01
ごさいと呼ばれる小さい怪獣、それは異世界を旅し続ける放浪者。
聖人のような人物や、心や言葉が通じあう、親切な夫婦に引き取られた時に定住する。
5歳と言う割には、どう見ても3歳ぐらいの発育が悪そうな子供の外見だが、寄生虫まみれの後進国や駆虫剤すら存在しない異世界では、5歳児はこの大きさらしい。
一応オスとメスがいて、特に成長することもなく終生この大きさで、独特の文明や言語を持っている、人類が用意したインフラや共同体に寄生して生きる生物。
奴らは主に女性を狂わせる外見をしていて、この孤児院でもボランティアのババアどもに特に可愛がられ溺愛される。
何かフェロモンでも出しているか、魅了の魔法でも使っているんじゃないかと思うぐらい、母性本能のスイッチを無理に入れ、人生まで駄目になっても愛情を貢がされる。
特に子供を亡くした両親、流産した経験がある女性は、この寄生生物を見ると自分の子供が生きていたと誤認するようで、全力で世話をして、愛情を超えた奉仕をさせられる。
何故か私には効かない。中高校生程度の人物や他のクソガキには魅了が効かないようだ。
話し言葉は「ご」「さ」「い」の他に「うにゅう」とか「ぐにゅうう」としか発音しないが、たまに固有名詞は使用する。
犬語、猫語、羊語、ヤギ語、牛語、雀語を話すこともあるが、こいつらの言語をネイティブで話したり、正確にヒアリングできる人物は限られている。
子豚共の正体は、どうやら呪いのビスクドールで、私のように奴らに愛情を持っていない人物が触ると固い。
殴る、蹴るといった虐待行為をすると、呪いによって加害した人物が骨折などの負傷をする。そして治らない。
私や他の姉妹のように、裏拳ツッコミ、シバく、ドツくような行為。オバハンたちのように愛情を持って叱る、叩いている手のほうが痛そうに叩く、のは許されるようだ。
現在はこの孤児院の庭に、ごさい樹の木が植えられていて、肌も柔らかい子豚が毎年孤児として配達されている。
何も知らない子を天から授かって数年育成し、プリンセスとかにするのと似ていなくもないが、アホ共揃いの子豚を出荷して、普通の孤児も育て上げて新しい里親に出すまで、どうにか世間に出せるよう、全うに育て上げるのが私たちの使命になっている。
これは、その子豚共の碌でもない日常を記した記録である。
中央アジアでもロシア寄りの小国に存在する孤児院で、亡き祖父の元で看護と助手をしていた医師(無免許)の孫娘がお伝えする。
結婚式及び、ごさい祭り会場。
本日は、この孤児院の卒業生の結婚式がある。
インド系の肌も黒い女性と、コーカソイドでイスラム系の地域出身の男性が結婚する。
どちらに宗旨変えしたのか知らないが、宗教や国籍、人種も肌の色も超えた、平和の象徴なのだと思われる。
「パパ、この子が私達の子よ、血は繋がって無くてもパパの孫なのよ」
この孤児院の発起人の一人、通称パパと呼ばれる人物に、赤ん坊を手渡す女性。
私より数年上の先輩で、卒業後も同窓生と交際して結婚、街で働きながら子供も産まれたが、式をしていない上に費用もないので、故郷に帰って来て赤ちゃんをお披露目したついでに、結婚式をする運びになった。
「ああ、こんな可愛い赤ちゃんが僕の孫だなんて… ありがとう、嬉しいよ、最高のプレゼントだ」
まだ30代で若いはずなのだが、おじいちゃんの目で赤ん坊を受取り、まだ首も座っていない子を抱きかかえるパパ。
どういった経緯なのか、パパと亡き祖父は、この辺りの宗教関係者、赤新月社と共同で、辺境の地で孤児院を開設したらしい。
クソジジイの方は、どうも女関係で日本の医師会を追放されて免許も失い、国際免状とかで流れの医者をやって、紛争地帯などを渡り歩いてから、この無医村で医療空白地帯に来て活動していたと聞かされている。
父と母はどこかの紛争地帯で医療活動をしていて亡くなったと言われたが、写真など存在していた痕跡すら残っていない。
私は祖父の診療所を手伝いながら、この孤児院にあるジュニアスクールを出て、祖父の死後は街の学校や医師免許を取れる場所に行く予定だったのだが、交代で無医村に来てくれるような医者はおらず、この場所に引き止められ、看護師免許すら持っていない私が地域医療に携わっているのが現状だ。
まあ、周囲は全て、まじない師が支配している暗黒地域、蛇に噛まれてもサソリに刺されても、まずまじない師の所に連れて行って、踊ってもらって灰を塗って、それでも助からない、治らない奴が医者を探してここに辿り着くような地域なので、誰も医師免許なんか求めていない。
西側世界からの寄付金が教会などを通じ、イスラム寺院から赤新月社を通じて、やっとこんな僻地にも配分されて、薬品を買ったり、国連や赤十字、赤新月社から配給される、最低限の薬品、医療器具も貰える。
「ケッ、パパに集りに来たんじゃないだろうな、あのクソ女? 血は繋がってないんだから、卒業したら自分で育てやがれっ」
男のような女に悪態を聞かされる。私の同期で、卒業してもここの警備関係に居座っている女、防衛、軍事関連、武器調達を任されている人物だ。コイツのお陰で安全度や武装が非常に充実した。
髪はショートカットと言うか海兵隊カットで、多少伸びても角刈りのお兄ちゃんにしか見えない。
ヒジャブで隠すのが面倒だから男の格好をして、胸も膨らんで見えないように何か巻いて加工している。切り落としてはいないようだ。
こいつもコーカソイドかスラブ系なのに、イスラム系の孤児で、兄と二人でこの孤児院に来た。
こんな半紛争地域では警察など何の役にも立たないので、自力で防衛したり、人さらい、子供を誘拐して売っているような奴らから身を守るには、武装して自分の身は自分で守るしか無い。
「共働きらしいから、仕事するのに子供はここに置いて行きそうだな。週末に面会しに来る程度で、託児の費用も払わないで次の子でも連れてきそうだ」
「チッ、やっぱりその手の集りで育児放棄かよっ」
こいつの兄は、ここを卒業した後にマフィアや反ロシア政権の、イスラム武装組織にストレート就職した。
まあ、ここの防衛組織にも、その武装組織から武器を流してもらっている。
日中はドラッグの販売などで金を稼いで、せっせと武器弾薬を買ってきてホームグラウンドテロを起こす生活をしている。
この国のイスラム系の青年なら、標準的な行動と言っても過言ではない就職先だ。
まあこんなゴミみたいなロシア衛星国に産業など無く、まともな働き口など無い。
食べていくのも難しい農業従事者か、日雇いの建築とか、せいぜい市場で何かを売る程度。
すぐ金になる作物であるアヘン、マリファナ栽培に手を出して、マフィアもそうするように脅す。
そのへんを歩いてる農家のお爺さんでも、カラシニコフ小銃肩から下げて、葉っぱ齧ったり吸って「体が温まる」とか言ってるのが普通の住人。
いつでも全員、聖戦で自爆するのに何の異存もない聖戦士で、命以外に取られるものも持っていない。
もし山を降りて選挙に行って、ロシア人やアメリカ人の手先に投票すると、爆破されたり機銃掃射テロで殺されるのが普通の国だ。
東トルキスタンやチベットみたいに、中国人に民族浄化されたり、処女性を重んじるイスラム系なのに中国人にレイプされて、その子供を産んだ女と、妻や娘がレイプされていても笑って来客にお茶を出して、去勢されて共産党に忠誠を誓った奴隷だけが生きていけるような国ではないので、比較的言論と思想、宗教の自由がある場所だ。
「エリーさん、舞台の裏に来て下さいませんか? 何か電線がむき出しになっているとか、私は電気とか全然わかりませんので」
「あ、はい、子豚探して連れて行きます」
そこで教会のシスター兼教師、マリア先生に声を掛けられた。
60歳ぐらいのお婆さんで、現実主義で細かいことは気にしない人なので、子供と子豚共には大人気なのだが、教会の教えも神学も無視、鐘が鳴っている間の沈黙の誓いとか一切守らない人なので、教会的には好ましくない人物で地位も低い。
そう、ここはイスラム圏のど真ん中でありながら、驚くべきことにキリスト教の教会があるので、社会不安が広がれば、いつでも襲撃されて焼き討ちされて、例えシスターでも一般住人に殺される。
イスラム寺院も併設されて、赤新月社からも人が来ていて、神の愛のなんちゃらとか、インド系の教会とも提携しているので、どうにか全員殺されていないだけだと思う。
しばらく男手を探した私は、電気関連の修理をできそうなオスの子豚を1匹を捕まえた。
「ゴッ?」
オスの子豚は普段「ゴッサイ」と鳴いて、メスは「ごさ~い」と鳴く。
私は子供の頃から子豚共と生活してきたので、ごさい語のヒアリングと発音がネイティブだ。
「ごさ~い、ごさ、ごさい、ごさ~…」
発音が三文字程度しか存在しない難解な言語、それでも私は「舞台の裏手で電線がむき出しになっているから修理しろ」と伝えた。
「ご~」
何か舞台の設営中で「他に仕事があるのに」とか、何か苦情を言ったが却下した。
こいつは額の上にゴーグルか溶接の眼鏡をしていて、腰道具を大量にぶら下げているから、通称「修理屋」と呼ばれている奴だ。
他には「君主ゴッサイ」「船長・ゴッサイ」「魔女ごさ~い」「雀ゴッチャイ」などなどが来ている。
ここが何度か襲撃された時、新入りの柔らかい方の子豚が助けを呼んで、他の世界から呼び寄せた連中で、大半が呪いのビスクドール。
この子豚共には、残念ながら次元を超えて異世界に移動できる能力が有る。
教会襲撃犯や、子供を拐おうとした奴らを撃退してから、パパを見た途端「オトータン!」と呼んで驚いてから懐き、シスターのマリア先生を見た途端「オバータン!」と呼んで懐いた。
こいつらが三文字以外の音声を発するのを聞いたのは珍しいが、聖人同然の尊敬できる人物を見た場合、父親や祖母として認識して懐くようだ。
子豚共の習性として、信用できる人物に寄生して、その生活場所と家族を守ろうとする。
襲撃を受けたり、家族が食べ物にも困る状況になれば、仲間を呼んで解決し合う、互助会的なものがあるらしい。
お食事会的なものを開いた時、異世界で地方領主をやっているという子豚が、「何故こんな貧しい所に胡椒がある?」と騒ぎ出して、この世界では香辛料と銀が安く、領地では手に入らない物品もあるので胡椒貿易やタバコ、コーヒー、魔法の杖の貿易を始めた。
子豚共の出現場所は任意ではなく、仲間に呼ばれた時も、故郷であるゼロポイントに出現する。
父親か母親が存在している場所、もしくは親を寿命で失った後に指定した人物。例えばパパやマリア先生を指名すれば、この場所に異世界から転移できる。
クソ貧しいこの場所にも、胡椒貿易の莫大な利益のオコボレが有り、掘っ立て小屋のバラック同然だった診療所が、正体不明の建材とエネルギーで新築され、隣には量販店かコンビニ「ゴサ~イズ」が入居、2階に私の事務所件私室が提供された。
子供用宿舎も学校施設もプレハブで建設され、これも正体不明の頑丈な建材で立てられたので、7.62ミリもRPGまで通らなかった。
そして孤児院や寺院周辺では、ごさい銀貨、金貨が地域通貨として流通していて、役に立たない上に価値が定まらないこの国の通貨は、外部との取引だけに使用される。
仮設舞台裏
「これだな、どこかの馬鹿がコンセントごと引きずって潰しやがったのか」
「何てこった、200V線が丸出しだよ」
私と修理屋はごさい語で会話しているが、面倒なので普通に表記する。
子豚を抱え上げ、人の高さに設置されている舞台装置やコンセントを修理させるが、こんな仮設場所に電気が供給されているはずもないのに、正体不明の装置から電力供給されて、こんな山の上にも、何故かインターネット、携帯電話まで開通した。
携帯の基地局は、この建物の上にある小さいアンテナ一本しか見えないが、電気や照明器具、水道と同じく子豚の謎技術によって提供された。
多分、世界が静止させられても、バビルの塔とここだけは静止しないと思う。
「きゃあっ、何見てんのよっ」
お待たせした。本来開始2分30秒以内、もしくはアバンタイトルまでに、ヒロインの着替え、もしくは全裸入浴中なのを覗いてしまい、赤系の爆炎の女王に決闘を申し込まれ、最優秀生徒だとか生徒会長で姫に、最弱で奴隷クンで負け犬の男が勝ってしまい、姫を奴隷にして、全学生女子の中に自分だけが男なのに転入するような話になるが、ようやく話が進んだ。
「「エ?」」
開いたカーテンの向こうでは、オスかメスか判別も難しい子豚たちが着替えていて体を隠し、先程のマリア先生も着替えていて、60歳相当のシワだらけのお肌、垂れているオッパイなどが見えて、光の斜線で消されていた。
「修理屋、お前に決闘を申しry」
まあその後は決闘を申し込まれた修理屋が、爆炎の魔法使いに焼き殺される予定だったのだが、謎技術で作られた工具を使うと、魔女の方が水浸しになってスプリンクラーで消火されて、それでも黙らないので泡消火と粉末消火と二酸化炭素消化とハロンガスを喰らって沈黙させられた。
「ごぉぉ……」
舞台の方ではごさい祭りが開催され、蜂に扮した子豚たちが数匹、蜜を求めて踊っている。
「ああ、こんなに愛らしいなんて、やっぱり、ごさいちゃんは妖精よっ」
「素晴らしい…」
全く統制が取れていない、子供の下手くそなお遊戯を見て、周辺からの来客、資産家金持ち限定の招待客が喜んでいる。
そこの所はよく承知しているのか、ラインダンスでわざと転んだり、向きを間違えてぶつかって途中で泣き出したり、カメラ目線ビデオ目線で泣く子豚ども。
新入り以外は平均年齢40歳程度のジジイババアなのだが、外見が子供なので金持ちに媚びている。退場した爆炎の魔女は確か120歳ぐらいと言っていた。
養父養母、子供に恵まれなかったとか、孤児院に養子を探しに来て、一瞬で子豚共にフォーリンラブ。
魂を喰われて使役させられているんじゃないかと思う。
是非うちの跡継ぎにと言っている資産家だが、教会にいる悪魔が実質子豚達を競りにかけている。
パイプ椅子の座席を高額で売り、ボッタクリ価格の飴を売って、持ち込みは許さないシスター。
飴が教会や孤児院への寄付金の額を表す隠語で、高い値段を付けた家から、出荷する子豚を養子として引き取れる。
赤い飴が赤十字や赤新月社への寄付を意味して、白いのが教会、青が孤児院への寄付額だと言う。
私の一つ上の先輩だが、腐った魔女が見習いシスターとして、教会の集金に参加している。
「皆様、飴をご用意頂きますと、蜂の妖精さん達が回収に参ります」
悪魔のシスターがマイクで放送すると、舞台から降りた子豚達が、ボッタクリ飴を沢山買った客の所に行き「オジイタン、オバアタン」の膝の上に乗って、自分を高く売りつけようとする。
男の子の跡継ぎが欲しい家では、紙製の青い帽子を被って、女の子の孫や娘が欲しい家では赤い帽子。
こんな、ご、さ、い、としか喋らない呪いのビスクドールを貰っても跡継ぎは無理だと思うのだが、残念な事にこいつらは人類よりも遥かに知能が高く、会社経営でも領地経営でも、莫大な利益を上げる。
魅了したジジイババア、オッサンオバハンを自由に使役できるのもあるが、ごさい間の取引も有り、購買力も販売力もある取引相手も居る。
量販店「ゴサ~イズ」に商品を卸せると、宇宙最適価格で売買ができて、子豚の写真を自撮りした商標とかパッケージにすると、異世界のオバハンとかも買いまくり。
収集アイテムの、ごさいカードとかコンサート参加券も封入されているので、売る商品はなんでも良く、中身とかCDを捨てない約束はあるが、コレクターズアイテムなので問答無用で売れる。
「ああ、うちの子にこんな可愛いごさいちゃんが…」
「うちは貿易をやっていてね、前にも説明したかな? 是非後継ぎとして来て欲しい」
相性が良さそうな相手なら、お膝の上に乗って契約完了。高い金額を提示しても、性根が腐っている相手には懐かないで、ハズレの普通の人間の卒業生を養子として掴まされる悪質なシステムだ。