。
「ご~、ごっごご~、ご~さ~い♪」
どこか親切な家で拾われたオスの子豚が、その家の娘と貧しくても幸せな子供時代を過ごし、まるでカストルとポルックスのように育った設定で、どこかのフランス革命時代の男装の麗人みたいな悲恋物かもしれない。
「ああ~、我が最愛の妹よ~、これでお別れだ。私は貴族の屋敷に引き取られて~ゆく、相手は領主なのだ、逆らうことなど出来ない~」
「お兄様、せめて私も母と同じく、お世話係としてお使い下さいっ、せめてお側に~」
子豚語ネイティブな私には、残念ながらそう聞こえている。
藁半紙かコピー用紙で印刷したような、高額なパンフレットを掴まされたババアは、セリフを追えるようだが、キラキラの目をして舞台に釘付け。
子供を失って、自分の子が舞台で歌っていると思い込んでいるオバハンとオッサンは、病んだ目で舞台を見て、ビデオカメラかデジカメを持ち込んで動画撮影している。
もちろん教会からDVDやブルーレイディスクが販売され、その中にコンサート参加券とかが入っている悪質な商法が展開されているので、それも飛ぶように売れる。
「私のような料理も洗濯もできない子供、お兄様に近寄ることすら出来ない」
娘役の方も子豚が演じているが人間の役で、オスの子豚が地方領主の目に止まって、後継ぎとして引き取られる話のようだ。
ここにも1匹地方領主が来ているから、どこかで聞いたような設定だ。
ご本人は密貿易に忙しいから、舞台に立っているのは別人だろう。
「ふんっ、こ汚い小娘がっ、領主様の跡継ぎに近寄って、玉の輿にでも乗ろうって魂胆だね? そうはいかないよっ」
「「「「「「あああっ!」」」」」」
意地悪なメイド達にイビりまくられ、蹴り倒される娘役。洗濯物を干しに行ったのに、全部床にぶちまけられる。
そいつも子豚が演じていなければ、暴動が起こっていた所だ。
「もうあの日々は帰ってこない~、せめてお兄様を近くから見守っているだけでも~、ゴホッゴホッ!」
「「「「「「「「「「キャーーーー!」」」」」」」」」」
舞台が暗転して悲しげな曲に変わり、娘役が倒れた。舞台に上がって助け起こそうとするババアまでいたが、これは芝居だ。
「なんと言うことだ、妹は病気を患ってしまった。高い薬を飲ませてやりたいが、一人の召使いのためには、領主も金を出そうとしない~~」
子豚が財布を下に向けて空なのを示す。
ここがお捻りを投入する場面らしく、客席から小銭を包んだ袋が飛び、どっかの女形のオッサンの舞台みたいに、ルーブル札を繋いだ輪っかをもったオバハンが子豚の首にかけに行って抱き着く。こんな所でも集金か?
「皆様の支援で薬を買えたゴッサイきゅん。それでも妹の病気は治らず、大切な妹を助ける方法は、魔女が住むと言われる山にある、貴重な薬草だけだったのです」
舞台から目を離さないでも済むよう、ちょくちょく解説が入る。それまでは私や子豚語が分かる奴が同時通訳までさせられていた。
「走れ~、ペガサス~、魔の~山へ~」
次は遠くの高山にだけ生えていると言われる薬草を取りに、馬車に乗って駆けるシーン。
オバハンとか女向けの舞台なので、椅子に座って手綱らしきものを持って歌っていれば脳内補完されて、自転車のハンドルだけ持ってる舞台でも成立する。
扇風機の風ではためいている赤い布が、炎を表すらしい。
「お前がこの山に住む魔女だな?」
「ヒッヒッヒッ、お前にも救いたい女でもいるのかい? あの薬草は渡せないよ」
なんか舞台を盛り上げるために、魔女とかドラゴンまで出てきて剣劇になり、眉唾ものの話になったが、曲に合わせてクルクル回って踊るだけで、バアア大喜びのハンカチとか噛んで「キーーー」とか言いながら泣いている。
さっき消火設備でずぶ濡れにされて、粉だらけ泡だらけにされていた魔女ごさ~いだが、次の出演シーンには間に合ったようだ。
「民衆を苦しめる魔女よ、思い知れ!」
主役がドラゴンとか魔女を倒して、その亡骸から生えた薬草を取って、大団円かと思われたが、領地に帰っても既に妹は息を引き取っていた。
「なんと言う事だ~、天よ、地よ、神よ~」
ここは集金シーンではないようだが、お捻り飛びまくり、薬を投げる馬鹿までいる。
「あ~あ~、バラ色の頬、宝石の瞳~、私には君が全てだった~、それが今ではこんなに真っ白になって、全てが失われたっ!」
もうバアアども号泣、こんな学芸会以下のミュージカルで感激する方がどうかしているが、自分の子供が出演していると思っているらしいので、感情移入しまくって全員泣いていた。
「彼女を生き返えらせるのなら~、私はどんな代償でも支払おう、この生命でさえも~」
「ゴサイちゃんの本当のお母さんは私よっ!」
何か勘違いしているオバハンもいたが、これがファンクラブの正しい掛け声なのかもしれない。
その後は異世界から子豚共が呼ばれて、聖歌を歌ったりして総出演で祈りを捧げ、妹を生き返らせて大団円と言うヘッタクソな芝居だった。
宗教の勧誘まである悪質な芝居だが、ドラゴンとか魔女以外は、実話のような気がするのは私だけではないだろう。
この時の恩でもあって、子豚互助会には積極的に参加していると思われる君主ゴッサイ。
ここのオッサンオバハンを利用して胡椒とか色々と買い付けて、この場所まで持ってこさせて密貿易をしている子豚たち。
銀とかもインゴットで運ばせているので、周辺の武装組織にも目をつけられ、寄付と言う名のみかじめ料も取られ、輸送の警護とかもイスラム武装組織に任せているので、余計に政府とか米軍に目を付けられている。
まだ周辺を飛んで警戒している雀ゴッチャイ。鳩ごさいも飛んで警戒しているようだ。
監視班はゲーム猿と呼ばれる三人で、モニターを見ながらゲームパッドを握り、サーチアンドデストロイしているらしい。
「あの車両? アメ公まで来てるぞ、どうなってやがるんだ?」
ここの貿易金額は知らないが、トラックで運び込まれる銀を見たことがある。
金の産出にも、ここなら旧式の金アマルガム抽出法を使わないで済み、でかい重機で掘っているので、手掘りで細々掘り出している場所より安く済むはずだ。
銅の産出量も桁違いで、他にも太陽電池にLED電球、計算機に時計にコンピュータ、中世世界のような場所に色々と送り込まれて、子豚一匹が運搬できる量も限られているので、結構な数の子豚が領主に雇われて運び屋もしている。
ここで普通に流通しているあちら側の通貨、ごさい銀貨、金貨があるが、何故か偽物も存在する。
中世世界で作られているのは、砂型に流し込んで作る冶金技術も低い歪な硬貨だが、偽造品はプレス機械で作られて、角もしっかりとあり、子豚の刻印がある横顔とかも、オリジナルよりも正確で、純度を調べると偽物の方が遥かに純度も高かったので、あっという間に偽物の方が流通してしまった。
これは悪貨は良貨を駆逐する、ではなく、良品が本物を駆逐してしまった。
銀本位制というか、銀の現物、金の現物が取引されているので、混ぜ物が多い本物の価値が下がってしまい、偽物は純度100%に近い、どうやって生成したのかも不明な物が流通している。
「やあ、船長、先にやらせてもらってるよ」
そこに、子豚祭りには遅れて来た船長が来た。
「よう兄弟達、楽しんでるかい?」
コーラだとかジュースとスナック菓子を大量に箱買いして、ボトルキープと言うか、ゴザーイズの冷蔵庫や倉庫から、子豚なら自由に取り出せるようにしている結構な金持ち。
ご自慢のヘルメット、銀色のジャンプスーツと言うか宇宙服、腰にはおもちゃの光線銃?
どこかのコーストガード、沿岸警備隊で小型船の船長をしているらしい。
腰の光線銃は、多分実弾を発射できたりすると思う。
しかい、こいつらは人語を喋れないはずなのだが、どうやって勤務しているのだろうか?
「まずコーラを一杯頼むよ」
子豚用の高さの低いカウンターに腰掛け、強いラム酒でも頼むような場面で、カウンターでコーラを頼む。
「おっ、ここでも気のままのコーラが行けるのは船長だけだぜ」
子豚共は口が子供なので、コーヒーとか炭酸ジュースは飲めない。
こいつも20歳超えて、勤続25年とか聞いた気がするが、子豚は酒も飲まない。
「船長っ」
そこでメスの子豚に駆け寄られ、涙目で何か頼み事をされる。こいつは荒事担当なので、喧嘩とかにはよく駆り出されるそうだ。
「お願い、うちの弟が病気で、薬を買うのにお金がいるの、いくらか貸してくれない?」
「ああいいぜ、これで足りるかい?」
ポケットから一握りのごさい金貨を出して全部渡す船長。
「こんなに沢山? でも返せないわ」
「いいってことよ姉さん、姉弟の弟なら俺の弟だ、返さないでいいぜ」
「船長……」
男前だ。多分女の子がピンチになったときには、カバンちゃんでも艦娘でも、左手からサイコガンでも抜いて助けて「うちのお嬢さん方は暁の水平線が似合うんだ、てめえには渡さねえよ」とか、野沢那智の良~~い声で決めゼリフも言って、周囲から「ヒューー」と口笛を吹かれるぐらいの男前だ。
でもコブラじゃなくて子豚。間違いなくコイツが偽造銀貨と金貨の出処だ。
政府機関の沿岸警備隊員が偽造通貨の発行元とか、海賊行為でこいつを捕まえたほうが良いんじゃないかと思う。
それでも銀本位制で金本位制だから、同じ重量で良質の貴金属を出して、飲み物食い物全部こいつの奢りなので、誰も取り締まらない。
「人間用の薬なら、故郷よりここで買う方が安いし良く効くぜ。ああ、俺も少し持ってた、こいつは哺乳類にはよく効くんだ」
「ああ、薬まで。ありがとう、ありがとう」
何処かから、子豚互助会を通じて薬の在り処を聞いてここに来て、金策にも来たと思われる姉子豚。
誰かから「そんな頼みごとなら船長にしてみなよ」と紹介されるぐらいの定番か、鉄板ネタなのだろう。
身成りからすると、貧しい以前に現代医学が存在していないと思われる服装で、重そうな継当てだらけの綿の綿入れに、ボロ雑巾のようなズボン、藁で作ったような草履だから、ミシンも三輪作も存在しない世界で、貧しい農村出身らしい。
「代わりにその上着でも貰っておこうかな? 服も靴も薬も、あの店なら安いしツケが効くんだ、俺の名前出したらいくらでも出してくれるぜ。荷物だけど姉さんと弟さん用のを、持って帰れるだけ持って行きなよ。おい、誰か女物の服が分かる奴、案内してやってくれよ、俺は女の服とかさっぱり分かんねえや」
「ああ……」
あまりの親切さに泣き出してしまった姉子豚。
ジュース飲んでスナック菓子をただ食いしていたメスの子豚達が、泣き崩れるのを支えて、量販店ゴサーイズに案内してやる。
もう男前すぎて惚れてしまいそうだ。
ゴミみたいな上着を取り上げて、新しい新素材の上着を着せて帰らせ、弟用の服や靴までお土産に持たせようとする。
周りから「奴はいい仲間」とか合唱でも起こりそうな場面だったが、もっかい振り返って聞いた。
「所で、その弟さんって、人間?」
「ええ、そうよ、どうしてそんな事を?」
「その薬、人間用なんだ、ワニとかバイソンの弟だったら効かないと思う」
ここには、サーベルタイガーが弟だとか、大宇宙の魔女が姉だとか、碌でもない家族構成のが沢山いるので、そこは気付いて注意した。
ここに弟を連れてくれば診察もできるが、人類は異世界との境界を超えられないらしい。普通は死ぬ。
「いい男だ、船長は腕も立つし、度胸もある」
「この間の喧嘩でも、大暴れだったぜ」
「ははっ、それじゃあまるで、俺がお海賊みたいじゃないかっ」
なんか子供の豹を連れていたクソガキが、成長したら一人前の船乗りになったようなセリフを言う船長。
肩にインコ乗せた片足の海賊とか探していて、腕相撲で負けてラムを一杯奢ったかも知れない。